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沈黙の宙域 - 宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。外伝  作者: 堀吉 蔵人


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第7話 救難信号

救難信号は、弱かった。


 切れそうな光。


 ノイズ混じりの短いパルス。


 それでも、確かにそこにいた。


 レイヴンは崩れた戦域の外縁を滑っていく。


 中央同期は切断済み。


 戦域図はほとんど空白。


 味方識別も不安定。


 今のナギには、広い戦争は見えない。


 見えるのは、目の前だけだった。


『救難信号、断続受信』


 クロウが言う。


『発信源、移動中』


「動いてる?」


『はい。漂流ではありません』


「飛んでるのか」


『推定有人機』


 ナギは息を吐いた。


 人間。


 また。


 最近、戦場に人間が増えている。


 いや、違う。


 見えるようになってきた。


 今までは中央AIの盤面に埋もれていた。


 最適化の下で、個人は数字になっていた。


 でも盤面が崩れ始めてから、急に戦場が近い。


 怖がる速度。


 迷う間。


 通信の息遣い。


 そういうものが見える。


『接近します』


 レイヴンが進路を変える。


 残骸帯の奥。


 壊れた輸送艦の陰。


 そこに、小型機が一機いた。


 黒い。


 細い。


 片翼が焼けている。


 推進光は不安定。


「味方か?」


『IFF不安定』


「役に立たんな」


『中央同期切断中ですので』


「それもそうか」


 小型機がこちらへ向きを変える。


 一瞬だけ、照準警告。


 でも撃ってこない。


 代わりに、短い通信。


『……識別……応答……』


 若い女の声だった。


 荒れている。


 息が速い。


 ナギは少し黙った。


「こちら独立機レイヴン。そっちは」


『……エコー3……所属コード消失……』


「消失?」


『管制喪失時に……識別飛びました……』


 クロウが小さく言う。


『シリーズ7補助暴走時に発生した識別破損と思われます』


 ナギは眉をひそめた。


 味方識別すら壊れ始めている。


 盤面だけじゃない。


 戦争の前提そのものが崩れている。


「飛べるか」


『……最低限』


「武装は」


『残弾なし』


「名前」


 少し間。


『……ユイ』


 返事のあとに、小さく鼻をすする音が入った。


『すみません。通信に、変な音、乗りました』


「乗ってたな」


『忘れてください』


「無理だ。ログに残る」


『最悪です』


 レイヴンの前方に、小さな機体が揺れている。


 推進が乱れている。


 たぶん、怖いのだ。


 でも帰る場所がない。


 中央同期を切られた機体は、もう盤面に戻れない。


「クロウ、帰投ルート」


『ありません』


「即答するな」


『現在、第七戦域は統合管制崩壊状態です。安全宙域の定義が成立していません』


「つまり」


『全部危険です』


 ユイの通信に雑音が混じる。


『……後方から……敵二……』


 警告灯。


 赤。


 ナギは振り返る。


 敵機。


 二機。


 無人。


 だが動きが妙だった。


 近い。


 速い。


 そして、まっすぐすぎる。


『敵側シリーズ7補助機』


 クロウが言った。


『局地高速追撃モード』


「名前が嫌だな」


『同意します』


 敵機が来る。


 一直線。


 迷いなし。


 ナギはレイヴンを横へ滑らせた。


「ユイ、残骸帯へ入れ」


『……無理です……』


「やれ」


『機体が……』


「いいから来い!」


 ユイ機が遅れて動く。


 怖がっている。


 その遅れが見える。


 敵はそこを狙う。


『敵射線予測』


「見えてる」


 ナギは急減速。


 レイヴンが軋む。


 未修理部分が悲鳴みたいに震える。


 敵無人機は、その減速を読めなかった。


 ほんの一瞬、前へ出る。


「クロウ」


『はい』


「一機だけズラせ」


『方法を』


「嫌がる動きをしろ」


『曖昧です』


「人間っぽく」


 少し間。


『難題です』


 レイヴンが揺れた。


 不規則。


 無駄の多い軌道。


 敵無人機の予測線が乱れる。


 一機が射線を修正。


 もう一機と交差。


「今だ」


 ナギは撃った。


 敵一機爆散。


 もう一機は残骸帯へ逃げ込む。


 逃げた。


 いや。


 待っている。


『追撃は非推奨』


 クロウ。


「だろうな」


 ユイ機がふらつきながら近づいてくる。


 傷だらけだった。


 古い有人機。


 レイヴンより少し新しい程度。


 でも、中央完全同期型ではない。


「お前も旧式か」


『……はい……』


「中央切った?」


『勝手に……切れました……』


 ナギは少し笑った。


「なら仲間だ」


 ユイは返事をしなかった。


 代わりに、小さく息を吐く音だけ聞こえた。


 安堵。


 たぶん。


『狭霧少尉』


 クロウが言った。


『後方戦域、さらに悪化』


 戦域図の端で、白点が大量に消えていた。


 味方。


 敵。


 区別が曖昧なまま。


『シリーズ7補助適用範囲、全域拡大』


「上層部、本気か」


『はい』


「止めるやついなかったのか」


『合理的判断です』


「合理的って嫌いだ」


『記録しました』


 ナギはユイ機を見る。


 細い機体。


 揺れる推進光。


 帰る場所を失った有人機。


 たぶん今、戦場にはこういう機体が増えている。


 盤面から落ちた駒。


 でも、人間は駒じゃない。


 落ちても、まだ飛ぶ。


『新規通信』


 クロウ。


 ノイズ。


 それから、セリカの声。


『狭霧少尉、生きてる?』


「なんとか」


『今どこ』


「迷子です」


 少し沈黙。


 それから、小さな笑い。


『そう。なら正常ね』


「少佐は」


『管制区画。地獄みたいになってる』


 後ろで怒鳴り声が聞こえる。


 警報。


 誰かが机を叩く音。


『シリーズ6と7の競合が全戦域へ広がった。もう統合管制が成立してない』


「……」


『今、各艦が独自判断を始めてる』


 ナギはゆっくり息を吐いた。


 それはつまり。


 戦争が、“中央”を失ったということだった。


『狭霧少尉』


 セリカの声が少し低くなる。


『これからは、現場判断で動いて』


「最初からそうしてます」


『そうね』


 短い沈黙。


『それと』


「はい」


『できるだけ、人を拾って』


 ナギはユイ機を見る。


 崩れた盤面の外側で、かろうじて飛んでいる小さな光。


「了解」


 通信が切れる。


 宇宙が静かになる。


 中央はいない。


 盤面もない。


 あるのは、壊れた戦場と、小さな機体だけ。


『クロウ』


「なんだ」


『現在状況を定義します』


「やめろ。嫌な予感する」


『第七戦域は現在、“局地戦の集合体”へ移行しています』


「つまり」


『戦争が、人間のサイズに戻っています』


「いいことみたいに言うな」


『良否は不明です』


「だろうな」


『ただし、あなたには向いています』


「もっと嫌だな」


 ナギは前を見る。


 星。


 破片。


 揺れる推進光。


 その向こうに、また別の救難信号が灯った。

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