第九十二話 =若さゆえの=
第九十二話です。よろしくお願い致します。
「…………?」
魔術学院から少し離れた街の中。消えかかった光の中を歩く玲央は、かすかな魔力を感じそちらに目をやった。
街とは正反対の闇の中、黒いシルエットだけを浮かばせた魔術学院の姿はやはり何処か不気味だ。だが、今抱く感情はそれだけでは無かった。
「玲央、これは……」
隣にいる美沙子もそれを感じ取っていた様で、神妙な顔つきで玲央を見つめていた。何度も見た、『戦場医師としての顔』だと思えば思わず微笑んでしまうが、すぐに無へと戻す。
「間違いなくまた、面倒な事が起こっちゃったりしてるみたいだね」
「やはりか。しかしこの魔力、何処かで……」
美沙子は思案する様に、顎に手を当てた。記憶力には自信がある方で、一度会った事のある人物が持つ魔力を忘れないのが自分の数少ない美点だと思っている。
今感じている魔力の中で、覚えのあるものは優次郎、叶、瞳、そしてシエルのものだ。
だが、その中に一つ。誰のものかは分からないが、確かに感じた事のある魔力の気配があった。
必死に記憶を悲り返してみるが、
「顔、思い出せなかったりしちゃった?」
眉を顰める美沙子を見つめる玲央がそう問えば、彼女も視線を彼へと移した。
「魔力には覚えがあるが、顔がどうにも思い出せない……もしかすると魔力痕だけ感じた事がある人物かも知れないが」
「まぁ、今は良かったりしちゃうんじゃない? …………行けば分かる事なんだし」
そう言って、玲央は魔術学院の方角を見つめれば、やはりか言った様子で美沙子は玲央を凝視した。
この男ならば、必ずそう言うと確信していた。
それが自身の職場や友人達への愛着から来るものなのか、それとも―――――――
(玲央、お前はやはり……)
美沙子の表情が、悲し気に歪んだ時。
「やはり、お前達も感じていた様だな」
玲央にとっては懐かしい、美沙子にとっては数週間ぶりとなる声が届き、二人はそちらへ視線を向けた。
そこには、声の主であり想像した通り人物と、そして予想していなかった人物の二人が立っている。
「フジワラ君、久しぶりだったりしちゃうね」
「あぁ、久々だな黒岩。以前は世話になった」
「やめなよ、そんな素直にお礼言っちゃったりしちゃってさ。似合わないよ?」
茶化すように笑えば、雄清は無視して美沙子へと視線を移す。
「澄田女史も、その節はお世話になりました」
「こちらこそ。お久しぶりです、藤原会長」
「それにしても、意外な組み合わせだったりしちゃうね? フジワラ君と仲良かったなんて知りませんでしたよ、フクハラ先生」
玲央が言えば、雄清の隣に立っている人物、玲央にとっては恩師であり同僚となる義信も笑った。
「まぁ、昔の縁って奴だ。さっきまでそこの店で飲んでたもんでな」
「飲み歩いてばかりいたら、まーた奥さんに叱られちゃったりしちゃいますよ?」
「お前までそれを言うなよ……」
自分が万年飲みに行ってると思われているのかと感じれば、義信もため息が出る想いだった。昔に比べれば、飲み歩く時間も大幅に減っていると言うのに。
昔の義信を知っていれば無理もない事だと感じながらも、雄清は話を戻した。
「澄田女史、アナタもこの魔力を感じた事がある様ですね」
「えぇ、確かに。それと……私に対して敬語は不要ですし、呼び捨てで構いません」
「…………そうか、では遠慮なく」
この方が、雄清としても気楽で良い。
「澄田、お前が疑問を抱いている魔力の持主だが……顔が分からないのも無理はない。何故なら、澄田は会った事が無いからな」
「という事は、取締委員会関係の方という事ですね?」
「あぁ……正確には元、だがな」
それを聞けば、玲央と美沙子も顔を顰めた。
「この魔力は――――――天ヶ崎玲奈が自殺を行う決め手となった元役員のもので間違いない」
その言葉で、玲央と美沙子は確信する。
沸々と薄汚い感情がこみ上げて来るのが分かった。
「つまり……アマちゃんが起こした事件の原因とも言える人ってわけか」
「そうだ。当然、全ての原因がアイツだとは言えないがな。綾瀬川や水瀬の存在は大きかっただろう。だが……自殺と言う手段を用いるに至ったのは、間違いなくアイツの『尋問』が原因だ」
「尋問、ねぇ……」
まぁ取締委員会のトップという立場上、それを『拷問』とは認められないかと、玲央もそれ以上追及はしなかった。
臨時役員時代、一度顔を合わせた事のある男を思い出す。おそらく雄清が言っているのは、その男の事だろう。
そして美沙子が感じた事があったのは、取締委員会に赴いた時だと理解する。
「という事は……水瀬先生や学院長への当てつけという線が強いようですね?」
「それで間違いなかったりしちゃうだろうね。学院長は、この事を?」
「天ヶ崎玲奈を含む囚人への拷問、天ヶ崎玲奈の自殺、そしてそれが原因で解任された事までは知っている。簡単に言えば、今のお前達が持っている情報と大差ない」
「その言い方ですと、他にも何か抱えてるみたいですね」
美沙子の言葉を受け、雄清は視線を義信へと移した。
「今日、信さんと会っていたのは、その話をする為だ。お前達や水瀬、篠田に話すかは任せていたが……」
「あぁ、予想以上に動きが早い。こうなっちまえば、話すしか無いだろうが……これが終わった後だな」
義信が視線を魔術学院にうつせば、全員がそちらを見る。初めに感じた時より魔力が膨れ上がっている事を思えば、もう戦いは始まっている。
「水瀬、綾瀬川、篠田……この三人はこの程度でどうにか出来る連中じゃない。妹の方も綾瀬川が付いているだろうから、問題は無いと思っていいだろうな」
それを聞けば、雄清も篠田辰正という人間に高い評価を下している事が分かる。一体彼は何者なのだろうかと、美沙子の中で疑問が浮かぶが、行けば分かるだろうと一旦押し込めた。
「だが、問題は……」
「シエルちゃん?」
玲央が問えば雄清は首肯し、義信も険しい表情を浮かべた。
「アイツは確かに優秀だし、将来が楽しみな魔術師である事に間違いは無いが……何と言うか、一言で言えばまだ若い。早く向かった方が良いだろうな」
その雄清の言葉が、その場で最後の会話となった。
おかしい。
戦いの最中、シエルの脳を占める多くはそれだった。
陰影魔術が解かれた。それは理解できる。相手はあの時の様な死霊ではなく人間なのだ。それに実際に魔力をぶつけ合って理解したが、腕もいいし場数も踏んでいるだろう。
だが、やはりおかしい。
「戦いの最中に、考え事か?」
「!」
思考を遮断し、咄嗟に結界魔術を展開するが、少し遅かった様だ。相手の放った魔術は急所こそ外れたが、シエルの右肩を貫いた。
痛みが彼女の全身を駆け巡るが、何とか無視する。
シエルも自らの影を操り相手を撃ち抜こうとするが―――――――また、不発に終わる。
「……不可思議」
先ほどから感じている疑問の一つ目がこれだ。
シエルとて何度も魔術を行使しているが、そのどれもが当たらない。手を変え魔術を変えと応戦するが、どれも効果は無い。
中には、確かに手ごたえを感じたものもあるというのに。
まるで対象をすり抜けているかの様だ。
それを証明する様に、シエルが身体の至る所に傷を作り、肩で息をしている状態であるのに対し、十人ほどいる魔術師は誰もが無傷に近い。今までも苦戦を強いられた事はあった。だが、ここまで自分の魔術が通用しない相手は初めてだ。
「おいおい、威勢よく出て来た割に手ごたえが無いな。そんなんじゃ、俺らのうち一人も倒せずに終わっちまうぜ?」
見え見えの挑発。だが、それに心を乱されてしまっているのを否めない程に、シエルは追い詰められていた。
そして―――――挑発に乗り、短刀を構えて相手へと駆け出す。
「魔術が使えないならって事か?」
相手はニヤリと笑いながら、右手に魔力を込めてその短刀を受け止めた。
「お前……まだ若いな」
『シエルちゃんも、まだまだ若いね』
「、‼」
いつぞや、彼女が最も殺したい人間に言われた言葉が掘り起こされ、シエルの表情が歪んだ。無意識に短刀に込める力も強くなっていく。
そしてそれは、徐々に相手の腕を押し返していった。
「何だ? ようやく本領発揮って事か? だが……俺ばかり見ていていいのか?」
シエルの相手は、彼だけではない。既にシエルの背後には、他の魔術師が彼女を討ち取ろうと、すぐに魔術を放てる状態になっていた。
だが―――――――シエルとて上位魔術師の意地がある。
「邪魔……‼」
突如、魔術師の影が蠢き始めた。
そしてそれは彼らの魔術を飲み込み、やがて主すら飲み込んでしまう。自身の影によって飲み込まれた魔術師たちは姿を消し、その場には影によって作り出された巨大な柱だけが残された。
シエルの陰影魔術。その対象は、何もシエル自身の影だけではない。自分以外の人間、モノ――――――全ての影は、彼女の支配下にある。
邪魔者は消えた。シエルが戦いの中で得られたのは疑問だけでは無い。
おそらく目の前にいる男が、この魔術師たちの統率を取っている人間だと言う確信も得られている。今、影に閉じ込められた魔術師たちもやがては自力で解いてくるだろう。しかし、数分は持ちこたえられるはずだ。
それでいい。時間はそれで十分。
この男さえ何とかしてしまえば、統率を失った魔術師たちを倒す事は容易い。シエルの短刀に、黒いナニカが纏わりつくのが分かる。
それによってシエルの力は向上し、そして
パキィィィィーーーーーーン‼‼
男の魔力は、粉々に砕け散った。
「――――断罪‼」
そのままシエルは、もう片方の手に握りこんだ短刀を薙ぐ。男の首を取る為に。
だが―――――――
「ッ‼ ア……――――ッ」
シエルの短刀は、男の首寸前で止まった。ニヤニヤと笑う男の不気味な表情が、ぼやけかかった視界に映るのが分かった。
そして、ゆっくりと視界を下に向ければ――――――
自身を貫く無数の刃と、どくどくと流れる自身の血液が目に入った。
「……残念だったなぁ」
「っ…………ッ………」
言葉にならない声が、シエルの口から押し出された。
感じるのは痛み、寒気、そして―――――――――――死。
ズブリ。
音を立てて、シエルを貫いた刃が抜け出していく。そしてそれは、その持主である魔術師たちへと戻っていった。
何故? こんなにも早く?
その疑念は、目の前でまばゆい光を放つ男の右手によって遮られる。
「お前の負けだ……お嬢ちゃん」
そして、男の殺意は―――――――シエルの心臓を撃ち抜いた。
シエルの体は吹き飛ばされ、彼女の口から、身体から漏れ出した血液が飛び散っていく。
ドガァァァァ―――――――‼
やがて塀にぶつかり、彼女の体は止まった。けたたましい爆音が響き、コンクリートで出来た塀にはシエルを中心にした大きなクレーターが出来上がった。
そして、ズルズルと、シエルの体はペタリと地面に座り込み、次にはバタンと横に倒れた。夥しく痛々しい血の跡を残して。
勝った。
この女は今、死んだ。
男を含む魔術師たちは確信し、シエルの体へと近づいていく。
そして―――――――笑った。
「しぶとい嬢ちゃんだな……まぁ、曲がりなりにも取締委員会に所属してるだけはあるって事か」
男が言えば、シエルの身体がびくりと動いた。
「ぅ……ぁ………」
彼女の口から、わずかに言葉が混じった息が漏れた。
シエルは生きていた。心臓に限界以上のダメージを受けてなお、生命活動を止めていない。
だが、虫の息に変わりは無い。光を無くしたうつろな瞳がかすかに動き、嘲笑う男たちの顔をぼんやりと見つめた。
「心臓への一撃がヒットする直前に、防護結界を張って辛うじて致命傷を免れたって所か。咄嗟にその判断が出来た事は、素直に感服するぜ?
だが――――――それでも、負けは負けの様だがなぁ?」
男の言う事は当たっている。
シエルは攻撃を受ける直前に、心臓を護る様に防護結界を施し、何とか即死を防いだ。それでもダメージは大きく、もう指一つ満足に動かせない。
シエルは嫌でも察する事になった。
自分は、負けたのだ。
だが、納得は出来ないでいる。
異常な防御力。
尋常ならざる生命力。
そして――――――――高位魔術を連発しても、一切魔力切れを起こさない常識外れのスタミナ。
おかしい。今、目の前にいる男たちは、何かがおかしい。
何故、何故、何故――――――――。
答えなんて出る筈も無い問いが、死を前にしたシエルの頭を跳ね回った。
そして、その答えは外部。
今しがた自分を打ち負かした男の口から語られる事となる。
「元々、お前に勝ち目なんて無かったんだよ。俺たちは…………神に守られているんだからな」
「ぁ……ぃ……?」
神に守られている?
それが、自分の敗因だと言うのか?
なんだそれは。そんな答えで納得んてできるか。
言い返してやりたい気持ちがやるせなく震える中、男はお構いなしに言葉を続けた。
「そうだ……俺たちの後ろには、神がいる。神が俺たちに加護を下さる。お前がいくら優秀な魔術師だと言え、神に勝てるとでも思ったのか? んな訳無いだろ?
これでも一応、最期の手向けだと思って慰めてやってんだぜ? お前が負けたのは実力不足じゃねぇ……ただ、相手が悪かっただけだってな」
神の加護がありゃ――――――あの綾瀬川叶にだって負けはしねぇよ。
自分が最も敬愛する人物の名が聞こえ、シエルの目にわずかだが光が戻る。
そうだ、叶。彼女も戦っている筈だ。
もしコイツ等の話が本当なら、あの人も危ない。それに、瞳だって……。
まずい。
だとすれば、こんな所で倒れている暇はない。
すぐに立たなければいけない。そして、二人に知らせなくてはいけない。
今相手にしているのは、自分たちが相対した事の無い脅威だと。
だが。
「無理だ。その身体で、動けるとでも思ってんのか?」
シエルの体は、彼女の意思に従おうとはしなかった。
否、正確には違う。従いたくても、もう動く気力すら無いと言うのが正しい。
シエルに映るのは、ただこちらを見下し、嘲笑い……強大な力を込めた銃口をこちらへ向ける男の顔だけだった。
「安心していい。向こうの連中も、すぐにお前の後を追う事になるんだからな。
ただ……地獄へ堕ちる一人目がお前だったってだけだ」
魔術が放たれようとしているのが分かる。
無念。
傍観に近い二文字が、シエルの脳裏に焼き付いた。
自分は死ぬ。
何も出来ず。何も守れず。大好きな人の助けにもなれず。
そして―――――――最大の悲願を達成する事も無く。
「か……な……」
「じゃあな、お嬢ちゃん」
巨大な殺意が、彼女の眼前に迫った時だ―――――――――それ以上に巨大な狂気が、それをかき消したのは。
ドゴォォォォォォ‼‼
「なっ――――!?」
男が何かを発する前に、その後ろにいた魔術師たち諸共、飛んできたコンクリートによって吹き飛ばされていった。
砂埃が舞い、砕けた欠片がゴロゴロと散らばっていく。
それらが一旦落ち着いた頃、男たちの身体を衝撃と痛みが駆け巡る中、何とか立ち上がろうと顔を上げる。
砂埃は未だ消えず、かすかに倒れたシエルのシルエットが見える程度だったが……それでも、確かに彼らは見た。
自分たちの同胞が、意識を失い自分たちの前に倒れている惨劇を。
「お、前ら……何で……」
そこで初めて、男は焦った表情を浮かべた。
目の前で倒れている者たちも、自分たちと同じく神の加護を受けている。普通の魔術師では、手も足も出る筈がない。
なのに―――――ー。
「ふぅーん……神の加護、ねぇ。どうりで妙にしぶとい連中だったわけだよ」
不意に聞こえる、第三者の声。
ようやく鮮明になってきた視界に現れた姿を見て―――――――男たちの体は震えた。
「て、めぇ……ッ!」
「ホント。神様ってのも趣味悪いよね。キミらみたいな三流魔術師に、態々力を貸してあげるなんてさ」
でもまぁ、そのお陰で―――――――チょットは愉シメたんダけどねェ?
シエルの目が、顔が、ゆっくりとかすかに動く。
そして、その金色が捉えたのは――――――――。
彼女にとって、この世で最も憎く
最も忌々しく
最も……自分の手で葬りたいと願う
そんな――――――白い悪魔の嗤顔だった。
その時、もう一人。戦いの場へ赴こうとする人物がいた。感じる魔力には、覚えがある。
間違いない。これは―――――――十神幸成の魔力。
悩んだ。迷った。だが、向かった。
その人物にとって、十神幸成もまた…………最も憎い存在だったから。
もう、自分も逃げてもいられない。
その想いだけで、彼は―――――――戦いの場へ足を動かした。
今回もありがとうございました!
シエルちゃん、弱くは無いけど経験が足りない感じですね。こればかりは研鑽や座学ではどうこう出来る事ではないので、今後更に成長してくれる事を願うばかりです。
そんな感じの九十二話です。
神って何ぞやって感じですが、このワードが今回からの物語のキーにもなって来ると思うので、覚えておいていただけたらと思います。
では今回はこの辺で
また次回もよろしくお願いします!




