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灰色の世界  作者: ken
第六章
91/122

第九十話 =暗雲=

第九十話です。よろしくお願いいたします。


 時を同じくして、市街地のとある居酒屋では、二人の男性が今まさに酒を飲み交わしている最中だった。


「あー! この一杯がありゃ、仕事も苦じゃねぇな!」


「奥さんが聞いたら、また叱られますよ」


「かてぇ事言うなよ! 久々に会った後輩と酒を飲み交わすとなりゃ、明日の仕事にも精が出るってもんだ! 女房もこれ位の事ぁ許してくれるさ!」


 豪快に胃へビールを注ぎ込むのは、始業式や講義の下準備等を終えた福原義信だった。ガハハと効果音を錯覚する様な笑顔を浮かべており、この時間を本当に喜んでいるのが分かる。

 対して、彼の言葉に「全く……」と呆れるのは、違法魔術師取締委員会の現会長を務める男、藤原雄清である。

 ちびちびと酒を飲む姿を見れば、義信も笑い声を落ち着かせつつも笑顔を絶やす事は無かった。


「しかし、正直驚いたよ。まさかこんなにも早く連絡くれるとは思ってなかったからな。委員会そっちも忙しいみたいじゃないか。綾瀬川から聞いてるぞ」


「待たせるのも悪いと思っていただけですよ。それに、前も言ったでしょう? 信さんと話したい事は山ほどあると」


 そう言えば、そんな事も言っていた気がするなと、あの日の事を回想する。

 あの後瞳に会ったが、正に精魂尽き果てたと言った様子だった。義信が労いの言葉をかけるのとほぼ同時に倒れてしまい、すやすやと寝息を立て始めたのを覚えている。


「綾瀬川妹も、あの一件で随分と成長した様だぞ? お前のとこに入るには申し分ないと思うがな」


「……それは、俺が次アイツと会った時に判断しますよ」


「ははっ! そうか!」


 こういう所も変わらない。変わらず責任感の強い男の様だと感じれば、自然と安心する。


「しかし、成長しているのは事実でしょう。目が違いましたから。水瀬優次郎の講義を受けているという事も大きいと思いますし………認めたくは無いですがね」


「……まぁ、アイツの独特な魔術理論を学ぶことは、大なり小なり生徒達の将来に影響を及ぼすだろうな」


 本当に、不思議な男だ。もし、その使い道を間違っていなければ……。 

 そこまで考えたところで、雄清はビールを流し込んだ。


「それより藤原……酔っちまう前に本題に入ろうじゃないか」


「……そうですね」


 今日の食事、店を選んだのは雄清の方だ。彼を形成したのは義信による所が大きい。

 わざわざ個室居酒屋を選んだと言う事は……つまり、そういう事だ。


「綾瀬川から聞きましたが、今学期から新任講師が二人入ったそうですね」


「あぁ、篠田と澄田がな」


「篠田と言うと……あの(・・)篠田辰正で間違いありませんね?」


 雄清の問いに、義信は「あぁ」と短く答える。

 それを聞けば、雄清も大きなため息を漏らし、背中を背もたれへ預けた。


「綾瀬川も何を考えているのか……水瀬優次郎だけでなく、篠田辰正まで学院に囲うとはな」


「さぁな。だが、アイツも考えなしにやんちゃする様な奴じゃない。それはお前も知ってるだろ?」


「それにしても、ですよ」


 雄清が言わんとしている事は、義信にも分かっている。 

 水瀬優次郎に篠田辰正。この二人を講師として雇うという事が、どれほどのリスクを意味するのかを。それだけ優次郎と辰正は、一部の実力者の間で危険人物として認知されているという事だ。


「綾瀬川叶と黒岩玲央……そして、水瀬優次郎と篠田辰正」


 義信にとって馴染み深い名を、雄清が呼名する。


「魔術の時代となってからの歴史も、それなりに長くなって来ましたが……これほど落差の激しい世代は他に類を見ないでしょう」


「片や『天才』、片や『落第生』だからな。それも飛び切りの」


「あの時代、水瀬優次郎や篠田辰正の危険性を予期出来る人間なんていやしませんでしたよ。あの二人の前例が無かったと仮定すれば、今でもごく一部しかいないでしょうね」


「それこそ黒岩や綾瀬川の様な『天才』だけだろうな」


 義信が続ければ、雄清も首肯した。


「正直に言うと、水瀬優次郎も篠田辰正も、綾瀬川や黒岩と同じ『天才』と呼んで差し支えは無いと思いますよ」


「なんだ、今度は随分と素直だな」


「……茶化さないで下さい」


「はは、すまんすまん」


 全くこの人は。

 少し呆れつつも、気を取り直して雄清は続けた。


「ただし、決定的な違いがある。それは『理解される天才』と『理解されない天才』という事に他なりません。どちらがどうかは、言うまでもないでしょう?」


「あぁ……実際、魔術師的観点で水瀬や篠田を理解出来たのは、綾瀬川と黒岩だけだった。俺や三木は、あくまで人としてアイツ等と関わっていただけにすぎん」


「では、あの二人の学生時代の印象は?」


「…………『面白い奴ら』といった所か」


 そう思えるだけ、義信にも『天才の資質』があるのでは無いかと思うが、口には出さなかった。言ったところで、否定されるのが目に見えている。


「あの二人……水瀬と篠田は理解されなかった。時代に嫌われ、世間からは見向きもされず、そして……別の場所に活路を見出すべく、自分が生きるべく、道を逸れる事を選んだ。俺はそう考えています。

 そこで信さん、アナタの意見を聞きたい」


「……何だ」


 茶化す事無く、真剣なまなざしで問い返す義信に、雄清は告げた。




「――――――今回の綾瀬川の決断が、取り返しのつかない結末にアイツを導いてしまう可能性がある。俺が一番危惧しているのは、そこです」




 なるほど。つまりコイツは、叶の身を心配しているという事か。

 義信は一人、雄清の眼差しを見て納得していた。

 

「綾瀬川は、未来も実力もある魔術師です。それにまだ若い。アイツが生きる事で救える命は五桁じゃ足りないでしょう。そんな人材を、俺は此処で手放したくはない。

 だが……今の綾瀬川は、道を逸れようとしている様に見えてならないんです。まるで……水瀬や篠田の様に」


 そこで、雄清の言葉は止まった。自分に返答を求めている事は容易に理解できる。

 彼のいう事は最もだろう。義信自身、叶から優次郎を釈放し、講師として招こうという計画を聞かされた時は耳を疑ったものだ。

 だが、結局は賛同した。彼女の意思を後押しする立場についた。

 ならば、自分は彼女が治める魔術学院の講師として、言うべき事は決まっている。




「『身を守るものを何も着けずに刃を持って戦場へ赴くほど愚鈍では無い』」




 義信が告げた言葉に、雄清は目を細めた。対照的に、義信は笑う。


「綾瀬川が俺に言った言葉だ。アイツも理解しているさ、自分の行動が、どれだけ常識から外れたものかって事はな。その上で、こんな馬鹿げた計画を実行している。そして……俺は最終的に、それに賛同した。

 だったら、俺がやる事はただ一つ。アイツを信じ、アイツを支える事だけだ……お前も、そうなんじゃないのか?」



『馬鹿げた事を言っているのは理解しています。それに、会長にとってデメリットでしかないという事も。

 その上で、お願いします会長。ユー君を……水瀬優次郎を私に預けて下さい』



 あの日、そう言って頭を下げて来た彼女の姿を思い出す。

 結局自分も、あの時の叶の覚悟に負け、釈放を許可したのだ。責任者である自分に、火の粉が飛んでくる事も覚悟した上で。


「…………はぁ」


 思わず溜息が漏れた。結局、自分たちは同じなのだ。あの天才に、先の時代を託そうと言う想いは。


「…………俺たちも、甘くなったもんですね」


「……そうだな。そうかも知れないな」


 そう言って二人、少しぬるくなったビールを口にした。

 ハッキリ言えば、心配は消えない。だが、一度託すと決めた身だ。だったら、あの天才に任せるしかない。

 後継者育成の最重要機関である魔術学院を任せるとは、そういう事なのだから。


「それに、綾瀬川の無茶はお前の影響もありそうだと俺は思っているが?」


「よく言われますよ、やり方が過激だと。まぁ、言われても仕方ないとは感じていますがね」


「自覚があるなら何より……どうせお前の進言だろう? もう(・・)一人・・()新任講師・・・・を雇ったのは」


 もう一人の新任講師。その言葉が誰を差すのかは、当然雄清にも分かっている。

 そして―――――義信の推察が当たっている事も。


「まぁ、そうですね」


「だと思ったよ。始業式の前日に講師を依頼するなんざ、流石のアイツでもしないだろうからな……何を考えている?」


「別に大したことじゃないですよ。澄田女史が優秀な医師だという事は理解していましたし、綾瀬川から聞いたかも知れませんが、今の彼女には安全の保障が必要だとも感じましたから。それに黒岩ほどの男についていくには、並大抵の治癒魔術師じゃ話になりませんよ」


 玲央と美沙子の関係や過去に関しては、叶から聞いている。だからこそ、今言った理由で少し助言をしただけ。それが雄清の言い分だった。

 だが、それでは義信は納得しない。


「…………本当にそれだけか」


 雄清が視線を前へ向ければ、あの(・・)の様に鋭い眼光を携えた義信が、自分をしっかりと捉えている。


「俺には……お前が澄田を使って『星の下僕』をあぶり出そうとしている様に思えるんだがな」


 しばしの無言。そして、疑問を告げる。


「何故、そう思うんです?」


「藤原、お前は確かに過激だが、それでいて慎重だ。だが、今回の件は動きが性急すぎる。過激なのはいつもの事としても、これに関してはお前らしくないと思ってな……別に責めてる訳じゃないが、気になったから聞いただけだ」


 答え辛いなら良いと言って、義信は唐揚げを一つ頬張った。よく言うもんだと雄清は思う。自分に隠し事が通じると思っているのだろうか。

 いずれにせよ、下手な嘘は通用しない。ならば―――――正直に伝える事にする。


「……『星の下僕』には、俺たちも随分と手を焼いてきました」


 ぽつりと語りだす雄清を、義信は目だけでとらえる。


「何度かガサ(・・)()もしましたが、一向に実態はつかめていません。綾瀬川から話を聞いた時、正直「チャンスだ」と思いましたよ。大橋真衣という女は、『星の下僕』の総帥に呪術を学んだほどの様ですし……そいつを捕えれば、奴らの検挙に大きく近づく」


「なるほどな……話は軽くしか聞いていなかったが、そこまでディープな違法者だと言うのなら、お前が動くのも無理も無いか」


 一国の平穏を保つ為の組織の長だ。色々思うところはあるのだろう。

 

「名前も今初めて聞いたが、大橋・・か……こりゃまた面倒な連中が絡んでるもんだな。魔術学院にも一人あの家出身の生徒がいるが」


「元、妹らしいですよ」


「元……ね」


 『星の下僕』に『大橋家』。こうも面倒事が重なるもんかと思えば、雄清も事を急ぐわけだと更に理解を深めた。


「その大橋真衣の元妹、信さんの講義も?」


「あぁ、一回生の時に受講していたな」


「どんな生徒ですか?」


 結局仕事人間か。本当に変わらない。

 そう思いながらも、義信は質問に答えていく。


「あんまり個人的な事は当然話せないが、そうだな……今は違うが、当時の第一印象は『不思議な生徒』だったな。発言もしないし、表情も変わらない。笑わないし怒らない。ただ黙々と講義を受けていたよ」


「そんな言い方をするという事は……」


「あぁ、今は真逆だ。天真爛漫って言葉がハマるな。常に笑っているし、人並みに怒りも覚える。そうなったのは……綾瀬川妹と出会ったお陰だろうな」


 彼女との出会いが、芽衣を変えた。それは間違いない。

 だが―――――――それはあくまで、()に過ぎない。もっと前の……切欠まで遡るとなれば、おそらく自分の講義だ。

 ある魔術師の講義をしていた時に、あの子の目が動いたのを今でも忘れない。間違いなく、切欠はその講義だ。

 だが、雄清には伝えない事とする。何故かと聞かれれば返答に困るが、そう思ったのだから仕方ない。

 そんな心中は、雄清には伝わるはずも無く。彼は彼で話を聞いて、何かを考えていた。


「今のところ、元妹の方に危険因子は無い様に思えますね。ですが、大橋真衣は元妹にも接触を図ったと聞きますし、油断は禁物ですが」


「そうだな。一部講師の間でも情報は共有している。大橋芽衣と澄田美沙子の周囲を警戒するように、とな」


「……綾瀬川も成長したという事ですか」


「そうだな。アイツにとって、楠木隆盛の一件は酷くこたえた様だぞ?」


 雄清はしばし沈黙した。そして、意を決した様に口を開く。


「…………これからお話するのは綾瀬川も知らない事です。今アイツには、魔術学院に集中してもらいたいので。ですが……信さんには伝えようと思い、今日この場を用意しました」


「てことは、それが今回の本題か」


「えぇ。実は……天ヶ崎玲奈の事件のすぐ後、一人解任した人間がいます」


「解任?」


 それも珍しい事だ。雄清は口は悪いが、一度預かった人間はよほどの事が無い限り見捨てない。一人前の魔術師として大成するまで、しっかりと育てる。


 かつて、自分が義信にやってもらった様に。


 その雄清が解任までしたと言う事は――――――。


「お前でも手に余る程の問題児がいたのか」


「前々からきつく注意はしていたんですが……ダメでしたね。こちらにとって不利益しか生まないと判断しました」


 こんな話をしてきたのだ。

 彼の言う本題とは、その解任した人間という事で間違いないだろう。


「……どんな奴だったんだ?」


「魔術師としては優秀な男でしたよ。家柄も問題なかった。ただ……如何せんサディストが過ぎましてね」


「……なるほどな」


 それだけで、義信は理解する。


「天ヶ崎玲奈は自殺だったと聞いていたが……原因はそいつか?」


「全てでは無いでしょうが、天ヶ崎玲奈があの狂った計画を実行するに至った理由の一端であった事は間違いないでしょう」


「それで解任、と……」


 それは無理もない。取締委員会と言うより、人間としてのモラルにも関わる問題だ。


「ですが、その男は顔を赤くして反論して来ましたよ。『そんな事をしたら、自分の家の人間を敵に回す事になる』と。ですが、それも突っぱねて問答無用で追い出したんです。

 去り際にこう言っていました―――――――『後悔することになる』とね」



「その男が、何か良からん事を企んでるってのか?」


「確信はありませんがね。しかし、突飛な話とも思えません。アイツは執念も嫉妬も人一倍深い……天ヶ崎玲奈が執着していた水瀬への逆恨みも在り得ます。そうなれば……」


「魔術学院にも危害が及びかねない、と」


 つまり、今の魔術学院は『星の下僕』だけでなく、その男にも狙われているかもしれないという事か。

 確かにこれを叶に伝えた時の彼女の心労は想像に難くない。だが、放っておくわけにもいかない。


「それで、俺に白羽の矢が立ったってわけか」


「えぇ。綾瀬川は別として、水瀬や篠田、黒岩に伝えるかどうかは信さんに任せます。こちらからも、ノーランドを魔術学院の監視にあたらせていますから、必要があれば協力するように指示しますので、その時は言ってください」


 全くどいつもコイツも、自分に問題ばかり押し付けてくれるものだ。

 それだけ信頼されていると取ればいいのだろうかと、義信も息を吐くしかなかった。


「平穏ってのは、どうしてこうも俺たちから逃げようとするかね」


「……人間のごうってやつですかね」


 少しだけ残されたビールが冷や汗を掻いて温度を無くしているのを、二人はただじっと見つめていた。

今回もありがとうございました!

義信と雄清の会話。話している内容は頭にあったのですんなりかけるかと思いましたが、結構難しかったです……もっとすんなり表現できる文章力が欲しい……もっと頑張らなくては!


そんな感じの九十話です。

後十話で百話到達ですが、まだまだ書きたい事はあるので、灰色の世界は走り続けます。どうかよろしくお願いします。

そして、平穏もそろそろ終わりを迎えそうですね……どうなる事やら。


では今回はこの辺で

また次回もよろしくお願いします!

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