第九十三話 =想いが力を超える時=
お久しぶりです。第九十三話です。よろしくお願いします!
魔術師たちの全てを、久しく感じていなかった感情が支配する。
神の加護を得てからと言うもの、自分たちと互角に戦える者などいなかった。どんな高名な魔術師が相手であっても、互角以上に戦い、嬲り、そして屠って来た。
それほどまでに、神という存在の力は強大且つ巨大、そして圧倒的だった。どんな相手であろうと負ける筈はない。人間が太刀打ちできる筈がないのだ。
だが、今その自信は根底から覆されようとしていた。
身体が震え、動かない。まるで目の前の人間を拒むかのように視界が揺らぐ。
「――――――どウしたノ?」
だが、相手がそれを許さない。
本能が、魔力が。
必死に自分を守ろうとしてたものが、たった一言で一瞬にして吹き飛んでしまう。
ニタニタと不気味に笑い、ユラユラと不可解に揺れながら、ゆっくりと歩を進めるそれは、ある場所でピタリと止まった。
それ――――水瀬優次郎のぼんやりと見上げるシエル=ノーランドの傍らで。
「キミたチ、勝ッたンでショ? シエルちゃンにさ。だっタら次はボクが相手にナるヨ。ホら、立チな?」
再び、男の体は固まってしまった。
この時点で、勝敗はもう決した様なものだ。彼らは既に、優次郎の支配下にある。彼の思う様に動いているのだから。
「み………な……」
かすれた声で彼の名を呼ぼうとするのは、倒れ伏すシエルだった。
「シエルちゃン…………ホンと、キミは変わンナイねェ」
視線は前へ向けたまま、優次郎はさも愉快だと言うように嗤いながら声をかけた。まるでこうなる事を予測していた様に。
「キミの事ダ。感情に任せテ突っ込ンダンでしョ? 相手の言葉ニ操らレテさ。それマでに考がえテた対策モ何もカも捨ててサ」
彼の言葉が、傷ついた身体にズブズブと無遠慮に突き刺さった。
正に優次郎の言う通り、シエルは男の言葉に激昂して突っ込んだのだから。相手の違和感に感づいていたにも関わらず、だ。
「ボクと戦ッた時もそうだッたヨね? いくラ陰影魔術ガ高位の存在だトシても……操ルのハ人間ダ。そノ人間が未熟ダッたラ、ドンな高位魔術も最大ノ力を発揮すル事は出来なイよ」
やっぱり――――――。
優次郎は、初めてシエルに視線を向けた。ニタニタと彼女を嘲笑う様に嗤いながら。ゆっくりとシエルの顔の前にしゃがみ込み、その悪魔の様な笑顔を貼り付けて。
「シエルちャんッテ―――――――若いネぇ」
そして、シエルは――――――――意識を手放した。ゆっくりと目を閉じ、頭部を冷たい地面に預けて。
それを確認し、優次郎はつまらなそうに狂気を納めた。興覚め。彼の目が、雰囲気が、全てがそう言っている様に思えた。
こうなってしまえば、もうシエルに用は無いとの事なのか、ゆっくりと立ち上がり、一度空へ視線を向けた後、優次郎は再び彼らを見据えた。
「さて、と……ごめんね、待たせちゃった」
「ひぃ!?」
情けない声を上げながら、男は無意識に後ずさりする。逃げろ逃げろと、本能が叫んでいるのが分かる。
そんな彼を見れば、優次郎も可笑しそうに嘲笑ってみせた。
「どうしたの? 怖がる必要なんてないじゃん。キミ達には神様がついてるんでしょ? 今こそ助けてもらいなよ。ほら、言ってごらん? 神様、どうかお助け下さいってさ」
囁くような優次郎の声は、小さく、されどしっかりと男の耳に侵入していく。足を止めず、ゆっくりと確実に男の方へと歩を進めながら。
冷や汗が一つ、男の頬を通り過ぎていく。今の彼は、恐怖以外の何もかもが欠落していた。さっきまでの自信も、神への信仰心も、全て飲み込まれたのだ。目の前の悪魔によって。
「なっさけないなぁ」
ケタケタと小ばかにする様に笑った後、優次郎はそんな言葉を口にした。
「ちょっと自分たちの力が通用しない相手が出てきたら、もう吞まれちゃうなんてね。ホント、情けなさ過ぎて興覚めしてくるよ。
神様だって、弱者に対して威張り散らかす為に力を貸してるわけじゃないと思うんだけど」
じわり、じわり。
迫りくる圧倒的な恐怖に立っていられなくなったのか、遂に男は尻もちをついた。腕も足も震えてしまい動かない。
脳がどれだけ危険信号を発しようとも、全く言う事を聞こうとはしなかった。
そんな中でも、優次郎は足を止めない。目の前の獲物へと、確実に歩み寄っていく。
「こんなんじゃ、他の連中もたかが知れてるね。叶さんも辰も、この程度で何とか出来る程甘くないよ? 叶さんはボクより強いし……辰に関しては、ボクよりよっぽどおっかないからさ」
そして、とうとう悪魔は男の目の前に現れた。
両目を埋め尽くす不気味な笑み。感覚全てを支配する恐怖、そして絶望。更に震えを増す男の体を止める術を、もう彼は持ち合わせてはいなかった。
「キミ達にとって、ボクが相手になったのは幸運以外のなんでもないよ? 向こうにはもっと怖い人達がいるんだから。
ほら、分かったらもっと抵抗してきてよ。もっとボクを愉しませてよ。ほら、ほら、ほらほらほら‼」
ガシリ。
優次郎の両手が、震える男の肩を掴む。
「ほらほらほらほらほらほらほらほら! 早く立ち上がりなよ! もっと神に祈りなよ! 心臓をついてみなよ! 首をもいでみなよ! もっともっと、ちゃんとボクを殺しに来てよ‼
もっと! もっともっと! もっともっともっと‼‼」
まくし立てる様な優次郎の声に、男は―――――――ついに、自らを手放した。
力は抜け、あれほど震えていた身体は活動を休止し、目は裏返り白を張り付ける。
男の意識は、完全に消え去った。
「……あーあ」
玩具を取り上げられた子供の様に、優次郎は表情を変える。
自分の遊び相手は、完全に壊れてしまった。もう自分の相手はしてくれない。そうと分かれば、もう用など無い。
興味を失い、立ち上がり空を見上げる優次郎の表情が、それを物語っていた。
そして、彼はその想いを、素直に口にする。
「つまんないの」
そんな時。優次郎の背後に、何者かの気配が降り立ったのが分かる。
懐かしい。
最初に浮かんだ感想はそれだ。彼女に会うのは何年ぶりだろうかと、何となく思考を揺蕩わせながら、ゆっくりと振り返った。
「相変わらずって感じだねー! キョウ君♪」
協定を結んでからと言うもの、再会が続くものだ。まぁ、当然と言えばそうかもしれないけれど。
ゆっくりと振り返れば、やはり思い描いた通りの人物がそこにいた。
クリーム色の長髪、薄く藍色を帯びた瞳。そして―――――眩いばかりのアクセサリーと青少年が集う学院という場所には似つかわしくない様な、刺激の強い派手な服装。
思えば、自分の知り合いで此処まで絵に描いたようなギャルは彼女くらいかもしれないなと、どうでもいい感想が、優次郎の脳裏を呑気によぎっていった。
「いやーやっぱマジ強だねー! 戦わずして勝つってヤツ? 憧れるわーそう言うの♪」
「アハハ! 紗友里ちゃんも相変わらずみたいだね、何かちょっと安心したよ!」
優次郎が笑えば、目の前の少女、紀藤紗友里は右目付近でピースサインを作る。
「マジー? 嬉しいわー! アタシが出張行ってる間にキョウ君が本部に来てたって聞いてさー! 会えなくてテンションだだ下がってたんだけど今ぶち上がりだわ♪」
「キミくらいのもんだよ、取締委員会の人間でボクにそんな事言うのは」
流石、取締委員会随一の変人と言うべきか。
「それより、せっかく会えてこんな事言うのもなんだけどさ、いいの? 連れてかなくて。その為に来たんでしょ?」
そう言って優次郎が視線を向けるのは、紗友里の足元で未だ意識が戻らないでいるシエルだった。
ハッとした様に、紗友里は目を見開く。
「ヤッバ、そうだった! おーいシエル―! 生きてるー?」
シエルの前にしゃがみ込み、紗友里はわざとらしく口に手を当てて名を呼んだ。
当然、返事はない。今のシエルに答える活力が無い事など分かり切っているだろうに、こういう所も相変わらずだなと、優次郎は一人、くすりと笑みを漏らした。
「ふむふむ、まだ息はあるね……ねぇ、キョウ君」
「はいはい、玲央先輩でしょ? ボクじゃなくて本人に聞いてみなよ」
「それもそだねー! よいしょっと!」
ふざけた言動だが、やはり取締委員会の幹部クラスなだけはある様だ。紗友里も気が付いているのだろう。遠くからかすかに感じる玲央の魔力が近づいてきているのを。
シエルを抱え上げ、紗友里は優次郎に背を向けた。
「そんじゃ名残惜しいけど、アタシは此処で退散ってね♪ 久しぶりに会えて嬉しかったよー!」
「ボクもだよ! 今は仲間同士だから、またよろしくね!」
「まさかキョウ君と協力関係になる日が来るとは思わなかったけどねー。あ、そうだ!」
転移魔術を行使する直前、紗友里は再び優次郎へと振り返った。
何事かと首を傾げる優次郎に、彼女は今までとは違い、ふわりと優しく笑った。
「あの子の事、これからもよろしくね♪」
「あの子?」
一体誰の事だろうか。
答えを聞く間もなく、紗友里はシエルと共に消えていった。
優次郎が紗友里たちと別れた頃、十神幸成と対峙する綾瀬川姉妹の戦いも、ひと時の休息を見せていた。
ニタニタと気味悪く笑う幸成に対し。叶は睨みつける事を止めない。ひび割れた道路、ゆらゆらと辺りに立ち込める煙が、戦いの激しさを物語っている。
「流石は天才様だな、素直に褒めておいてやるよ」
「アナタにそう言われる程、私は落ちぶれてはいないつもりですが」
「ケッ! そういうクソ生意気な所も相変わらずってか? まぁ良いがな」
そこで一度言葉を区切り、幸成は一層笑みを深める。
更に気味悪く、醜く、不快に。
「そういう女を屈服させる方が、俺好みだからなぁ」
「……本当に、性根から腐りきっているわね」
反吐が出る、とは正にこの事だ。
取締委員会に入った当初から、この男はこうだった。取締委員会という権力を最大にまで振りかざし、違法魔術師に対してありとあらゆる『罰』を与えて来た。それはもう尋問でも何でもない。拷問と呼ぶのも烏滸がましい、口にすらしたくない様な罰を、だ。
この男にとって違法魔術師はただの『自身の為の玩具』であり、取締委員会は実行するための都合のいい機関でしかない。
他者を甚振り、痛めつけ、心身共に壊していくのが、十神幸成の趣味であり大好物。痛みに抗えず壊れていく様を見る事を何よりも楽しむ、真正のサディスト。
こんな人間を今の今まで見放さずにいた会長も、中々甘いものだと、叶は一人思う。
違法魔術師予備軍として監視していた、とも取れるかも知れないが……やはり、家柄もあるのだろう。
それほどまでに、十神家の力は強大だという事は、叶も知っている。
「はっ! 何とでも言いやがれ。どのみちお前等の末路は変わらねぇんだからな。しかし……」
幸成はふと、叶の後ろへと目をやった。
そこにいるのは、彼女の妹であり、同じく天才の称号を持つ瞳だ。流石に疲れているのか、肩で息をしているのが分かる。
だが、しかし。
「お前も、未成年にしちゃやるじゃねぇか……まだ本腰入れてないとは言え、傷一つつかねぇとはなぁ」
そう、瞳は無傷だった。
決して叶が全て護りながら戦っていたわけでは無い事は、幸成も分かっている。
この戦いで、瞳は叶をサポートしつつ、自身に向けられた攻撃にも対応して見せていた。まだ粗削りな部分もあり、現にこうして体力を削られてはいるものの、幸成にとってこれは誤算の結果だ。
「些か見くびっていた様だなぁ、綾瀬川瞳……顔も悪くねぇし、その上でその実力か。お前が望むなら、俺の妾にして毎日可愛がってやってもいいんだぜ?」
ニタァと笑い、そんな事を言ってのける幸成に、瞳も表情が歪む。
「ふざけないで。アナタみたいなクズなんて願い下げよ。それに……アナタが玲奈を傷つけた事、私は一生許さないつもりだから」
「玲奈? あぁ……」
逡巡し、思い当たるのは先月の事。幸成が取締委員会を追放される切欠ともなった、あの時の少女の顔だった。
そして――――――。
「あの人間未満のクズ女の事か」
「っ!」
瞳の目が、見開かれていく。
この男、今なんと言った? クズと言ったのか? 自分の―――――大切な親友の事を。
「アイツはつまらない玩具だったなぁ。こっちが何をしようがウンとも寸とも言わねぇでよぉ……あんなのを傷つけたのが許せねぇってか? 社会不適合者に成り下がった、死霊以下のゴミクズが痛めつけられたことが? はっ! お前も相当―――――――」
そこで、幸成の言葉は止まった。
否、止められた。
何が起こったのか、幸成にも、そして叶にも一瞬分からなかった。
気が付けば、幸成は数十メートルもの距離を吹き飛ばされ、背中を強く地面に打ち付けられていた。
叶は呆気にとられた様な表情で、さっきまで幸成が立っていた場所を見つめる。そこにいるのは。
「…………瞳?」
自身の妹である瞳だった。先ほどよりも荒い息が聞こえて来る。肩も、更に激しく前後していた。身体が帯電し、バチバチと音を立てているのを見るに、おそらく雷電魔術によって距離を詰め、勢いそのままに幸成を殴りつけたのだろうというのが分かる。固く握られた右手がその証拠だ。
ちょうど叶に背中を向ける形で立っている為、表情は見えない。だが、叶にも分かる。今、瞳がどんな表情を浮かべているのか。
「て、めぇ……」
顔を抑えながら、むくりと起き上がる幸成には、それがよく見えた。
いつもの冷静沈着な彼女はなりを潜め、ただ怒りに塗れ、憎悪に支配された瞳の表情。
そして――――――――膨大に膨れ上がった瞳の魔力。
あの幸成ですら、それに恐怖を抱くほどの。
「私の……」
「あん?」
何かを呟く瞳に、思わず幸成が声を漏らした時だった。
瞳は勢いよく顔を上げ、叫んだ。ありったけの思いを込めて。
「私の親友を‼ 悪く言うな‼」
叶も初めてだった。瞳がこんなにも荒く、普段とは似ても似つかない言葉遣いで、憎悪を前面に押し出している姿を見るのは。
「あの子は好きでああなったんじゃない! あの子はただお兄ちゃんの隣にいたかっただけだ‼ お兄ちゃんを理解しようとしただけだ‼ 私に……私に裏切られて! 拒絶されて! それでああなっただけだ!
あの子は本当は優しい子だ‼ 私はそれを知ってる‼ 言うんなら切欠を作った私の事を何とでも言えばいい!
でも! あの子を! あんな優しい子を‼ アンタみたいなクズ野郎と一緒にするなぁ‼」
それは正に、想いが実力を凌駕した瞬間だった。
この男を許せない。何も知らないくせに玲奈を傷つけた事が、悪く言われた事が許せない。
そんな瞳の想いが、叶ですら見切れない程の強大な力を生んだ。やはり瞳は、凄まじい可能性を秘めた少女だと、改めて思い知らされる。
だが、だからこそ。叶の心には、不安が生まれてしまっていた。
(これじゃ、まるで―――――)
その時だ。
「…………クソガキがうだうだと能書き垂れやがって……」
どす黒く、光全てを飲み込んでしまう様な魔力が、辺りに立ち込めた。
発生源は、幸成だった。
「世間も何も分かってねぇ餓鬼が、偉そうにこの俺に説教たれてんじゃねぇぞ……」
ゆらりと立ち上がる幸成。その魔力は肥大していく一方だ
叶は飲まれる事なく幸成へ目をやる。瞳は、未だ彼を睨みつけたまま動かないが、先ほどまでの強大な魔力は成りを潜めてしまった所を見るに、少しばかり飲まれてしまっている様だ。
幸成が顔を上げ、二人を睨みつける。
そして、魔力は――――――爆発した。
「もういい! テメェ等まとめてここで殺してやるよ! 神であるこの俺様がなぁッ‼‼」
今回もありがとうございました!
気が付けば前回の投稿から約半年……お待たせしてしまい申し訳ございませんm(__)m
これからも遅筆になってしまいがちですが、のんびりと楽しんで頂ければと思いますのでよろしくお願いいたします!
そんな感じで九十三話です。
濃いキャラの登場に瞳の覚醒(?)と、盛り沢山の回でしたね。
この先どうなっていくのか……どうなって……どうなるんでしょうか(オイ)
感覚的には、この章で大体全体の半分くらいかなと思います。まだまだ折り返し! これからも頑張ります!
では今回はこの辺で。
また次回もよろしくお願いします!




