ACT.31 印象操作
革命軍は町の門を抜けて、エルフとオーク兵が詰めていた町で一番大きな軍の施設の建物の前に来た。 俺たちが、一か月少し前、エルフ率いる軍に急襲されて、命からがら逃げだした施設である。
町の人たちが集まって来た。少なくとも俺たちを大歓迎している風ではない。しかし、ここを出ていった時のような厄介者を見る目でもない。
建物の前に革命軍が整列した。アコが施設の石段の上に上がった。アコは全員を見渡して小さくうなずいた。そして、号令を出した。
「まわれ右!町の人たちに挨拶をする。全員、礼!」
町の人たちは、少なくとも革命軍は乱暴を行うつもりはなく、規律が保たれていると理解したようだ。少し安堵の空気が流れだした。
アコの命令が続く。
「礼、なおれ」
アコが石段から降り、整列した兵士の間を抜けて、町の人たちの前に出た。
「ツィックマの方々、我々は戻って来た。すまないが、当面の食料と、この町でしか手に入らない医薬品や雑貨を分けてほしい。必要なものが手に入れば、町を出る」
アコも頭を下げた。
前回同様、アコの演説に歓声も拍手も起きなかった。
「では、俺たちの歌を聞いてくれ。せーのっ!」
ふたたび、あの歌が始まった。
俺は町の連中は立ち去ると思っていたが、意外なことに彼らは去らずにそのまま聞いている。
群衆の中から小さな声が聞こえた。
「この歌……」
「知ってるのか?」
「昔、ばあさんが歌っていた歌に似ている……」
群衆の中の男が、無意識に足先で拍子を取っていた。老婆が小さくうなずいている。小さな子どもが口ずさみ始めた。
アコが号令する。
「もう一度!拍子をとれ!」
兵士たちの表情が和らぎ、笑顔になり手を打ち鳴らし拍子をとり始めた。
取り囲んでいる町の連中の中から、少し手を打ち鳴らす音が聞こえ始めた。
「最後だ、もう一回」
子どもたちの口が大きく開いた。歌い始めている。手を打ち鳴らす音も次第に大きくなった。
歌が終わると兵士たちはアコの指示で再度、礼をした。少なくとも、彼らの目にあった露骨な警戒心は消えていた。群衆はゆっくりばらばらと解散していった。
俺たちは軍施設に入った。俺たちを急襲した二百名と、その後にさらに二百名増強されたエルフ軍の駐留で中は荒れているかと思っていたが、俺たちが出ていった時とそれほど変わらない様子だった。
俺はカネを呼びだした。
今日のカネのいでたちは白っぽいセーターの上に黒いジャケットである。
「やあ、タケ。無事にツィックマの町に入れたようだね」
「ああ、今のこところ無事だ。町に入るときに歌を歌うように仕向けたのか?」
「仕向けたって言い方は正しくはないですねえ。アコの『できるだけ穏やかに町に入りたい』っていう相談に乗ったんですから」
「……たしかに、黙って入ったら重苦しかったかも……」
「でしょう。アコとは選曲でひと悶着ありましてね。アコは『友よ』がいいって言ったんですが、あれは重すぎるんですよ」
「知らない曲だな」
「フォークソングです。古い革命歌みたいなものです」
「ああ、それで却下か」
「『手のひらを太陽に』は良かったでしょう。リズム、曲調、そして歌詞が明るい。この町に一番足らなかったものを運んできた印象を与えることができます」
選曲理由を聞くともっともだが、なんだか印象操作の裏側を聞かされたようで喜べない。
話題を変えることにした。
「オークの大部隊が来ていた割には、この施設はあまり使われなかったようだな」
「当然でしょう。この施設は、せいぜい百人ほどしか収容できませんよ。二百名の兵士を連れてくるとなったら、町の外に野営するのが普通です。町の中に兵士を置くとどんなトラブルが起きるかわかりませんからね」
「そういうことか……。町の人たちも、ここには入った様子があまりないけど……」
「町の人たちは、エルフが戻ってきたらと思ったら、とても入れないでしょう」
「まだ、エルフやオークが怖いんだ」
「当然です」
アコとチョーハが戻って来た。
「兵士たちの寝場所を割り当てるついでに、町の食料の倉庫を見てきたぞ」
「どうでした?やはり厳しいですか?」
「それが、軍用食がたっぷり補充されていた。これで当面、食い物の悩みはなくなりそうだ」
カネが口を挟んできた。
「やはり、豊富にありましたか」
「お前の予想通りだったな」
「私たちを急襲した指揮官は優秀でしたから、駐留も視野に入れていたのでしょう。私たちを殲滅したあと、この町に暫くとどまるための物資を運び込んでいると思ってました」
「だから、ツィックマによって物資を調達していこうって提案したのか?」
「それが、最も確実でかつ簡単なやり方ですからね。町の住人の反発さえ避けられたらですが」
チョーハが話に加わって来た。
「このところ町を仕切っている連中と少し話ができた。明日、話し合いを持つことになったよ」
カネが答えた。
「それはいいですね。彼らに、ある程度現状について説明する必要はありますし、彼らが今何を期待し、不安に思っているか知ることができます。エルフが率いていた敗走軍の様子も確認しておきたいところです」
「そうだな」
アコがにやつきながら言った。
「ここに戻ってくる途中、いいものを聞いたぞ」
俺は思わず尋ねた。
「何を聞いたんですか?」
「子どもたちの歌声だ。『僕らはみんな生きている、生きているから歌うんだ~♪』ってな」




