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万器一身 〜無名の武術家、異世界を往く〜  作者: タダ ユキ


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13話 玄身法

玄華国に来て数日。


俺は、宿のおかみから紹介された施設を訪れていた。


目的は一つ。


玄身法。


魔素を利用して身体能力を高める技術。


スキルとは違う。


この国では、昔から研究されてきた身体強化の方法らしい。


施設の中には、何人かの教官がいた。


その中で俺を担当してくれることになったのは、穏やかな雰囲気の女性だった。


「初めまして。林静蘭と申します」


「よろしくお願いします」


「こちらは補助をしてくれる妹の――」


「鈴花でーす!」


横から元気な声が飛んできた。


姉とよく似た顔立ち。


だが、性格は正反対らしい。


「お姉ちゃんのお手伝いしてます!」


「……よろしく」


「よろしくね、お兄さん!」


いきなり距離が近い。


静蘭さんが苦笑した。


「この子は少々馴れ馴れしいところがありますので……」


「いいよ。気にしないから」


「ほんと!?」


「鈴花」


「はい……」


姉に睨まれて、しゅんとする。


どうやら、この二人は姉妹で間違いないらしい。



初日は座学だった。


玄身法。


その起源は、戦争ではなかった。


「玄華国の初代国主が、荒れ果てた土地を開墾するために編み出したものです」


静蘭さんが説明する。


「当時の玄華は、今とは比較にならないほど貧しい土地でした。農地を作るにも、大きな岩を動かし、木を切り、道を作らなければならなかった」


魔素を身体に巡らせる。


それによって肉体を強化する。


単純な発想だった。


「最初は、人々の暮らしを良くするための技術だったんです」


だが時代が変わった。


戦争が起きた。


そして、人間は強い力を持つものを戦いに使い始めた。


「現在では戦闘技術として知られる方が多くなりました。しかし……」


静蘭さんは少し寂しそうに笑った。


「初代国主は、それを望んでいなかったと言われています」


俺は頷いた。


「なるほどな」


地球でも似たような話はある。


便利な技術が、戦争に転用される。


ダイナマイトだって、元々は戦争のために作られたものではなかった。


人間というのは、便利なものを見つけると、どうしてもそういう方向へ使いたくなるらしい。


「玄身法は現在、国として学ぶことを推奨されています。農作業や建築などにも使われていますし、もちろん戦闘を志す者も多いです」


「随分と普及してるんだな」


「ええ。幼い頃から学ぶ者も少なくありません」


なるほど。


初日は、そんな話で終わった。



二日目。


いよいよ実技だった。


俺は少し不安だった。


俺はこの世界の人間ではない。


魔素というものを、そもそも扱えるのか。


「まず、身体の中にある魔素を感じてください」


静蘭さんが言う。


「そして、それをゆっくり巡らせます」


「巡らせる?」


「ええ。玄華では『廻し』と呼びます」


目を閉じる。


意識を身体の内側へ向ける。


魔素。


どこにある?


……。


「……」


何となく。


何かがある。


空気とは違う。


身体の中にあるわけでもない。


だが、身体の周囲に漂っている何かを感じる。


それを、少しずつ身体へ。


そして――


巡らせる。


「……これは」


じいちゃんに教わった養生功。


それに少し似ている。


呼吸。


身体。


意識。


それらを合わせる。


魔素を身体の中へ通していく。


「……できた」


身体が変わった。


力が漲る。


筋肉が膨れ上がったわけじゃない。


だが、明らかに身体の出力が違う。


「なるほど……」


急拵えの超人。


そんな言葉が頭に浮かんだ。


ただし。


「これ、一般人がいきなりやったら身体がイカれるだろ」


「……!」


静蘭さんが目を見開く。


「お分かりになりますか?」


「なんとなく」


身体が強くなる。


なら、その身体に耐えられるだけの準備が必要だ。


理想は幼い頃から少しずつ。


魔素を廻しながら身体そのものも鍛える。


俺はそう思った。


「要領は掴めた。でも、ちゃんと身につけるには時間が必要そうだ」


「……いえ」


静蘭さんが首を振った。


「驚いているんです」


「何が?」


「こんな短時間で、魔素を身体に廻せるようになる人はほとんどいません」


隣を見る。


鈴花が目を丸くしていた。


そして――


「すごいね! お兄さん!」


「鈴花」


「だって!」


鈴花が俺の周りをうろうろする。


「あたしなんて、これが出来るまで一年も掛かったのよ!」


「……一年」


「そう!」


「鈴花」


「はい……」


また姉に怒られている。


なんだか面白い姉妹だ。



三日目。


四日目。


俺は玄身法の基礎を繰り返した。


魔素を廻す。


身体を動かす。


廻す。


動かす。


少しずつ身体に馴染んでくる。


そして五日目。


実際の講習が始まった。


「では、まずはこれを」


目の前に置かれたのは――


巨大な岩だった。


「……」


「砕いてください」


「……これを?」


「はい」


受講生たちが一斉に動き出す。


ドンッ!


岩が砕ける。


別の場所では、


「おおおおおっ!」


巨大な木が根元から引き抜かれた。


さらに別の場所では、丸太のような巨大な棍棒を男が振り回している。


「……」


俺は眺める。


身体能力は凄い。


魔素による強化も、本物だ。


だが――


「……勿体ない」


思わず呟いた。


「え?」


鈴花が振り返る。


「何が?」


「いや……」


力はある。


身体も強い。


なのに。


ただ力任せに振り回している。


技も理屈もない。


俺は少し考えた。


「……ちょっと工夫してみるか」


身体を動かす。


ゆっくりと。


足。


腰。


肩。


腕。


連動させる。


そして――


奇形花撃砲。


じいちゃんに散々やらされた套路。


基本となる五つの技や、


108あるとされるじいちゃんの家伝の武術。


その中からいくつかを組み合わせ、套路としてまとめたものだ。


「……」


やってみると、懐かしい。


そして同時に後悔する。


「こんな目に遭うなら、もっとじいちゃんから座学も習っておけばよかったな」


じいちゃんは、こういうことをほとんど説明しなかった。


いや。


説明はしていたのかもしれない。


俺が聞いていなかっただけだ。


そもそも。


じいちゃんは自分のやっているものを、


何とか拳。


何とか流。


そんな名前で呼んだことがなかった。


いつも、


「家伝のものだ」


それだけ。


名前なんてどうでもいい。


じいちゃんらしいと言えば、じいちゃんらしい。


「……なにこれ?」


鈴花が呟いた。


「何って?」


「お兄さんの動き」


鈴花は目を輝かせている。


「踊ってるみたい」


「まあ、そう見えるか」


「でも、何か違う……」


その時だった。


「なんだそりゃ?」


横から声が飛んできた。


見ると、別の班の教官らしい大男が立っていた。


「踊りか?」


「……」


「そんなことしてないで、あの大岩でも砕いてみろ」


俺は岩を見る。


「うん?」


そして男を見る。


「……あんな物、砕いて何になる?」


男の顔が引きつった。


「なんだと?」


「いや。質問しただけだけど」


「俺を馬鹿にしているのか!」


周囲の空気が変わる。


静蘭さんが慌てて立ち上がった。


「張教官!」


だが男は止まらない。


「その屁理屈並べた認識を改めさせてやる!」


男が俺を見る。


「俺と模擬戦をしろ!」


デカい。


身長は一九〇を超えているだろう。


肩幅も広い。


まるでプロレスラーだ。


「玄身法の真髄を教えてやる!」


「張教官、やめてください!」


静蘭さんが止める。


だが男は引かない。


「こいつは玄身法を馬鹿にした!」


「そんなつもりは――」


「俺は許さん!」


……やれやれ。


俺は肩をすくめた。


「先生」


「はい」


「いいよ。相手になる」


「えっ?」


鈴花が声を上げた。


「お兄さん! あいつ、何人も受講生に怪我させてるんだよ!」


「そうなのか?」


「うん!」


「危ないですよ」


静蘭さんも心配そうに言う。


俺は笑った。


「まあ、見てなよ」


そして試合場へ向かう。


「玄身法に、新しいアプローチを見せてやるよ」



試合場の周囲に、受講生たちが集まった。


「怪我はさせないこと」


静蘭さんが審判役を務める。


「お互い、玄身法を使って構いません」


男が構える。


「覚悟しろ!」


俺は軽く構えた。


「では――」


静蘭さんが手を上げる。


「始め!」


「うおおおおっ!」


男が突っ込んできた。


速い。


いや。


速いというより――


重い。


「うおおおお!」


ショルダータックル。


まともに食らえば、普通の人間なら吹き飛ぶ。


俺は一歩横へ。


ズドォン!


男が試合場の壁へ突っ込む。


壁が砕けた。


「どうだ!」


男が振り返る。


「この威力!」


「……」


「これを極めれば、魔王軍と言えど恐るるに足らん!」


「……そうか」


男が再び構える。


「いくぞ!」


俺はため息をついた。


「やれやれ」


また突っ込んでくる。


俺は避ける。


「どうした!」


さらに来る。


避ける。


「避けているだけか!」


俺は男ではなく、鈴花を見る。


「なあ」


「え?」


「さっき『何これ?』って言ったよな?」


「う、うん」


「これはな」


俺は笑った。


「こうやって使う」


男が迫る。


その瞬間。


一歩。


俺は男の視界へ入り込む。


そして――


ふわり。


男の身体が崩れた。


「……え?」


ドサッ。


大男が床に倒れた。


静寂。


誰も声を出さない。


「……」


当の本人も何が起きたのか分かっていないようだ。


俺は手を差し出した。


「大丈夫か?」


男が呆然と俺を見る。


そして――


「……参った」


静かに言った。


「俺の負けだ」


静蘭さんが息を吐いた。


「そこまで!」


ようやく周囲から声が上がる。


「今、何した?」


「見えなかった……」


「何で倒れたんだ?」


鈴花が真っ先に駆け寄ってくる。


「すごいよ、お兄さん!」


目がキラキラしている。


「どうやったの!?」


「説明すると長い」


「教えて!」


「それも長い」


「えー!」


鈴花が頬を膨らませる。


俺は笑った。


「まあ、玄身法にだって色々な使い方があるってことだ」


倒れた張教官を見る。


男は苦笑していた。


「……なるほどな」


「ん?」


「玄身法ってのは、力を見せつけるだけのものじゃないのかもしれんな」


「そういうことだ」


張教官は立ち上がった。


「面白い奴だな、お前」


「そうか?」


「少なくとも、さっきまでの俺よりは玄身法を楽しんでる」


そう言って笑った。


どうやら、根は悪い男ではないらしい。


その日の講習は、そこで終わった。


俺はまだ知らなかった。


この国で学んだ玄身法が――


やがて俺自身の身体操作を、大きく変えていくことになるとは。

玄身法の基本はリアル師匠に教わった金剛力功だっけな?をなんとなくイメージしてます。

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