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万器一身 〜無名の武術家、異世界を往く〜  作者: タダ ユキ


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第六話 仇討ちの国・前編

今回前中後編の三話編成となります。

「隣の国に行ってみない?」


朝食を食べていると、ソプラノが言った。


「……突然だな。」


「おかみさんが言ってた。」


そう言って、ソプラノは厨房を見る。


サビ猫の昼寝亭のおかみが、焼きたてのパンを運んできた。


「隣国の蜂蜜菓子は美味しいよ。」


「蜂蜜菓子……。」


ソプラノの目が輝いた。


「行きたい。」


「……。」


「行きたい。」


「分かったよ。」


俺はため息をついた。


「ただし、金がない。」


ソプラノの表情が固まる。


「……ないの?」


「王様からもらった銀貨は、とっくに使い切った。」


それは本当。


だが旅を始めてから、何度か金を稼いだ。


荷運び。


護衛。


魔物退治。


それから、人にはあまり言えないような仕事も少々。


命を張った分だけ、それなりには稼げた。


「半分嘘だ。今ある分で、しばらくは旅ができる。」


「蜂蜜菓子は?」


「……買えるくらいはある。」


「じゃあ行こう。」


「お前、それが目的だろ。」


「うん。」


迷いのない返事だった。


俺は苦笑した。


「まあいいか。」


卵は今日もソプラノの背負った袋の中に入っている。


白い卵。


大きさはダチョウの卵ほど。


いまだに孵る気配はない。


「落とすなよ。」


「分かってる。」


「割るなよ。」


「卵だからね。」


「……。」


「何?」


「いや。」


どうも俺は、最近この卵とソプラノのことになると、妙に心配性になっているらしい。


朝、忘れ物がないか確認する。


街を歩けば、ソプラノが人混みに紛れていないか確認する。


卵がちゃんとあるかも確認する。


別に理由はない。


ただ――


この世界で知っている人間が、少しずつ増えてきた。


それだけのことだ。


「行くぞ。」


「うん。」


俺たちは隣国へ向かった。



街道を走る馬車に乗り、半日。


国境が見えてきた。


俺は窓の外を見る。


「随分、あっさりしてるな。」


国境には兵士がいる。


だが、緊張した様子はない。


簡単な確認だけで馬車は通された。


「国同士の仲は良いのか?」


御者に聞く。


「ああ。昔はいろいろあったが、今は悪くない。」


「隣国なのに?」


「隣国だからこそ、だよ。」


御者は笑った。


「魔王がいるっていうのに、人間同士で争ってる場合じゃないだろ?」


俺は頷いた。


サビ猫の昼寝亭のおかみも同じことを言っていた。


人間同士がいがみ合っていたら、とても魔王なんて倒せない。


もちろん、完全に仲良しというわけではない。


貿易では揉める。


国境では小さな問題も起きる。


互いに自国の利益を優先する。


それでも――


敵にはならない。


魔王という、もっと大きな敵がいるからだ。


「なるほどな。」


馬車は隣国へ入った。



街に着くと、まず宿を探した。


「お兄さん。」


「なんだ?」


「蜂蜜菓子。」


「まず宿。」


「……。」


「まず宿。」


「分かった。」


不満そうな顔をする。


俺は笑った。


「宿を取ったら買いに行く。」


「本当?」


「ああ。」


「約束。」


「約束。」


宿を取ると、俺はソプラノを連れて市場へ向かった。


蜂蜜菓子の店を見つける。


「これ。」


ソプラノが指差した。


「三つ。」


「二つでいいだろ。」


「一つはお兄さん。」


「俺はいらない。」


「じゃあ二つ。」


「……そういう意味じゃない。」


結局、三つ買った。


ソプラノは嬉しそうに袋を抱える。


その時だった。


通りの向こうで、男が誰かと揉めているのが見えた。


怒鳴り声。


酒の匂い。


「……嫌な予感がする。」


俺はソプラノを見る。


「ここで待ってろ。」


「え?」


「店の中に入って。」


「どうして?」


「ちょっと様子を見てくる。」


「私も――」


「駄目。」


思ったより強い口調になった。


ソプラノが目を丸くする。


俺は少しだけ声を落とした。


「……この辺り、人が多いから。」


「迷子になる?」


「そう。」


「じゃあ、お兄さんが迷子にならないようにする。」


「俺は大丈夫。」


「本当に?」


「本当。」


ソプラノは少し考えた。


「……分かった。」


俺は先ほどの菓子屋へ連れて行った。


「ここで待ってろ。」


店主に声をかける。


「この子を少し見ていてもらえますか?」


「ええ。」


二つ返事で了承を得る。


「すぐ戻ります。」


俺はソプラノを見る。


「絶対に店の外へ出るなよ。」


「子供じゃない。」


「知ってる。」


「じゃあ――」


「それでもだ。」


ソプラノは少しだけ笑った。


「……心配性。」


「そうかもな。」


そう言って俺は店を出た。



男が絡んできたのは、そのすぐ後だった。


三十歳前後。


無精髭。


目つきが悪い。


酒でも飲んでいるのか、足元が少しふらついている。


「おい。」


「俺?」


「そうだ。」


「何か?」


「さっきぶつかっただろ。」


「そっちからだ。」


「なんだと?」


男が胸ぐらを掴もうとする。


俺は避けなかった。


伸びてきた手首に、軽く触れる。


握らない。


引っ張らない。


ただ、少しだけ方向を変える。


身体を半歩移動させる。


それだけだった。


男の身体が、俺につられるように回った。


「……え?」


次の瞬間。


ドサッ。


男は地面に尻をついていた。


怪我はない。


俺は手を離す。


「悪いな。」


「何を……した?」


「何も。」


「いや、今――」


「身体を動かしただけだ。」


じいちゃんから習った。


相手の力に逆らわない。


必要以上に力を使わない。


身体が動く方向を、ほんの少し変える。


それだけ。


男は手首を確認する。


何ともない。


「……スキルか?」


「違う。」


「なんだ?」


「知らない。」


「知らない?」


「じいちゃんに教わっただけだ。」


男は俺を見る。


しばらくして――


「頼みがある。」


「断る。」


「まだ何も言ってない。」


「面倒そうな顔をしてる。」


男が苦笑した。


「……変な奴だな。」


「よく言われる。」



「名前はラルフ。」


男は酒場の椅子に座った。


「俺には家族がいた。」


俺は黙って聞く。


「父親、母親、弟。」


ラルフの手が震える。


「三年前に殺された。」


「誰に?」


「領主の息子だ。」


俺は眉をひそめた。


「領主の息子?」


「ああ。」


「裁判は?」


「無罪。」


「証拠がなかったのか?」


「違う。」


ラルフが答える。


「目撃者もいた。」


「じゃあ、なぜ?」


「全員、死んだからだ。」


俺は黙った。


「奴は酒に酔って剣を振り回した。弟を殺そうとして、それを父が庇った。母も……。」


ラルフはそこで言葉を止めた。


「その後、奴は金で証人を黙らせた。」


「……。」


「だから俺は、仇討ちを申請した。」


懐から一枚の紙を出す。


国の紋章。


正式な許可証。


「この国には、仇討ちがある。」


「本当に法律で認められてるのか。」


「ああ。」


「条件は?」


「いくつかある。国の審査を受け、仇討ちの権利が認められること。」


「そして?」


「指定された場所で、決められた相手と戦う。」


「殺しても?」


「許可された仇討ちなら、殺人にはならない。」


俺は紙を見る。


妙な国だ。


だが――


無法な復讐ではない。


国が復讐する権利そのものを認めている。


「俺は弱い。」


ラルフが言った。


「だから、あんたに頼みたい。」


「何を?」


「俺に戦い方を教えてくれ。」


俺は黙った。


「三ヶ月後だ。」


「三ヶ月?」


「仇討ちの日。」


「相手は?」


「領主の息子。」


「強いのか?」


「ああ。」


ラルフは苦笑した。


「俺とは比べ物にならない。」


俺は酒場の窓から外を見る。


ソプラノはまだ店で待っている。


……そろそろ戻らないと。


「悪いが、人を殺すための手助けはできない。」


ラルフの表情が曇る。


「……そうか。」


立ち上がる。


「迷惑をかけた。」


俺はその背中を見る。


しばらく考えた。


「待て。」


ラルフが振り返る。


「相手を殺さないなら、考えてもいい。」


「……何?」


「勝つ方法だ。」


ラルフは目を見開いた。


「それでもいい。」


「三ヶ月で強くなる保証はない。」


「それでもいい。」


「相手に殺されるかもしれない。」


「それでも――」


ラルフは拳を握った。


「家族のために、やる。」


俺はため息をついた。


「……分かった。」


「本当か?」


「ただし、俺は方法を模索するだけだ。」


「構わない。」


「それと――」


俺は立ち上がる。


「今日はここまでだ。」


「え?」


「待たせてる奴がいる。」


店を出る。


俺は早足で菓子屋へ向かった。


「お兄さん!」


店の前にソプラノがいた。


「遅い。」


「悪かった。」


「蜂蜜菓子、もう一個食べちゃった。」


「……それはいい。」


俺はソプラノを見る。


怪我はない。


卵もちゃんと背負っている。


「帰るぞ。」


「うん。」


歩き出す。


ソプラノが隣を歩く。


「お兄さん。」


「なんだ?」


「さっきの人、どうしたの?」


「……三ヶ月後に、戦うらしい。」


「誰と?」


「家族を殺した男。」


ソプラノは黙った。


「仇討ち?」


「そうらしい。」


「怖いね。」


「そうだな。」


「お兄さんは手伝うの?」


俺は少し考えた。


「……戦い方を教えるだけだ。」


「それなら、人を殺さなくて済む?」


「そうしたい。」


ソプラノは少し笑った。


「お兄さん、やっぱり優しいね。」


「違う。」


「じゃあ何?」


「……。」


答えが出なかった。


俺はただ、あの男が家族を殺されたという話を聞いてしまった。


そして。


俺には多少の技術がある。


それだけだった。


「帰ろう。」


「うん。」


夕暮れの街を歩く。


ソプラノの背中で、卵が小さく揺れている。


コツ。


小さな音がした。


俺とソプラノは振り返る。


「……まだ起きてるみたいだな。」


「ね。」


卵は何も答えない。


ただ静かに、二人と一緒に旅を続けていた。


三ヶ月後。


この国で、正式な仇討ちが行われる。


そして俺はまだ知らない。


その戦いが――


俺自身に、


「人を殺すとは何なのか」


を考えさせることになるとは。

昔仇討ち法案と言う作品をなろうで投稿しようとしてましたが、書ききらなくて放置していました。

そしたら助太刀09って漫画を見かけて、

なんか設定似てるな?ってか作品になってる分あちらの方がクオリティめっちゃ高いな…とテンションが下がり、

途中で書くのをやめてしまいました。

現代日本に仇討ちが復活する的な内容でしたが、

今回起こし直してそれを組み入れてみました。

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