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万器一身 〜無名の武術家、異世界を往く〜  作者: タダ ユキ


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第12話 玄華国

玄華国。


それが、俺たちがこれからしばらく滞在する国の名前だった。


馬車を降り、国境の門へ向かう。


高い城壁。


だが、アルセリア王国のような威圧感はない。


門を行き交う人々も多く、商人らしき者の姿も目立つ。


「次!」


門番の声。


俺たちの番が来た。


「身分証を」


俺は冒険者ギルドのカードを差し出した。


サビネコの昼寝亭を拠点にしてから、万が一の時のためにギルドへ加入しておいた。


身分証があった方が何かと便利だ。


「……冒険者か」


門番がカードを確認する。


「こちらのお嬢さんは?」


ソプラノを見る。


「俺の連れだ」


「身分証は?」


「血縁ではないが保護者なので養子として登録してある」


ソプラノが少しだけ頬を膨らませた。


「……養子」


「何か?」


「別に」


ソプラノはそっぽを向いた。


そして、るうを見る。


「これは?」


「俺の使い魔だ」


「登録は?」


「済んでいる」


ギルドで登録した時は、ずいぶん珍しがられた。


まあ、あんな生き物を見れば当然だろう。


それでも、この世界には突然変異の生物も多いらしく、今のところ「珍しい従魔」という認識で済んでいる。


門番は確認を終えると頷いた。


「大人一人、子供一人」


そして、るうを見る。


「使い魔は非課税だ」


「そうなのか?」


「主人の所有物だからな」


なるほど。


俺は銀貨を一枚取り出した。


「これで?」


「問題ない」


銀貨一枚。


二人分の入国税だ。


俺たちは無事、玄華国へ入った。


「わぁ……!」


ソプラノの声が弾む。


「すごい!」


「走るなよ」


「分かってる!」


返事をした直後。


走り出した。


「……分かってないな」


るうもソプラノの後を追いかける。


小さな身体。


長い胴。


大きな頭。


そして小さな羽。


「るうー!」


ぱたぱた。


よちよち。


飛んでいるというより、少し浮いているだけに見える。


ソプラノが笑いながら振り返る。


「るう、こっち!」


「るうー!」


二人とも楽しそうだ。


俺は少し離れて、その後を歩く。


玄華国の街並みは、これまで訪れた国とは少し違っていた。


石造りの建物。


木造の店。


屋台。


商店。


人の往来も多い。


魔素を利用したらしい器具を扱う店まである。


「面白い国だな」


そう呟いた時だった。


「きゃっ!」


ドンッ!


ソプラノと誰かがぶつかった。


「おい!」


男が怒鳴る。


ソプラノが尻餅をつく。


「す、すみません!」


「前を見て歩け!」


男は吐き捨てるように言うと、そのまま走り去ろうとした。


「……?」


俺は男を見る。


何かがおかしい。


その時だった。


「ひったくり!」


若い女の声が響いた。


「捕まえて!」


男が舌打ちする。


「ちっ!」


なるほど。


俺は走り出した。


男がこちらに気付く。


「どけ!」


そのまま横を抜けようとする。


俺は足を出した。


ほんの少し。


男の足を軽く刈る。


「うわっ!」


男は盛大につんのめった。


顔から地面へ。


「ぐへっ!」


周囲からどっと笑い声が起こる。


「何しやがる!」


男が起き上がろうとする。


俺は手を伸ばした。


男の手が俺の身体を押そうとする。


その手を――


払う。


バランスを失った男の顔が、再び地面へ。


「ぐおっ!」


「おい……」


俺はそのまま男の背後へ回る。


腕を取る。


後ろ手に捻る。


「痛ぇ! 離せ!」


「ひったくりなんだろ?」


「違う!」


「じゃあ、財布を返してくれ」


男の動きが止まった。


「……」


「返してくれ」


「……くそ」


男が懐から財布を取り出した。


周囲から歓声が上がる。


「おお!」


「すげぇ!」


「一瞬だったぞ!」


「何だ今の!」


俺は男を衛兵へ引き渡した。


少しして。


先ほどの若い女性が駆け寄ってきた。


「ありがとうございます!」


「いや、大したことじゃない」


「そんなことありません!」


女性は何度も頭を下げる。


「何かお礼をさせてください!」


「本当にいい」


「でも……」


女性が困った顔をする。


俺も困る。


別に金が欲しいわけではない。


しばらく考えて。


「じゃあ、一つだけ」


「はい!」


「この辺で、料理が美味くて安い宿を知らないか?」


「宿?」


「ああ。それと――」


俺は後ろを見る。


ソプラノとるうがこちらを見ている。


「従魔を連れて泊まれるところ」


「なるほど」


女性は少し考えた。


「それなら……」


そして笑った。


「良いところがあります」



連れて来られたのは、街の少し外れにある宿だった。


大きくはない。


だが、手入れは行き届いている。


木製の看板には宿の名前が書かれていた。


「ここです」


扉を開ける。


「伯母さん!」


「はいはい、何だい?」


奥から恰幅のいい女性が出てきた。


「お客さんを連れてきたのかい?」


「この人、さっきひったくりを捕まえてくれたの」


「まあ!」


女性――この宿の娘ではなく、手伝いをしている姪だという。


幼い頃に両親を亡くし、伯母である女将に育てられたらしい。


「そうかい。そりゃあ、ありがとうね」


「いえ」


「それで?」


姪が俺を見る。


「料理が美味しくて安くて、従魔も泊められる宿を探してるんだって」


「うちは全部大丈夫だよ」


女将が笑った。


「料理は自信がある」


「ほう」


「値段も、まあ良心的だ」


「それは助かる」


そして。


俺は店内を見回した。


宿泊客。


商人。


旅人。


冒険者らしき男たち。


酒を飲みながら話をしている者もいる。


「……」


なるほど。


情報が集まりそうだ。


金をかけずに情報を仕入れるなら。


宿屋。


酒場。


この二つに限る。


「決めた」


「泊まってくれるのかい?」


「ああ」


女将が嬉しそうに笑う。


「それじゃあ、今日の夕飯はサービスしてやろう」


「本当か?」


「うちの宿を紹介してくれたんだからね」


「ありがとうございます」


ソプラノが目を輝かせる。


「ご飯!」


「そうだな」


るうも、


「るうー!」


と鳴いた。


「はいはい。あんたの分もあるよ」


女将が笑う。


「ただし、人間と同じものは駄目だよ」


「分かってる」


しばらくして。


食卓に料理が並んだ。


焼いた肉。


香草の効いたスープ。


焼きたてのパン。


野菜を使った料理。


そして、玄華国独特の香辛料を使った一皿。


ソプラノが一口食べる。


「……!」


目が大きくなる。


「美味しい!」


「そうだろう?」


女将が嬉しそうに笑う。


俺も食べてみる。


「……これは美味い」


思わず声が出た。


「だろう?」


「この宿、当たりだな」


ソプラノが夢中になって食べている。


るうも用意された餌を一生懸命食べている。


「るうー!」


「お前も気に入ったか」


穏やかな時間だった。


食事を終えた頃。


俺は女将に尋ねた。


「一つ聞きたいんだが」


「何だい?」


「この国で、魔素を使った身体強化を教えているところはないか?」


女将が少し考える。


「身体強化?」


「ああ」


「あるよ」


思ったよりあっさり返ってきた。


「この街に、そういう訓練をしているところがある」


「本当か?」


「ただの道場じゃないよ」


女将が言う。


「身体に魔素を巡らせて、戦うための訓練をする場所さ」


俺は思わず身を乗り出した。


「そこを教えてくれないか?」


「もちろん」


女将は笑った。


「明日にでも場所を教えてあげるよ」


俺は頷いた。


玄華国へ来た目的。


それは観光だけではない。


もっと強くなること。


祖父が辿り着いた場所へ。


俺自身のやり方で近づくこと。


そのための方法を探す。


「……明日か」


少しだけ胸が高鳴った。


ソプラノがこちらを見る。


「楽しそうね」


「そう見えるか?」


「うん」


るうが鳴く。


「るうー!」


「お前もか」


俺は笑った。


玄華国での生活は。


こうして始まった。

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