ACT.26 戦端
夜になった。
俺は夜襲をかけられないかとびくびくしていたが、エルフ軍は、まだ、我らの要塞の下に広がる森の中をうろうろしている。彼らは自分らの動きがこちらに丸見えになることに頓着がない。オークたちが手に手に松明を持っているようなので、昼間よりも動きがわかりやすい。
明け方近くなって、ようやく彼らは隊列を整えて、要塞から伸びる痩せ尾根にとりつくコースをたどりだした。道幅が狭いうえに、木を切り倒したり、石で道を塞いだりしているので、一人ずつしか前進できないために、彼らは長い縦隊になっていた。
アコが起き出してきて、双眼鏡でエルフ軍の様子を確認し始めた。ひとしきり見てから俺に声をかけてきた。
「おい、タケ。チョーハとカネを呼べ」
チョーハは呼ばれるまでもなくやって来た。アコと並んでエルフ軍を見た。俺はパソコンを開いてカネを呼んだ。
「アコ将軍、タケ参謀、おはようございます」
今朝のカネはベトナム戦争のころの米軍兵が着ていたような野戦服姿である。恐ろしいほど不似合いである。
「まず、カメラを痩せ尾根へのとりつきコース向けてもらえますか?」
俺がカメラを向けると注文が続く。
「そのまま、上下左右にゆっくりスパンして…はい、それから、空の様子を映してください。あー、嫌な天気ですね。もうあと1時間くらいで降りだしそうですね。だけども問題は今朝の雨、傘がない」
「ここで傘がいるのか?」
俺が尋ねるとアコがにやにやしている。
「タケには分からないかぁ……」
チョーハもきょとんとしている。
アコがようやく戦闘の指示らしきものを出した。
「チョーハ、第一班の連中にオークの行列めがけて十個ほど石を落としてみてくれ」
チョーハがうなずいて、第一班に指示を出す。兵士たちは人の拳二、三個分の大きさの石を崖の上に持ってきた。そして続けざまに放り投げる。
上から見ていると、しばらくは何の効果もなかったように見えたが、にわかにオークの隊列が乱れだした。あちこちで兵士たちが頭上を指さし始めた。前進が止まり、少し後退を始めた。
カネが画面の中でにやついている。
「軽く、ジャブを出しましたね」
アコがオークたちの様子を双眼鏡で見ながら答える。
「こちらが、あんまり反応しないのも不自然だからな」
「いい感じです。彼らは石除けの盾や板を用意するでしょうから、時間を消費します。そして我々には援軍が近づいています」
チョーハが驚いて尋ねた。
「我々に援軍って…?」
アコが答える。
「雨だよ」
俺はカネの不可解な指示の一つの意味が分かった。
「道の高いところに泥や土を積み上げるように指示していたのは、もしかして……」
カネが答える。
「なんだ。今ごろ分かったのですか」
チョーハはまだわかっていない。
「泥や土がいったい何になるんだ?」
俺が説明するしかなさそうだ。
「泥の山が急な登り斜面の上の方にあるとして、雨が降るとどうなる?」
「そりゃあ、雨に流されてどろどろになって流れ出して……あ、あ、そうか!」
カネが答える。
「どろどろの斜面を登るのはつらいと思いますよ。体力もむやみに消費しますからね。精神力もかなり削ることができるはずです」
話しているうちに雨がぱらつきだした。
「タケ、パソコンをしまってもいいですよ。想定通りの状況です。これからやるべきことはアコがちゃんと把握してますから」
アコが腕組みをしてうなずいている。
雨が本降りになった。オークの隊列は痩せ尾根のとりつきに先頭がようやくたどりついた。
「おっそいなあ。待ちくたびれたぞ」
アコが双眼鏡を見ながらつぶやく。
オークたちが痩せ尾根に登り始めたあたりから、傾斜が厳しくなる。オークたちは背負っていた荷物も盾も置いて登り始めた。
痩せ尾根の上には革命軍兵士たちがアコの合図を待っている。双眼鏡を見ながら、アコは右手をゆっくり上げた。そして、さっと振り下ろした。
兵士たちは人の頭ほどある石を次々に転がし落とし始めた。
石は斜面をバウンドしながら速度を増して落ちていく。いつの間に試したのか知らないが、石は見事にオーク兵の先頭集団を襲った。石が当たったオーク兵が転げ落ち、その背後のオークを巻き込んでいく。濡れた足場の悪い急斜面では急な回避行動がとれない。盾も持っていないのでオーク兵はひたすら伏せるだけである。
しばらく様子を見ていたアコが右手を左右に振った。兵士たちは石を落とすのを止めた。
オーク兵がのろのろと立ち上がり再度前進を始める。アコが、また右手を上げて振り下ろした。
ようやく立ち上がったオーク兵はまた石を見舞われて動きが取れなくなった。
同じことを数度繰り返すと、オークたちは急斜面から撤退した。
いっそう雨が激しくなった。
アコが皆を振り返った。
「一休みだ。二人だけ、見張りに残して、あとは引き揚げていいぞ」




