13話 玄身法
玄華国に来て数日。
俺は、宿のおかみから紹介された施設を訪れていた。
目的は一つ。
玄身法。
魔素を利用して身体能力を高める技術。
スキルとは違う。
この国では、昔から研究されてきた身体強化の方法らしい。
施設の中には、何人かの教官がいた。
その中で俺を担当してくれることになったのは、穏やかな雰囲気の女性だった。
「初めまして。林静蘭と申します」
「よろしくお願いします」
「こちらは補助をしてくれる妹の――」
「鈴花でーす!」
横から元気な声が飛んできた。
姉とよく似た顔立ち。
だが、性格は正反対らしい。
「お姉ちゃんのお手伝いしてます!」
「……よろしく」
「よろしくね、お兄さん!」
いきなり距離が近い。
静蘭さんが苦笑した。
「この子は少々馴れ馴れしいところがありますので……」
「いいよ。気にしないから」
「ほんと!?」
「鈴花」
「はい……」
姉に睨まれて、しゅんとする。
どうやら、この二人は姉妹で間違いないらしい。
*
初日は座学だった。
玄身法。
その起源は、戦争ではなかった。
「玄華国の初代国主が、荒れ果てた土地を開墾するために編み出したものです」
静蘭さんが説明する。
「当時の玄華は、今とは比較にならないほど貧しい土地でした。農地を作るにも、大きな岩を動かし、木を切り、道を作らなければならなかった」
魔素を身体に巡らせる。
それによって肉体を強化する。
単純な発想だった。
「最初は、人々の暮らしを良くするための技術だったんです」
だが時代が変わった。
戦争が起きた。
そして、人間は強い力を持つものを戦いに使い始めた。
「現在では戦闘技術として知られる方が多くなりました。しかし……」
静蘭さんは少し寂しそうに笑った。
「初代国主は、それを望んでいなかったと言われています」
俺は頷いた。
「なるほどな」
地球でも似たような話はある。
便利な技術が、戦争に転用される。
ダイナマイトだって、元々は戦争のために作られたものではなかった。
人間というのは、便利なものを見つけると、どうしてもそういう方向へ使いたくなるらしい。
「玄身法は現在、国として学ぶことを推奨されています。農作業や建築などにも使われていますし、もちろん戦闘を志す者も多いです」
「随分と普及してるんだな」
「ええ。幼い頃から学ぶ者も少なくありません」
なるほど。
初日は、そんな話で終わった。
*
二日目。
いよいよ実技だった。
俺は少し不安だった。
俺はこの世界の人間ではない。
魔素というものを、そもそも扱えるのか。
「まず、身体の中にある魔素を感じてください」
静蘭さんが言う。
「そして、それをゆっくり巡らせます」
「巡らせる?」
「ええ。玄華では『廻し』と呼びます」
目を閉じる。
意識を身体の内側へ向ける。
魔素。
どこにある?
……。
「……」
何となく。
何かがある。
空気とは違う。
身体の中にあるわけでもない。
だが、身体の周囲に漂っている何かを感じる。
それを、少しずつ身体へ。
そして――
巡らせる。
「……これは」
じいちゃんに教わった養生功。
それに少し似ている。
呼吸。
身体。
意識。
それらを合わせる。
魔素を身体の中へ通していく。
「……できた」
身体が変わった。
力が漲る。
筋肉が膨れ上がったわけじゃない。
だが、明らかに身体の出力が違う。
「なるほど……」
急拵えの超人。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
ただし。
「これ、一般人がいきなりやったら身体がイカれるだろ」
「……!」
静蘭さんが目を見開く。
「お分かりになりますか?」
「なんとなく」
身体が強くなる。
なら、その身体に耐えられるだけの準備が必要だ。
理想は幼い頃から少しずつ。
魔素を廻しながら身体そのものも鍛える。
俺はそう思った。
「要領は掴めた。でも、ちゃんと身につけるには時間が必要そうだ」
「……いえ」
静蘭さんが首を振った。
「驚いているんです」
「何が?」
「こんな短時間で、魔素を身体に廻せるようになる人はほとんどいません」
隣を見る。
鈴花が目を丸くしていた。
そして――
「すごいね! お兄さん!」
「鈴花」
「だって!」
鈴花が俺の周りをうろうろする。
「あたしなんて、これが出来るまで一年も掛かったのよ!」
「……一年」
「そう!」
「鈴花」
「はい……」
また姉に怒られている。
なんだか面白い姉妹だ。
*
三日目。
四日目。
俺は玄身法の基礎を繰り返した。
魔素を廻す。
身体を動かす。
廻す。
動かす。
少しずつ身体に馴染んでくる。
そして五日目。
実際の講習が始まった。
「では、まずはこれを」
目の前に置かれたのは――
巨大な岩だった。
「……」
「砕いてください」
「……これを?」
「はい」
受講生たちが一斉に動き出す。
ドンッ!
岩が砕ける。
別の場所では、
「おおおおおっ!」
巨大な木が根元から引き抜かれた。
さらに別の場所では、丸太のような巨大な棍棒を男が振り回している。
「……」
俺は眺める。
身体能力は凄い。
魔素による強化も、本物だ。
だが――
「……勿体ない」
思わず呟いた。
「え?」
鈴花が振り返る。
「何が?」
「いや……」
力はある。
身体も強い。
なのに。
ただ力任せに振り回している。
技も理屈もない。
俺は少し考えた。
「……ちょっと工夫してみるか」
身体を動かす。
ゆっくりと。
足。
腰。
肩。
腕。
連動させる。
そして――
奇形花撃砲。
じいちゃんに散々やらされた套路。
基本となる五つの技や、
108あるとされるじいちゃんの家伝の武術。
その中からいくつかを組み合わせ、套路としてまとめたものだ。
「……」
やってみると、懐かしい。
そして同時に後悔する。
「こんな目に遭うなら、もっとじいちゃんから座学も習っておけばよかったな」
じいちゃんは、こういうことをほとんど説明しなかった。
いや。
説明はしていたのかもしれない。
俺が聞いていなかっただけだ。
そもそも。
じいちゃんは自分のやっているものを、
何とか拳。
何とか流。
そんな名前で呼んだことがなかった。
いつも、
「家伝のものだ」
それだけ。
名前なんてどうでもいい。
じいちゃんらしいと言えば、じいちゃんらしい。
「……なにこれ?」
鈴花が呟いた。
「何って?」
「お兄さんの動き」
鈴花は目を輝かせている。
「踊ってるみたい」
「まあ、そう見えるか」
「でも、何か違う……」
その時だった。
「なんだそりゃ?」
横から声が飛んできた。
見ると、別の班の教官らしい大男が立っていた。
「踊りか?」
「……」
「そんなことしてないで、あの大岩でも砕いてみろ」
俺は岩を見る。
「うん?」
そして男を見る。
「……あんな物、砕いて何になる?」
男の顔が引きつった。
「なんだと?」
「いや。質問しただけだけど」
「俺を馬鹿にしているのか!」
周囲の空気が変わる。
静蘭さんが慌てて立ち上がった。
「張教官!」
だが男は止まらない。
「その屁理屈並べた認識を改めさせてやる!」
男が俺を見る。
「俺と模擬戦をしろ!」
デカい。
身長は一九〇を超えているだろう。
肩幅も広い。
まるでプロレスラーだ。
「玄身法の真髄を教えてやる!」
「張教官、やめてください!」
静蘭さんが止める。
だが男は引かない。
「こいつは玄身法を馬鹿にした!」
「そんなつもりは――」
「俺は許さん!」
……やれやれ。
俺は肩をすくめた。
「先生」
「はい」
「いいよ。相手になる」
「えっ?」
鈴花が声を上げた。
「お兄さん! あいつ、何人も受講生に怪我させてるんだよ!」
「そうなのか?」
「うん!」
「危ないですよ」
静蘭さんも心配そうに言う。
俺は笑った。
「まあ、見てなよ」
そして試合場へ向かう。
「玄身法に、新しいアプローチを見せてやるよ」
*
試合場の周囲に、受講生たちが集まった。
「怪我はさせないこと」
静蘭さんが審判役を務める。
「お互い、玄身法を使って構いません」
男が構える。
「覚悟しろ!」
俺は軽く構えた。
「では――」
静蘭さんが手を上げる。
「始め!」
「うおおおおっ!」
男が突っ込んできた。
速い。
いや。
速いというより――
重い。
「うおおおお!」
ショルダータックル。
まともに食らえば、普通の人間なら吹き飛ぶ。
俺は一歩横へ。
ズドォン!
男が試合場の壁へ突っ込む。
壁が砕けた。
「どうだ!」
男が振り返る。
「この威力!」
「……」
「これを極めれば、魔王軍と言えど恐るるに足らん!」
「……そうか」
男が再び構える。
「いくぞ!」
俺はため息をついた。
「やれやれ」
また突っ込んでくる。
俺は避ける。
「どうした!」
さらに来る。
避ける。
「避けているだけか!」
俺は男ではなく、鈴花を見る。
「なあ」
「え?」
「さっき『何これ?』って言ったよな?」
「う、うん」
「これはな」
俺は笑った。
「こうやって使う」
男が迫る。
その瞬間。
一歩。
俺は男の視界へ入り込む。
そして――
ふわり。
男の身体が崩れた。
「……え?」
ドサッ。
大男が床に倒れた。
静寂。
誰も声を出さない。
「……」
当の本人も何が起きたのか分かっていないようだ。
俺は手を差し出した。
「大丈夫か?」
男が呆然と俺を見る。
そして――
「……参った」
静かに言った。
「俺の負けだ」
静蘭さんが息を吐いた。
「そこまで!」
ようやく周囲から声が上がる。
「今、何した?」
「見えなかった……」
「何で倒れたんだ?」
鈴花が真っ先に駆け寄ってくる。
「すごいよ、お兄さん!」
目がキラキラしている。
「どうやったの!?」
「説明すると長い」
「教えて!」
「それも長い」
「えー!」
鈴花が頬を膨らませる。
俺は笑った。
「まあ、玄身法にだって色々な使い方があるってことだ」
倒れた張教官を見る。
男は苦笑していた。
「……なるほどな」
「ん?」
「玄身法ってのは、力を見せつけるだけのものじゃないのかもしれんな」
「そういうことだ」
張教官は立ち上がった。
「面白い奴だな、お前」
「そうか?」
「少なくとも、さっきまでの俺よりは玄身法を楽しんでる」
そう言って笑った。
どうやら、根は悪い男ではないらしい。
その日の講習は、そこで終わった。
俺はまだ知らなかった。
この国で学んだ玄身法が――
やがて俺自身の身体操作を、大きく変えていくことになるとは。
玄身法の基本はリアル師匠に教わった金剛力功だっけな?をなんとなくイメージしてます。




