表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
稲田峰望病院――あなたには、誰が見えていますか  作者: ハイエント


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/13

第10話 三階

 水野さんの部屋でしばらく休んだあと。


 俺は、できればそのまま自分の部屋へ戻りたかった。


 喉も潤った。


 一階も見た。


 二階も見た。


 もう十分だ。


「じゃあ行こっか」


 美咲が立ち上がった。


「どこに?」


 分かっていたが、一応聞いた。


「三階」


「やっぱり行くの?」


「ここまで来たんだよ?」


「ここまで来たから、もういいだろ」


「一階と二階見たのに、三階だけ見ないほうが気持ち悪くない?」


「全然」


 水野さんが笑った。


「西岡さん、本当に行きたくないんですね」


「当たり前ですよ」


「でも、三階まで見たら全部ですよ?」


「屋上があるだろ」


「あ」


 美咲の顔が明るくなった。


「屋上も行けるかな?」


「余計なこと言った……」


「行ってみようよ」


「俺は三階って言っただけだからな」


「はいはい」


 結局。


 また懐中電灯を持って、三人で廊下へ出ることになった。


     *


 三階へ続く階段は、二階の階段をそのまま上へ伸ばした形になっていた。


 一段ずつ上がる。


 俺が先頭。


 美咲と水野さんが後ろ。


「悠希、今度は先に行くんだ」


「もう建物の感じ分かったからだよ」


「怖くなくなった?」


「そういうことにしといて」


 三階へ近づくにつれ、二階の明かりが遠くなる。


 もちろん電灯がついているわけではない。


 俺たちの懐中電灯しか光はない。


 それでも、下に誰かがいるというだけで二階はまだ安心できた。


 階段を一段上がるたび、その安心感から離れていく気がした。


 やがて。


 三階へ出た。


「……ここか」


 俺はライトを動かす。


 三階も、階段を中心に廊下が伸びている。


 ただし。


「南側、行けないね」


 水野さんが言った。


 南へ続くはずの通路には、大きな防火隔壁が下りていた。


 二階と同じだ。


 天井から床まで完全に閉じている。


 脇には立入禁止の札。


「またこれか」


 美咲が言う。


「元々使わせるつもりないんだろ」


 俺はスマートフォンを取り出した。


「もうメモ?」


「三階も残しとく」


 三階。


 南側。


 防火隔壁。


 通行不可。


 それだけ打ち込む。


「じゃあ東と西?」


 美咲が周囲を照らした。


「ああ」


 東側にも西側にも廊下が伸びている。


 そして、その両側には扉が並んでいた。


「病室ばっかりだね」


 水野さんが言う。


 確かに。


 二階も病室中心だったが、三階はさらにそれがはっきりしていた。


 ほとんど病室しかない。


「とりあえず西から見る?」


 美咲が言った。


「どっちでもいいよ」


「じゃあ西」


 三人で西側へ向かった。


     *


 最初の病室の扉を開ける。


「広い」


 美咲が言った。


 二階の部屋とは違った。


 二階で俺たちが使っているのは、一人用の小さな個室だった。


 だが三階の病室には、古いベッドが四台並んでいた。


 二台ずつ。


 左右の壁際。


 中央には人が通れるくらいの空間。


 ベッドとベッドの間には、カーテンを吊っていたらしいレールだけが残っている。


「共同の病室だったんだ」


 水野さんが言う。


「たぶんな」


 ベッドには当然シーツなどない。


 錆びた金属のフレーム。


 薄汚れたマットレスが残っているものもある。


「二階と全然違うね」


 美咲がベッドの間を歩く。


「二階は宿泊用に個室を使ってるんだろ」


「こっちは昔のままなんだ」


「たぶん」


 俺も中へ入る。


 入口から見るだけでも十分だったが、どうせ確認するなら一通り見ておく。


 ベッドの下。


 窓際。


 古い棚。


 特に何もない。


 スマートフォンへメモ。


 共同病室。


 ベッド四台。


 確認。


「何号室とか書かないの?」


 美咲が聞く。


「そこまでいらないだろ」


「急に雑」


「自分が分かればいいんだよ」


 次の部屋。


 ここも共同病室。


 ベッドは六台あった。


「こっちのほうが多い」


 水野さんが言う。


「六人部屋かな」


「病院ってこういう感じだったよね」


 美咲が言う。


「今でもあるんじゃない?」


「あると思う」


 古いベッド。


 倒れた椅子。


 窓際の小さな棚。


 壁には何かを剥がした四角い跡が残っている。


「テレビとか置いてたのかな」


「知らない」


「悠希、こういうの本当に興味ないよね」


「病院の昔の設備に興味持てってほうが無理だろ」


 西側の廊下には、同じような病室がいくつも続いていた。


 四人部屋。


 六人部屋。


 また四人部屋。


 中の状態は多少違うものの、基本的には似ている。


 一室は窓が割れていた。


 床にガラスが散っているため、入口から見るだけにした。


 別の病室は、一台のベッドが横倒しになっていた。


 それでも奥まで見えないほどではない。


「思ったより普通だね」


 美咲が言う。


「普通でいいだろ」


「もっと何かあるかと思った」


「何かって?」


「分かんないけど」


「だから、その分かんない何かを期待するのやめろよ」


 水野さんが笑った。


 西側の一番奥まで行く。


 そこにも病室が一つあった。


 扉を開ける。


 四人部屋。


 特に変わったところはない。


「西はこれで終わり?」


「みたいだな」


 廊下の先は壁だった。


「じゃあ東」


「まだ行くんだよな」


「もちろん」


 分かっていた。


 俺たちは来た道を戻った。


     *


 東側も似たようなものだった。


 共同病室。


 共同病室。


 また共同病室。


「本当に病室ばっかり」


 水野さんが言う。


「昔は入院病棟だったんじゃない?」


 美咲が答える。


「二階よりこっちのほうが患者さん多かったのかな」


「かもな」


 俺は適当に答えながら、順番に確認していく。


 一室。


 二室。


 三室。


 どれもベッドが複数並んでいる。


 四台か六台。


 部屋によって少し違う。


 一つだけ、ほとんど物が残っていない病室があった。


 ベッドのフレームすらない。


「空っぽ」


 美咲が中を照らす。


「片づけたんじゃない?」


「何でここだけ?」


「知らないよ」


「気にならない?」


「ならない」


「即答だね」


 部屋へ入る。


 何もない。


 床。


 壁。


 窓。


 それだけだ。


 変なものはない。


 俺は少し安心して部屋を出た。


 次の病室には、古い車椅子が一台残されていた。


「うわ」


 美咲が嬉しそうな声を出す。


「何で嬉しそうなんだよ」


「だって廃病院っぽい」


「最初から廃病院だろ」


「写真撮っていいかな」


「好きにしろよ」


 美咲がスマートフォンを取り出す。


 フラッシュが一瞬、部屋を白く照らした。


 俺は思わず目を細めた。


「急に光らせるなよ」


「写真なんだから仕方ないじゃん」


「心臓に悪い」


「やっぱり怖いんじゃん」


「違う」


 何度この会話をしただろう。


 水野さんも車椅子を見ていた。


「こういうの残ってるんですね」


「全部持っていく必要もなかったんじゃない?」


「処分するのもお金かかりそうですしね」


 普通の会話。


 普通の廃墟。


 何も起きない。


 そのほうがいい。


 東側の一番奥まで確認する。


「ここで終わりだね」


 美咲が言った。


「ああ」


 そこも壁だった。


 東西。


 どちらも病室ばかり。


 南側は防火隔壁。


「じゃあ三階、これで全部?」


 水野さんが聞く。


「いや」


 美咲が上を見た。


「屋上」


「やっぱり覚えてたか」


「忘れるわけないじゃん」


 俺はため息をついた。


     *


 屋上へ続く階段は、三階の階段のさらに上にあった。


「見るだけだからな」


「分かってるって」


「開いてても今日は出ないぞ」


「何で?」


「夜だから」


「屋上から夜景見えるかも」


「山しかないだろ」


「星とか」


「明日でいい」


「開いてたら考える」


「考えなくていい」


 三人で階段を上る。


 短い階段だった。


 その先に、重そうな金属扉。


 扉には、


 ――屋上。


 という表示。


「あった」


 美咲が取っ手へ手を伸ばす。


「待て」


「何?」


「俺がやる」


「はいはい」


 取っ手を握る。


 押す。


 動かない。


「あれ?」


 もう一度。


 やはり動かない。


 今度は引く。


 駄目だ。


「鍵?」


 水野さんが聞く。


「みたいですね」


 扉の脇を見る。


 鍵穴。


 しっかり施錠されている。


「開かないの?」


 美咲が残念そうに言う。


「開かない」


「えー」


「よかった」


「今よかったって言った?」


「言ってない」


「言ったよ」


「気のせいだ」


 俺はスマートフォンを出した。


「屋上までメモするんだ」


「当然」


 屋上。


 扉施錠。


 入れない。


 そう、入力する。


「これで本当に全部か」


 俺はメモを見返した。


 三階は二階より広い。


 ただし構造は単純だった。


 東と西に共同病室が並んでいる。


 南側は最初から使えない。


 屋上も入れない。


 俺は三階分を簡単にまとめた。


【三階】


・西側通路 通行可

・西側 共同病室が複数。四人部屋、六人部屋中心

・東側通路 通行可

・東側 共同病室が複数。四人部屋、六人部屋中心

・窓ガラスが割れて入れない病室あり

・空の病室あり

・古い車椅子が残っている病室あり


・南側通路 防火隔壁。通行不可

・屋上 扉施錠。入れない


「これで三階も終わり」


 俺はスマートフォンをしまった。


「結局、全部見たね」


 美咲が言う。


「無理やり付き合わされたんだよ」


「でもちゃんとメモまでしてた」


「何かあったときのためだよ」


「またそれ?」


「重要だろ」


 水野さんが笑う。


「西岡さん、一番真面目に調べてますよね」


「だから、好きでやってるわけじゃないんですよ」


「分かってます」


 本当に分かっているのだろうか。


 俺は屋上の扉をもう一度見た。


 閉まっている。


 鍵もかかっている。


 今夜は出られない。


 その事実に、俺は少しだけ安心していた。


「じゃあ戻ろう」


 今度こそ。


 本当に。


 今日の探索は終わりにしたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ