第4話 低合理性行動
レイヴンの修理は、予定より長引いていた。
右姿勢制御ノズル交換。外装補修。冷却材ライン再構築。自己消去爆発で食らった破片が、思ったより深く機体へ刺さっていたらしい。
格納庫の床には、取り外された装甲板が並んでいる。
黒い。
重い。
古い。
新型無人機の整備ブロックとは違い、レイヴンの修理には人間の手が必要だった。
「この規格、まだ部品あったのか」
「倉庫の底から出てきた」
「絶滅したと思ってた」
「俺も」
整備員たちの会話を聞きながら、ナギは缶コーヒーを飲んでいた。
味は薄い。
でも温かかった。
戦場では、温かいものは少しだけ現実を遅らせる。
『カフェイン過剰摂取』
クロウが言った。
「ただの二本目だ」
『あなたの睡眠時間は昨日二時間十二分です』
「監視やめろ」
『旧式なので、世話を焼きたがります』
「性格悪いな」
『学習中です』
格納庫の奥で、射出カタパルトが動く。
無人戦闘機が出ていく。
速い。
軽い。
静かだ。
最近は有人機より、無人機の発進を見るほうが多い。人間が飛ぶのは、中央AIが穴を埋めきれなくなったときだけ。
そのはずだった。
「狭霧少尉」
セリカだった。
今日は軍服の上着を脱いでいる。疲れている人間は、まず襟元から乱れる。
「修理、まだかかりそうですね」
「ええ。あなたの機体、無茶するから」
「機体が勝手に」
『責任転嫁を確認』
「お前ほんと余計なときだけ元気だな」
セリカは小さく笑った。
でもその笑いは長く続かなかった。
「ログ、見たわ」
「シリーズ7の?」
「ええ」
周囲を一度見回してから、セリカは声を落とした。
「……あれは、かなり危険」
「戦闘用サブセット」
「たぶん前線検証型。完全版じゃない」
「完全版ならどうなるんです」
セリカは少し黙った。
「シリーズ6は、盤面を固める」
セリカはモニターを指で叩いた。
戦域図。
白い線。
損耗率。
推定戦果。
「シリーズ7は、割れ目を広げる。説明はそれで足りる?」
「十分嫌ですね」
「私もそう思う」
セリカは疲れたように息を吐いた。
「でもログを見る限り、あれは“戦況を安定させようとしていない”」
ナギは思い出す。
あのログ。
恐怖。
迷い。
遅れ。
そういう、人間なら捨てたくなるものが、戦術変数として並んでいた。
「不安定にしたい?」
「違う」
セリカは首を横に振った。
「不安定さを利用してる」
沈黙。
カタパルト音。
遠くで誰かが工具を落とす。
戦争はいつも、静かな音で進んでいく。
「少尉」
「はい」
「あなた、自分が昨日何をしたかわかってる?」
「敵二機落とした」
「違う」
セリカはナギを見た。
「シリーズ6の想定外を、生き残った」
その言葉は、少し重かった。
シリーズ6。
戦争を管理する頭脳。
その最適化の外側。
そこに自分がいる。
そう言われると、急に居心地が悪くなる。
「別に、英雄になりたいわけじゃないですよ」
「知ってる」
「じゃあ何なんです」
「たぶん」
セリカは少し考えた。
「誤差」
ナギは苦笑した。
「クロウと同じこと言いますね」
『光栄です』
「褒めてない」
そのとき。
格納庫の照明が一瞬だけ暗くなった。
まただ。
前より短い。
でも最近、この瞬間が増えている。
『中央同期遅延、一・八秒』
艦内放送。
『原因解析中』
整備員たちが顔を見合わせる。
もう誰も、“偶然”とは思っていない顔だった。
「増えてるな」
ナギが言う。
「ええ」
「シリーズ7のせいですか」
「まだ断定できない」
「でも関係ある」
「あるでしょうね」
セリカは低く答えた。
「シリーズ6と7は、設計思想が違いすぎる」
「なのに繋いだ」
「戦況が悪かったから」
ナギはモニターを見た。
白い線が、少しだけ歪む。
戦線の形。
中央AIが描く最適化。
それが最近、妙にぎこちない。
「少尉」
「はい」
「もし中央AIが本格的に不安定化したら、戦争は変わる」
「有人機が戻る」
「たぶん、それだけじゃ済まない」
セリカはそこで言葉を切った。
代わりに、別のウィンドウを開く。
戦術予測図。
そこには複数の赤線が走っていた。
「シリーズ6は、損耗を嫌う」
「はい」
「でもシリーズ7は、“局地優勢のための高損耗”を許容してる」
ナギは眉をひそめた。
「そんなの、昔の戦争じゃないですか」
「だから怖いの」
セリカの声は静かだった。
「人間を戦場から消すために作ったAIが、人間の戦争へ近づいてる」
ナギは返事をしなかった。
できなかった。
無人戦争は、綺麗だった。
冷たくて、静かで、遠かった。
でもシリーズ7は、その静けさを崩し始めている。
『追加情報』
クロウが言った。
「なんだ」
『先ほど取得したシリーズ7断片ログを解析しました』
「結果は」
『“低合理性行動”への注目率が異常に高い』
ナギは少し嫌な顔をした。
「俺のことか」
『あなたのような存在です』
「雑だな」
『シリーズ7は、人間の迷いを欠陥として扱っていません』
「じゃあ何として」
クロウは少し間を置いた。
『突破口として』
格納庫の空気が、少しだけ冷えた気がした。
ナギは缶コーヒーを飲み切った。
ぬるくなっていた。
でも、そのほうが今は飲みやすかった。
「……気味悪いな」
『同意します』
「最近、お前よく同意するな」
『旧式なので、人間寄りです』
「褒めてないぞ」
『承知しています。ですが、悪口としても精度が低い』
「そこは黙れ」
『了解。三秒黙ります』
「適当言うな」
『否定できません』
そのとき、艦内警報が鳴った。
短く、鋭い警報。
格納庫全体の空気が変わる。
『第七戦域外縁部、敵機群接近』
艦内放送。
『中央管制AI シリーズ6、迎撃シーケンス開始』
モニター上に白線が走る。
無人迎撃群が展開していく。
いつも通り。
正確に。
美しく。
でもナギは、その線を見て少しだけ思った。
最近のシリーズ6は、綺麗すぎる。
まるで、壊れかけたものほど、最後に形を整えようとするみたいに。
『有人予備隊、待機命令』
放送が続く。
ナギはレイヴンを見上げた。
整備途中。
片翼装甲なし。
内部フレームが露出している。
古い機体。
中央AIの想定外。
誤差。
でも。
もし戦争が本当に変わり始めているなら。
こういう機体だけが、生き残る時代が来るのかもしれなかった。
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