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ACT.27 化学兵器、生物兵器

 その日、雨は激しく降り続けた。オークたちは侵攻を一時停止したようだった。


 夜中に雨は止んだ。見張りから連絡が入ったのは、明け方近くだった。

「オークたちが痩せ尾根にとりつくあたりに集結しています。どうやら指揮官のエルフもいるようです」


 アコとチョーハがすぐに彼らを見渡せる場所に向かう。俺もパソコンを抱えて向かった。

 アコが双眼鏡で敵陣を見渡しながらつぶやく。

「おー、ようやく体制を整えたか」

 チョーハが心配そうに言った。

「できるだけ頑張るが、奴らをいつまで食い止めらるやら……」


 俺はパソコンを起動しカネを呼びだした。カネは昨日の野戦服のままだが、折り畳みテーブルにパッケージ入りの野戦食と金属カップに入れたコーヒーらしきものが置いてある。

「おはよう、タケ。よく眠れたかな?」

「よく眠れるわけないだろ。敵がすぐそこに居るんだぞ」

「それは良くないなあ。人間にとって睡眠はバッテリーのチャージみたいなものだから、だいじなところでで精神エネルギーが切れる恐れがあるよ」


 まったくこいつは、人間について分かっているのか分かっていないのかが分からない。

「まず、オークたちの様子と空の具合を見せてくれるかな?」

 俺は昨日の朝と同様にカメラをスパンさせてオークたちを撮り、続けて空を写した。

「うん、今日はいい天気になりそうですね。It Never Rains in Southern Californiaなんちゃって」

「おう、俺もその歌好きだなあ」

 アコが余計な突っ込みをする。話が進まない。


「おい、これからの作戦計画をちゃんと説明しろ」

 画面の中でカネが両手を広げて見せる。

「もちろんです。まず、今の、エルフ軍についての私の分析を述べます。彼らは、そろそろ食料が尽きかけています。指揮官のエルフは怒っているでしょう。力技で早々に決着をつけるつもりだったのに、森の中で道に迷ったり、ようやく攻略路を見つけたと思ったら、オーク兵たちがまともに登れず雨に降られて、一晩を費やしたんですから」


 チョーハが尋ねる。

「それで、奴らはどう出るんだ?」

 カネは片側の口角を大げさに上げてから答えた。

「エルフ指揮官は、オーク兵の損耗を度外視した強攻策をとります。食べ物がないので、今更、作戦変更はできません。強引に痩せ尾根に登り切って、この要塞に突入しようとします」

 チョーハは目を剥いて黙った。


 カネが続ける。

「我々は、突入を許したら負けです。しかし、今日の突入を阻止したら我々の勝ちです」

 アコがうなずいている。


 カネがさらに続ける。

「我々の最後の守りを確認しましょう。まずタケ。投石機は指定された位置に配置しましたか?」

「ああ、設置したよ」

「では、一度試射しておいてください。痩せ尾根の真上に着弾させる必要があります。試射が終わったら着弾地点に目印を立てておいてください。そうですね……でっちあげでいいので、革命軍の旗なんかいいですね」

「わかった」


「チョーハさん、例のものの準備はいいですか?」

「ああ、用意したけど、あんなものが役に立つのか?」

 俺はその話は聞いていない。

「何を用意させたんだ?カネ」

「化学兵器と生物兵器です。殺傷能力はほぼありませんが、精神力を削ぐ効果は抜群です」

「なんだ、それ?」

「まあ、見ればわかるでしょう。天気もいいので、生物兵器から使いましょう。ではチョーハさん、例の五袋を崖の上に移動させてください」


 チョーハが革命軍兵士に指示を出した。しばらくすると、全身を布で覆って、覆面までした男たちが一抱えほどの分厚い布袋に包まれたものを持ってきた。

 アコが望遠鏡で敵陣を見ながら男たちを配置した。男たちが袋の口を縛っている紐をほどいた。

「よし、いいぞ!」

 男たちは袋から何やら丸いものを振り出した。丸いものは、斜面でバウンドしいくつかに割れてオーク兵たちが集まっているところの近くに落ちていった。


 俺は改めて尋ねた。

「なんだ、あれ?」

 カネがにやつきながら答える。

「スズメバチの巣です」


「おー、はじまった、はじまった」

 アコが望遠鏡で敵陣を見ながらつぶやく。

 ほんとに、カネの作戦はいやらしい。


 俺は投石機の試射を行った。この装置の最大の弱点は連射ができないことだ。俺は5,6キロの石、6個を一度に試射し、落下した場所に、旗を立てた。赤いマジックペンが俺のリュックの中に残っていた。他に思いつかないので、旗のデザインは白地に赤丸、日章旗にした。


 旗を立てて要塞に戻っていると、土を乾かして固めた壺のような容器を持った革命軍兵士たちの一団とすれ違った。アコとチョーハもやって来た。


「今度は何が始まるんだ?」

 俺が尋ねるとアコが答えた。

「説明するのは面倒なんで、お前も見に来い」


 仕方なくついていく。

 昨日、石を投げ落としたあたりには、すでに革命軍兵士が集まっていた。


 下をのぞくとオーク兵たちが並列になって登り始めている。その下のほうには、白いマントを羽織ったエルフがいる。エルフは手を振り回し、オークたちに指示を出しているようだ。


 アコが様子を確かめて指示を出す。

「まず、昨日のように石を落とせ!」


 オークたちに向かって石がバウンドしながら落ちていく。オークたちがたくさんいるので、落とせばどれかのオークには当たるようだ。ただ、今日はオークたちは踏みとどまって、顔を上げ俺たちのほうを睨んでいる。石が来れば伏せてかわし、登り続けている。


 オークたちが半ばあたりまで登って来たところで、アコが指示を出した。

「よーし、壺を四個落とせ」

 男たちは、壺を両手で持ち上げ振りかぶって放り投げた。落ちていく途中で、壺は壊れて中身が飛び散った。何か白っぽいものが飛び散る。

 オークたちが騒ぎ出した。オークたちが目を押さえ始めた。動きが止まった。


 俺はカネに尋ねた。

「あれはいったいなんだ?」

 カネは首を少しかしげて答える。

「どうです。かなり威力があったでしょう、化学兵器は」

「だから何なのだ?」

「かまどの灰ですよ。化学成分は炭酸カリウム、炭酸カルシウムがほとんど。つまり、アルカリ金属・アルカリ土類金属の炭酸塩です」

「そんなものがなんで兵器なんだ?」

「かまどの灰は、水に溶かすとpH10から12強いアルカリ性を発揮します。これが、見開いた目や上り坂で激し呼吸している鼻や口、気管支に入るとどうなるでしょう?」

「……いつの間に、あんなもの作ったんだ?皆、外の仕事で懸命だったのに」

「要塞の中にいた老人、女性、子どもですよ。かまどの灰を集めて細かく砕く、粘土で壺を作って乾かす。力や熟練は要りません」


 アコがカネに声をかけた。

「あとどれくらい続ける?」

「そうですねえ。しばらく、このまま続けましょう。私の見積もりでは、四百人の兵士のほぼ半分くらいが、何らかのダメージを受けて大幅な戦力低下を起こしています。エルフの指揮官は情け容赦なく登らせようとするので、あと二百人の半分近くにはダメージを与えられるでしょう」

 俺は思わず尋ねた。

「それじゃあ、少なくとも百人以上が尾根の上まで上がってくるのか!」

「そうなります。夕暮れまでに尾根に上がらせます。散々焦らされて怒りに燃える指揮官と腹ペコでヘロヘロの兵士百名です」

「そのまま突入してくるぞ!」

 カネは嬉しそうだ。

「だからー、タケの優秀な頭脳と工作の腕を頼ったのですよ。投石機で迎え撃ちます」

「えーっ、あれは一回だけ30キロぐらいの石を打ち出せるだけだぞ。絶対に百名は倒せない」

「倒さなくてもいいんです。今日の突入を阻止したら我々の勝ちなんですから」


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