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ACT.41 そんなに簡単に……

 アコが尋ねた。

「なぜアメリカは薬の提供を拒んだんだ?疾病は人類共通の危機だろ」

「ゼフォンが流行り始めたとき、薬は自分らで作るって中国が言ったのです」

「作れなかったのか?」


 カネは腕組みをしながら小さくうなずく。


「はい。ロシアと共同でワクチン開発に成功したと宣言したのですが、その効果は薄かったのです。しかも、宣言後、CIAが中露の大規模な医療技術スパイ組織を摘発しました。つまり米国の技術を盗んだつもりで偽情報を掴まされていたんです」

「それは……まずいな」

「ええ。加えて、この時期に至るまでに親米グループ国家群と中国・ロシア連盟との対立はとても根深いものになっていました」


 俺は2022年に始まったロシア・ウクライナ戦争を思い出した。


「ロシア・ウクライナ戦争の影響か?」

「あの戦争は2028年末に休戦になりました」

 アコが尋ねた。

「それだったら緊張は緩和したんじゃないのか?」

「次は中国がやらかしたのです。台湾侵攻です」

「えーっ?」

「中国は台湾を海上封鎖して、台湾が耐えきれなくなったところで無血上陸するつもりだったようですが、台湾は日米の協力もあり、封鎖の完成を阻みました。侵攻作戦は初期段階でとん挫です」

「なんで、中国はそんな無茶を……?」

「ウクライナ侵攻をした時のロシアと一緒ですよ。外敵を作って国内の政権に対する不満を抑え込もうとしただけです。この頃から日本は中国、北朝鮮、ロシアによる核攻撃があり得ると判断し、この地下統合作戦本部を作ったのです」


 アコがあきれたように尋ねた。

「なんで中国はそこまで腐ったんだ?」

「東欧やソ連と同じです。一党独裁の必然的結果です。しかも中国は自浄の機会を自ら潰しました」

「どういう意味だ?」

「1989年に中国で学生や知識人が思想の自由を要求して天安門広場に集結したのを、共産党政権は武力制圧しました。大勢の市民が人民解放軍に殺されたようなのですが、中国共産党は情報封鎖しました」


 天安門事件……。俺がまだ子供だった頃の話だ。


 アコが、つらそうに言った。

「説明を続けろ」

 カネがうなずいて続けた。


「話を米中戦争前に戻します。アメリカは新薬を戦略物資と位置付けました。まず、欧州と日本、オーストラリアに優先的に薬をわたしました。さらにインドを取り込みました。中南米、アフリカ、東南アジアでも親米政権の国だけに薬を供与しました」

「アメリカのやりそうなことだな」 

「国際戦略ではあらゆるものがテーブルに乗りますからね」


「それで中国はどうしたんだ?」

「中国はインド政府にワクチンと治療薬の提供を要請しました。二十一世紀初頭はBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)として同じテーブルを囲んでいたのでアメリカより交渉しやすいと踏んだのでしょうね」

 モニターにXV BRICS SUMMITと書かれた青い看板の前で手を携える政治家たちの写真が映し出された。俺にもうっすらと記憶にある。


「インドはゼフォン対策薬製造プラントを稼働させたばかりでした。ただ、インドはすでに親米陣営に鞍替えしていました。インドはカシミール地域のインド主権確認を交渉条件にしました。中国には呑めない話です」

「いきなり詰みか……」

「はい。中国ではゼフォン死者数が十万人に達っする日があり、国家崩壊が時間の問題になっていました。中国はインド国内の製薬プラントを奪うことを決断しました」

「奪うって……トラックに載せて持ち去るつもりだったのか?」

「いえいえ、欲しいのはプラントの設計図面、基礎原料、製造装置と製造条件といった一切の技術情報です。占領し、交渉している過程で写して持ち出すつもりだったのでしょう」

「それで、どうなった?」

「製薬プラントはデリーの北にありました。中国は、やはり薬の入手ができていなかったパキスタンと共同作戦を行いました。二万のパキスタン陸軍とヒマラヤ越しに数千人の中国軍空挺部隊が電撃戦でプラント占拠に出ました。インド側の守備隊もプラント運営者もすぐに逃げ出しました。占拠は成功しました」

「中国は薬の入手の目途を立てたということか?」

「インドは無条件撤退を要求しましたが中国は無回答でした。ここでインドが想定外の手に出たのです」

 

 カネが言葉を切って、少し肩をすぼめた。

 インドはなにをやらかしたというのか……。


「インドは戦術核兵器を使って一発のミサイルでパキスタン・中国連合軍を壊滅させプラントも跡形もなく破壊しました」


 アコは歯を噛みしめている。俺も言葉がしばらくでなかったがようやく呟いた。

「そんなに簡単に核兵器を……」


「自国領内で攻め込んできた敵に使うのですから他国は非難できません。もともとインドは二十世紀から核兵器制限に関わる全ての条約には加わっていません」


 背後のモニターにまた世界地図が映った。インドの北西部にキノコ雲マークが点滅した。

 カネは小さく両手を広げて話を続ける。


「核兵器使用は戦略上からすれば合理的です。通常兵器でやり合えば、どうせプラントは損傷し使えなくなりますし、インド側にも多くの犠牲者が出ます。占領が長引けば中国の思うつぼでした」

 たしかにそうかもしれない。それでも……。

「核兵器を使えばこれらの問題はなくなります。おそらくアメリカが背後から圧力をかけたのでしょう」


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