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稲田峰望病院――あなたには、誰が見えていますか  作者: ハイエント


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4/13

第4話 あの人、何歳でした?

 コンダクターが帰ってから、俺たちは二階の食堂へ集まった。


 時刻は午後五時を少し回ったところだった。


 山の中だからなのか、窓の外はすでに薄暗くなり始めている。


 まだ懐中電灯が必要なほどではないが、あと一時間もしないうちに、この建物の中は真っ暗になるだろう。


「とりあえず、お茶でも飲みません?」


 美咲の一言で、全員が食堂へ集まることになった。


 それぞれ部屋へ荷物を置き、持参した飲み物や菓子を長机の上へ並べる。


 俺はペットボトルのお茶。


 美咲は紅茶。


 藤田はコーヒー。


 佐伯さんはなぜか小さな紙パックの野菜ジュースを持ってきていた。


「せっかくだし、もう一回ちゃんと自己紹介しません?」


 美咲が言った。


「バスの中じゃ名前しか言ってないようなものでしたし」


「賛成」


 水野沙耶が頷いた。


「二泊一緒にいるんだもんね」


「じゃあ、言い出した美咲から」


「え、私?」


「当然だろ」


「じゃあ……」


 美咲が少し考えてから話し始めた。


「小野寺美咲です。大学二年です。怖い話とか都市伝説が好きで、こういう心霊スポットには前から一度来てみたいと思ってました」


「やっぱりそうなんだ」


 藤田が笑う。


「彼氏と一緒なら怖くない?」


「うーん」


 美咲が俺を見る。


「悠希がいるから、まあ大丈夫かな」


「任せとけ」


 反射的に言ってしまった。


 言ったあとで、少し後悔する。


 何をどう任せろというのか、自分でも分からない。


「次、悠希」


「俺かよ」


「彼氏なんだから」


「関係ないだろ」


 そう言いながらも、仕方なく口を開いた。


「西岡悠希。大学三年です。こういうのは……別に好きじゃないです」


「嫌いなのに来たんですか?」


 森川奈緒が不思議そうに聞く。


「友達に誘われたんですよ。本当はそいつも来る予定だったんですけど、家の事情で急に来られなくなって」


「それで彼女さんと二人で?」


「そういう感じです」


「いいなあ」


 藤田が笑う。


「心霊スポットで彼女を守る彼氏」


「やめてくださいよ」


 美咲だけが楽しそうに笑っていた。


 続いて佐伯直樹。


 三十四歳。


 会社員。


 休みの日には廃墟や古い建物を撮影するのが趣味らしい。


「別に幽霊を信じてるわけじゃないんですけどね」


 佐伯さんは野菜ジュースを飲みながら言った。


「昔の建物って好きなんですよ。廃墟になると、そこに人がいた痕跡だけ残ってるじゃないですか。そういうのを見るのが好きで」


「怖くないんですか?」


 美咲が聞く。


「一人じゃなければ」


「一人では行かないんだ」


「危ないですからね。幽霊より床が抜けるほうが怖い」


 それには同感だった。


 森川奈緒は二十七歳。


 事務職。


 心霊ものはそこまで好きではないが、友人にこのツアーを教えてもらい、無料なら面白そうだと思って申し込んだらしい。


 藤田翔太は二十四歳。


 社会人二年目。


 動画サイトで心霊系の配信を見るのが好きで、今回は自分でも何か撮れればと思って参加したという。


 最後は水野沙耶。


 二十二歳の大学生。


 美咲と同じように怪談が好きで、宿泊型の心霊イベントという言葉に惹かれたらしい。


「こうしてみると、好きな人多いんですね」


 俺が言うと、


「悠希だけ場違いじゃない?」


 美咲が笑った。


「だから最初から来たくなかったんだって」


「でも来てくれたじゃん」


「まあ……」


 美咲が嬉しそうなので、それ以上は言わなかった。


 自己紹介が終わるころには、最初のぎこちなさもだいぶなくなっていた。


 二泊三日。


 最初は長いと思っていたが、このメンバーなら案外普通に過ごせるかもしれない。


 そんなことを思い始めていた。


「それにしてもさ」


 佐伯さんが空になった紙パックを潰した。


「あの会社、結構ふざけてるよな」


「何がです?」


 藤田が聞く。


「コンダクターだよ」


「あの人?」


「そう」


 佐伯さんが苦笑する。


「第一回のモニターツアーなんだろ? それなのに、あんな子供に案内役やらせるか普通」


 誰も答えなかった。


 俺は佐伯さんを見る。


 何を言っているのか分からなかった。


「……子供?」


 最初に声を出したのは美咲だった。


「うん」


 佐伯さんは何でもないように頷く。


「中学生くらいだっただろ?」


 食堂が静かになった。


 さっきまで笑っていた藤田も黙っている。


「いや……」


 俺は思わず口を開いた。


「何言ってるんですか?」


「何が?」


「あのコンダクター、女の人でしたよ」


「だから女の子だっただろ?」


「女の子じゃないですよ」


 俺は笑おうとした。


 佐伯さんが冗談を言っている。


 そう思った。


「あの人、六十歳くらいの女性だったじゃないですか」


 佐伯さんの顔から笑みが消えた。


「……は?」


「白髪の混じった髪を後ろでまとめてた、年配の女性ですよ」


「いやいや」


 佐伯さんが首を振る。


「何言ってんの?」


 今度は俺が黙る番だった。


「十二、三歳くらいの女の子だっただろ。黒いパーカー着た」


「そんなわけない」


 美咲が小さく言った。


「私が見た人、もっと若かったよ」


 全員の視線が美咲へ向いた。


「若いって?」


「二十代くらいの女の人。髪が長くて、ベージュのスーツ着てた」


「……スーツ?」


 俺が聞く。


「うん」


「紺色のジャケットじゃなくて?」


「違うよ」


 美咲は不安そうに俺を見た。


「悠希、本当にお婆さんに見えてたの?」


「見えてたっていうか……そうだっただろ」


「ちょっと待って」


 森川さんが口を挟んだ。


 顔が強張っている。


「あの人、男じゃなかった?」


「え?」


「四十歳くらいの男の人だったよね?」


 誰も答えない。


「眼鏡をかけてて……白いTシャツを着てた」


「俺も違います」


 藤田が言った。


 さっきまでの明るい声ではなかった。


「俺には、もっと年寄りの男に見えました。七十くらいの」


「私は……」


 水野さんが言いかけて止まる。


「水野さんは?」


 美咲が尋ねた。


「高校生くらいの女の子」


 俺は何も言えなかった。


 六人が黙り込む。


 佐伯さんがゆっくりと全員を見回した。


「……ちょっと待ってくれ」


 さすがに佐伯さんも冗談だとは思えなくなったらしい。


「じゃあ、みんな違う人間を見てたってこと?」


「そんなわけ……」


 俺は言いかけた。


 ない。


 そう言いたかった。


 だって俺たちは同じマイクロバスに乗ってきた。


 同じ人間から説明を受けた。


 同じ人間に病院を案内してもらった。


 同じ玄関から、その人が出ていくところを見ていた。


 なのに。


「しかもさ」


 佐伯さんが言った。


「最後、あいつふざけてたよな」


「……何が?」


「扉を閉める前」


 佐伯さんが右手を上げた。


 人差し指と中指を立てる。


 ピースサイン。


「こんなことしてたじゃん」


 俺の背中に、冷たいものが走った。


「……してない」


「したよ」


「してないって」


「いや、俺は見た」


 佐伯さんがピースサインを出したまま、困惑した顔をする。


「あの子、最後にこっち向いて、こうやってた」


「俺が見た人は違います」


「違う?」


「あの人は……」


 扉が閉まる直前。


 俺が見た年配の女性も、確かにこちらを振り返った。


 そして右手を上げた。


 ただし、


 ピースサインなんかじゃない。


 開いた手のひらをこちらへ向けて、軽く左右に振っただけだ。


 別れ際の、ごく普通の挨拶。


「俺が見た人は、普通に手を振ってました」


「手を振ってた?」


「はい」


 佐伯さんがゆっくりとピースサインを下ろした。


「じゃあ……最後にしてたことまで違ったってことか?」


 誰も答えられなかった。


 俺たちは同じ場所にいた。


 同じ相手を見ていた。


 そのはずだった。


 なのに、


 誰一人として、


 同じ人間を見ていなかった。

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