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灰色の世界  作者: ken
第六章
88/124

第八十七話 =時代に嫌われた者=

第八十七話です。よろしくお願いします。


「学院長」


「何かしら?」


「何で言ってくれなかったりしちゃったんですかねぇ」


 始業式の後。学院長室に赴いた玲央は、ジト目で非難の言葉を口にする。その姿からは、かすかな怒りすら感じられた。

 対する叶はいたって涼し気に微笑んでいた。まるで玲央の反応を楽しんでいる様だ。


「だって、言ったら玲央君反対したでしょう? 別にいいじゃない。それに医務関係の事を玲央君に任せきりになってるから、増員の検討をずっと前からして来ていたしね」


「確かに医務室は慢性的な人手不足だったりしちゃってはいましたよ? 現に僕が此処に来るまでの間、しばらく養護教諭も保健医もいなかったわけですし。

 でも、よりによってこの人を雇いますかねぇ……」


「何だ、私では不満か?」


 玲央が横目に美沙子を見れば、彼女も意地悪く笑いながら返した。

 保健医の立場から言えば、美沙子は願っても無い同僚だ。考え方や処置・治療法も熟知しているし、連携も取りやすい。

 だが、玲央個人としては少し頂けない。

 まるで職場でまで、彼女に監視されている気分だ。


「ていうか、ミサコちゃん今日は仕事って言ってなかったっけ?」


「だからこうして仕事しに来ているだろう? 心配しなくても連盟の人間に許可は取ってある」


「あの連中が許可したの?」


「『黒岩玲央の監視も兼ねて』と添えたら、二つ返事で了承してくれた」


「君って人は……」


 玲央は思わず頭を抱える。

 昔からそうだったが、美沙子はこうと決めたら猪突猛進だ。それは理解している。だが、まさか自分の職場にまで乗り込んでくるとは……。

 

「一応言っておくけれど、今更解任なんて出来ないわよ? 二人とも息はピッタリみたいだし、これからより良い医務室になって行く事を、期待しているからね」


「面倒くさい女に捕まったと思って、諦めるんだな」


 叶と美沙子の見事な連携によって、いよいよ玲央もトドメを刺された。

 こうなっては、何を言っても仕方がない。運命だと思って受け入れるしかないのだ。


「分かったよ……ミサコちゃん、これからはコッチでもよろしくね」


「……あぁ、よろしく」


 やれやれ、と言った様子で微笑む玲央だが、どこか満更でも無い様に叶と美沙子、そしてソファに座って様子を見ていた優次郎には思えた。

 何はともあれ、今後の事を考えても美沙子の加入は大きい。


「それで? 叶さんがボク達を呼んだ理由は何です? まさか玲央先輩の愚痴に付き合えってわけじゃ無いんでしょう?」


 ひと段落した所で、それまで黙っていた優次郎が口を開いた。

 叶もそれを確認し、笑顔を潜めて真剣な表情を表に出す。


「えぇ。大方察しはついているでしょうけれど……今後の事についてよ」


 三人もまた、叶に向き直り気持ちを新たにする。

 今後とはつまり、『星の下僕』との件についてだ。


「大橋さんの事や、玲央君と澄田さんの過去はユー君から聞いたわ。私も、何度か『星の下僕』が扇動したと思われる事件には出向いたことがあるし、取締委員会で何度か実態調査を行った事もあるけれど……詳細は未だに分かっていない。拠点としている国も、トップに立つ人間の事もね」


「常に日陰にいる人間ですからねぇ。そう簡単に足は出しませんよ」


「それに、その大橋真衣と言う女性も気になる……生徒である大橋さんや、玲央君達とも因縁がある様だしね。特に――――――澄田さん、アナタとは深い関わりがある様ですし」


「…………えぇ」


 苦い思い出が脳をよぎる。玲央がこちらを見たのを感じ、「大丈夫だ」と微笑んだ。


「今回、澄田さんに養護教諭を依頼したのは医務要員の補強の為という事もあるけれど、『澄田さんの安全の確保』という理由による所も大きいわね。ユー君の話だと大橋真衣は、澄田さんが玲央君と接触する事を嫌悪している……このままでは、遅かれ早かれ澄田さんに接触して来るでしょうから」


「まぁ、それに関しては同意見だったりしちゃいますね。この人、猪みたいな人ですから。俺が何を言っても俺と関わる事を止めませんよ」


「もう少しマシな例えをして欲しいものだが……これに関しては反論はありませんね」


 もし養護教諭の話が無かったとしても、美沙子は時間を作って玲央に会いに行っただろう。それが、澄田美沙子と言う人間だ。

 同じ女性として、叶にもその心理は理解できる。だからこその、今回の依頼だ。


「この学院にいれば、私や玲央君、それにユー君や福原先生もいるから安心できる。それに取締委員会としても、『星の下僕』には少々手を焼いていたから、ここで手を打っておきたいと言う思いもあるわね」


 『星の下僕』は、戦争を扇動している。

 それが噂ではなく真実であると言う事は、優次郎の話で確信が出来た。どんな思想があるにしろ、それは現代において許されるものでは無い。ここでその重要人物と思われる大橋真衣を検挙する事が出来れば、確かに取締委員会としても大きな一歩だろう。


「それ、もしかして雄清君の意思だったりします?」


「えぇ、そうね。勝手な事をして申し訳ないけれど、今回の件は藤原会長にも伝えさせてもらったわ。あぁ、二人にとってセンシティブな部分に関しては伏せて伝えたから安心してね?」


「お気遣いどうも。でもまぁ、あの会長さんなら確かに此の状況を利用しちゃったりしようとしても可笑しくは無いか」


「私は一度会った程度だが……確かに腹に一物も二物も抱えていそうな人ではあったな」


 目的の為なら手段を選ばず、と言う訳でも無いが、やはり藤原雄清という人物のやり方は少々過激だと改めて実感する。


「相手の全容がまだまだ分からない状況なだけに、こちらもあまり余裕がある訳では無いの。だから皆、新学期は講義や医務業務以外にも色々とお願いするかもしれないけれど、お願いね?」


 叶の言葉に、三人がそれぞれ応える。頼もしいものだと、叶も微笑んだ。


「それに、もう一人頼もしい講師が入ってくれた事だしね」


「……はは、そうですね。彼も此処に?」


「えぇ。そろそろ来ると思うのだけれど……」


 叶が答えた、正にその瞬間だった。タイミングを見計らった様に、ガチャリと扉が開かれ、一人の男性が入って来る。


「……辰正君、今後はノックをして貰えると助かるのだけれど」


「すみませんね、人付き合いには不慣れなモノで……ご無沙汰してます、叶先輩」


「えぇ、お久しぶり。それと、ここでは学院長と呼びなさい。他の先生方にも示しがつかないからね。私も、他の先生方の前では篠田先生と呼ぶ様にするから。いいわね?」


「……了解です、学院長」


 ガシガシと頭を掻きむしりながら入ってきたのは、もう一人の新任講師だった。

 玲央の姿を捉えると、そのまま軽く会釈をする。


「どうも、玲央先輩。ご無沙汰してます」


「久しぶりだね、シノダ君。ミナセ君から聞いたよ? よく引き受けたね」


「別に『ゆう』の為に受けた訳じゃ無いですけどね。面白そうだったし、最終的にいくつか条件飲ませてですから、まぁ取引みたいなもんです。じゃないと、こんな奴の依頼なんて引き受けませんよ」


「もー! せっかく久々に会えたのに、またそんな事言ってくれちゃってさー! たつはいっつも素直じゃないよね!」


「本当の事を言っただけだ。そう思うなら普段の行いを少しは正すんだな」


 優次郎が不貞腐れた様に反論すれば、辰正がいかにも鬱陶しいと言った表情を浮かべ一蹴する。こういう関係である所も変わらないと、叶と玲央も微笑ましくなった。

 辰正は優次郎から視線を外すと、この中で唯一面識のない女性を見つめる。


「どうも初めまして。篠田辰正です」


「こちらこそ初めまして。澄田美沙子と申します。突然で申し訳ないのですが……お二人はどういったご関係ですか?」


 二人、と言うのは辰正と優次郎の事だ。玲央や叶との関係も気になるが、先ほどから見ていると、彼らは特に気の置けない仲に見える。

 その問いに答えたのは、何故か得意げに胸を張る優次郎だった。


「実はですねぇ。ボクと辰は――――――――」





















「親友!? 優ちゃん先生の!?」


 時を同じくして、学食では芽衣と瞳、そして和也が昼食をとっている所だった。

 あの時、瞳は確かに彼の名を呟いた。隣にいた芽衣にもそれは聞こえており、和也もかすかに聞き取る事が出来た。そこで気になった芽衣が眠気も忘れて瞳を学食に誘い、辰正との関係を聞いたところで今に至る。

 ちなみに和也は断ったものの、芽衣に無理やり連行された。


「えぇ。篠田先生は、水瀬先生と同級生でね。四六時中一緒にいたわ。私も何度か会った事あるけれど、昔からああいう人だったから、最初は『怖い』と思ったものよ」


「確かに篠田先生、何か怖かったよねー! 挨拶も何か喧嘩売ってるんじゃないかって感じだったもん! 内容は確かに! って感じの事だったけどさ」


「人付き合いは苦手だったわね。水瀬先生以外だと姉さんや黒岩先生、それに三木さんくらいしか交友関係も無かったんじゃ無いかしら。福原先生とは仲が良かったみたいだけど」


 瞳の話を、芽衣は興味深げに聞いていた。

 と言うより、『狂気の魔術師』と呼ばれる優次郎と『魔術が使えない』と豪語した辰正が親友と言うだけで、芽衣には興味深いものだ。一体何があって、親友の間柄になったのか。


「でも、顔を合わせる内に少しずつだけど話をしてもらえる様になったの。ぶっきらぼうだけれど、優しい所もあるし、いつも冷静で頼もしかったわ」


「瞳っちは、辰正君って呼んでたんでしょ?」


「えぇ、昔はね」


「篠田先生は何て呼んでたの?」


「普通よ。瞳と呼ばれていたわ。仲良くなるまでは『妹』って呼ばれてたけど」


 そんな事まで聞いてどうするのかと少し呆れるが、芽衣が楽しそうだから良しとしよう。

 だが、二人の会話から外れている人物が一人いた。つい先ほど食べ終わったばかりの空の皿を見つめる和也だ。

 

「どうしたの? 辻上君」


「……篠田先生さ。『魔術を使えない』って言ってたよね? それに『科学都市にいた』とも」


「あ、それ私も気になった!」


 食いついたのは芽衣だった。


「おかしいなって思ったもん! 此処の卒業生って事は、魔力は体内から検出されたって事でしょ? なのに魔術を使えないなんてって!」


 芽衣の疑問も最もだろう。

 魔術学院に入れるんは、魔力を持つ人間だけだ。持たない人間は、科学都市に追いやられてしまうのだから―――――――彼女・・の様に。

 その理由を知っている瞳は、少し目を細めてしまう。


「瞳っちは知ってるんだよね?」


「それは……」


 言えるわけがない。芽衣はただ単純に疑問を口にしただけなのだろうが、これは辰正にとって非常にセンシティブな問題だ。魔術を使えないという事で、辰正がどんな仕打ちを受けて来たかも知っている。その為、それを言うのは憚られた。と言うより、勝手に彼の個人的な話をするべきではない。

 その旨を伝えようとした時だった。


「おい、大橋」


 三人の間に割って入る声が聞こえ、一斉にそちらを見る。

 そこには一通り仕事を終え、カウンターに肘をついてこちらを睨む椎名の姿があった。


「そんな事、いちいち詮索してやるな。アイツ(・・・)にもプライバシーってのがある。第一こんな時代に、魔術を使えない人間が何されて来たかなんて少し考えりゃ分かるだろうが」


「だって気になっちゃったんだもん! 三木さんも篠田先生と仲良かったんだよね?」


「だから、詮索してやるなっつってんだろ? あんまりしつこいと、飯下げちまうぞ」


「うっ……はーい」


 渋々と言った様子で引き下がり、芽衣は再び食事に手を付け始めた。

 「ったく…」と呟きながら、椎名も厨房へと戻っていく。その様子を、瞳はどこか物憂げな表情で見つめていた。

 そんな中、会話の切欠を作った和也はと言うと。


「科学都市、か……」


 そう、呟いた。

 科学都市。時代に嫌われた人間が住む都市。

 瞳も、その場所へ赴いた事は無い。何度か叶が『科学都市へ行ってくる』と言っていた事はあったが、自分も行きたいと言っても断られていた。

 『今のアナタが来るべき場所では無い』と、いつもそう言われていた。

 正直に言えば、瞳にも興味はある。

 一体どんなところなのか。

 どうやって生活しているのか。

 そして―――――――――――雪菜は、元気にやっているのだろうか。

 卒業を控え、卒業論文も仕上げなければならない瞳や芽衣にとっては、今から新たな単位を取得する理由は無い。したがって辰正の講義を受講する理由も無いのだが……瞳は決めていた。


(辰正君の講義……やっぱり受けてみようかしら)


 彼の講義を聞けば、今の疑問の答えがあるかもしれない。それに、彼の言った通り魔術のプロを目指すなら、それ以前に時代の象徴として君臨していた科学を学ぶ事にも意義がある。 

 卒論に集中するべきか迷っていたが、答えは決まった。

 食事が終わったら、学生課へ行って履修手続きをしなくてはと考えながら、ミートスパゲティに手を付ける。

 そして、和也が考えていた事はと言えば。


(科学都市って、どんなゲームあるんだろ)


 やはり、ゲームの事だった。

今回もありがとうございました!

星の下僕、科学都市等、今まで名前だけしか出て来なかったものや詳細が語られなかったものが続々と動き出しています。これからの展開を書くのが、自分でも楽しみです。


そんな感じの八十七話です。

魔術を使えない辰正は、この世界において異端です。そんな彼は、敵と相対した時どう対処するんでしょうか? そのあたりも、楽しみにして頂ければと思います。


では今回はこの辺で

また次回もよろしくお願いします!

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