↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜の王は夢を見る ~目が覚めたらアンデッドが怪物扱いされていました~  作者: うみのもずく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/35

11. 原初



 夜。


 村の灯りがほとんど消えたころ、イリアはひとりで外を歩いていた。


 昼間に見せてもらった地図のことを思い返しながら、村はずれまで足を延ばす。知らない国に、知らない街。聞いたことのない言葉も、いくつか増えた。


 夜空を見上げていると、少し離れたところに浮かんでいたバンシーが、ふいに動きを止めた。


「……どうした」


 声をかけても返事はない。バンシーは森のほうへ顔を向けたまま、じっとしている。やがてその身体が、わずかに震えはじめた。


「何か感じるのか」

「……来ル……」

「来る?」

「……近ヅイテ……」


 そこまで聞いたところで、イリアも気づいた。森の奥から、ひとつの気配が近づいてくる。


「……これは」


 覚えがある。随分と久しい感覚だが、間違えるはずもなかった。イリアは森へ目を向ける。


 しばらく待つと、木々のあいだに白い影が現れた。


 女だった。地面へ届きそうなほど長い白髪が、風もないのにゆるやかに揺れている。肌は雪のように白く、整った顔立ちは人の女とほとんど変わらない。薄い白の衣をまとった身体は地からわずかに浮いているが、先日のバンシーのように、向こう側が透けて見えることはなかった。


 ただ、その瞳だけが虚ろだった。


「……王……」


 女の唇が動く。


「我が……王……」


 同じ言葉を繰り返しながら、ゆっくりと近づいてくる。イリアはその場から動かず、女の顔を見つめた。


「……シアネリス」


 名を呼んだ瞬間、女の身体が止まった。虚ろだった瞳が、揺れる。


「私のことが分かるか」

「……イ……リア……」


 掠れた声がこぼれる。イリアは一歩、近づいた。


「そうだ」

「イリア……様……?」

「ああ」


 しばらく、シアネリスは何も言わなかった。やがて、その両目が大きく見開かれる。


「……我が王」


 先ほどまでとは違う、はっきりとした声だった。シアネリスはその場に膝をつき、深く頭を垂れる。


「本当に……お戻りになられたのですね」

「ああ。久しいな」

「……はい」


 短く答えた声が、震えていた。顔を上げた瞳には、もう先ほどまでの濁りはない。


「ずっと……お待ちしておりました」

「そうか、すまなかったな」

「お眠りになられて、もしやお戻りにならないのではないかと……」


 言葉の途中で、シアネリスは口を閉じた。自分でも、うまく整理がつかないのだろう。イリアは少しだけ目を細める。


「待たせたな」


 シアネリスは幾度かまばたきをしてから、静かに頭を下げた。


「……そのお言葉だけで、十分でございます」


 そのとき、近くにいたバンシーが、小さく声を漏らした。


「ア……」


 二人がそちらを見る。バンシーは自分の身体を確かめるように、ゆっくりと両手を動かしていた。


「どうした」

「頭ノ中ガ……先程ヨリ、鮮明ニ……」


 シアネリスの表情が変わる。


「……まさか」


 目を閉じ、しばらく黙っていたが、やがて驚いたように顔を上げた。


「……感じます」

「何をだ」

「理性を失った同胞たちの声です。少しずつ、意識が戻っているようです……」


 シアネリスは、再び目を閉じる。イリアは少し考えた。


「其方が戻ったことで、ほかのバンシーたちとも繋がりが戻ったか」

「……そのようです」


 シアネリスが胸元へ手を当てる。


「私から生まれた者たちへ、以前のように声が届きます。ただ、あまりに離れすぎている者は……難しそうです」


 近くのバンシーが、ゆっくりとシアネリスに頭を下げた。


「シアネリス様……」


 シアネリスがそちらを見やる。


「もう大丈夫です。あなたも、自分の役目を思い出しているでしょう?」

「……ハイ」


 返事も、以前よりずっと明瞭になっていた。イリアはその様子を眺めながら、小さくうなずく。


「これは都合がよいな」


 シアネリスが、少し意外そうな顔をした。


「都合、でございますか?」

「ああ。ひとりずつ探して歩くのは、面倒だからな」

「……ふふ」


 シアネリスが、小さく笑う。


「変わっておられませんね」

「其方もな」


 そこへ、村のほうから足音が聞こえてきた。


「イリアさん!」


 カイルだった。後ろからエマも来ている。


「また夜中に、何か見つけたんですか?」


 イリアの近くまで来たところで、カイルはシアネリスに気づいた。


「……誰です?」


 エマも足を止める。


「綺麗な人……」


 シアネリスが二人へ目を向けると、カイルが少し身構えた。


「この人も……夜の民ですか?」

「ああ。バンシーだ」

「え?」


 カイルが、近くのバンシーとシアネリスを見比べる。


「同じなんですか?」

「同じだぞ」

「……確かに、ほかのバンシーより綺麗なような……」

「ふふ、ありがとうございます」


 シアネリスが静かに答えた。カイルが目をしばたたく。


「あ、え、普通に話せるんですね……」

「こらカイル、失礼よ」


 エマが小声でたしなめる。


「いや、だって、今までの夜の民は……」

「この者はシアネリス。最初のバンシーだ」


 イリアが言った。


「最初?」

「文字どおりだ。最初に生まれたバンシー、という意味だな」

「じゃあ……ほかのバンシーは?」

「この者から連なって生まれた」


 シアネリスが、軽く頭を下げる。


「原初のバンシー、と呼ばれております」

「原初……」


 エマがシアネリスを見つめた。


「じゃあ、バンシーの中では、一番偉い人みたいな?」


 シアネリスは少し困ったように笑う。


「偉いかどうかは分かりません。ただ、私が最初に生まれたというだけです」


 イリアが口を挟んだ。


「彼らはそれぞれ、同じ夜の民の『根』とも呼べる存在だ」

「それぞれ?」


 カイルが首を傾げる。


「ああ。原初は、シアネリスだけではない」

「……ほかにもいるんですか?」

「全員で六人だ」


 イリアは、その名をひとつずつ口にした。


「スケルトンのガルディム。グールのネフェラグ。レイスのイルネア。バンシーのシアネリス。デュラハンのルグナード。そして、リッチのエシュレム」

「……ちょっと待ってください。もしかして、それって全部、アンデッドの種類じゃないですか……?」

「そうかもしれぬな。お前たちが『アンデッド』と呼んでいる者たちは、おそらく皆、夜の民であろう」


 カイルが頭を抱える。エマも驚いたのか、言葉が出ないようだった。


「ということは、スケルトンやバンシーだけじゃなくて……」

「イリア様って、全てのアンデッドの王……ということですか……?」


 二人が、恐る恐るイリアに問いかける。


「そんな大層なものではない。原初の者たちは、私と最も古くから繋がっている夜の民、というだけだ」

「イリア様はこのようにおっしゃっておりますが、我ら夜の民を統べる王であると思っていただいて、間違いありません」

「こらシア、余計なことを言うでない」


 カイルとエマの表情が固まった。ややあって、エマが意を決したように口を開く。


「……ほかの原初の方たちも、シアネリスさんみたいに、どこかにいるんですか?」


 シアネリスの表情が、わずかに曇った。


「申し訳ございません。私も長く、正気を失っておりました。ほかの者たちがどこにいるのかまでは……」

「そうか……」

「以前なら、微かに気配を感じることもあったのですが、今はそれもほとんどありません」

「まあ、それならいずれ探せばよい」


 イリアはあっさりと言った。


「急いだところで、場所が分からぬのでは仕方あるまい」

「……はい」


 シアネリスはうなずき、それから近くのバンシーへ視線を向ける。


「私が意識を取り戻したことで、周囲のバンシーも一緒に理性を取り戻せました。これからは、皆さんにご迷惑をおかけすることもないでしょう」

「……それはありがたいですね。この前も、あのバンシーさんにグラン爺さんを助けてもらいましたし」


 カイルが素直に言う。


「命の危機にある人を、ちゃんと教えてくれるってことですよね」

「ええ、その通りです」


 シアネリスがうなずいた。


「それが、我らの役目ですから」


 エマも少し安心したように笑う。


 話が一段落すると、カイルとエマは村へ戻っていった。夜も遅い。二人の姿が見えなくなってから、シアネリスが静かにイリアへ向き直る。


「我が王」

「なんだ」

「もう一度、お側にいることをお許しいただけますか」


 イリアは、わずかに眉を上げた。


「何を今さら聞いておる」

「ですが……」

「其方は昔から、勝手に私の近くにいたであろう」


 シアネリスが目を見開く。


「今さら許しなど要らぬ。好きにせよ」


 しばらくの沈黙のあと、シアネリスが笑った。先ほどまでの、どこか張り詰めた表情ではなかった。


「……はい、ありがとうございます」


 イリアも、小さく笑う。


「改めて、久しいな。シアよ」

「はい。イリア様」


 夜の中で、二人は久しぶりに、同じ空を見上げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。