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灰色の世界  作者: ken
第六章
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第九十六話 =瞳の意思=

第九十六話です。よろしくお願いします


「そう、瞳が……分かったわ、ありがとう玲央君」


 学院長室。

 叶は玲央から診断結果を聞き、そんな言葉を漏らした。覚悟はしていたのだろう、思いのほか冷静でいられている様だったが、少しばかり震えているのを玲央は聞き逃さなかった。そして、その目が少し潤んでしまっている事も。無理も無いか、と玲央は目の前の同期を見て思う。

 瞳のシエルは、現在美沙子が診てくれている。処置を行っている最中は紗友里もいたが、自分たちが戻った時には既に帰ってしまっていた。


 『お久ー玲央ちん♪ 早速だけど助けて―!』


 久々に会うなりそんな事を言っていた紗友里の姿を思い出せば、彼女もまた変わっていない様だと、言いようのない懐かしさを覚えたものだが、今は関係ないので心の奥にしまいこむ。


「でも、話を聞いている限りでは玲央君と澄田さんが今後も診てくれると認識して良いのよね?」


「勿論。どう見ても放っておける状態じゃなかったりするからね。何処まで出来るか分からないけど、力は尽くすつもりだよ」


「そう……ありがとう」


「保健医として生徒を見るのは当然だよ。卒業後は、今みたいに毎日つきっきりって訳にもいかなかったりしちゃうだろうけど」


「それでも十分すぎるくらいよ。本当に……ありがとう」


 そう言って、叶は深く頭を下げた。当たり前だが、やっぱり妹の事が大切なんだなと再認識する。同時に、自分も随分と彼女に信頼されているんだと感じ、嬉しくも思う。


「それで、カナエちゃん。この事をヒトミちゃんに話すかどうかはカナエちゃん次第だけど……どうする?」


 玲央の問いに、叶は少しばかり顔を伏せた。

 まだ十九歳の少女に対し、このままだと貴女は一年ほどしか生きられないけれど、医師二人が今後も治療してくれるから、それなりには生きられるかもしれない。

 瞳にとってこの上なく残酷なその現実を今、彼女に正直に伝えるべきなのか。

 やがて、叶は覚悟を決めた目を携えて、玲央へと再び向き直る。




「……瞳には、正直に伝えてくれないかしら。ありのまま全て。包み隠さずに」




 答えを聞けば、玲央は目を丸くした。少し間抜けなその表情に、叶は思わず吹き出す。


「意外だった?」


「あー、うん。カナエちゃんなら、今は伏せておいて欲しいって言うかと思っちゃったりしちゃってたから」


「確かに、前の私ならそう言っていたでしょうね。でも……大丈夫。

 最初は戸惑うだろうし、ショックも受けるし、絶望もするでしょう。でも、瞳は強い子よ。きっと受け入れて、生きる為に努力していけるわ。

 それに玲央君や澄田さんだけじゃない。私も可能な限りあの子を支えていくから。願望でしかないけど、きっとユー君や辰正君、それに椎名さんや福原先生だって、きっと力を貸してくれるわ」


 それはきっと、玲奈の一件による所も大きいのだろうと、玲央は一人推察する。

 優次郎達への願望も、きっと彼らが首を縦に振るまで頭を下げ続けるつもりだろうし、瞳を救うためなら、叶は何でもやるだろう。

 妹を失いかけた先の事件で、叶もまた姉として大きく成長したみたいだなと、玲央もかすかに微笑んだ。


「分かったよ、ヒトミちゃんが起きたら正直に全て伝えるね。ミサコちゃんには同席してもらうけど……カナエちゃんは?」


「勿論、私も同席させてもらうわ」


「了解」


 そもそも、この答えに正解なんてものは存在しない。瞳の唯一の家族である叶がそう言うのなら、姉妹の間ではこれが正解なのだろう。

 

「じゃあ話は済んだし、医務室に戻ろうか。きっと二人とも、そろそろ目を覚ましちゃったりしてる頃だと思うしね」


「えぇ、そうね」


 












「ん……」


 ぼんやりと目を開ければ、どこかで見たことのある天井が目に映る。少し前にも、同じような事があったなと、瞳はどこか他人事のように感じていた。

 そして口をついて出る言葉も、やはりあの時と同じ。 


「医務室……」


 ただ率直に、認識した事実を呟くのみにとどまった。

 唯一違うのは、徐々に鮮明になっていく視界に映ったのが、姉ではない別の女性だという事だ。


「こんばんは、瞳」


「こんばんは、澄田先生」


 母性的な微笑みをたたえる彼女は、澄田美沙子。今日からこの学院の養護教諭になった人物で間違いない。


「体調はどうだ?」


「少しボーっとする感覚はありますけど、大丈夫そうです」


「安心したよ。ここが何処なのかも私が誰なのかも認識出来ている様だし、脳も問題は無さそうだな」


「はい。ただ…………すみません、何で倒れてしまったのか、はっきり覚えていないんです」


 十神幸成と対峙した事は覚えている。そして、彼が玲奈に対し罵詈雑言を吐き出し、それに感情が昂ってしまった事も。

 だが――――――その後の事は、あまり覚えていない。


「……今は思い出さなくていい」


 まるで脳内を読まれた様だ。瞳が思い出すべきかと頭を働かせようとしたところで、美沙子からそんな言葉が飛び出したのだから。


「とにかく今は安静にする事だ先決だ。学院長もじきに此処へ来るし、そしたら今日は家に帰って睡眠をしっかりとる事。明日の講義予定は?」


「午後だけです」


「なら、午前中は家で休んでいろ。倒れた原因は貧血による所が大きいから、鉄分のあるものを摂取するように。分かったか?」


「分かりました……ありがとうございます」


 礼を言えば、美沙子もニコリと笑った。本当に、母性的な人だと思う。まだ二十代後半で未婚だと聞いていたが、一体どんな人生を歩めばこんな素敵な女性になるんだろうかと、何となく思考を巡らせる。

 その間に、ふと脳裏に浮かぶ保健医の姿があったが……二人の関係に口を挟むべきでも無いかと、言葉にはせずにいた。


「……あ、やっぱり起きてたんだね」


「瞳、大丈夫? 辛くはない?」


 そんなタイミングで医務室を訪れたのは、たった今脳裏に浮かんだ玲央と、自身の姉である叶だった。


「大丈夫よ、少しボーっとするだけで体調は問題ないから。黒岩先生も、ありがとうございます」


「僕には礼なんていらないよ。ヒトミちゃんの事は、殆どミサコちゃんがやってくれちゃったりしたからね」


「そうだったんですか……あの、澄田先生。改めてありがとうございます」


「養護教諭として当然の事をしただけだ。礼はもう良いよ」


 なんだか最近、医務室に世話になりっぱなしだなと、瞳は一人そう思った。

 そんな会話の後、玲央は瞳の隣にある空のベッドに目を向ける。


「それより……シエルちゃんは? さっきまでそこで眠ってたはずだけど」


「え、シエルさんもいたんですか?」


「うん。彼女もさっきの戦闘で重傷を負ってたからね。フジワラ君に頼まれて、ここで処置をしてたんだ」


「あぁ。ついさっき目を覚ましてな。だが状況を伝えたら、すぐに転移してしまった。ショックだったんだろう……無理もないかもしれないが」


 シエルが重傷を負った。その事実に瞳は目を見開く。

 彼女が取締委員会の上位魔術師として君臨している事は瞳も知っている。そのシエルが重傷という事に驚きを隠せないのも無理は無いだろう。


「まぁ、それだけ今回の相手が厄介だったりしちゃうって事だね」


「シエルちゃんも優秀だけど……まだ若いからね。今回の敗戦で、あの子も成長の種を貰ったと思うしか無いわ。命があった事が何よりの救いだもの。

 会長からも明日、シエルちゃんに話をするでしょうけど、私の方でもアフターケアはやっていくつもりだから、そっちは心配しなくて良いわ。また傷が悪化する様な事があれば連絡するわね」


「オッケー」


「分かりました。その時は遠慮なく言ってください」

 

 三人の会話を聞きながら、瞳は一人物思いにふけっていた。

 まだ若いと言うのは。自分にも当てはまる事なんだろう。まだまだ日本は広いし、世界はその何十倍も広い。後半年しかない学生生活は、一日たりとも無駄には出来ない事を痛感する。

 

(水瀬先生があの日言った事は……きっと、こういう事なのね)


 楠木隆盛との戦いの直前、優次郎が言っていた言葉を思い出す。それが理解出来るくらいには、自分も成長しているのだろうか。


「でもまぁ、シエルちゃんが帰ったなら好都合だったりしちゃうかな」


 そう言って玲央は、美沙子へと視線を向けた。

 それに気づき、美沙子の目は叶へと向けられ、叶もまた、それに気付いて首を縦に振る。

 なるほど、と理解し、再び美沙子は玲央へ視線を戻し、互いに頷き合う。


「…………ねぇ、ヒトミちゃん」


「はい?」


「今、少し話をしたいんだけど良いかな? 少しボーっとするって事だし、明日でもいいんだけど、なるべく早く伝えておきたい事だから」


「? 私は構いませんが……」


 一体何だろうか。玲央もあの長ったらしい口調では無くなっているし、真面目な話なんだという事は流石に理解できるが。

 そんな事を考えていれば、玲央、美沙子、叶の順にベッドの横へ腰かけた。


「先に伝えておきたいんだけど、これから話す事には嘘も隠し事も一切ない。ヒトミちゃんからの質問があれば、全てにおいて正直に答えるって約束する。難しいかも知れないけど、これから話す事は落ち着いて聞いて欲しい。いいかな?」


「はい……」


 どうやらただ事では無さそうだ。徐々に自分の奥底から湧き出て来る不安と戦いながら、瞳は玲央の目を見つめた。

 その反応に、話を聞く準備は整ったと判断した玲央は、口を開く。

 そして、告げる。


「結論から言うね。このままだと君は…………後一年と生きられない。そんな身体なんだ、今のヒトミちゃんは」


 ――――――――そこから、玲央はすべてを瞳に伝えた。

 倒れた理由は、美沙子が言ったように貧血だという事。

 それを引き起こした原因は瞳の魔力が『暴走』し、それを叶が強制的に押し戻したからだという事。

 そうしなければ、あのまま魔力に呑まれていた事。


 そして、自分の身体が『魔力障がい』を引き起こす可能性が高い事。


「そう、ですか……」


 瞳には、その言葉を絞り出すのがやっとだった。

 正直に言えば、どこかふわふわとした感覚で話を聞いていた。まるで他人事のような、そんな感覚。


「あの……質問、いいですか?」


「うん、何でも聞いてくれて良いよ」


「えっと……今の話だと、私は……魔術を行使する度に、死に近づいていく、という事ですか……?」


 魔力障がいの事は、瞳も知っている。玲央に以前、戦場での経験談を聞いた時に教えてもらった事があるからだ。

 その時の話をまとめると、確かこういう事だった。ならば自分も、魔術を使うという事が、文字通り

命を削ると言う行為に等しいという事なのだろうか。

 瞳が気になっているのはそこだ。そして、その事は玲央も理解出来ていた。


「……うん。そういう事になるね」


 だからこそ約束通り、正直に答える。


「魔力障がいについては、前にヒトミちゃんに話した事があるよね? だからこその質問だと思うけど、ヒトミちゃんに関しても例外じゃない。ただ……君の場合、もっと質が悪いと言ってもいいかもしれない」


 話を聞くうちに伏せられていた顔を、ゆっくりと玲央へ向ける。彼の表情は、真剣そのものだった。


「前にも話した通り、魔力障がいを引き起こす主な原因は必要以上に魔術の行使する事によるものだよ。戦場で魔力障がいの患者に多く出会う理由もそれだろうね。

 でも、稀に君みたいに日常生活を送る中で魔力障がいを引き起こす人間がいるんだ。その原因に関しては、完全なる未知。研究も何も進んでいない状態だ。おそらく先天性のものなんだと思うけど……これも憶測の域を出ない」


 手詰まり。

 玲央の言葉をそう捉えた瞳は、再び顔を伏せてしまった。やはり十九歳の未成年にこんな事を伝えるのは酷だったのかもしれない。

 だが――――――。



「でも、希望が無いわけじゃないよ」


 

 瞳は、顔をあげない。だが、かすかに体が震えたのが分かった。


「確かに戦場の兵士や取締委員会の人間でも無い魔術師、それもヒトミちゃんみたいに学生のうちに魔力障がい予備軍に認定されるなんて稀だよ。でも、いないわけじゃない。

 そして―――――僕は一度、そんな患者に出会った事がある」


 今度こそ、瞳が勢いよく顔を上げた。再び目に映った玲央は、今度は笑顔を浮かべていた。


「その子もヒトミちゃんと同じで二十歳まで生きられるかどうかって子だったんだけどね。今も二十歳を超えたけど元気に生活してるよ。その子の希望で今でも僕が診察に行くんだけど、毎日の様に魔術を行使していても、今のところは魔力障がいを引き起こす可能性も薄い。『治療』は難しいけど『抑制』は可能だから」


「じゃあ……っ!」


 前のめりに聞いて来る瞳に、玲央は笑顔で頷いた。


「うん! ヒトミちゃんの『魔力障がい』に関しては、抑制出来るように僕や美沙子ちゃんがしっかり診察していくから安心して良いよ。『魔力の暴走』についてはカナエちゃんもいるし、ミナセ君達もこの事は知ってるから、協力してくれるだろうしね」


 それは紛れもなく、瞳にとっての希望だった。

 玲央と美沙子。数多の戦場を経験し、魔力障がいについても熟知している二人が診てくれる。これほど安心感のある主治医は他にいないだろう。

 そして、暴走に関してもそうだ。瞳が叶に目をやれば、彼女も頷いた。


「瞳。前にも言った通り、アナタは私にとって唯一の存在よ。絶対に、瞳を失いたくはない。私に出来る事は何でもする。だから、安心して?」


「姉さん……」


 本当に、良い姉を持った。自分は幸せ者だと、瞳は改めて実感した。


「さて、後はヒトミちゃんの返答次第だ……君が望むなら、僕たちは全力で魔力障がいの抑制に努めると約束する。でも、時には辛い事もあるだろうし、薬の副作用で眠れない夜だってあるかもしれない。容易な治療じゃないけど…………どうする?」


 玲央からの問い。その答えは、もう決まっている。

 瞳は力強く三人を見つめ、答えた。


「私は……私は、取締委員会にも入りたいし、そして姉さんを支えたいです。それにあの時……玲奈と離れ離れになった時、死がどれだけ哀しくて辛いものなのかも実感しました。もし希望に手を伸ばさずに、何も抵抗せずに死を受け入れてしまったら、今度こそあの子に顔向けできません。

 私は―――――生きたいです。どんなに辛くても、生きる事を諦めたくないです」


 その返答に、玲央も満足した様に笑った。


「そっか! じゃあ改めて、これからよろしくね、ヒトミちゃん。一緒に頑張ろう」


「はい! よろしくお願いします!」

 

 そして次に、瞳はもう一人の主治医である美沙子に目をやり、深く頭を下げた。


「澄田先生……本当に、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」


 美沙子は微笑みを浮かべ、それに答える。


「こちらこそ、よろしく。確認だが、瞳は取締委員会に入って、そして学院長を支えたいんだな?」


「はい……」


 瞳の返答を聞き、美沙子はニコリと笑った。


「その夢、一緒に叶えような」


「っ……はい!」


 目じりに雫をため込みながら笑う瞳に、三人も笑う。

 叶の言う通り、強くなったなと、玲央は一人そう思った。

今回もありがとうございました!

明後日辺りからまた大雪警報が出ていますね。皆さまもお気をつけてお過ごしください。


そんな感じて、九十六話です。

瞳ちゃん、大きくなって……書いてる人間ですが、嬉しいです。それと同時に、物語も確実に進んで来ているんだなと実感します。

これからも完結へ向けて頑張りますので、よろしくお願いします


では今回はこの辺で

また次回もよろしくお願いします!

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