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灰色の世界  作者: ken
第六章
98/140

第九十七話 =再び、魔術学院は門を開く=

第九十七話です。よろしくお願いいたします。


「ふぁ~あ……あー、よく寝た」


 翌日。午前十一時。

 優次郎の意識と関係なく、階段を下りる彼からそんな言葉が口から漏れだす。

 今日の優次郎は講義日でも無いし、予定はあるが午後からの為、午前中は惰眠を貪っていた様だ。昨日は始業式に歓迎会、戦闘など盛りだくさんの一日となり、流石に疲れた。

 叶は早朝から取締委員会へ向かい、その後学院へ向かうと言っていたのを思い出し、自分には学院長という立場は無理だな、なんて呑気に考えながら、一階の扉を開ける。

 目の前に広がるリビング。その奥、キッチンには、既に見慣れた調理風景が見えた。


「やぁ、おはよー瞳ちゃん!」


「もう昼ですよ、全く……こんにちは、水瀬先生」


 呆れ気味にそういうのは、瞳だった。

 彼女の対応にケタケタと笑いながら、優次郎はソファに腰掛ける。


「何作ってるの?」


「たらこスパゲティです。ちょうどお昼でしたので。先生も食べますか?」


「いいの? 今から二人分に増やすの手間じゃない?」


「問題ありません」


「なら、お願いしようかな!」


 笑ってそう言えば、瞳はおもむろに一人分材料を追加する。

 まだ覚束ない所もあるようだが、叶と料理をする様になり大分うまくなって来ている様だった。

 なんて事は無い、いつも通りの日常。いつも通りの風景。いつも通りの―――――――瞳の姿。 


「ねぇ、瞳ちゃん」


「何ですか?」


「聞いたんだよね?」


「…………はい」


 何を、なんて確認しなくても分かる。

 昨日の医務室での出来事は、帰って来た叶から直接聞いている。瞳の身体について全てを話した事も。そして、瞳もそれを受け入れた事も。


「そっか……大丈夫?」


 優次郎が次に口にしたのは、それだった。

 愚問だ、なんて思いながら瞳は優次郎へ目を向けた。優しく穏やかな笑顔で。


「大丈夫です、病気になんて負けている暇は無いので。それに……黒岩先生も澄田先生も、姉さんだっていますから」


 それが本心からの言葉だという事は、目を見れば分かる。

 優次郎は無意識にニコリと笑ってしまう。瞳は心身ともに、順調に成長している様だと感じながら。


「昨日、瞳ちゃんが眠っちゃった後、叶さんから話は聞いたよ。瞳ちゃん、強くなったんだね!」


「そう、ですね……先生」


「ん?」


「ありがとうございます。私が強くなれたのは、水瀬先生のお陰です」


「へ?」


 間抜けな様子の優次郎に思わず吹き出しながら、瞳は作業に戻る。


「前の私なら、受け入れられなかったと思います。多分夢も、人生も、何もかも全て諦めて、ただ怠惰に、空虚に、惰性で残りの人生を生きていたと思います。

 でも、受け入れられた……その強さを手に入れられたのは、きっと先生があの(・・)に、私達・・を連れ出してくれたからなんだと思います」


 あの時とは、おそらく隆盛との一件。旧校舎での出来事に間違いないだろう。あの日優次郎は、和也と芽衣、そして瞳を招集し、課外授業と称して境子の救出にあたらせていた。

 当時は何を考えているんだと本気で思っていたが、今となっては、あの一件が自分にもたらした成長の大きさを、ひしひしと実感させられる。


「あの事件で、私は自分の無力を知り、目指している場所の過酷さを知った……その後に玲奈との別れを経験して、命がある事という事がどれだけ尊い事なのかも、失われてしまったら全てが遅いんだと言う事も、身をもって知りました。

 その経験が無ければ、きっと私は強くなれなかった。目前に死が迫っているという事実から目を背け続けていたと思います。だから……先生のお陰なんですよ」


「それは結果論だと思うけど?」


「先生は、いつも結果ありきで物事を進めるでしょう?」


 何を今更、と言うように瞳は笑った。優次郎も否定材料が手元に無く、一本取られたなと小さく笑う。


「だから、先生。私を強くしてくれて、ありがとうございます。

 それと……水瀬先生に振り回される事も多いけど、私は先生が……水瀬優次郎さんが、大好きです」


 思わず、優次郎は顔が赤くする。体温がほんの少し上昇したのが分かる。

 まさかこの流れで、告白までされるとは思ってもみなかった。


「そんな所まで強くならなくても良いのに……ていうか、今いう事なの?」


「あの日、屋上で皆の前で言ってしまいましたから。今更恥ずかしがる事でも無いと思いましたので。

 それに、言ったでしょう? 命が失われてからでは遅い事を知ったと。伝えられる時に伝えないと、後で後悔しますから。それに、先生の様に鈍感な人は、はっきり言葉にして伝えないと分からないでしょう?」


「それは、否定できないけどさ……全く。叶さんと言い、何で姉妹揃ってこういう所だけ大胆なのかなぁ」


「同じ血が通っていますからね。でも、よかったじゃないですか。こんな美人姉妹に恋慕されるなんて、世の中の男性が同じ状況になったら涙を流して喜ぶと思いますよ? 両手に花、ということわざがあるでしょう?」


「自分で美人姉妹とか言っちゃう?」


 本当に、こんな所まで強くならなくて良いものを。瞳は冗談で言ったのかもしれないが、美人姉妹には間違いない。叶も学院で再会してから大胆になって来ているし、そこに瞳まで加わるとなれば、同棲している自分の心臓が持つのか心配になるというものだ。


「まぁ、この件に関しては諦めて頂くより他にありません。それもこれも、学生時代に先生が撒いた種なんですから」


「うーん……ボク、何かしたっけなぁ」


「知らぬは本人ばかりなり、です」


「それだと二人ともとんでもない悪女になっちゃうよ」


 くすくすと笑う瞳を見れば、意味を分かって言っていると理解出来た。いつの間にか完成した料理を運んでくる彼女を見て、これからの生活はもっと大変になりそうだと、思わず溜息が漏れる。


「とにかく、私は私の人生を諦めるつもりも無いですし、先生へ抱いている好意も変わらない自信があります。玲奈には、少し悪い気がしますけど」


「なんで玲奈の名前が出て来るのさ」


「え?」


「え?」


 この男は本気で言っているのか。瞳の見開かれた目がそう言っていた。


「……先生。確認ですが、玲奈が先生を好いていたのは知っていますよね」


「あれだけ素直に言葉にされればね。でも、あれって親愛みたいなものだったんでしょ? 玲奈も昔、『お兄ちゃんが出来たいみたいだ』って喜んでたし……その延長みたいなもんじゃないの?」


「……ただ兄の様に慕っていただけで、あんな事件を次々と起こすと思いますか?」


「だから、親愛それがこじれちゃって、ああなっちゃったんじゃないの? そもそも玲奈が喧嘩してたのは瞳ちゃんとだった訳だし、『お兄ちゃんを獲られた』的な感じになったのかと……」


「はぁ……」


「何か呆れられてる!?」


 そりゃ呆れたくもなる。

 まさか、あんなにもストレートに好意を述べていたのに親愛の延長だと思われていたのだと分かれば、玲奈には同情せざるを得ない。


「この事は、玲奈の墓前にしっかりと報告させてもらいます」


「えーっと……りょ、了解しました?」


 何故疑問符なのか。最早これは鈍感という域を超えた何かでは無いのか。


(玲奈……何か、ごめんなさいね)


 瞳は玲奈に心の中で謝罪し、完成した料理をテーブルへ置き、彼の対面に腰掛けた。


「とりあえず食べましょう。先生も、午後から行くんでしょう?」


「あーうん、そうだね! じゃあ、いただきます!」


 その後、瞳が記憶している中では初めてであろう優次郎と二人きりでの食事を楽しんだ。

 過去に一度交際し、身体も重ね、今なお互いに特別な感情を抱いている叶と優次郎。自分が圧倒的に不利な状況である事は分かる。これも、素直になれない性格を数年間もこじらせたツケだと、甘んじて受け入れる。

 だが、敗けるつもりは毛頭ない。こればかりは、大好きな姉とて譲れない。

 

(胃袋は、姉さんより先に掴んでおかないとね)


 次、姉と二人きりになった時、しっかりと宣戦布告をしておかなくては。

 目の前で美味しそうに食事を頬張る優次郎を、瞳は愛おしそうに見つめていた。
















(…………結構いるんだな)


 午後一時、日本魔術学院。

 まだ生徒が多く往来する廊下を歩き、先ほど受け取った名簿を見つめる辰正の率直な感想がそれだった。

 ずらりと並んだ名前に、横に振られている番号は三十番台まで来ている。こんな時代の魔術学院で科学について講義をすると明言したのだから、初日は数名程しかいないだろうと思っていたのだから、意外なものだ。

 そして意外な事がもう一つ。

 それは、すれ違う生徒達の反応、

 魔術を使えない事を公言した自分に対して、当然蔑みの視線も感じるが―――――多くは、純粋な好奇心だ。

 一体どんな人物なのか。

 『科学の講義』とは、どんなものなのか。

 そんな想いが、彼らの視線から感じ取る事が出来た。

 

(まぁ、優の影響も大きいだろうが)


 そんな事を考えていれば、自身が授業を行う教室へ辿りつく。その扉をしばし見つめた後、ガラガラと無造作にスライドさせ、中に入っていく。

 数十個の目から感じるのは、やはり好奇心だった。

 これから自身のもつ技術や思想を伝授する生徒達を、辰正は何故か目を細め不機嫌そうに見つめながら、教卓へと歩いていく。

 彼が気分を害した理由。それは、最後列窓側の席で頬杖を突き、ニヤニヤと笑う見知った顔が原因だった。

 名簿を教卓へと置き、さっそくそれを口にする。


「…………優、何でお前まで此処にいる」


「えー? だって親友の記念すべき初授業だよ? 気になるに決まってんじゃん!」


「今更お前に教える事は無い。学生の頃、あれだけ教えてやっただろう」


「んー……忘れちゃった!」


「なるほど、また痛い目にあいたいのか」


「そ、そんな怒んないでよー! いいじゃん別に! 叶さんには許可もらってるし!」 


 慌てふためく優次郎を見れば、隣に座る瞳はため息をつき、その隣の芽衣はおかしそうに笑った。

 和也は芽衣の隣に座っているが、ジト目で優次郎を見つめるにとどまる。


「……まぁ、許可を貰っているなら構わない。だが邪魔はするな。分かったな」


「りょーかい! ありがとね!」


 いい気なもんだと思いながら、今度こそ辰正は生徒達へと目線を向けた。


「最初に確認しておくが、この講義は『科学について』だ。科学の時代にあった機械や道具、それと歴史を紐解きながら、どのように生活し、進化していったのかを教える。そしてお前等には、最終的には何故科学が衰退し、魔術が台頭するに至ったのかを考えてもらいたい。

 昨日、最初にお前らに伝えた事に嘘偽りはない。それを理解した上で、お前等はこの講義を受けに来ている。そう認識して良いんだな?」


 辰正が問えば、生徒達はいくつか拍を置き、やがて首を縦に振った。

 

「分かった。じゃあまず講義を始める前に――――――これ、何か分かるか?」


 おもむろにポケットから取り出されたものを見れば、生徒達は疑念の表情を浮かべた。

 辰正が持っているのは、彼の掌に収まる大きさで、長方形をした何かだった。全体的に黒が目立つが、上の部分だけが銀色に染められており、何やら歯車の様なものが付いているのも見える。

 生徒達は、それに全く見覚えが無い。和也も芽衣も、瞳ですら見たことが無いようだ。ただ一人、優次郎だけは微笑みをたたえ、その道具を眺めているが。

 ある程度反応を見た後、辰正は口を開く。


「まぁ、分からないのも無理はないが……口で説明するよう、実際に見た方が早いだろう」


 そう言って、辰正が歯車の部分に手をかけ、勢いよくそれを下ろした。


 そして―――――――生徒達は目を剝く事となった。

 銀色に染められた先端部から、小さな炎が吹き出て来たからだ。


「これは『ライター』と言う。用途は見ての通り、炎を作り出すためのものだ。とはいえ、これだけ小さな炎だ。精々煙草に火をつけるか、薪を燃やして暖をとる程度にしか使えないが」


 言うと、辰正は歯車から手を放す。するとどうだろう。炎は役目を終えたかのように綺麗に消え去ってしまった。

 

「まずこの『ライター』が衰退した理由は分かるな? 今は煙草にしろ何にしろ、火炎魔術を行使すれば全て使用可能となったからだ。

 しかし科学の時代では、そんな力は人間に備わっていなかった。今の俺にように。だからこういった道具を発明し、炎を生み出して生活していた。今の科学都市でも、これは現役で使われている」

 

 ライターを一度教卓へ置き、辰正は更に続ける。


「だが見ての通り、魔術と比較して劣っている点がある。それは何か……分かるか?」


 しばしの沈黙。その後、一人の生徒が自信なさげに手を挙げた。


「火力の調整が出来ない、とかですか?」


「……そうだ」


 どうやら正解だったらしく、その生徒は胸を撫でおろした。


「今言った通り、これは火力の調整が出来ない。止めた状態ならある程度の調整は可能だが、その幅は魔術と比べれば圧倒的に劣る。まぁ、万が一の為の『安全装置セーフティー』としてだな」


 そう言って辰正は、新たな『ライター』を逆ポケットから取り出した。先ほどのものより少し大きいが、外見はほとんど同じだ。


「見ての通り、これもライターだ。少し大きくなっただけで、内部の構造もほとんど変わらない。ただ……これは俺が少し火力を高めるために改良したものだ。そうすれば……」


 辰正が再度、その歯車を下へと振り下ろした。

 

 そして――――――――――天井に届きそうな程の火柱が飛び上がる。

 

 生徒達が息をのむのが分かる。

 「何だあれ……」「並みの火炎魔術よりでかいんじゃないか?」

 そんな会話が聞こえ、教室全体もざわついていた。和也も目を大きくし、芽衣は思わず肩を震わせ、瞳もその表情から驚きが見て取れる。

 そんな様子を見れば、優次郎が可笑しそうに笑った。

 辰正は生徒達の様子を見ると、再び手を離す。すると、やはり。火柱は瞬時に消し去り、辺りにかすかな煙が漂う。


「……この(・・)程度・・の火柱であれば、少し手を加えれば出せる様になる」


 今度こそ、生徒達は辰正に釘付けとなった。

 

「念のために言っておくが、一般的にこんなものは出回っていない。理由はさっき言った通り『安全面』による所が大きい。万が一子供がいたずらに触ってしまえば、火傷じゃすまないからな。そもそもこれは誰かと戦ったりするための道具ではなく、生活のためのものだ。こんな火力は必要ない」


 ライターを教卓へ並べ、辰正は手をついて話を進めた。


「構造は変わらないが、見てもらった通り一回り大きなものになっていたな? その理由は何かという事だが、答えは簡単だ。

 『威力に応じた、それに耐えうるだけの身体が必要だから』という事。魔力を持つ人間が、その魔力量に応じた貯蓄器官を必要としている様にな」


 さて、と一度言葉を区切る。


「これは『科学』の一端に過ぎない。『炎を作り出す』という一点に於いてだけ考えても、これ以上の火力を生み出す道具もまだまだ存在している。そして、そのどれもが生きるためには必須の代物ばかりだ。

 つまり科学というのは、魔力を持っていなかった人間が生きる為に生み出したもの……言い換えれば『人工的に造られた魔術』という事だ。

 何故、こんなシンプルな構造であれだけの火力を生み出せたのかについて、興味があるなら今日の講義で簡単に伝えるが…………知りたいか?」


 辰正の問いに、生徒達は一斉に首を振った。

 皆、辰正が操る『人工的魔術』に夢中になっているのが、遠目から見ても分かる。

 科学とは何なのか。何故魔力を使うことなく、これだけの芸当が出来るのか。

 そして―――――――これほどまでの力が、何故衰退するに至ったのか。

 知りたい。興味がそそられて仕方ない。

 そんな生徒達の表情を見れば、辰正は一つ息を吐いた。


「……前置きが長くなったが、これから講義を始める。もし興味が無い奴がいれば、遠慮なく退席してくれていい」


 そう言って、辰正は板書を始めた。

 講義が終了するまでの間、退席者は一人もおらず、皆夢中になって彼の言葉や黒板に書かれたものをノートに写していたのは言うまでもない。

 そんな親友の初講義を、優次郎はただ黙って、終始笑顔で見つめていた。


 紆余曲折を経ながらも、魔術学院の二学期は幕を開けたのだった―――――。

今回もありがとうございました!

今週は仕事がお休みなので、日中にも更新して良ければと思います。どこまで出来るか分かりませんが、頑張ります! 


そんな感じの九十七話です。

これにて第六章は完結となります。最後どうしめようか迷ったのですが、辰正の初講義という形になりました。優次郎の講義もしばらく書いていないので、また書いて行きたいな……講義の話書くの楽しいんですよね。


そして、次回から第七章が開幕となります。

次章の本筋ですが、アレです。学園もの定番のアレです。あの祭りです。

楽しく、それでいてほんのり不穏を感じさせる様な、灰色の世界という作品に相応しい話に出来ればと思いますので、よろしくお願いします!


では今回はこの辺で。

また次回もよろしくお願いします!

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