第八十八話 =逃れられない邂逅=
第八十八話です。よろしくお願いいたします。
「はぁー……」
「それで何回目? 会長の溜息はもう聞き飽きたよ」
昼食を終え、瞳達三人は現在学生課へ向けて歩を進めていた。新学期の履修登録用紙を取りに行く為だ。
現在、時刻は十三時を回った所。他の生徒達は既に帰った者も多い。今行けば、すんなりと用紙を手にする事が出来るだろうと考え、学食で時間をつぶし、今に至る。
「ていうか溜息つきたいのはコッチだよ。二人は良いよね、もう講義なんて受ける必要ないでしょ」
四回生で必修科目も全て取得している瞳と芽衣の用紙は、さぞスカスカになる事だろう。だが、三回生である和也はそうはいかない。必修科目も残っているし、四回生で卒論に集中するには今、しっかりと講義を取っておかなくてはいけない。
「それは仕方ない事よ。私達だって去年の後期は講義ばかりで、家になんてお風呂と寝る為に戻っていたようなものだったもの」
「右に同じ! 学生は全員通る道だよ! 私なんてバイトもしてたから、ホントに自分の時間なんて無かったしさ!」
二人から反論を喰らえば、和也も目を逸らすしか無かった。
「そんな事より! 私は一度気になったら分かる様になるまで気が済まないんだよね! 篠田先生、何で魔術を使えなくなっちゃったの!?」
「またアナタは……さっき三木さんにも言われたでしょう?」
「でもでも! 気になって仕方ないんだもん!」
今度は瞳が溜息をもらす番だった。昔からそうだが、この子は一つ気になれば周りを気にせず突っ走ってしまう。それが美点になる事もあるが、今回ばかりはそうはいかない。
瞳自身の事であれば喜んで教えるが、これは辰正に関する個人的な話だ。当の本人の許可も無いのに勝手に話すなんて出来るわけがない。
少し強く言うべきかと思い、瞳が口を開こうとした時。
「……会長は、人に言いたくない事、隠したい事が一つも無いの?」
「え?」
瞳より先に言葉を発したのは和也だった。横目で芽衣を見つめるそれには、何処か憤りに近い感情が見えた。
「俺にはあるよ、誰にも言いたくない事。もし、それを他の誰かが勝手に教えたりしてたら、有無を言わせないで縁を切る。そんな奴、信用できないしね。
会長には、無いの? そういう隠し事って言うか……触れられたくない部分ってのが」
「そ、それは……」
ある。あるに決まっている。清廉潔白で何一つ隠し事も無く生きている人間なんて、おそらく一人もいないのだから。
言い淀む芽衣を見れば、和也もそれを理解した。
「自分は嫌なのに、他人にはそれを強要するなんておかしいでしょ。三木さんも言ってたけど、あまり詮索するのはいただけないと思うよ。特に『魔術を使えない』なんて繊細な問題なわけなんだからさ」
「…………うん、そうだね。ごめん」
芽衣も自身の非を認め、謝罪した。今の会話に、瞳は少しばかり違和感を覚える。
普段の和也ならば、こんなストレートに非難する様な事は無かった筈だ。芽衣をいじりながら、何となく咎める程度だっただろう。
一体何があったと言うのか。思い当たるのは、あの旅行の時。一度どこかへ行ってしまった芽衣が優次郎と戻って来た時の事だが……。
瞳が思考を巡らせていた時だった。
「途中からしか聞いていないが、俺の話をしていたみたいだな」
不意に背後から聞こえた声に、三人は思わず振り返った。そこにいたのは、話題に上がっていた当の本人。新任講師である篠田辰正が、目の前で自分たちを見下ろしている。
突然の出来事に声を出せずにいると、辰正の視界に懐かしい顔が映った。
「お前、瞳か? 久しぶりだな」
「はい。お久しぶりです、篠田先生」
「…………そうか。ここではそう呼ばれるのか」
慣れないな、と呟きながら辰正は頭を掻く。
「俺も瞳と呼ばない方がいいのか?」
「なら、何と呼びますか?」
「………………妹」
「何でそうなるんですか……水瀬先生も名前で呼びますから、瞳で結構です」
「アイツが先生、ねぇ」
やっぱり、慣れないな。
そんな事を呟き、辰正は手を下ろす。
「なら、遠慮なくそう呼ばせてもらう。それで瞳……隣の二人は友人か?」
和也と芽衣に目線をずらし、辰正が問う。
「はい。隣が友人の大橋芽衣。その隣は、一つ下の後輩で辻上和也君です」
「そうか。新しく此処の講師になった篠田辰正だ。よろしく」
「どうも、辻上和也です」
「大橋芽衣でーす! 一応、此処の生徒会長してます!」
二人が挨拶を返せば、辰正は「そうか」とだけ告げた。本当に、コミュニケーションが苦手な人だなと瞳は内心可笑しく感じる。
「それで……俺の何が気になってるんだ」
「えっと、それは……」
何で篠田先生は、魔術を使えないんですか?
そんな事、流石に聞けるはずも無い。今しがた反省したばかりだと言うのに。
「……まぁ、大方察しはつく。俺が魔術を使えない理由だろ」
思わず芽衣の肩が震えれば、辰正も「やっぱりか」とため息をつく。
「悪いが、今はその質問には答え兼ねる。色々あったもんでな」
「そう、ですよね……すみません」
「別に謝る必要はない。もう吹っ切れている事でもあるから、気が向いたらそのうち教えてやる」
どうやら、特に気分を害する事も無かったようで、芽衣も胸を撫でおろした。
「それより、お前等こんな所で何してるんだ。他の生徒はとっくに帰ったぞ」
「今から履修登録用紙取りに行く所なんです! すぐに行ったら混んでるだろうなーと思って、学食で時間潰してたんですよ!」
「そうか」
「それで、篠田先生は科学についての講義をするんですよね?」
「あぁ、そのつもりだ」
確認すると、芽衣がすかさず言葉を続けた。
「私、先生の講義受けるつもりなので、よろしくお願いします!」
それに驚いたのは、瞳だった。和也はちらりと芽衣を見つめ、辰正は変わらぬ無表情でいた。
「意外だな。四回生と聞いたから、今から新しい講義なんて受けないと思っていたが……卒論にも集中しないといけないだろ」
「だって気になるんですもん! 心配しなくても、ちゃんと卒論も進めてますから!」
えへん! と胸を張る芽衣に、和也は呆れ、瞳はくすりと笑った。
「そうか。なら大橋、講義でもよろしく頼む」
「こちらこそ、お願いします! 後、私の事は芽衣でいいですよ!」
「……分かった。よろしく、芽衣」
素直にそう答えれば、芽衣も嬉しそうに笑った。
それを一瞥した後、今度は和也に目を向ける。
「辻上はどうするんだ」
「俺も受けるつもりですよ、知らない事ばっかで面白そうだし。会長とかぶってるのは癪ですけど」
「まーた君って人は! 何でいつもそんな事ばっか言うかなぁ!」
「何が哀しくて会長と四六時中顔を合わせなきゃなんないんの? それとも何? 会長は俺と一緒の講義受けたいわけ?」
「なぁっ!? べ、別にそんな事言ってないじゃんか! じゃあ逆に聞くけど、何で辻上君は私と同じ講義受けたくないわけ!?」
「だって隠れてゲーム出来ないじゃん」
「それはどの講義でもやってはいけないわよ」
三人にとって、いつもの風景。芽衣と和也が言い争いをはじめ、瞳が横からツッコミを入れる。何だかんだ言いつつも、三人ともこの時間が心地よくなってきているのかも知れないと、瞳は思う。
そして、それを見つめていた辰正は。
「……似てるな」
「えっ……あぁ。確かに、似てますね」
ぽつりと落ちた言葉を瞳が拾う。何の事かと思ったが、少し考えれば答えも出た。確かに、似ていると思う。
「それより、辻上」
「はい?」
突然名を呼ばれ、和也は何事かと辰正の蒼い瞳を見つめる。
「お前……」
辰正が何か言いかけた、その時だった。
「こらー! 何で先に言っちゃうんだよ!」
今度は聞きなれた中性的な声が、辰正の後ろから聞こえて来る。辰正はそれを聞くや否や、あからさまに嫌そうな表情で振り返った。
そこにいたのは、案の定想像した通りの人物。こちらへ走り寄る優次郎だった。その顔は何処か怒りの色を帯びている。
「あっ、三人ともお疲れ様ー!
って、それより辰! ちょっと待ってって言ってるじゃん! 昔からボクの言葉は無視するんだから!」
「お前が遅いから悪い。それに、それを言ったらお前だって変わらんだろうが。俺が話していても心此処に在らずで話を聞いていなかった事が何度あったと思ってる?」
「だって辰の話は難しくて分からなかったんだもん! 今ならそんな事しないよ!」
「もっとマシな嘘をつけ。その度に聞いてなかったの一言で片づけたのは何処のどいつだ」
今度は優次郎と辰正が言い争いを始めてしまった。先ほどまでの和也と芽衣の様に。
久しぶりにこの二人の言い争いを見たが、なるほど確かに似ていると瞳は改めて納得した。
「あはは! また始まっちゃったりしちゃってるね!」
「本当に親友なのか? この二人……」
「まぁ、友にも色んな形があるって事だよ!」
また新たな声が二つ、三人の前に現れた。
「あ、玲央ちゃん! それに澄田先生! お疲れ様ー!」
「うん、お疲れ。後、何度も言ってるけど先生付けてね」
「え、何で?」
「…………そろそろ諦めた方が良いのかなぁ」
養護教諭である美沙子には先生を付けていると言うのに、何とも言えない気持ちになる玲央。昔馴染みとはいえ、ここでは一応彼女の師になるのだが……もう言っても無駄なのかもしれない。
「玲央、生徒との距離が近いのは美点でもあるぞ?」
そんな光景をニヤニヤと見つめるのは、今日から赴任してきた美沙子だった。
彼女の姿を確認すれば、瞳がぺこりと頭を下げる。
「澄田先生、お久しぶりです」
「ん? あぁ、学院長の妹さんですか。お久しぶりです」
「敬語は結構ですよ? それに、私の事は瞳と呼んでください。呼びづらいでしょうし」
「そうか? ならお言葉に甘えて……よろしくな、瞳」
美沙子が微笑むと、瞳も頷いた。
「黒岩先生、その人確か……」
「ん? あぁ、そうだよツジウエ君。僕と医務室で働いてくれる事になった養護教諭のミサコちゃん。僕の昔の知り合いなんだ」
「そうですか……どうも、辻上和也です。俺も敬語は良いですよ、こそばゆいし」
「そうか? なら、よろしく辻上。それと……そちらの方も、初めまして。澄田美沙子と申します」
次に美沙子が声をかけたのは――――――芽衣だった。
「あ、私も敬語はいいですよー! 初めまして! 大橋芽衣です!」
「っ!」
思わず、美沙子の身体が震えた。
言い争いをしていた辰正と優次郎も会話と止め、二人へ視線を移した。玲央は表情を変えないが、やはり気になる様で美沙子へ意識を向ける。
そして、当の本人である芽衣は、突然の事に驚きを隠せないでいた。
「えっと、あの……先生?」
「っ、な、何だ?」
「あ、いえ、その……私が、何か?」
「……いや、すまない。何でもないんだ」
焦り笑いを浮かべながら、美沙子は答える。
まさかアナタの姉が原因で一度死んだんです、なんて言えるわけも無い。玲央からも、二人は既に絶縁しているとも教えてもらっている。だが、やはりトラウマはそう簡単には消えない様だ。当然だが。
そんな美沙子の心境を察し、玲央が微笑みかけた。
「大丈夫だよ、ミサコちゃん。ツジウエ君もオーハシちゃんも良い子だったりしちゃうからさ」
「……あぁ。すまない、驚かせてしまったな?」
「あ、大丈夫ですよ! それと、私の事は芽衣って呼んでください! 皆そう呼びますから!」
「そうか、分かった。改めて……よろしく、芽衣」
そう言って、美沙子が手を差し出すと、芽衣も嬉しそうにその手を取った。
「はい! よろしくお願いします!」
温かい手だ。きっと、この子は大丈夫。あの人―――――大橋真衣とは違う。
美沙子の心中に、自然とそんな言葉が沸き上がり、笑顔も美しく自然的なものへと変わっていくのを見れば、玲央と優次郎も安心した様に笑った。辰正は、相変わらずのポーカーフェイスだが。
「ねぇ芽衣ちゃん。美沙子さんや辰の事はあだ名付けないの? ボクの事は優ちゃん先生って呼ぶじゃん!」
「え? でも初対面だし……」
「私は構わないぞ?」
「俺も同じく。別に何でもいい」
美沙子と辰正から許可が下りれば、芽衣も早速うーん……と頭を悩ませる。
「……よし! なら、よろしくお願いします、ミーちゃん先生!」
「何でミサコちゃんには先生付けるのさ……」
「それは、うーん……日頃の行い?」
「泣いても良いかな?」
「ダメに決まっているだろう。私も芽衣の言葉に賛成だ」
「アハハ! 玲央先輩、良い性格してますもんねー!」
「昔から、そういう所は変わらないですね」
「悪趣味、とも言えるような……」
「まぁ仕方ないよね。黒岩先生ってそういう立ち位置だし」
「……はは」
生徒を含めた全員からの全面攻撃。四面楚歌とは正にこの事だ。玲央も最早、乾いた笑顔を浮かべるしかなかった。
「なら次は……タッちゃん先生! よろしくね!」
「……まぁ、別にそれでもいい」
「あれ、気に入りませんか? なら、そうだなぁ……辰正だから……辰……龍……ドラゴ」
「タッちゃん先生で頼む」
このまま続けると、人前では呼べない名になりそうだ。辰正の即答に、思わず三人も笑い、瞳も笑顔になった。
新学期は、更に楽しく有意義な時間が過ごせそうだ。
学生でいられるのは、後半年しか無い。この時間で、学べる事はしっかり学んでいこうと、決意を新たにした。
そして、和也は。
「……篠田先生」
「何だ、辻上」
「俺に何か用があったんじゃないですか?」
それが気になっていた。
先ほど、確かに辰正は和也に何かを聞こうとしていた。途中で優次郎が来て有耶無耶になってしまったが、答えられる事ならば、今の内に答えておきたいと思い、こうして声をかけてみたが、辰正の反応は……
「いや、良い。気にしないでくれ」
「……そうですか」
少し釈然としないが、和也もそれ以上追及はしなかった。
今回もありがとうございました!
美沙子さんと芽衣ちゃんの初対面をどうするか悩みましたが、こんな形で落ち着きました。
もう少し日常話が続きます。
そんな感じの八十八話です。
気が付けば、もう百話も目の前に……色々ありましたが、ここまで続けらてホッとしています。皆さまのお陰です。本当にありがとうございます!
では今回はこの辺で
また次回もよろしくお願いします!




