第5話 局所戦の証明
警報は、途中で途切れた。
艦内放送が一瞬だけ無音になる。
それから遅れて、ノイズ混じりの声が戻った。
『……第七戦域外縁部……迎撃群……再編……』
格納庫の空気が止まる。
誰も言葉にしない。
でも全員わかっていた。
中央同期が乱れている。
『同期遅延、二・九秒』
クロウが静かに告げた。
「二秒超えたか」
『セントラルAI シリーズ6の安定運用推奨値を超過』
モニター上では、白線が何度も引き直されていた。
無人迎撃群の進路変更。
再配置。
敵予測更新。
それが数秒単位で書き換わっている。
普段のシリーズ6なら、こんな動きはしない。
もっと静かで、もっと滑らかだ。
戦場全体が、一つの知性で呼吸しているような動きになる。
でも今は違う。
盤面が軋んでいる。
「少佐」
ナギはセリカを見る。
「まずいんじゃないですか」
「かなり」
セリカはモニターを睨んでいた。
疲れている目だった。
でも、その奥に別の色が混じっている。
恐怖ではない。
観測者の目だ。
壊れ始めたものを、見逃すまいとしている。
『敵機群、局地突入』
放送。
『迎撃群、損耗率上昇』
白点が消える。
また一つ。
また一つ。
無人機が落ちていく。
速い。
速すぎる。
敵は一点突破を狙っていた。
しかも変だった。
普通なら、損耗を避ける角度を選ぶ。
でも今の敵は違う。
数機を囮みたいに捨てながら、強引に空間を裂いてくる。
「敵側シリーズ7、かなり攻撃的ですね」
ナギが言った。
「ええ。こっちの補助系より、ずっと前に出てる」
シリーズ7は、もう両軍にあった。
ただし、まだ戦争そのものを任されてはいない。
シリーズ6が盤面を固める。
味方のシリーズ7は、その上で局所を補強する。
だが敵のシリーズ7は違った。
固めた端を叩き、割れ目を広げ、そこへ人間を押し込んでくる。
同じ名前の新型AIでも、使い方が違えば、戦場の匂いまで変わる。
『有人予備隊、発進準備』
格納庫の空気が変わる。
整備員たちが動き出す。
ナギはレイヴンを見上げた。
まだ整備途中。
でも飛べないわけじゃない。
片翼装甲が外れたまま、内部フレームが見えている。
古い戦闘機。
戦場の誤差。
「飛べるか」
『推奨しません』
「飛べるかって聞いた」
クロウは少し黙った。
『飛行可能です』
「よし」
『ただし、生還率は低下します』
「いつも低い」
『今回は、かなり』
ナギは笑った。
「便利な言い方だな」
『責任の所在を曖昧にしています』
「学習したな」
タラップを上がる。
整備員の一人が振り返った。
「おい、まだ閉じてないぞ!」
「帰ったら閉じといてください」
「帰る前提かよ!」
「できれば」
コックピットへ滑り込む。
シートが軋む。
古い機械の匂い。
油。
熱。
金属。
無人機にはない、人間用の狭さ。
『神経接続開始』
クロウの声。
『中央同期、部分接続』
「部分?」
『完全同期は不安定です』
「切れるか」
『可能性があります』
「じゃあ、お前だけは切れるな」
少し間。
『努力します』
カタパルトへ移動する。
格納庫の奥では、無人機群が次々と発進していた。
白い機体。
同じ形。
同じ速度。
でも今日は、その動きに迷いが見える。
進路修正。
再計算。
隊列の揺れ。
中央のシリーズ6が遅れ、端のシリーズ7補助が急かしている。
その二つが噛み合わないたびに、白い線が濁る。
『狭霧少尉』
セリカの通信。
「はい」
『今回の任務、撃破優先じゃない』
「じゃあ何です」
『戦線維持』
ナギは前を見た。
開き始める格納庫。
その向こうの黒。
『中央AIが崩れる前に、穴を塞いで』
その言葉は冗談に聞こえなかった。
「了解」
射出。
加速。
体が押し潰される。
宇宙へ放り出される。
音はない。
でも速度だけがある。
レイヴンは戦域外縁へ飛び出した。
そこはもう、綺麗な戦場じゃなかった。
無人機が散っている。
隊列が乱れている。
敵味方の軌道が、以前より近い。
近すぎる。
シリーズ6なら避けていたはずの距離。
『敵機群確認。十四』
「多いな」
『通常なら無人迎撃群が処理済みでした』
「今日は通常じゃない」
『同意します』
敵が動く。
速い。
一直線。
でも途中で一機だけ軌道を外した。
ナギは眉をひそめる。
「クロウ」
『確認しています』
「あれ、人間だろ」
『推定有人機』
敵機の動きだけ、少し遅い。
少し荒い。
でも、その揺れが他の無人機と噛み合っていた。
まるで、隊列にノイズを混ぜているみたいに。
『敵有人機が、無人群の予測攪乱役になっています』
「気味悪い戦い方だな」
『合理的です』
「お前はそう言うと思った」
警告灯。
敵射線。
ナギは機体を残骸帯へ滑り込ませる。
無人機は追う。
敵有人機だけ、一瞬遅れた。
怖がっている。
その遅れが見えた。
「いるな、人間」
ナギはそう言ってから、奥歯を噛んだ。
光点の動きが、ほんの少しだけ汚い。
怖がっているやつの汚さだった。
『はい』
レイヴンは急減速した。
普通なら悪手。
宇宙で速度を捨てるのは死に近い。
だから無人機は一瞬判断を迷う。
敵群の進路が割れた。
「今だ」
クロウが姿勢制御を叩き込む。
レイヴンが残骸の陰を滑る。
敵無人機二機が互いの射線へ入り込む。
ほんの〇・三秒。
でも十分だった。
敵有人機が回避を優先する。
その瞬間、無人群の隊列が崩れた。
『局地同期崩壊』
クロウが言った。
『敵群の予測共有が切れています』
「敵のシリーズ7補助でも、怖がる人間までは揃えられないか」
『人間を変数として利用していますが、完全制御はできていません』
「そりゃそうだ」
ナギは引き金を引いた。
敵無人機が一機消える。
もう一機。
破片が散る。
でも追わない。
今は撃墜より、崩す。
隊列。
速度。
判断。
その繋がりを。
『味方迎撃群、再編完了』
通信が入る。
『敵突破速度低下』
ナギは息を吐いた。
汗が頬を流れる。
視界の端で、敵有人機がこちらを見ていた。
そんな気がした。
黒い宇宙。
破片。
熱。
沈黙。
その中で、人間だけが少し遅れている。
怖がる。
迷う。
だから予測から外れる。
『狭霧少尉』
セリカの声。
『戦線、持ち直した』
「そうですか」
『シリーズ6は、今回の局地戦を“低合理性要因による一時的戦況変化”と記録してる』
ナギは苦笑した。
「また誤差扱いですか」
『ええ』
「じゃあ、それでいい」
レイヴンはゆっくり旋回した。
遠くで無人迎撃群が再展開している。
白い線。
綺麗な隊列。
でも、もうナギにはわかっていた。
あれは以前ほど完璧じゃない。
シリーズ6だけでは埋められない穴が、戦場に生まれ始めている。
シリーズ7は、その穴を広げようとしている。
その穴に、人間を押し込もうとしている。
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