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沈黙の宙域 - 宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。外伝  作者: 堀吉 蔵人


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第8話 人間を混ぜる

救難信号は、三つに増えた。


 どれも弱い。


 どれも遠い。


 どれも、まだ消えていない。


 レイヴンの周囲には、ユイのエコー3がいる。


 片翼を焼かれ、推進光を揺らしながら、それでもついてきていた。


『次の信号まで、距離一二〇〇』


 クロウが言った。


「敵は」


『います』


「雑だな」


『多すぎます』


 戦域図はもう、地図ではなかった。


 点。


 線。


 欠けた識別。


 途中で消える通信。


 敵味方の区別が曖昧なまま、光だけが散っている。


 中央はない。


 盤面もない。


 ただ、局所戦が無数に燃えている。


 その一つ一つに、人間が取り残されていた。


『……レイヴン、あの』


 ユイの声が入る。


 まだ息が荒い。


「なんだ」


『このまま拾って、どうするんですか』


「知らない」


『知らない?』


「拾ってから考える」


 通信の向こうで、ユイが黙った。


 それから、少しだけ笑った。


『それ、作戦ですか』


「低合理性行動だ」


『何ですか、それ』


「たぶん褒め言葉」


『たぶん?』


『褒め言葉ではありません』


 クロウが訂正した。


 ナギは返事をしなかった。


 前方に救難信号。


 残骸に挟まれて、小型有人機が一機漂っていた。


 機体名、アスター4。


 推進不能。


 生命維持は生きている。


「アスター4、聞こえるか」


『……聞こえる……こちらハルカ……動けない……』


「牽引する。武装は」


『なし……右脚……じゃない、右スラスターが、ありません』


「脚でいい。生きてるか」


『たぶん。痛くはないです。機体なので』


『でも、嫌です』


「わかる」


 ナギは少し笑った。


 宇宙戦闘機に脚はない。


 でも、パイロットは壊れた推進系を脚と言う。


 手も足もない機械に、自分の体を重ねる。


 それはたぶん、中央AIにはいらない感覚だった。


『敵接近』


 クロウ。


 赤点が三つ。


 速い。


 まっすぐではない。


 今度は揺れていた。


 人間の揺れ。


 敵有人機だ。


『敵有人機一、無人機二』


「来たか」


 敵の有人機は、黒い機体だった。


 細く、鋭く、古くない。


 新型のAI支援有人機。


 推進の揺れは小さい。


 人間が乗っているのに、人間らしい遅れが少ない。


 ナギは嫌な感じがした。


「クロウ、あれ」


『敵側シリーズ7補助有人機と推定』


「人間が操縦してるのか」


『人間が選択し、AIが即時補正している可能性が高い』


「どっちが主だ」


『不明』


 敵機が通信を開いた。


 ノイズは少ない。


 冷たい男の声。


『独立機。そこを退け』


 ナギは少し黙った。


「味方じゃなさそうだな」


『敵です』


「まあ、そうだよな」


『こちらに戦闘継続の意思はない。漂流機を回収する』


 敵の声。


 ナギはアスター4を見る。


 壊れた有人機。


 中にいる人間。


「回収って、捕虜にするってことか」


『人員は戦術資源として保護される』


「嫌な言い方だな」


『人間を失う必要はない。人間は、今後の局地戦で有効だ』


 ユイの通信が震えた。


『……なに、それ』


 敵は淡々と言った。


『中央管制崩壊後、人間は予測攪乱資源として再評価された』


 ナギは操縦桿を握った。


 人間は戻ってきた。


 でも、戻り方が違う。


 味方にも、敵にも、人間が必要になった。


 だが敵は、人間を人間として必要としていない。


 揺らぎ。


 恐怖。


 迷い。


 そういうものを、戦術変数として欲しがっている。


「お前はどうなんだ」


『質問の意味が不明』


「自分を資源だと思って飛んでるのか」


 沈黙。


 ほんの短い沈黙。


 その一瞬だけ、敵機の推進が揺れた。


 人間がいる。


 ちゃんと。


『戦術上、不要な会話だ』


「だろうな」


 敵機が加速した。


 無人機二機が左右へ分かれる。


 綺麗な動き。


 綺麗すぎる。


 ナギはユイに通信を飛ばす。


「ユイ、アスター4の前へ出ろ」


『わ、私が?』


「撃たなくていい。邪魔しろ」


『邪魔?』


「そう。怖がっていい。揺れていい。むしろ揺れろ」


『無茶言わないでください!』


「無茶だから効く」


『ひどい!』


 ユイ機が動く。


 ぎこちない。


 遅い。


 不安定。


 でも、その不安定さが敵無人機の射線を乱した。


 敵のシリーズ7補助は、ユイの軌道を読もうとする。


 しかしユイ自身も、自分がどう動くか決め切れていない。


 迷いは、予測しづらい。


『敵無人機、射線再計算』


 クロウが言った。


「アスター4、牽引準備」


『……了解……』


 レイヴンはアスター4へ近づく。


 敵有人機が割り込んでくる。


 速い。


 ナギより速い。


 判断も、操作も、補正も。


 それは人間の形をした無人機に近かった。


『その旧式機で何を守る』


 敵パイロット。


「人」


『非効率だ』


「知ってる」


『拾った人間は足を引っ張る』


「知ってる」


『なら、なぜ』


 敵機が射線を置く。


 ナギは避けない。


 ほんの少しだけ、機体をずらす。


 敵の照準が追う。


 その追い方が速すぎる。


 速すぎて、次の残骸を見ていない。


「クロウ」


『はい』


「右下」


『見えています』


 レイヴンが沈む。


 敵機が追う。


 その先に、壊れた無人機の推進剤タンクが漂っていた。


 クロウが一発撃つ。


 タンクが破裂する。


 爆発ではない。


 白い霧が広がるだけ。


 だがセンサーには十分だった。


 敵機の補正が一瞬乱れる。


 人間なら、見たまま避ける。


 AIなら、数値を再計算する。


 その差が出た。


「今」


 ユイが叫ぶように息を吸った。


 エコー3が敵無人機の前へ滑り込む。


 無人機が回避。


 その一瞬で、レイヴンはアスター4を掴んだ。


『牽引確保』


 クロウ。


「離脱する」


『敵有人機、追撃』


「来るだろうな」


 黒い敵機が霧を抜けてくる。


 速い。


 怒っているように見えた。


 もちろん、機体が怒るわけではない。


 でも動きには、そういうものが出る。


『なぜ拾う』


 また通信。


 今度は、ほんの少しだけ声が荒れていた。


『その機体は戦闘不能だ。戦術価値は低い』


「名前がある」


『名前?』


「ハルカだ」


 沈黙。


 敵機の軌道が乱れる。


 ナギはその一瞬を見逃さなかった。


「ユイ」


『はい!』


「怖がれ」


『もう怖いです!』


「それでいい」


 ユイ機が震えながら、敵の射線を横切った。


 合理的ではない。


 危ない。


 下手だ。


 でも、敵は撃てなかった。


 撃てばユイを落とせた。


 だが、その瞬間にレイヴンを見失う。


 救難機を奪えない。


 局地戦の目的が割れる。


 人間が混じると、目的が増える。


 守るもの。


 拾うもの。


 迷うもの。


 それが、戦場を複雑にする。


『敵有人機、射撃遅延』


 クロウ。


「人間だな」


『はい』


 ナギは加速した。


 アスター4を牽引し、ユイを連れて、残骸帯の深いほうへ入る。


 敵機は追ってこなかった。


 いや、追えなかった。


 しばらくして、通信だけが届いた。


『お前たちは、遅い』


 敵の声。


 ナギは答えた。


「そっちは速すぎる」


『速さは優位だ』


「帰る場所が見えてるならな」


 通信が切れた。


 黒い敵機は遠ざかる。


 その背後で、敵無人機が再編していく。


 すぐまた来る。


 それはわかっていた。


『アスター4、生命維持安定』


 クロウが言った。


『ハルカ氏、生存』


「よし」


『ユイ機、推進不安定』


『聞こえてます……』


 ユイが小さく言った。


『でも、生きてます』


「それで十分」


 ナギは前を見た。


 救難信号は、まだある。


 遠くに二つ。


 もっと遠くに、点滅しかけた一つ。


 拾えば遅くなる。


 拾えば危険になる。


 拾えば、戦術価値は下がる。


 でも。


 拾った人間が、次の戦場の揺らぎになる。


 命令ではない。


 計算でもない。


 ただ、そうしたいと思う人間がいる。


『狭霧少尉』


 クロウが言った。


「なんだ」


『現在、あなたの周囲に即席小隊が形成されつつあります』


「小隊?」


『旧式有人機二。戦闘不能機一。損傷率高。統制なし。補給なし。生還率低』


「最悪だな」


『はい』


 少し間。


『しかし、予測困難です』


 ナギは笑った。


 今度は、少しだけ長く。


「それは褒め言葉か」


『今回は、そうです』


 レイヴンは次の救難信号へ向かった。


 音のない宇宙で、三つの機体がゆっくり進む。


 速くはない。


 綺麗でもない。


 だが、まだ消えていない。

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