第八十五話 =夜明け前=
第八十五話です。よろしくお願いいたします。
八月三十一日、午後十一時。
魔術学院に通う生徒たちにとって、それはそれは憂鬱な夜となった事だろう。長期休暇が終わり、明日から再び学院での生活が始まろうとしているのだから。
決して学校が嫌なわけでは無い。学校で講義を受け、自分の理想とする魔術師へ近づく時間を、少なくとも現役の生徒達は楽しく有意義なものとして捉えている。だが、いざその日々が再びやって来ると思えば、何故こうも気が落ち込むのだろうか。全くこの世には不思議な事が多いものだ。
そして明日の事を考えれば、皆自然と早く床につき、明日に備えて睡眠をとる。例え午前中に集会をして終わりだったとしても、再び生活スタイルを学校基準のものへ直さなくてはいけないのだから当然だ。今になって規則正しい生活をしておけば良かったと悔いるものも少なくないだろう。
だがそんな中でも、辻上和也は全くぶれずに自身の生活を続けていた。
彼が一人で暮らすアパートの一室は今も燦燦と灯りが灯っており、全く寝静まる気配が無い。家主である和也も、一枚の板と睨めっこをしており、時折何かを考えてはカタカタと指で板を叩いていた。
それは何てこと無い、鉄で出来た普通の板だ。だが今その表面には、何やら鮮明な映像が浮かんでいる。和也が指で触れれば、その中の人物たちが彼の指示通りに動いていく。
彼は今何をしているのか? 答えは当然、ゲームだ。
五時に早めの夕食を取った後、こうして黙々と指を動かし、顔の見えない誰かと戦っていく。それが、登校日だろうと休日だろうと変わらない、彼の生活スタイル。
しばし指を動かしていくと、何やらデカデカと文字が表示された。
『YOU WIN』
ふぅ、と。
文字が出た直後に、満足した様に息を漏らす。
「今回のイベントも、トップで終われたか……」
一人呟き、そっと画面を手で撫でる。すると映像は消え、無機質な鉄の塊だけが残る。科学の時代にも、こうしたゲーム機があったと聞いた事があるが、その時はこうして魔術により映像など流せるわけも無いため、『ネット』と呼ばれる独自のものを使ってプレイしていたらしい。
ゲーム好きの自分としては、機会があれば是非プレイしてみたいものだと思いにふけりながら、和也は凝り固まった身体を伸ばした。
だが、ゲームを終えた彼の脳によぎるのは、「あそこはもっとこうすれば良かったな」だとか、次に来るイベントへの対策を考えたりだとか、結局ゲームの事だった。
自分もまた、世界中に存在する『ゲーム廃人』と呼ばれる人間の一部なのかもしれないなと思う。
「まぁ、課金に走らないだけマシってね」
吐き捨てるや否や、立ち上がる。
もう少しプレイしていたい所ではあるが、明日から再び学院生活が始まる。そろそろ明日の準備をして、シャワーを浴びて寝なければ。
浴室へ向かって、決して広くないワンルームを歩こうとした時、それは目に留まった。何となく、それをひょいと持ち上げ、眺めてみる。
それは、小さな写真立てに収められた一枚の写真。
中に映っているのは、あの時旅行に行った四人の姿だった。祭りの賑わいをバックに、皆笑っている。正確に言えば、自分だけは仏頂面でカメラを睨みつけていたが。
そんな中、彼の目を引くのは、その中に映る一人の少女。
いつも五月蠅いくらいに明るく、自分をこの旅行に誘った張本人、大橋芽衣の姿だ。写真の中、こちらに向かって微笑む彼女の姿を、和也は無言で見つめた。
「…………気味悪い笑顔だよ、ホント」
芽衣の様子がおかしいと感じたのは、優次郎と共に戻ってきた時だった。
うまく笑えなくなっていたのだ。
和也のそれは、直感に近いものかもしれない。特に明確な理由があったわけでは無いのだから。ただ、おかしいと。いつもの芽衣では無いと。そう感じただけだった様に思う。
「少し前までは、もっと上手かったのにね……作り笑い」
乱雑に写真立てを戻すと、カタンと言う音が響く。
そしてそのまま、和也は今度こそ浴室へ向かって歩き出した。願わくば、この薄汚い感情も洗い流してはもらえないものか、なんて考えながら。
別のアパートでは、彼とは違い既に布団に入っている少女がいた。彼女の名は大橋芽衣。もぞもぞと布団の中で落ち着かない様子だ。
「……ダメだ、寝付けないや」
ゆっくりと身体を起こし、時間を確認する。そろそろ日付が変わろうという所だ。
そろそろ眠らなければ、明日の集会に間に合わない。頭では分かっている。だが、身体はいう事を聞いてくれず、睡魔は奥深くになりを潜めたままだ。
「はぁ……」
思わず溜息が漏れた。
こんな眠れない夜は、いつ以来だろう。魔術学院に入ってからは、無かった様に思う。
瞳との出会いや玲央との再会、そして最近では―――――――和也との出会い。
毎日が楽しく、充実した日々を送れている。本当にありがたい事だなとあらためて感じた。
だとすれば、こんな夜を過ごしたのはおそらく―――――――入学前以来だ。
ならば、何故今またこうなってしまったのか理由を考えてみる。
しかし、考えるまでも無かった様だ。
その答えは、視線をずらした先にあったのだから。ゆっくりと立ち上がり、それを手に取る。それは、ずらりと並んだ中に会った一枚の写真。
「お姉ちゃん……」
かつて、自分と大橋真衣は姉妹だった。あの頃の自分は、今よりずっと弱くて泣き虫だった。
そんな自分をいつも助けてくれたのが、近所に住んでいた玲央と、そして、姉だった。
楽しかった。幸せだった。こんな日々が、ずっと続けばいいと心の底から思っていた。
そして、その日々が壊れていく絶望を、まだ幼かった自分では受け止めきれなかった。
今も昔も、何も変わらない。
こんな夜を過ごしている原因は一つしかない。
『私とアナタは、ただの顔見知りでしかない』
あの日、真衣が放った言刃は、今も深々と芽衣の心に突き刺さったままだ。
どうすればよかったのか。
幼い自分に、何が出来たと言うのか。
どうすれば―――――――自分の中の幸せを護れたと言うのか。
「わかんない……」
思わず、言葉に出してしまった。
「もう、分かんないよ…………」
いつの間にか、外から大きな雨音が響いて来ていた。
きっと、明日は一日雨だろうと、無意識にそう感じた
今回もありがとうございました!
例によって、プロローグは短めです。次回から本格的に第六章始動となりますので、よろしくお願いいたします。
そんな感じの八十五話です。
新しい生活、新しい出会い。それらを通して成長する生徒達を描く事が、拙作のモチベーションでもあります。和也と芽衣は、どのように成長していくのか。そして、一つ成長した瞳が、親友と友人を護るためにどう行動していくのかを楽しんで頂きたいなと思います。
では今回はこの辺で
また次回もよろしくお願いします!




