第八十六話 =始業式=
第八十六話です。よろしくお願いします。
「…………で? 何で会長はそんな隈作ってる訳?」
始業式当日。
生徒同士の会話がざわざわと聞こえる中、和也は隣に腰掛けた芽衣の顔を見るなり質問を投げつけた。そう言われても無理はない程、今の芽衣の表情は普段の爛漫な彼女とは程遠いものだ。
和也の言う通り、両目の下にはどこぞの教師の様な隈が形成されており、目も今にも眠ってしまいそうな印象を受ける。ここに座る時も大きな欠伸をしていた。
「ふぁ……うん、ちょっと眠れなくてさ」
「ゲーム?」
「アナタじゃ無いんだから……」
和也の即答に呆れた声を漏らしたのは、芽衣を挟んだ右側に座る少女だった。
旧校舎の一件以来、顔を合わせれば話をする様になった、綾瀬川瞳である。二人と顔を合わせるのは旅行以来だ。
「そういう辻上君こそ、芽衣程では無いにしろ眠たそうに見えるのだけど」
「まぁね。夏休み限定のイベント走り切ってたら、日付ちょっと超えちゃってさ」
「そっちは本当にゲームなんだ……」
「ただのゲームじゃないよ、イベント」
「それどう違うのさ」
「報酬だけど?」
何で分からないの? とでも言いたげな和也の表情を、二人は何とも言えない苦い顔で見つめた。ここまでゲーム中心の生活をしているとしれば、もう呆れるしかない。
「あ、そう言えばさ」
会話の中、思い出したように芽衣が呟いた。
「辻上君、旅行の時もイベントがどうとか言ってたよね?」
「あー……そういやあったね。あれは骨が折れたよ、ホント。旅行から帰って速攻でイベント走りまくったから、あの日寝れなかったし」
「そうなんだ……それで、そのイベント? の事なんだけどさ」
妙に言い淀む芽衣に、和也も思わず「何?」と問う。
「いや、その……ちゃんと、上位に入れたのかなって思ってさ」
言われて、和也と瞳も思い出す。
芽衣が和也を祭り誘った時の事だ。あの時和也は『イベント上位に入れなかったら会長のせい』なんて言っていた様に思う。
そうと分かれば、今度は和也と瞳が、芽衣に対して呆れる番だった。
「まさか会長、俺があんな事言ったから気にしてたわけ?」
「えっと……うん」
思わずため息が出る。本当に、妙な所で律儀な人だ。そんな事、気にしなくても良いと言うのに。
「会長、俺を誰だと思ってんの? 辻上和也だよ? 三度の飯よりゲーム好き、恋人に求める必要最低条件は『互角以上にゲーム強くて楽しんでくれる人』の俺だよ?」
「それ、条件に当てはまる人いるのかしら?」
「今のところは、出会ってないね」
「じゃあ本当に出会ったら付き合うの?」
「向こうがよければ……いや、でもそれだと俺が自分のクエストにかける時間が減っちゃうな……」
「何処までゲーム中心なのよ……」
冗談の可能性も高いが、何故だか和也が言えば冗談に聞こえないのが不思議だ。まぁ、普段の行いによる所が大きいとは思うが。
「とにかくさ、俺があの程度のロスで他のゲーマーに後れを取るわけないでしょ? むしろいいハンデだったくらいだよ」
「じゃあ……上位に入れたんだね?」
「うん、まぁ。ていうかトップだったし」
「そ、そうなんだ……!」
芽衣が嬉しそうに笑うのを見て、瞳はため息交じりに笑った。
これで、自分の気持ちが分からないと言うのだから、彼女もやはり初心だなと改めて思う。
「ただ、代償もそれなりに大きかったけどね」
「え……」
芽衣の言動が、一気に不安なものへと変化した。和也は頭を片手で抑え、わざとらしく悩んでいる表情を作る。
「いや、実は…………あのイベント走り切るの、ちょっと骨が折れたもんでさ。あの日、夕食食べずにゲームしてたら朝方になってて……」
「何やってんだよ……」
今度こそ、芽衣も呆れを素直に口にした。
「それで? 寝不足で倒れたとでも言いたいのかしら?」
「いや、それは無いけどさ……旅行先で買って、夕飯で食べようと思ってたご当地限定の高い弁当あったんだけど、賞味期限きれちゃって……生ものだったし、怖かったから捨てる羽目になったんだよね」
「本当に何やってるのよ……」
瞳もまた、芽衣と同じ思いを口にした。すると和也は、次の瞬間にはけろっとした表情で芽衣に向き直り、告げる。
「と言う訳で会長、今日学食奢って」
「何でそうなるのさ!」
さも当然と言った様子の和也に、思わず突っ込む。きっかけを作ったのは確かに自分かも知れないが、流石に飲まず食わずでゲームをやっていた和也の自業自得なのだから、流石に横暴すぎる。
「別に良いじゃん、減るもんじゃないんだし」
「いや減るよ!? 私の財布からお金が減っていくよ!?」
「安いもんでしょ、あの弁当に比べたら」
「そんな事したら、三木さんが黙ってないよ!? あの人、特例でもない限り人に奢らせるの嫌う人だから!」
「いや特例でしょ。ゲームだよ? 限定イベだよ? これ以上の特例なんてあるわけ?」
「皆が君みたいなゲーム脳だと思わないでよ!」
いつの間にか、またいつもの言い争いが始まってしまった。どうやら二人が、そして瞳すらも知らない内に、このやり取りが半ば名物化していたらしく、周囲からクスクスと笑う声や「またやってるよ、会長の辻上君」「まるで夫婦喧嘩だよね」なんて声が聞こえて来る。芽衣が聞けば全力で否定しそうなものだが、今は熱中していて気が付かない様だ。
「はいはい、二人ともその辺にしなさい。そろそろ始業式始まるわよ?」
このままでは横にいる自分も恥ずかしいと思い、瞳が二人を仲裁する。
和也も飽きて来たのか、それとも面倒になったのか、瞳の話題に乗る事とした。
「そういや、今学期から新任の先生が入るらしいね」
「あぁ、うん。私も学院長から聞いたよ? 何でも二人新しく入るんだって」
「二人?」
「らしいよ。確か―――――――」
芽衣が詳細を話そうとした時だ。
「皆さん、お静かに。これより始業式を開始します」
学院長の声が聞こえ、辺りが静まる。三人も例に倣い、壇上の右側に立つこの学院の学院長にして、世界最高峰の魔術師、綾瀬川叶に目線を向けた。
「皆さん、長期休暇はどう過ごされたでしょうか? それぞれの過ごし方があった事と思いますが、それが皆さんにとって有意義なものであった事を願います。学院長という立場の私がこんな事を言うと他の先生方に怒られてしまうかもしれませんけれど、学業も大切ですが、友人との時間や自身の趣味等の時間も、今後の人生を迎える上で非常に大切なものになります。ですから、その時間も大事に過ごしてくださいね」
そこで一つ区切りをつけ、コホンと一つ咳をした。
「それでは、まず皆さんに紹介しなければいけない方々がいます。今学期より、新たに日本魔術学院の講師として赴任して頂いた先生方がいらっしゃいますので、この場でご挨拶を頂きたいと思います。では、どうぞ」
叶が呼びかけると、まず一人。男性が舞台袖から真ん中へと、ゆっくり歩いてくるのが見えた。
見事なまでに『黒』で染められた男性だ。
見たものの第一印象は、それだった。黒以外の色は、白い肌と蒼い瞳しかない。講師としての初舞台だと言うのに、スウェットとパーカーと言うかなりラフな服装をしているのも特徴的だった。
彼が壇上に立ち、顔を上げた瞬間に生徒達、特に女生徒がざわつくのが分かった。
「こりゃまた、中々男前な先生だね。水瀬先生に負けず劣らずな、個性の塊って感じだけど」
「本当だねー。結構モテそうだけど、なんか独特の雰囲気あるなぁ。瞳っちはどう思う……って、瞳っち? どしたの?」
芽衣が瞳に意見を求め横を向くと、そこには茫然と男性講師を見つめる瞳の姿があった。
一体どうしたと言うのか。その答えは、すぐに瞳の口から漏れだした。
「…………辰正くん?」
「――――――まず一人目は、こちらの『篠田辰正』先生です。楠木先生が退任された為、その時間に講義を行ってもらいます。
では、篠田先生。一言ご挨拶をお願いします」
叶に言われるも、男性講師―――――篠田辰正はしばし声を発する事無く、ゆっくりと生徒達を見渡していく。
何を見ているのかは分からないが、その独特の雰囲気に生徒達は押し黙ってしまった。
そして、くまなく生徒達の顔を確認した後、やっと声を出し始める。
「……篠田辰正。今年で二十三になる。ここの卒業生だから、一応おまえらにとっちゃ先輩に当たる」
小さな、しかし会場全体に響く声だった。
まだ最初だが、一応普通に自己紹介をしてくれる様だと、生徒が一息ついた、すぐ後だった。
「色々あって、俺は魔術を使えない…………ここに来る前も、科学都市にいた」
辰正の口から、爆弾が投下された。
一気に会場がざわめきに包まれる。和也も目を細め、芽衣は逆に見開いた。瞳は、知っていたかの様に表情を変えなかった。
「今ので分かったかもしれないが、俺は『科学について』の講義を行うつもりだ。
―――――――――今、お前等こう思っただろ。『時代遅れの講義だ』『こんな奴から何を教わればいいんだ』ってな」
今度は、一気に会場が静まり返る。
それを受け、舞台前で他の講師と並んで話を聞いていた優次郎が、かすかに微笑んだ。
彼だけじゃない、玲央や叶、そして義信と言った、彼をよく知る人物は皆、同じような表情を浮かべている。
「これは、別に戯言だと思ってくれて構わない……お前らも知っている通り、今の時代は魔術という力にどっぷり浸かり、科学は時代遅れのスクラップに成り果てた。俺が学生の頃からそうだった。
逆にそんなお前らに問いたい。魔術が無かった頃、人間はどうやって生活していたか分かるか?
当然科学を使ってだが、ならばその科学が生み出した産物は、どういうものがあり、どういう風に行使していたかを知っているか?
そして―――――――それを魔術に置き換えた時、どの魔術に相当するものなのかを全て解答出来るのか?」
答える声は、一つとして上がらない。
当然だ。生徒達は、それを知らないのだから。
科学と言う存在は知っている。だが、その中身まで知ろうとする者はいない。理由は簡単、『今の時代にそんなものを学んでも、何の役にも立たない』と思っているからだ。
「知らないのか? ならば、何故そこまで魔術に固執する? 科学を知った上で時代遅れだと非難するのは分かる。だが、お前らは科学を知らないんだろ。
覚えとけ。非難すると言うのは、その物事の本質を理解した上で初めて行える行為だ。
科学と魔術を比較し、その上で魔術の優秀性を理解して科学を否定する。これが、正しい『否定・非難』という行為だ。
しかしお前らは知らないんだろう? 魔術と科学の違いを。どうして魔術が台頭し、科学が衰退することになったのかを。
だったら―――――――お前らに科学を否定する権利も無いし、魔術の優秀性を語る資格も無い」
思わず、生徒達が震える。
彼の一言一言には、それほどまでの重みが含まれていた。
会って数分しか経っておらず、ただ彼の話を聞いているだけで会話もしていないと言うのに、辰正が魔術を使えない事で、どれほどの不条理の中で生きて来たのかが伺い知れた。
しばし、そんな生徒達を見つめた後、再び辰正は口を開く。
「別に俺は『科学の崇高性を説こう』と言う気も無いし、お前らに科学を理解させようなんて気も無い。
俺が言いたい事は一つ。お前らが本当に魔術師として、魔術を扱うプロとして生きていこうと言うのなら。
そして、その上で魔術の真髄を知ろうと思うのなら。
まず、科学を知れ。今の常識を形成した歴史を知れ。優れた魔術を用いるだけでなく、その背景を知ってこそプロだと言う事を自覚しろ。
……まぁ、化学に関しては既に教えている講師がいるみたいだがな」
ちらりと。辰正の視線が下へずれる。
その視線を感じた主である優次郎は、辰正へ向けて少し首を動かすと、やがてニコリと笑った。
それを受け、辰正は再度視線を元に戻す。
「俺の講義は『化学』は省略し『科学』、つまり機械についてのみ教えていく。今、俺が言った事に自分が該当すると思う生徒だけ、講義を受けに来てくれれば良い。
――――――――俺からは以上だ。これから、よろしく」
拍手は、無い。
だがそれも計算の内だった様で、辰正は意に介さず叶へ視線を向けた。
そしてその笑顔を確認すると、叶に軽く会釈をして壇上を去っていった。
静まり返る会場を一瞥し、叶は進行を続けた。
「―――――――篠田先生、ありがとうございました。これからよろしくお願いしますね」
叶の言葉に生徒達は我に返り、思い出したように拍手が鳴り響いた。
その光景に、優次郎の隣に立つ玲央が思わず吹き出す。
「相変わらず面白い事言っちゃったりしちゃうねぇ……ミナセ君が誘ったの?」
「えぇ、まぁ。楠木先生の事件の時、連絡したんです」
そう言い、優次郎は何かを耳へあてた。そこにあるのは、辰正の言っていた科学の時代の代物、『携帯電話』だ。
玲央もまた、目を細め微笑む。
「しっかし、よく受けてくれちゃったりしちゃったね。シノダ君の性格上、『面倒だ』とか言って断りそうなものを」
「条件付きでしたけどね! 何とかオッケーしてくれましたよ!」
いやー疲れたなぁと漏らす優次郎を見ていれば、おそらく必ず講師を引き受けるという確信があったんだろうなと、玲央も推測した。
「では、もう一人。新たに講師として赴任される方をご紹介します。では、どうぞ」
「……そういえば、シノダ君が来るのは聞いてたけど、もう一人って誰だったりしちゃうのかね?」
「えっ……玲央先輩、聞いてないんですか?」
優次郎が驚く様子を見て、玲央が首を傾げる。
その間も、自分の後ろでコツコツと新任講師が歩いていくのが聞こえた。男子生徒達がざわつくのが見えたのと、ヒールらしき足音からおそらく女性である事は見当がつく。
「では、二人目の先生をご紹介させていただきます。と言っても、彼女は講師ではなく養護教諭として、新たに着任して頂きました」
養護教諭。
その言葉に、玲央は目を見開いた。
養護教諭という事は、自分と同じ医務室で働く同僚となる人物だ。それなのに自分に黙っているなんて、叶も人が悪いなと思いながら、玲央が壇上に目を向けると―――――――。
「こちらは、黒岩先生と共に医務室にて皆さんの学院生活を支援して頂く澄田美沙子先生です。一言、御挨拶をお願いします」
「あまり話すのは得意では無いので、手短に。養護教諭として赴任しました、澄田美沙子と申します。皆さん仲良くして頂けると嬉しいですが、あまりやんちゃして怪我しない様に。これからよろしくお願いします」
「………………………はい?」
「ぷっ!」
生徒達が拍手をする中、間の抜けた玲央の声がかすかに聞こえ、優次郎は思わず吹き出してしまった。
今回もありがとうございました!
新学期が始まり、新たな講師が二人赴任してきましたね。はてさて、これからどうなる事やら……。
そんな感じの八十六話です。
魔術学院医務室の戦闘力が高すぎる件について。
戦場医師経験者二人抱える学校の医務室が他にあるだろうか。いや、ない(反語)
玲央先輩の気苦労が増えそうですが、まぁ今まで散々皆を揶揄ってきたインガオホー(因果応報)ですね(
では今回はこの辺で
また次回もよろしくお願いします!




