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万器一身 〜無名の武術家、異世界を往く〜  作者: タダ ユキ


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第十三話 交換学習

主人公が使うのは実際に存在する門派ではありますが、

演出的な部分や、拙文では上手く表現出来ていない部分があります。ご了承ください。

「……もう一度、お願いします」


玄華国の訓練場。


俺は静かに構えた。


目の前には、先日から俺を担当してくれている女性教官――林静蘭さん。


その隣には妹の林鈴。


顔立ちはよく似ているが、姉は穏やかで落ち着いた性格。


妹はというと、とにかく元気だ。


「……やっぱり不思議ですね」


静蘭さんが俺の姿を見ながら呟いた。


「何がです?」


「その構えです」


「ああ……」


俺は自分の姿を見る。


前手は顎の高さ。


掌を上へ向け、肘は落としている。


後手は鳩尾あたり。


足は大きく開かず、身体は半身になりすぎない。


俺が祖父から教わった基本の一つ。


引手。


そして――


「この立ち方を、俺たちは虚歩と呼んでいます」


「虚歩……」


静蘭さんが興味深そうに繰り返す。


「玄身法の構えとは、随分違いますね」


「そうでしょうね」


俺は苦笑した。


玄華国で見てきた玄身法は、基本的に身体を強化し、その力をそのまま叩きつける。


それに対して、俺が祖父から教わったものは違う。


力を出すために身体を固めるのではない。


いつでも動けるように、身体を空けておく。


それが基本だった。


「虚歩は、ただ立っているだけじゃないんです」


俺は一歩だけ動いた。


「相手からは遠く、自分からは近い」


もう一歩。


「いつでも前にも後ろにも、横にも動ける」


「なるほど……」


静蘭さんが頷く。


鈴は俺の足元を覗き込んでいる。


「お兄ちゃん、足が全然開いてないね」


「うん」


「それで動けるの?」


「動けるようにするんだよ」


「へぇ……」


鈴は感心したように声を漏らした。



それから数日。


俺は玄身法を学びながら、自分の身体操作についても少しずつ見せていた。


別に教えるつもりだったわけじゃない。


「それ、どうやってるんですか?」


と聞かれるから答えているだけだ。


玄身法を使った身体強化。


その状態で俺の身体操作を行う。


すると、明らかに普通の状態より身体が軽い。


動き出しも速い。


そして何より――


「なるほど……」


静蘭さんが俺の動きを見ながら呟いた。


「力を増やすだけではなく、力を無駄なく使う……」


「まあ、そういうことです」


「玄身法と組み合わせると、かなり違う結果になりそうですね」


「俺もそう思います」


俺は答えた。


ただ、俺自身もまだ試行錯誤の途中だ。


魔素による身体強化なんて、俺にとっては初めての経験なのだから。


そんなある日の休憩時間だった。


俺が水を飲んでいると、


「……少し、お話があります」


静蘭さんが声を掛けてきた。


「はい?」


いつもの穏やかな表情とは少し違う。


真剣だった。


鈴も隣にいる。


「実は、姉と相談していたんだけど」


鈴が先に口を開いた。


「うん?」


「お兄さんにお願いがあるの」


「お願い?」


「あなたの技術を、もっと教えてもらえないでしょうか」


俺は少し驚いた。


「俺の?」


「はい」


静蘭さんが続ける。


「玄身法は、身体そのものを強化する技術です」


「はい」


「ですが、その強化された身体をどう使うのかについては、まだ発展の余地があると私は思っています」


「……」


「あなたの動きを見て、そう感じました」


俺は頭を掻いた。


「でも、俺が知っているのは……じいちゃんから教わったものだけですよ」


「それで十分です」


静蘭さんは即答した。


「それなら、こちらからも提案があります」


「提案?」


静蘭さんが少し姿勢を正した。


「交換学習という形にしませんか?」


「交換学習……」


「はい」


「俺が教える代わりに、玄身法をもっと教えてくれる?」


「その通りです」


なるほど。


俺は腕を組んだ。


悪くない。


いや――


俺にとっては、かなりありがたい。


玄身法をもっと知りたい。


魔素を身体に巡らせる技術は、この世界で生きる上で大きな武器になる。


一方で、俺が教えられるものもある。


祖父から受け継いだもの。


それを伝えることで、こちらにも何か得るものがあるかもしれない。


「……分かりました」


俺は頷いた。


「俺に教えられる範囲なら」


「ありがとうございます」


静蘭さんが頭を下げる。


「やった!」


鈴が飛び跳ねる。


「これでお兄ちゃんの変な動き、いっぱい教えてもらえる!」


「変な動きって言うな」


「だって変じゃん!」


「……まあ、否定はしないけど」


俺は苦笑した。


ただ――


一つだけ条件を付けた。


「全部は無理ですよ」


「分かっています」


「俺自身、全部説明出来るわけじゃないので」


静蘭さんが少し驚いた顔をする。


「説明出来ない?」


「じいちゃんが、そういう人だったんです」


俺は苦笑する。


「『考えるな、身体で覚えろ』って」


「……なるほど」


静蘭さんも苦笑した。


「お祖父様らしい教え方なのですね」


「俺もそう思います」



基本功


正式に交換学習が始まった。


俺が最初に教えたのは、基本功だった。


技を使うための身体を作る。


それが目的だ。


「まずは三揺」


「三揺……?」


「腕や腰なんかを柔らかくするための動きです」


俺がゆっくり身体を動かす。


腕を揺らし、腰を揺らす。


派手な動きではない。


だが、身体の各部を固めず、繋げていく。


最初はただ手をグルグル、腕をグルグル、腰をブワンブワン回すくらいにしか感じないだろう。


次に、


「開合」


両手を前後に合わせるように動かす。


「身体の開閉を覚える」


静蘭さんが真似をする。


鈴も真似をする。


「次は悠帯」


片手を後ろへ伸ばす。


もう片方の手で肩甲骨付近を叩く。


「肩周りをほぐしながら、背中を使えるようにする」


そして最後。


俺はゆっくりと肩を動かした。


「これが伸肩法」


静蘭さんがじっと見つめる。


「随分ゆっくりですね」


「そうです」


腕を伸ばす。


ただ、それだけに見える。


だが、その動作の中には身体全体の使い方が詰まっている。


足。


腰。


背中。


肩。


腕。


それぞれをバラバラに動かすのではなく、一本の身体として扱う。


祖父の武術の根幹。


俺自身、何度やらされたか分からない。


「これを急いでやっても意味がないです」


「……分かります」


静蘭さんが頷いた。


「身体そのものを作り直すような動きですね」


「そういう感じです」



五行掌


次に基本技。


「五つあります」


俺は構えた。


「摔掌」


腕を顔面に振り下ろす。


「拍掌」


掌を打ち出す。


「鑽掌」


拳を握る。


「これは五つの中で唯一、拳を握る」


祖父はここだけ妙に厳しかった。


鑽掌と言うからには、これは拳ではないのだと。


そして、


「穿掌」


掌を鋭く突き入れる。


最後に、


「劈掌」


腕を振り下ろす。


「摔、拍、鑽、穿、劈」


五つ。


基本だからこそ、奥が深い。



歩法


その後、いくつかの歩法を教えた。


正面から力をぶつけない。


相手の力が届かない場所へ。


自分の力が届く場所へ。


足を動かしながら、身体全体を相手に合わせていく。


そして最後に、


「二人でやるものもあります」


「二人で?」


「はい」


俺は静蘭さんと鈴を見る。


「三合砲です」


「三合砲……」


「対練の基礎です」


まずは定歩。


足を固定した状態から。


そして、


「活歩」


足を動かしながら行う。


距離。


角度。


力の方向。


身体の連動。


これらを相手とのやり取りの中で覚える。


本来なら、これだけでもかなりの時間が必要だ。


「……これで最低限です」


俺は言った。


「短期間で教えるには、正直かなり多いです」


静蘭さんは教わった内容を頭の中で整理するように黙っている。


やがて、


「ありがとうございます」


そう言って頭を下げた。


「こちらこそ」


俺も頭を下げる。



それから数日。


俺は玄身法を学び、


静蘭さんと鈴は俺の技術を学んだ。


俺の身体には、少しずつ魔素の扱いが馴染んできている。


そしてある日。


俺は訓練場で玄身法を巡らせながら、虚歩を取った。


身体が軽い。


そのまま一歩。


さらに一歩。


玄身法の力を身体に巡らせた状態で、祖父から教わった套路を行った。

短い套路。

六路行状とか言ってたか?

じいちゃんが得意だった猿猴出洞とか言う名前の套路だ。


――こりゃ面白い。


今までとは違う。


俺の技術と、この世界の力。


組み合わせれば、まだ先がある。


そう思った。


「お兄ちゃん!」


鈴が叫ぶ。


「もう一回やって!」


「どれ?」


「今の!」


「……そんなに気に入ったのか?」


「うん!」


俺は笑った。


「じゃあ、もう一回な」


その頃――


サビ猫の昼寝亭では。


「るうー!」


「ふふっ、こらこら!」


宿屋の娘とソプラノが笑っている。


その足元を、るうが小さな翼をパタパタさせながら、よちよち飛んでいた。


主人公が修行している間、


ソプラノとるうは宿屋の娘とすっかり仲良くなっていた。


「お兄ちゃん、いつ帰ってくるかなぁ」


ソプラノが呟く。


「るうー」


「そうね。もうすぐ帰ってくるわよ」


玄華国の穏やかな日々。


そして――


俺はまだ知らなかった。


この交換学習が、玄華国の身体強化技術そのものを変えるきっかけになっていくことを。

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