↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万器一身 〜無名の武術家、異世界を往く〜  作者: タダ ユキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/16

第七話 最果ての国の聖女

魔王領から、最も遠い国。


エルディア王国。


魔王軍の侵攻を受けた国々が日に日に増えているというのに、この国にはどこか緊張感がなかった。


街を歩けば人々は笑い、商人は声を張り上げ、子供たちは広場を走り回っている。


まるで、魔王など存在しないかのように。


「……平和ねぇ。」


馬車の窓から外を眺めながら、少女は呟いた。


白い法衣。


長い白髪。


そして、紅い瞳。


聖女――ベス。


四人いる聖女の中で最年長。


十八歳。


そして現在、彼女は一人の男を従えてエルディア王国を訪れていた。


「何が気に入らないんだ?」


向かいに座る男が言う。


三十歳を少し前にした、長身の男。


簡素な鎧を身に着け、腰には剣。


胸には聖護騎士団の紋章。


団長。


ガイル・ハーゼン。


「全部。」


「全部かよ。」


「だってそうでしょ。」


ベスは腕を組む。


「魔王軍が勢力を広げてるのよ?」


「知ってる。」


「国がいくつも落ちてるのよ?」


「知ってる。」


「なのにこの国は?」


ベスは窓の外を見る。


道端では、子供たちが笑っている。


果物を売る店。


パン屋。


酒場。


どこにでもある、ごく普通の日常。


「……何も考えてないみたい。」


ガイルは苦笑した。


「ここは魔王領から一番遠いからな。」


「だからって危機感なさすぎでしょ。」


「まあ、俺もそう思う。」


「でしょ?」


「でも、それを外交先で言うなよ。」


「分かってるわよ。」


ベスはふくれっ面をした。


「だからさっきから我慢してるの。」


「偉い偉い。」


「子供扱いしないで。」


「はいはい。」


「……ほんっとに、うるさい。」


ベスはそっぽを向く。


ガイルは笑った。


聖護騎士団団長。


そして聖女ベスの専属ガードナー。


彼女が幼い頃から、ずっと傍にいる。


ベスにとっては――


少し鬱陶しくて。


少し頼りになって。


そして。


誰よりも大切な男だった。


もちろん。


そんなことは口にしない。


できない。


聖女である限り。


自分には果たすべき使命がある。


その使命が終わるまで。


それだけは、決めていた。



外交は無事に終わった。


エルディア王は、魔王軍への協力を惜しまないことを約束した。


兵糧。


武器。


資金。


そして避難民の受け入れ。


口約束ではあるものの、十分な成果だった。


王宮を出たベスは、大きく息を吐いた。


「疲れた……。」


「お疲れさん。」


「何であたしがこんな大使みたいなことしなきゃいけないのよ。」


「聖女だから。」


「それ、答えになってない。」


「そうか?」


「そうよ。」


ベスはぶつぶつ言いながら歩く。


その時。


ふと足を止めた。


「……ねえ。」


「ん?」


「ソプラノ。」


ガイルの表情が変わる。


「……。」


「まだ見つからないのよね。」


「ああ。」


ソプラノ。


四人の聖女の一人。


魔王軍の襲撃に巻き込まれ、専属の聖護騎士たちと共に行方不明となった少女。


死亡したという確かな情報はない。


遺体も見つかっていない。


だからこそ――


ベスは心の中で何度も考えていた。


もし。


もしソプラノが死んでいたら。


「……次を作らなきゃいけない。」


ベスが呟いた。


ガイルが眉をひそめる。


「お嬢。」


「何?」


「それはちょっと冷たすぎねーか?」


ベスは黙った。


「仲間が命を懸けて守ったあの娘だ。」


ガイルは前を向いたまま言う。


「俺は、どこかで生きてると思うがね。」


「根拠は?」


「ない。」


「……。」


「ただの勘だ。」


ガイルは笑う。


「でも、あいつらは最後まであの娘を守ろうとした。」


「手前味噌だがあいつらは護衛をやりとげたはずだ。」


「……うん。」


「だったら、そう簡単に死ぬとは思えねえよ。」


ベスは黙っていた。


「……あたしだって。」


小さな声。


「生きててほしいと思ってる。」


ガイルは何も言わない。


「でも。」


ベスは拳を握った。


「聖女が一人欠けたら、残された三人の負担が増えるどころか詠唱が完成しない。」


「分かってる。」


「魔王軍との戦いは待ってくれない。」


「分かってる。」


「だから……。」


言葉が詰まる。


「だから、もし死んでたら……次を用意しなきゃいけない。」


ガイルはため息をついた。


「お嬢。」


「何よ。」


「お前、本当は優しいのにな。」


「……。」


「そういう言い方するから、冷たい奴だと思われるんだよ。」


「うるさい。」


ベスは顔を背けた。


「私は聖女なの。」


「知ってる。」


「好き勝手に泣いたり、悲しんだりしてる場合じゃないの。」


「……。」


「みんながそう思ってる。」


ガイルはしばらく黙っていた。


そして。


「俺は違うけどな。」


「え?」


「お前が泣きたい時くらい、泣けばいいと思ってる。」


ベスは何も答えなかった。


ただ。


ほんの少しだけ。


ガイルから離れた。


「……そういうところが嫌い。」


「おい。」


「鬱陶しい。」


「ひでえな。」


「……。」


ベスは歩きながら、ほんの少しだけ笑った。



その夜。


エルディア王国の宿。


ベスは一人、窓辺に立っていた。


月を見上げる。


「ソプラノ……。」


その名前を口にした。


妹のような存在だった。


四人は幼い頃から共に過ごしてきた。


ソプラノ。


アルト。


テナ。


そして自分。


ベス。


四人で一つ。


それが聖女だった。


それぞれ違う詠唱。


それぞれ違う声。


一人でも強大な魔法を使える。


だが――


四人が揃った時。


その声は重なり。


一つの音楽になる。


ハーモニー。


それこそが、四聖女の真価。


「……馬鹿。」


ベスは呟いた。


「勝手にいなくなるんじゃないわよ。」


誰も答えない。


遠い場所。


どこかで。


ソプラノも同じ月を見ているのだろうか。


そんなことを考えて――


ベスは小さく笑った。


「……生きてなさいよ。」



その頃。


ベスたちが泊まる宿から遥か遠く。


魔王領とは反対方向。


世界のどこか。


一人の少女が、見知らぬ男と食卓を囲んでいた。


「お兄さん、これ美味しいね。」


「そうだな。」


「卵ちゃんも食べるかな?」


「まだ食べないだろ。」


「そっか。」


少女の足元には、あの卵。


そして――


その卵は。


ほんの僅かに。


震えていた。


まだ誰も。


そのことには気づいていなかった。

厳密に言えば、現在最果ての国にいる聖女なんです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。