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万器一身 〜無名の武術家、異世界を往く〜  作者: タダ ユキ


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第六話 仇討ちの国・中編

ラルフとの約束から、三日が経った。


俺たちは、しばらくこの街に滞在することにした。


宿代や食費を考えれば、本当は長居はできない。


だが、三ヶ月後には仇討ちがある。


それまでにラルフを仕上げる。


報酬も前金で貰った。


だからそれが今の俺の仕事だった。


朝。


俺とラルフは、街外れの森にいた。


「まず、お前のスキルを見せてくれ。」


「木こりのスキルを?」


「ああ。」


ラルフは少し困った顔をした。


「本当に見るだけでいいのか?」


「まずはな。」


ラルフは斧を手に取った。


目の前には、太い木が一本。


「これでいい。」


ラルフが構える。


俺は少し離れて、その身体を見る。


足。


腰。


肩。


腕。


ラルフの身体が静かに沈む。


そして――


斧が振り抜かれた。


ドンッ!


深く食い込む。


一度。


二度。


三度。


最後の一撃。


バキッ!


大木がゆっくりと倒れていく。


ラルフは斧を下ろした。


俺は切り株を見る。


見事な断面だった。


「……上手いな。」


「木こりだからな。」


「そういう意味じゃない。」


俺はラルフの足元を見る。


「ちゃんと足から力を出してる。」


「それが普通だろ?」


「いや。」


俺は首を振った。


「お前はかなり上手い。」


木を切るために必要な力が、足から腰へ。


腰から背中。


肩。


腕。


そして斧へ。


身体全体が一つに繋がっている。


だから、あれだけの太さの木を切れる。


「俺が教える必要なんてないんじゃないか?」


ラルフが笑った。


「じゃあ帰るか?」


「それとこれとは別だ。」


俺も笑う。


「木は切れてる。」


「当たり前だ。」


「でも、人間は木じゃない。」


ラルフの顔から笑みが消えた。


「動く。」


「……ああ。」


「避ける。」


「……。」


「近付いてくることもある。」


俺は地面を指差した。


「今のお前の動きは、木を切るには完璧だ。」


「なら――」


「でも、そこで一度身体が止まる。」


ラルフが自分の足を見る。


「止まってるか?」


「正確には、居付いてる。」


「……。」


「木を切る時は、それでいい。」


俺は斧を振る動作を真似する。


「足を踏み込み、そこから身体を一つにして斧へ力を伝える。」


「そうだ。」


「その瞬間、身体は安定する。」


「うん。」


「だから木は切れる。」


そこで俺は横へ一歩動いた。


「でも、相手はそこにいない。」


ラルフが俺を見る。


「……。」


「お前が斧を振る。」


俺はさらに一歩移動する。


「相手も動く。」


さらに一歩。


「だったら、お前も動きながら振ればいい。」


ラルフが眉をひそめた。


「歩きながら斧を振るのか?」


「そう。」


「そんなので力が出るのか?」


「出す。」


「どうやって?」


「今のお前の身体の使い方を変える必要はない。」


俺はラルフの足元を見る。


「力の伝え方も変えない。」


「じゃあ何を変える?」


「足を止めない。」


ラルフが黙った。


「踏み込む。」


一歩。


「その足を止めずに、次の一歩へ移る。」


さらに一歩。


「その途中で斧を薙ぐ。」


俺は身体を動かしながら、腕を振る。


「足から出た力を腕まで伝える。」


「それは今までと同じ。」


「そう。」


「でも、足を止めない。」


「そういうこと。」


ラルフはしばらく俺を見ていた。


「……難しいな。」


「当たり前だ。」


「木は逃げない。」


「だから簡単なんだ。」


俺は笑う。


「今度は木に逃げてもらう。」



その日から修行が始まった。


本物の斧は使わない。


俺は街の大工に頼んで、木製の斧を作ってもらった。


刃の部分まで木で作った、木刀のようなものだ。


「これなら、間違って当たっても大怪我にはなりにくい。」


ラルフは木製の斧を握った。


「軽い。」


「本物より少し軽くしてある。」


「これで戦うのか?」


「戦わない。」


ラルフが俺を見る。


「じゃあ何をする?」


「身体に覚えさせる。」


「……分かった。」


最初は簡単だった。


一歩。


斧を振る。


二歩。


斧を振る。


三歩。


斧を振る。


だが――


「止まるな。」


「……。」


「今、足が止まった。」


「分かってる。」


「もう一度。」


一歩。


二歩。


斧。


「遅い。」


「もう一度。」


一歩。


二歩。


斧。


「今度は腰が残った。」


「……くそ。」


「焦るな。」


ラルフは息を整える。


「木を切る時と同じだ。」


「でも木は動かない。」


「だから頭の中を変える。」


俺は一本の木を指差した。


「そこに大木がある。」


「……。」


「その大木が、お前を殺そうとして動く。」


ラルフが苦笑する。


「無茶苦茶だな。」


「そうでもない。」


俺は木製の斧を構えた。


「お前は木を切る時、木を恐れるか?」


「恐れない。」


「だったら同じだ。」


「相手を――」


「人間だと思うな。」


俺は一歩踏み出した。


「動く大木だと思え。」


ラルフは黙った。


そして、構えた。


一歩。


二歩。


斧。


今度は止まらなかった。


「……。」


俺は頷く。


「今のだ。」


「できた?」


「ああ。」


ラルフの顔に、ほんの少し笑みが浮かんだ。


「もう一度。」


「やれ。」


それから何度も繰り返した。



昼過ぎ。


宿に戻る。


「お帰り。」


ソプラノが食堂で待っていた。


膝の上には、いつもの卵。


「ただいま。」


俺はソプラノの前に座る。


「修行は?」


「順調。」


「ラルフさんは?」


「疲れて寝た。」


「そう。」


ソプラノが卵を見る。


「この子も頑張ってるよ。」


「何を?」


「知らない。」


「……。」


俺は卵を見た。


相変わらず孵らない。


「まあ、そのうちだな。」


「うん。」


ソプラノが笑う。


俺は何となく、卵を確認する。


傷はない。


袋も破れていない。


ソプラノも元気そうだ。


それを確認してから、ようやく肩の力を抜いた。


「……お兄さん。」


「ん?」


「やっぱり心配性。」


「何が?」


「卵。」


「……。」


「毎日確認してる。」


「大事な荷物だからな。」


「私も?」


ソプラノが聞く。


俺は一瞬、答えに詰まった。


「……お前は荷物じゃない。」


「じゃあ何?」


「……。」


答えられない。


ソプラノは楽しそうに笑った。


「変なの。」



夕方。


俺とラルフは街を歩いていた。


その時。


通りの向こうから、豪華な馬車がやって来た。


人々が道を空ける。


馬車に刻まれた紋章を見て、ラルフの表情が変わった。


「……あいつだ。」


「領主の息子?」


「ああ。」


馬車が止まる。


中から一人の男が降りてきた。


二十代半ば。


仕立ての良い服。


腰には立派な剣。


顔立ちだけを見れば、育ちの良い青年にしか見えない。


だが――


その目には、人を見下す色があった。


「おい。」


男が近くの女性を呼び止めた。


「何をしている?」


「仕事へ向かっております。」


「俺の前を横切ったな。」


「申し訳ありません。」


「謝れば済むと思うか?」


女性は顔を青くする。


男は彼女の持っていた荷物を蹴った。


「拾え。」


女性が慌てて拾う。


「もっと早くしろ。」


誰も止めない。


止められない。


ラルフの拳が震える。


俺は腕を掴んだ。


「まだだ。」


「……分かってる。」


男は鼻で笑い、馬車へ戻っていく。


その姿が見えなくなるまで、ラルフは動かなかった。


「……あいつが家族を殺した。」


「ああ。」


「同じ目をしてた。」


俺は何も言わなかった。


この国の法律に、貴族だから人を殺していいなどという条文はない。


表向きには、平民も貴族も同じ法の下にある。


だが現実は違う。


金。


権力。


人脈。


領主という立場。


それらが集まれば、証言を変えさせることもできる。


捜査を遅らせることもできる。


裁判を有利に進めることもできる。


「だから仇討ちがあるのか。」


俺が呟く。


ラルフがこちらを見る。


「……そうかもしれない。」


「国が裁けなかったから、最後の権利として残してある。」


「俺はそう思ってる。」


ラルフは拳を握った。


「三ヶ月後。」


「ああ。」


「俺はあいつと戦う。」


俺は頷いた。


「そのために強くなれ。」


「分かった。」



その夜。


森に戻る。


月明かりの下。


ラルフは木製の斧を握った。


俺が横へ動く。


ラルフも動く。


一歩。


二歩。


三歩。


俺が身体を捻る。


その瞬間――


斧が横薙ぎに走った。


空気が鳴る。


「……!」


今までとは違う。


足が止まっていない。


身体が移動し続けている。


それでも、斧には力が乗っている。


「今のだ。」


俺は頷いた。


「それを磨け。」


ラルフは荒い息を吐く。


「これなら……。」


「まだだ。」


「え?」


「相手は戦闘スキルを持ってる。」


ラルフの顔が引き締まる。


「……俺の木こりスキルで、勝てるのか?」


「分からない。」


俺は正直に答えた。


「俺も戦闘スキルってものを知らない。」


「……。」


「だから、やるだけだ。」


俺は木製の斧を指差した。


「お前のスキルは木を切るためにある。」


「だったら――」


「その力を、どう使うかはお前次第だ。」


ラルフは斧を握り直した。


そして再び構える。


一歩。


二歩。


三歩。


薙ぐ。


今度は迷いがなかった。


月明かりの森に、木の斧が風を切る音が響く。


俺はそれを見ながら思った。


三ヶ月。


長いようで、短い。


果たして。


この技術が、戦闘スキルに届くのか。


そして――


ラルフは仇討ちの日にどう決着を付けるのか?


正直俺には分からなかった。

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