ACT.36 俺も飲みたいんだが
カネのアドバイスを求めて、俺はパソコンの画面を見た。ただ、このノイズの中では音声入出力は無理かもしれない……と思ったら、カネが画面の中で『三分間ほど待ってみよう!』と書かれた
クリップボードを掲げている。
俺はアコを手招きして画面を見せた。アコが大きくうなずき、兵士たちにその場に座るようにジェスチャーで指示を出した。
大きな音は二分ほど続いたが、次第に音量が下がって来た。ただ、インシュンも含め兵士たちは、依然として顔をこわばらせている。
音が止んだ。また、アコが瓦礫のほうに近づいていく。今度は何も起きない。アコが瓦礫の手前から大声で何か言っているが、耳が大音量で麻痺していてよく聞こえない。仕方ないので近づいてみる。
「おい、タケ。兵士たちを連れてこい。この瓦礫を片付けるぞ」
俺は兵士たちのほうに戻りながら、手招きをした。インシュンがのろのろと動きだし、他の兵士たちも続いて動き出した。
ようやく落ち着いてきた兵士たちと一緒に俺とアコは瓦礫の片づけを始めた。どうやら、瓦礫は天井が崩れてきたものらしい。瓦礫の中には、数百キロはありそうな塊もあり、すべてをきれいに片付けることはできない。奥に進める道を確保することを目標に、黙々と作業を続けた。
二時間ほど作業を続けるうちに、なんとか奥の方の様子がわかって来た。
奥には大きな扉がある。材質は不明だが、頑丈そうだ。その扉の上側に、扉の幅と同じ幅の透明な板がはまった窓のようなものがある。どうやら、ここから黄色い光が出ていたようだ。ただ、どこにも取っ手のようなものはない。脱獄後に地下通路に逃げ込んだ時も同じような状況だったのを思い出して、周囲を調べてみたが、それらしい手がかりはない。俺はカネに声をかけた。
「おい、カネ。瓦礫の奥の扉のようなものにたどり着いた。ただ、開け方がわからない。降参だ。教えてくれ」
「ご苦労様です。カメラで扉を写してください」
俺は扉を写した。
「扉の左右の壁のところも見たいですねえ」
言われるがままに左右を撮る。
「上側もお願いします」
インシュンに肩車をしてもらって、上側も撮った。
カネが呟く。
「なるほど」
「それで、どうするんだ?」
「今日はここまでです。お疲れさまでした」
「ええっ!?」
アコが平然と言う。
「じゃあ戻るか」
「それがいいです。革命軍兵士の皆さんの仕事は、ここまでです。」
「そうか。じゃあ戻って飯を食って寝るか」
「はい、それでいいです」
いったいどうしたいのか、さっぱりわからない。
俺たちは日が傾きだした山道をワンダラの山里へと戻った。
ダンジョンでの作業は兵士たちにかなりのストレスをかけていたようだ。里の戻った兵士たちは、緊張から解放されたためか、しっかり食べて大声で笑い合っていた。
翌朝、朝飯を食べた後、兵士たちは荷物をまとめ里を発った。インシュンが何度も振り返り、手に持った槍を振っていた。
とてもよく晴れた気持ちのいい初冬の日だった。俺はウッドデッキにソーラーチャージャーをセットして、パソコンとつないだ。そのままカネを呼びだした。カネは、この山里と同じような風景の村で、俺と同じようなウッドデッキに座っている。ジーンズにグレーのセーターを着て、傍らの机の上には、コーヒーらしき飲み物がある。
俺はカネに訊いてみた。
「おはよう。それはコーヒーかい?」
「ええ、そういうことにしておいてください」
「俺も飲みたいんだが」
「ないものねだりはいけませんねえ」
人に見せびらかしておいて、ないものねだりと言うのはなんだか許せない。
「今日は、どうするんだ?」
「休憩ですよ。体を休め、英気を養ってください」
アコがやって来た。画面をのぞき込んで言う。
「あれ?お前、コーヒーを飲んでいるのか」
「そういう設定です」
「俺も飲みたいんだが」
「アコもですか。ないものねだりはいけません」
「見せびらかしておいて、ひどい奴だな」
アコははっきりものを言う。
俺はカネに尋ねた。
「ダンジョンにはまた行って、あの扉を開けるつもりなんだろう?」
「はいそうですよ」
「じゃあ、なぜ兵士たちを帰しちゃったんだ?」
「どう説明しましょうかねえ……」
「じゃあ、なぜ俺とアコだけであの扉の奥に進むんだ?」
「そうですねえ……お二人は、知的訓練を積んでいるからです、と答えましょう」
「はあ?ますます意味不明だぞ」
「本質的な意味での知的訓練とは、未知のものを受け入れ理解しようとする能力の養成です」
アコが面白そうに応じる。
「おう、なんだかセクトの議論みたいなことを言い出したな」
「そのセンスでいいと思います。ただ1960から1970年代初めの議論は、現状の矛盾に集中して世界把握の客観性に欠けていたことは指摘しておきましょう」
「相変わらず嫌な奴だな」
俺には何の話かさっぱりだ。
俺は話を戻させることにした。
「知的訓練の話に戻れよ」
「そうでしたね。これから先、遭遇するものは、けっこう大変なものになります」
「具体的に言えよ」
「今、具体的に言っても理解はできないでしょう」
「どういう意味だ?」
「百聞は一見に如かず、です」
「それだったら知的訓練は関係ないだろ?」
「たとえ話をしましょう。もし異星人と遭遇したらというお題で」
アコが口を挟む。
「ほう、面白そうじゃないか、続けろ」
画面の中でカネが大げさにうなずき続ける。
「知的訓練を受けていない、たとえば近代以前の一般人が異星人と遭遇したら、怖がって逃げ惑うか、幻想を見たことにするでしょうね」
「だろうな」
「では、知的訓練を受けた現代人や知識人なら?」
「状況の把握に努め、意思の疎通が図れる努力をする、かな」
「そういうことです」
「つまり、異星人レベルのものとの遭遇を覚悟しなくちゃならないのか?」
「正解です。さすが、知的訓練を受けた現代人ですね」
ほんとにこいつは食えないやつだ。




