ACT.40 異世界じゃない!
「おう、カネ。直接会うのは初めてだな」
アコは、当然のように答えたが、俺は全く納得できない。
「カ、カネ……おまえ、実体があるのか?」
「まあ、この体を実体というならそうでしょうね。それに、いままで実体のありなしについて、話したことはないと思いますよ」
「おい、タケ。カネに実体があったら変なのか?」
アコの突っ込みの角度が変則的過ぎて、対応する言葉が出てこない。
「まあ、二人とも、立ち話は何ですので、座ってください」
カネの言うがままに座ってしまった。
もう、何から尋ねたらいいのかワケがわからなくなってしまった。
アコが周りを見渡しながら尋ねた。
「おい、カネ。ここはいったいどういうところなんだ?」
さすがアコだ。冷静に5W1Hの基本に戻っている。知的訓練の習得度は俺より上だ。
カネは立ったまま、片手を近くの机についた。
「ここは、軍の統合作戦本部です」
アコが質問を続ける。
「軍?どこの国の軍なんだ?なぜ、今はこんな状態になっている?」
カネが小さくうなずいた。
「ひとつずつ答えていきましょう。ここは日本国防軍の統合作戦本部です」
「日本国って……」
「今、ほとんどの機能が停止して人の気配が無いのは、熱い戦争は百五十年近く前に終わって、ここにいた人たちは寿命が尽きて死んでしまったからですよ」
俺の心の中でへんだと思いながら事態の急展開に追われて、考えるのを保留していた疑問が一気に浮かび上がって来た。
「じゃあ、ここは異世界じゃなくて未来の日本……」
「はい、そうです。あなた方お二人の時代からすれば、二百年から二百五十年の未来になります。ここは、かつては長野県と呼ばれていた地域の松代の地下五百メートルほどのところです」
俺は思わず声を上げた。
「長野県の松代?俺は、松代の山の中にいたんだがいつの間にかオークに追われていた」
アコが声を上げた。
「おい、俺も松代でのセクト合議に行く途中で、この世界に入り込んだんだぞ」
「はい。そうだと思います。二人とも松代のすぐ近辺に居たはずです」
「松代にいた皆が、この時代に入り込んだわけじゃないだろ?なぜ俺とアコだけが……」
タケがいつものように片側の口角だけを上げた。
「その説明は、順番からいうと後の方にしたいです」
アコが肝心の質問をした。
「俺もそのほうがいいと思う。まず歴史だ。タケの生きていた時代の話はだいたい聞いた。ソ連は崩壊し中国や北朝鮮は独裁国家になったというところまでだ。さっき熱い戦争って言っていたな。説明しろ」
カネが大きくうなずいた。
「私もそこから始めたいです」
俺もアコもうなずいた。
カネの背後の巨大モニターが明るくなった。世界地図が映し出された。
カネの説明が始まった。
「今から百五十二年前の冬に核戦争が起きました。中国軍の原潜がニカラグア沖から米国のサンディエゴに多核弾頭ミサイルを発射し、迎撃をかいくぐった核弾頭が一発、サンディエゴの海軍基地を壊滅させました」
モニターの世界地図の米国西海岸最南端、メキシコとの国境の町にキノコ雲のマークがついた。
「米軍は、その一時間後に東シナ海の原潜からミサイルを発射し中国の青島にある海軍基地を破壊しました」
世界地図の山東半島の付け根に、マークがついた。
アコが声を上げた。
「おいおい、何か理由があったから戦争になったんだろう?」
カネが右手の人指し指を立てた。
「はい。中国がアメリカに『薬を分けてくれ』と要請したのを、事実上拒否したからです」
「は?なんだそれ?」
「世界的に死亡率が高い疾患が流行し、中国は国家維持が困難な状態になったんです。米国はワクチンと治療薬の開発に成功しましたが、中国はできませんでした」
俺がカネに尋ねた。
「疾病って、新型コロナのような?」
アコが口を挟む。
「コロナってなんだ?スペイン風邪のようなものか?」
モニターに四行五列の表が現れた。
一行目には項目として、疾患名、流行年、潜伏期間、死亡率、世界死者数(推計)と書かれている。二行目と、三行目にスペイン風邪、新型コロナと記載が入った。
「その類ですが、もっと酷いものでした。スペイン風邪は1920年年代に流行しました。潜伏期間は最大三日、死亡率は5%程度でした。世界で1億人以上が死んだとされています。2020年から流行ったコロナは潜伏期間が最大十日、死亡率は1%未満。それでも世界で一千万人近くが死んだと推計されています」
俺はスペイン風邪の死者数がコロナの十倍もあったことを初めて知った。たしか第二次世界大戦の死者数は一億人近かったと思うが、それをも上回る。
「中国を追い詰めたのは新種の呼吸器循環器系疾患Z-EP6、通称ゼフォンです」
表の四行目の疾患名にゼフォンと入った。
「ゼフォンの潜伏期間は最大で二十日、死亡率は25%に達しました」
潜伏期間が長いほど、保菌者は自由に動き回って菌をばらまくことになる。そして死亡率25%ということは……カネが説明した。
「死亡率は25%というのは中世ヨーロッパの人口の三割を死亡させたペストの死亡率に迫ります。ゼフォンの封じ込めに失敗した中国では、毎日の死者が数万人に達しました」
先ほどの表のゼフォンの上に一行追加された。ペスト、1350年代、潜伏期間2-6日、死亡率30-60%、死者数一億人以上……。
新型コロナの時のことは俺もよく覚えている。大学は閉鎖され、街から人の気配が消えた。医療機関は飽和し、病院でろくに看てもらえないまま多くの人が死んでいった。その数十倍の死亡率の疾患が蔓延すれば、国家存亡にかかわるのは明白だ。




