ACT.37 二進法
二日後、アコと俺は再度ダンジョンに向かった。
今回は、松明は持たずに暗視装置を持っていく。それとほぼ二日分の水と食料だ。
半日かかってダンジョンにたどり着き、奥まで入っていく。先日片付けた瓦礫のあたりまで来たところで暗視装置を着用する。例の凄い音が鳴りだしたので、止まるまで一休みである。
パソコンを開けるとカネが先日のサファリジャケット姿で現れた。「昨日の復習をしましょう」と書かれたクリップボードを持っている。
昨日、山里でカネに妙な訓練を受けさせられたことを思い出した。
「タケ、明日、必要になる技術を身に付けてもらいます」
「なんだよ、急に」
「難しい技術ではありません。二進法です」
「ゼロ、イチの?」
「そうです。片手で数字を示してもらいます」
「どういうことだ?」
「握った状態が0、親指だけ立てると1、人指し指だけ立てると2、親指と人指し指を立てると3、という具合です」
「ああ、そういうことか」
要は片手で指を立てた桁が1、握ったままの桁が0というだけの話である。指は五本なので片手で31まで表せる。
「では、やってみましょう。まず3。簡単ですね。では5、いいですね。次は8」
8は薬指だけを立てることになる。やりにくい。
「あれ?意外と不器用ですね」
こうして長々と三十分ほど練習させられた。
そして、カネはまた俺にやらせようとしている。カネが4と記したクリップボードを示す。俺は中指だけを立てた。次は9、12,16・・・・とやらされた。
気が付くと音は止まっていた。
アコが声をかけてきた。
「さあ、扉に進もう」
俺はパソコンを両手にもって扉の前に進む。
暗視装置越しに見ると扉の前は明るい。どうやら、赤外線照明が行われているようだ。扉の上の透明窓内にいくつか光源が見える。それにカメラレンズのようなものも見える。
カネから指示が出た。
「扉の上の窓に向かって、右手を上げて、グーパーを繰り返してください」
言われたとおりにする。五度ほど繰り返していると、昔の電子レンジのような「チン」という音がした。
「タケ、ここからです。何度か断続音がします。右手で二進法で音の数を作って窓に向けてください」
いきなり、木魚を叩くような音が始まった。俺は懸命に数える、1,2,3……、11,12。音が止まった。えーっと12は……。
「タケ、落ち着いて」
余計なことを言われると余計に焦る。「落ち着いて」という指示は、指示とは言えない。落ち着けないから焦っているんだ。
なんとか12のサインを示した。また木魚が始まった。今度は……21。なんでやりにくい数字ばかりを要求してくるんだ!
7回ほどサインを出した。木魚の音が止まった。
何も起きない……俺はアコのほうを見た。暗視装置をつけたアコが小さく首をかしげている。
パソコンの中のカネを見た。相変わらずニタニタしている。一言文句を言ってやろうかと思ったら、今度は昔の消防車の音が聞こえ始めた。思わず後じさりする。
目の前のドアがじわじわ開き始めた。
ドアが開き切った。奥はまた真っ暗闇であり、壁と天井は平坦なままだ。
俺はアコと顔を見合わせた。アコがジェスチャーで先に進めと言っている。俺はパソコンを両手にもった。キーボード側を奥にして扉の奥の方に進む。カネはバッテリーセーブのため、パソコン画面を落としたようである。暗視装置でも奥は見えない。
カネの声がした。
「暗視装置の左のこめかみのところにトグルスイッチがありませんか?それを押してみてください」
確かにスイッチのようなものがある。ちょっと抑えると目の前の様子が変わった。少なくとも両側の壁と10メートルほど先の床までは見える。
カネが説明する。
「そのスイッチはアクティブモードスイッチです。今、ゴーグル側から少し赤外線を照射しています」
先はよく見えないが、少なくとも足元あたりが見えると、ちょっと安心できる。
ゆっくり前進して行く。空気がよどんでいると予想したがそうでもない。特にカビとか化学物質が臭うことはない。どうやら床は奥に向かて少しずつ低くなっているようだ。五十メートルほど進んだ。また、行く手を遮る壁がある。
今度は瓦礫は落ちていないが、壁の手前の床に壁に平行に幅広い白線が引いてある。壁には窓のようなものは見当たらない。開け方は二進法ではないようだ。
正直言うと、俺は、これ以上は前には進みたくない。知的訓練の成果ではなく、本能がここから先はやめておけと言っている気がする。




