好きな子がいるのに手を出すなんて……アイビーは馬なんです。
馬術の一回戦目が終わり、私は剣術の会場へと移動した。
馬術はかなり得意な種目だったので少し余裕があったけれど、剣術は勝ち進むのは難しいかもしれない。きっとクラスの力自慢たちが集まるだろうし、できれば負けたくはないので勝ち進みたいところだけど……。
エントリーを終えて少し周りを見渡すと、すごい殺伐とした空気が流れていた。
「ポーター君。君も剣術の競技に参加するんだね。」
「アズーロ君じゃないか。馬術はどうだった? 剣術はなぜかうちのクラス、あんまり参加者がいなくてね。消去法で俺が出ることになったんだ……。見るからに歴戦の猛者みたいな人たちばかりだから、荷が重たいよ」
ため息をつきながらポーター君が下を向く。
「確かに猛者みたいな人ばかりだよね。少し自信がなさそうだから、僕から一つだけアドバイス。見た目が大きいということは、懐に入ってしまえば、こちらに少し分があったりするよ。小さいからこそ上手く立ち回れる戦い方もあるはずだ。ポーター君なら大丈夫だと思うし、お互い頑張ろう! それに、君の好きなロベールさんもさっき会場に来ていたよ。」
ポーター君とロベールさんは、きっと恋仲まではいかないまでも、お互い好き合っているのではないのかなとニーナとの会話の際に感じていた。
ポーター君は赤くなりながら、
「やっぱり気づいてたんだね……」
と頬をかく。
ポーター君とロベールさんは元々幼馴染で、少しずつお互いを意識するようになったらしい。
「すごくいい話だね! だったら尚更、今日は一戦でも勝ち上がりたいところだよね。いいところ見せたいじゃないか。まぁ、僕も負けないけど……お互いいい試合をしよう。」
手を差し出すと、ポーター君も手を握る。
ポーター君の手の震えも止まったようで安心した。
二人で話をしていると、あっという間に試合の時間になった。
私は二試合目なので、このまま会場に入る。
会場は闘技場のような作りになっている。中央に進んでいくと、観客席全体が見渡せた。
思った以上に緊張しそうだ……。
『これより第二試合、ルネ・アズーロVSウェイド・ボルドを始める。両者前へ。』
それぞれが盤上に向かって歩いて進む。
ボルドさんは私より三十センチくらい背が高く、見るからに力技で来そうな感じだ。
これならなんとかなるかもしれない。
私は握っている剣を少し強めに握り直す。
会場を含め、あたりが静けさに包まれた瞬間、開始の合図が鳴った。
「ルネエエエ!!! 勝つんじゃぞおおお!」
馬術の会場同様、お祖父様の声が木霊する。
本当にお祖父様の声は大きいなと思いながら、お祖父様の声を聞くことで不思議と体に力が湧いてくる。
私はジリジリとボルドさんに近寄った。
ボルドさんは教科書通りの動きをしていて、単純な動きが多くとてもわかりやすい。
次の動作も目を見ているとどこに攻撃しようとしているかわかり、避けることができた。
しかし、一撃一撃は女子と違って重たいため、一撃でも受けてしまったら負けてしまう可能性が高そうだ。
私は剣先の動きを見極めながら、剣をいなしつつ避け続けた。
そして頃合いを見計らって屈み、体を小さく丸める。
そこから足払いをし、剣を弾き飛ばした。
「ま、まいりました。」
ボルドさんの一言で試合が終了した。
お互い軽く一礼し、握手をしてからその場を後にした。
一試合目ということもあり、あまり時間をかけずに勝負を決めたかったので、早めに試合が終わって助かった。
少し休む時間ができそうだったので、いつもの美術室に寄り、さらしを外して空気を吸い込んだ。
「ずっと胸の締め付けがすごかったから、やっと解放されたわ!」
正直、馬術よりも剣術の試合の方が辛かった。
三十分くらいは時間がありそうなので休んでから戻ることにする。
メイドのアマンダが洋服の上からタオルをかけてくれたので、それを体にかけながら少し体を机に預けた。
机のひんやりとした冷たさが体に染み込んだ。
***
デューク視点
馬術会場でビアンカ嬢の競技を見た後、他の競技も丁度休憩時間に入ったようなので、俺は一人、美術室を訪れていた。
いつもは三階から見ているだけだったが、こういった時くらいしか近寄ることができないだろうと思ったのもある。
行事などの時は人の動きがいつもより活発になると思うので、あまり気にしないことにした。
美術室を覗くと、一人の女の子が机に顔をくっつけてスヤスヤと寝ている。
よく見ると、先ほど見ていたルネ・アズーロにそっくりな女の子だ。
近くにいたメイドが人差し指を口に持ってきて、「静かに」と口パクで伝えてきた。
俺は静かに美術室に入りながらルネの顔を覗き込むと、やはりルネはおさげの女の子だったことに気づく。
ここまで近寄ってもメイドに警戒されていないところを見るに、俺のことを知っているのか……。
恐らくそこまで長く寝ることはないだろうと思い、そのまま待とうとも考えたが、レナードを置いてきていることを忘れていたため、メイドに「また来る」とだけ伝えてその場を去った。
***
「お嬢様。そろそろお時間です。」
アマンダの声がいつもより少し遠くから聞こえる気がする。
意識がまだ戻りきっていないからだろうか……。
机のひんやり具合が気持ち良かったこともあり、まだ離れたくないけど、今は運動祭中なため急いでさらしを巻き直し、会場に戻った。
馬術、剣術ともに二回戦は問題なく突破することができたので、私はそのままビアンカの出場している競技会場へ向かった。
ビアンカたちのところに行くと、ビアンカも三回戦まで問題なく進んだみたいだった。
「ビアンカ!」
私は手を振りながらビアンカに寄っていくと、ビアンカもこちらに気づいて走ってきてくれた。
「ルネ!! 試合が重なっていてルネの試合が見れないのは残念だけど、結果はどうだった?」
「走ったら危ないじゃないか。ビアンカが転ばなくて良かったよ。僕もビアンカの試合が見れなかったのが残念でならないけど……取り敢えず僕も三回戦までは難なく進むことができた。もちろん剣術、馬術両方ともね!」
ウインクしながらビアンカの頭を撫でる。
私とビアンカの身長差が丁度いい。
するとまた、周りのお姉様方から「きゃぁぁ」と声が聞こえた。
「ルネ。あなたねぇ……」
ビアンカがため息をつく。
「何かしたかな?」
首を傾げながらビアンカに聞くと、
「なんでもないわ! 取り敢えず、お姉様方から見ても貴方は男性にしか見えていないから安心しなさい。そういえば今日は自称ヒロインさんを見ていないわね。」
確かに、朝クラスに押しかけてきたあとは一度も見ていない気がする。
「今日は人も多いし、自分の王子様でも探しているんじゃないか?」
「そうね……。そろそろお昼の時間ですし、いつものところでお昼でも食べましょうか。」
ビアンカをエスコートしながら、いつもの美術室へ向かう。
二人で美術室までの道を話しながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「お、おい。ルネと言ったか。ビアンカから離れろ!」
二人で顔を見合わせて後ろを振り返ると、恐らく先輩だろうか……二人の男性がこちらへ近づいてきた。
「ビアンカ、君の知り合いかい?」
ビアンカのことを敬称なしで呼んでいるし、知り合い同士なのかもしれないと思い、ビアンカに確認した。
「恐らくこの国であの顔を知らない人の方が少ないと思いますけど……ただ、話したことはないので知り合いではないですね。」
この国で知らない人はいないということは、王族か何かだろうか。
「ビアンカが、貴方と挨拶を交わしたことがないと言っているのですが、どういった関係なんでしょうか?」
ビアンカも急に名前で呼ばれてびっくりしているし、私はビアンカを守るためにビアンカを私の後ろに隠した。
「ビアンカと俺は……ビアンカと俺は……ん? ビアンカと俺の関係は……なんだ?」
本人も何も考えずに声をかけたのか、なぜビアンカを呼び捨てにしたのか……自問自答を繰り返しているようだったので、放っておいてお昼に行こうと歩き出した。
「レナードは、ビアンカ嬢と友人になりたいそうなんだ。」
レナードとやらの隣にいた男の人がクスクス笑いながら話しかけてきた。
「そ、そうなんだ。それに恋人がいる男性と二人でいるのは心象が良くないだろう。先ほど、アイビーを好いていると聞こえてきた。だ、だ、だから、声をかけたんだ。」
顔を赤くしながら話すレナード先輩。
あぁ、レナード先輩はビアンカに一目惚れして仲良くなりたかったけど、私がいたからヤキモチを妬いてしまったというところかな。
それに気づいてか、隣の先輩も声を抑えて笑っていた。
「安心してください。僕に好いている人はいません。それに……アイビーは僕の相棒の愛馬ですよ。」
それにビアンカは親友だし、私の恋愛対象は男性だ。
出来ればお兄様みたいなカッコよくて腕っぷしの強い人がタイプだし……。
「え? そうなのか? じゃあ、二人の関係は……?」
「「親友ですね。」」
ビアンカと声が揃ったことで思わず笑ってしまう。
「取り敢えずお腹が空きましたし、先輩方もよかったら一緒にお昼ご飯にしませんか?」
ビアンカが二人に声をかけた。
「そうだね。お互い自己紹介がまだだし、お昼ご飯を食べながら自己紹介しようか。」
レナード先輩がまだ固まっていたので、代わりにレナード先輩の隣にいた先輩がビアンカの問いに答え、四人で美術室に移動することになった。
***
レナード視点
ビアンカの馬術競技を見ていて、次々と綺麗に障害物を跳び越える姿に惚れ惚れとしていた。
話したこともないのにこんなに目を引くとは、きっと他の男性たちもビアンカに目を奪われているに違いない。
そう思うと居ても立っても居られなくなり、デュークと一緒にビアンカのところへ向かった。
すると先ほどの、ルネという男性と話している姿を見かけた。
まるで二人の恋人同士のような様子に、周りの女性たちも悲鳴を上げる。
確かにルネというやつの顔は整っているし、あの優しげな瞳や声色はかなりモテるだろう。
ビアンカと腕を組んで歩き始めた姿を見て、焦燥感を覚える。
「デューク、二人を追いかけるぞ。アイビーという恋人がいるのにビアンカに手を出すなど許せん。」
デュークが何か話したそうにしていたが、俺は急いで二人を追いかけた。
二人が美術室に入る手前で声をかける。
「お、おい。ルネと言ったか。ビアンカから離れろ!」
思わずビアンカのことを呼び捨てで呼んでしまう。
ルネはビアンカに知り合いかどうか聞いているようだった。
この国で王族の俺を知らない貴族の方が少ないと思っていたが、まさかルネは知らないようだ。
「ビアンカが、貴方と挨拶を交わしたことがないと言っているのですが、どういった関係なんでしょうか?」
確かに一方的に名前だけ知っているのだ。
普通だったら怖いだろう。
ただ俺は王族だし、話したことはなくても知らない関係とはならないと思うが……。
「ビアンカと俺は……ビアンカと俺は……ん? ビアンカと俺の関係は……なんだ?」
俺は思わずデュークに話しかける。
その姿にビアンカとルネもため息をつき、俺たちを置いてまた歩き始めた。
デュークが俺の代わりに「ビアンカ嬢と友人になりたいそうだ」と伝えてくれた。
本当はそれ以上の関係になれればと思っているのだが、友人として仲良くなってからでも遅くはない。
レナードの言葉に続けて、
「そ、そうなんだ。それに恋人がいる男性と二人でいるのは心象が良くないだろう。先ほど、アイビーを好いていると聞こえてきた。だ、だ、だから、声をかけたんだ。」
と伝える。
すると返ってきたのは、アイビーが馬だということだった。
そして二人は親友同士だということだった。
焦りに焦りすぎて周りが見えていなかったようだ……。
取り敢えずみんなでご飯を食べようということになり、美術室に向かった。
よくよく考えたら自己紹介もまだしていないのに、慌てすぎてビアンカのことを敬称なしで呼んでしまったし、色々やらかしてしまった気がする。
そんな俺をまたデュークは隣で笑っていたので、恐らく気づいていたんだろう。
俺は少し気持ちを落ち着かせてから、二人の話を聞き始めた。




