第九十五話 =新たな脅威の名は=
第九十五話です。よろしくお願いいたします。
さっきまでの喧騒は一体何だったのか。もしかしたら悪い夢だったのではないか。そんな馬鹿げた思考に陥ってしまう程、優次郎達を包む空間は静寂そのものだった。
現在、医務室より程近い教室に集まっている優次郎、辰正、雄清、義信の四人が、教卓付近に各々座っている。
会話は無いが、不思議と気まずさも無い。唯一聞こえるのは辰正がタオルで己にかかった血を拭いている僅かな音くらいだろう。
それでも、自身の血が一滴たりとも含まれていないのだから、やはりこの青年は恐ろしいと、三人の心が一致した頃だろうか。
「終わったよー」
「お待たせしました」
ガラガラと音を立てた扉の外から、二つの声が入って来た。シエルと瞳の処置を終えた玲央と美沙子だ。
「協力、感謝する。容態は?」
「二人とも落ち着いてるよ。そもそもヒトミちゃんは、貧血を起こしていただけだったりしちゃうしね。シエルちゃんの方は重傷だったけど、命に別状はないよ」
雄清の問いに答えながら白衣を脱ぐ玲央。その横で美沙子はすっと手を差し出し、玲央は彼女の方を見もしないで白衣を差し出した。美沙子もそれを何の躊躇いもなく受け取り、すぐに自分のものと一緒に何処かへ転移させる様子を見れば、まるで夫婦だな、なんて感想が四人の脳裏をよぎる。四人に倣い、適当に座った二人が当然の様に隣同士な事も含めて。
「しっかし、ヒトミちゃんのアレ……僕は近くで魔力だけを感じた程度で実際には見てないけど、やっぱり?」
「あぁ……間違いないだろう」
雄清が答えた時、玲央は一つ息を吐き、天井へ目をやった。
「『暴走』かぁ……まぁ、ヒトミちゃんにその可能性がある事は、前々からカナエちゃんも危惧しちゃってたりしてたみたいだけどねぇ」
「ボクも後一、二年は大丈夫だと思ってたんですけどねー。意外と早かったなぁ」
玲央の言葉を、優次郎が能天気に笑いながらつないだ。
「天ヶ崎玲奈との一件も大きいだろうが……綾瀬川の話じゃあ、あの男が嗾けたそうだ」
義信はそう言うと、バツの悪そうな顔をする。悪趣味な事をしてくれるものだと、頭を抱えたい気分だ。
「十神の目的は分かりませんが、あの男の事だ。何かよからぬ事を企んでいるのは間違いないでしょうね。俺としては、明日にでも綾瀬川とこの件について話し合いの場を設けたいと考えていますが……黒岩、澄田。綾瀬川妹に関しては、お前達医師の見解も参考にしたい」
「私個人としては、藤原会長に同意します。十神幸成の存在を抜きにしても、今の状態では再度暴走を引き起こせば、今度こそ自身の魔力に吞まれ、最悪死に至る可能性も否定できませんから」
「僕も同じ意見かな。暴走を抑えるだけの力を、ヒトミちゃんにすぐにでも身に着けてもらうのが理想だけど、現実的じゃない。次暴走した時に、今回のカナエちゃんの様なストッパーの役割を出来る魔術師が近くにいるとも限らないしね」
「……他には何かあるか?」
何かを確信した様に問う雄清に対し、玲央は思わず溜息をもらす。やはり侮れない男だと。きっと彼は気付いているのだろうと。
「……前、アマちゃんが引き起こした事件の後、ヒトミちゃんの診察をした時かな。気になった事があるんだ。カルテにも書き込んだし、ミサコちゃんも情報は共有出来てると思う」
「あぁ、確認している。それに私の目から見ても、瞳の魔力には少し違和感があった。おそらく間違いないだろうな」
二人の医師の所見が一致していると分かれば、雄清と義信は目を細め、優次郎もじっと玲央たちを見つめた。
玲央と美沙子は思う。まさか戦場を脱した今、またこの症状に出くわす事になるとは思わなかったと。
「このままだとヒトミちゃんは、『魔力障がい』を引き起こす可能性が極めて高いと思うよ。それも重大な」
魔力障がい。
いくら医学に明るくない者でも、魔術をかじっている人間なら知っている世界中を悩ませる難病の名だ。
「……黒岩」
「何かな、フクハラ先生」
「綾瀬川妹は……後どれ位は持つんだ?」
何とも意地の悪い質問をして来るものだと、玲央は今日何度目かの溜息をついた。義信も今日会ったばかりの美沙子ではなく、自分だけにそれを問うたという事は、分かっているのだろう。
これが、事実上の余命宣告だという事に。
ちらりと、玲央は美沙子に目をやった。美沙子も玲央が言わんとしている事を察知し、ただ一つ、ゆっくりと首を下ろす。
自分たちは医者だ。嘘は付けない。それも、これだけ瞳に関わっている人たちには。
だからこそ、玲央は正直に答えた。
「現状で言えば、二十歳の誕生日が迎えられたら奇跡……って所かな」
覚悟はしていたが、今度こそ義信も天を仰ぐ。
それはつまり、瞳の命が後一年と保たない、という事に他ならないのだから。
「……ご存知の方も多いかと思いますが、魔力障がいの明確な治療法は確立されていません。その理由は発症原因が不特定多数である事が大きい。ある程度魔術師として活動し、魔術の行使履歴が分かる方ならば、対応は可能ですが……」
「ヒトミちゃんの場合は、まだ学生。それに魔術の行使だって、この一年を除けば実践的授業以外では殆ど無い。現段階で患部を特定するのは、ほぼ不可能だと言ってもいいだろうね。
それに、あの子も卒業後は取締委員会に入るつもり見たいだし、そうなれば毎日の様に魔術を行使する事になる……加えて魔力の暴走も引き起こすとなれば、もう今のあの子は爆弾みたいなものだよ。いつ爆発したっておかしくないさ」
戦場医師として、魔力障がいを患った人間を多く見てきた二人だけに、その説得力は凄まじいものだった。
そして、同時に感じる絶望も。
だが―――――――。
「さっきから気になったんですが、現状がそうだという事は、今後に関しては完治とはいかずとも、抑えられる可能性がまだ残されているという事ですね?」
呟く様に言葉を放ったのは、それまで聞き手に徹していた辰正だった。
そう、玲央は先程から『現状で言えば』『現段階では』という言葉を用いて話を進めていた。その言葉が差すのは『今』であり、『未来』では無い。
玲央は辰正へ視線を向け。やがて微笑みをたたえる。
「そうだね。これは、あくまで今の話……僕も医者だし、このまま黙ってみているつもりは無いよ。それにミサコちゃんだって、魔力障がいに関してかなり研鑽を積んできたみたいだからね」
今度は美沙子に視線をやれば、彼女も玲央を見て笑った。
「戦場医師としての最後の現場で悔しい想いをしたからな。まだ未熟ではあると思うが、手は尽くすつもりだ」
「じゃあさ、玲央先輩や美沙子さんが手を尽くした場合、瞳ちゃんの寿命はどれ位伸びそうですか?」
今度は優次郎が問えば、次は美沙子がそれに返した。
「平均と比較すれば短命になる事は否めませんが……上手くいけば取締委員会の仕事にも支障を出さず、将来的に孫が見れるぐらいにはなると思います。あくまで全てうまくいった場合ですが」
それで十分。
そう言うように、義信が再び息を吐き、雄清も小さく頷く。優次郎と辰正は顔を見合わせ、優次郎はニコリと笑い、辰正は頷く。
「綾瀬川妹に関してはまだ学生だ。取締委員会が手を出す範疇では無い。対応は二人に任せて大丈夫だな?」
「構わないよ。カナエちゃんにはこの後時間を貰う様にお願いしてるから、そこで話すつもり。ヒトミちゃんに伝えるのは家族の同意が必要だし、その時にカナエちゃんと相談するさ」
さて、と言葉を繋ぎ、玲央と美沙子は身体ごと雄清へ向き直った。二人だけでなく、他の三人もだ。
これでようやく、本題に入れる。
「じゃあ次はフジワラ君の番だったりしちゃうね」
「十神幸成とは、一体何者なんですか?」
そう、これが本題。
十神幸成とは何なのか。何故、あそこまで全魔術師を恨むような言動をとっているのかについてだ。
「あぁ。だがその前に……全員、十神家については知っているか?」
「名前だけは知っちゃったりしてるよ。確か地方の富豪さんでしょ?」
「私は海外暮らしが長いのであまり知りません。名前だけは聞き及んでいますが」
「十神かぁ……ハハ! 何か懐かしいなぁ、その名前」
優次郎はかなり深い所まで知っているのか、そんな言葉を口にした。義信はただ黙って次の言葉を待つ。辰正も同じだった。
それを確認し、雄清は再度言葉を紡ぎ始める。
「お前等が言った通り、十神家は日本有数の富豪一族だ。一部の人間は、その名を聞いただけで震え上がるくらいだ。発言力もあり、あのあたり一帯の人間は奴らの発言に逆らえない程の政治的影響力も兼ね備えている。それだけの力を持つに至った経緯だが……あの一族の『裏の顔』による所も大きい」
「都市伝説みたいな話になって来たね」
冗談めかしに優次郎が笑えば、雄清は彼を見る。その表情は、いたって真面目だ。
「そう思うのも無理はない。だが、これからもっと現実味の無い話になって行くが……奴らの裏の顔は、『神の遣い』だ」
神。
その言葉に反応するのは、あの戦いに参戦していた優次郎と辰正だった。あの時、幸成に従っていた魔術師たちは皆、『神』という単語を口々に語っていた。
「十神家は『神託』を授かる一族として代々その血脈を繋いできた。あの家の付近だけじゃない。裏では日本政府にも『神託』を伝え、その時に国が抱えていた問題を解決する術を伝授して来た。
そして……それは悉く的中した。今まで歴史を揺るがして来た大事件を解決した裏には、十神の存在があったと言っても過言ではない。最も、これは取締委員会の会長である自分や、政府の一部にしか伝えられていない。綾瀬川ですら、存在は知っていても此処までの情報は持っていないだろうな」
「日本を裏で牛耳って来た一族か……そしてその『神の遣い』とやらが、今度は本物の神を名乗りだしたと」
「えぇ、そういう事です」
義信が思わず舌打ちをする。これでは本当に都市伝説だ。あまりに現実味の無い話だが、嘘をつくような男じゃない。事実と受けとって間違いないのだろう。
「なら、何でその自称『神様』が僕らに敵対心剥き出しになっちゃったりしちゃってるのかな?」
「詳しい原因までは分からんが、おそらく十神家の影響力が落ちてきている事も一端になって来ているのかもしれん」
「……『魔術の時代になったから』って事?」
そう言ったのは優次郎だった。思い出すのは、夏休みの旅行。
神社に立ち寄った時、自分も感じていた。時代は科学から魔術に移り変わり、神の力――――つまり自然的脅威を疑似再現できる時代になった事を。世の中は神への畏敬の念は薄らぎ、自然に対する敬意も忘れ去られていくのだろうという事を。
それによって『神の遣い』と呼ばれる一族が受ける影響の大きさは、想像に難くない。
雄清の目を見れば、どうやらその推察も当たっている様だと感じる。
「その通り。魔術の時代になり、神への信仰心は年々人々の心から忘れ去られていき、比例して十神家の存在も疑問視される様になった……今まで数百年という長い間、『神の遣い』として地位を確立してきた連中だ、面白く思わないのは当然だろう」
「という事は、今回の十神幸成の目的は、神への畏怖の念を再び呼び起こす事だと?」
美沙子の言葉を、雄清は首肯する。
「十神家が再興していくには、『神』の恐ろしさを再び見せつける必要がある。世界的に名の知れた綾瀬川や魔術師の中枢を担う取締委員会、更には教育機関を狙っているのはそれだろうな」
「何とも自分勝手な連中だったりしちゃうねぇ」
本当に、迷惑極まりない。
そんな事の為に命を狙われる自分たちの身にもなって欲しいものだ。
「日本では古来から、自然に宿ると考えられてきている。それに法律上、信仰の自由も昔から認められているからな。信者の減少は死活問題なんだろうな」
「魔術の隆盛で割を食うのは、辰みたいな人達だけじゃないんだねー」
優次郎が笑いながら辰正に視線を向ければ、彼は何かを考えている様でじっと窓の外を見つめていた。
「…………神と言う存在は」
そして、口を開く。
「どこに住んでいると思う?」
急に何を言い出すのかと、優次郎は目を丸くした。
他の面々も同じの様で、皆一様に辰正へと視線を向ける。
「宗教の形なんて多種多様だ……日本では。今藤原さんが言ったように自然に宿ると考えられているが、全世界共通でそういった認識がなされているわけじゃない。国によって、目に見えない存在の居場所なんて変わるもんだろ? 例えば……」
一度言葉を区切り、辰正は窓の外を指さした。
「空の上に住んでいる、と考える国もある」
そこで、辰正が言いたい事を全員が理解した。
だが、何故? 彼にはこの話はまだ伝わっていない筈だ。もしかして――――――。
「篠田、お前……会ったことあるのか? 『星の下僕』の人間に」
辰正が振り返れば、全員が彼の答えを待っているのが分かる。
だから、辰正もそれに応えた。
「えぇ、昔一度だけ。まぁ勧誘みたいなもんです……わざわざ科学都市にまで宗教の勧誘に来るのかと呆れてしまったんで、覚えていたんです」
驚いた。まさか『星の下僕』は科学都市にまで力を伸ばそうとしているとは。
そして同時に、全員に浮かんだ新たな解答。優次郎が、それを代弁するように口を開いた。
「つまり、今回の『神の遣い』の事件に『星の下僕』も関与しているかも知れない……辰はそう言いたいの?」
しばしの無音。
誰もが、今は自分が口を開くべきではないと理解している。辰正以外は、だが。
優次郎をじっと見つめた後、辰正はその無音を切り裂いた。
「……確証はない。ただ、『星の下僕』が日本にまで侵入している事を考えれば……可能性はゼロじゃないって事だ」
『星の下僕』。そして、日本。その二つの単語に記憶が呼び起こされ、美沙子はかすかに体を震わせた。何とかそれを抑えようと両手を固く握るが、収まる気配はない。
その時、誰かの手が自身の手の上に重ねられたのを感じる。
反射的にそちらに目をやれば、玲央がこちらを見て優しく笑っている。大丈夫だ、と言うように。これでおさまるのだから、自分も単純だと思う。惚れた弱み、とも言えるか。
「……どちらにせよ」
次に言葉を発したのは、雄清だった。
「俺たちにとって脅威となる存在だという事は確かだ。それに、今回はこの学院に対しても明確な敵意を向けて来ている……取締委員会としても警戒に当たるつもりだが、何分手に余る。お前達にも協力してもらいたい。今回の話で一番伝えたかったのはそこだ」
雄清が話を結べば、全員が首肯した。
彼の言う通り、『神の遣い』の裏に『星の下僕』の存在があろうと無かろうと、この学院が危機に瀕している以上、護るのは講師の役目。それを全うする事には、何のためらいも無い。
そんな意思を全員から感じ、雄清は頷いた。
「綾瀬川には、この事は伝わっていない。アイツにも、これ以上負担はかけたくないからな。だが状況を見て、アイツに伝えるかどうかはお前達の判断に委ねる……俺からの話は、以上だ」
それが、長い長い夜が一旦終わるという合図になった。
今回もありがとうございました!
過去の伏線が少しずつ回収されてきています。まだ終わる予定では無いですが、これから少しずつ伏線回収も行っていきたいと思います。
そんな感じの九十五話です。
十神家の勝手な思惑に巻き込まれた優次郎達は、今後どう対応していくのか。そして、神の遣いと星の下僕は関係あるのか無いのか。
様々な思惑が交錯する中、物語がどう動いていくのか、楽しみにしていただければと思います。
では今回はこの辺で
また次回もよろしくお願いします!




