第八十一話 =真っ赤な終焉=
第八十一話です。よろしくお願いいたします。
いつだって死は隣にいる。
俺の首を刈り取る瞬間を、今か今かと待ち望んでいるんだ。
戦場を仕事場としてる立場だ。人の死なんて、感覚がマヒしてしまいそうな程見てきた。昨日まで一緒に笑っていた人間が、明日になれば殉死を遂げている、なんて事もザラにある
俺は、それが嫌だった。だから抗う事を決めた。
まだ子供だった頃、ふとした切欠から治癒魔術師を目指す事を決め、学生時代には戦場の存在を知り、自分が生きている環境がいかに貴重なのかを思い知った。文字で見たってだけだったけど。
そして治癒魔術師の資格を取って、俺は戦場に行く事を決めた。当然だけど友人、講師は皆止めてくれた。半ば強引に出てきた様なもんだ。最後には皆も折れてくれてね。そのせいで絶縁になってしまった友人もいたけど、後悔は無い。
戦場に出てからは、無我夢中に治療を続けた。帰る家も無かったし、そもそも日本が嫌いだったから、いつ死んでも良いと思いながら、来る日も来る日も人を治療し続けた。ここで死ねれば本望だと、心の底からそう思っていた。
途中、何度も何度も壁にぶつかった。本当に俺がやっている事は正しいのかって。
俺の治療の根本は、ただのエゴだ。それは俺もよく分かっている。今でもそうだけど。
迷いを振り切る様に、それでも俺は治療を続けた。やり続けた先に、きっと何か答えがあると信じながら。
そんな時、とある戦場で美沙子さんに出会った。
俺とは合わない。
第一印象はそれだった。
俺とは違う視点、違う思想、違う信念。そして―――――それを貫こうとする強さ。
正直に言えば、俺はきっと嫉妬していたんだと思う。技術的にも優秀だったけど、それ以上にその強さに。
あの頃の美沙子さんは、時には依頼主に噛みついてでも自分の意思を曲げようとしなかった。
それが羨ましかった。妬ましかった。そして――――――――多分だけど、憧れていた。
違和感を覚えたのは、此処に来てからだ。ここに来てからであった美沙子さんは、悩んでいた様に思えた。あれだけ強かった美沙子さんの弱さを見たのは、初めてだったかもしれない。そしてきっと、その原因は俺なんだろう。自惚れかもしれないけど。
その時、俺は戦場に来て初めての感情を抱いた。
美沙子さんを支えたい。
あの頃の美沙子さんに戻って欲しい。
そして、美沙子さんに――――――――――生きていて欲しい。
ついさっきの話だけど、美沙子さんが真衣に会ったんだと確信した時、そして、真衣が美沙子さんに呪術を行使したと分かった時。俺にまた新たな感情が芽生えた。
美沙子さんを、護りたい。
この人は、俺にとって大切な人だ。
何でそう思ったのか? その答えは、今の俺には分からない。これもまた、ただの俺のエゴなのかもしれないしね。
だからこそ。
その答えを知る為に、俺は美沙子さんを護る。護りたい。それが本当に、俺のエゴでしかないとしても――――――――。
でも今、美沙子さんは死んだ。
俺の腕の中で、色を失った瞳をかすかに覗かせ、直前に流した涙の跡と、口から一本だけ流れた血の道、そして――――――――ぽっかりと開いた胸の孔だけを遺して死んだ。
漫画やドラマの様に最期の言葉を発する事も無く、ただ静かに、無常に、残酷に。
俺の腕の中にある亡骸が、その現実を俺に突きつけて来る。
今にも目を覚ましそうな、なんて表現をしたのはどこの誰なんだろう。もし会ったとしたら、そんな理想は在り得ないと言ってやりたい。
それほどまでに、美沙子さんの遺体は死を全身で表していた。
「誰だ? テメェ……その負け犬の知り合いか?」
後ろから、知らない声が聞こえて来る。
ゆっくりと振り返れば、フードをかぶっていて顔の見えない人間が立っていた。そう言えば何かにぶつかった様な気がしたけど、なるほどコイツだったのか。
声からして、多分男性なんだろう。まぁ、誰でも良いんだけど。
「だが、ちーっとばかし遅かった様だなぁ……」
「あー……そうみたいだね」
言われるまでも無いっての。見りゃ分かる様な事あんな意地汚い声で良く言えるな。
視線をもう一度美沙子さんへ戻し、そっと寝かせる。そして、いつも通り弔いを始める事にした。
「何してやがる?」
訝し気に、そして凝りもせずに男が声を出して来た。
「見て分からない? 治療だけど」
「お前も治癒魔術師って事か」
「そうだけど」
「死人の治療なんざ、随分と物好きな治癒魔術師なこったな」
再び聞こえる嘲笑。でも、何故だかイライラしない。と言うより、何も感じない。
機械にでもなってしまったのか。そんな下らない錯覚に陥る程、俺の心は冷めきっていた。
治療を終え、もう一度美沙子さんを見る。やっぱり、この人何だかんだ顔が整ってるよなぁ。この状態なら、今にも目を覚ましそうと言われてもまだ信じられるかもしれない。まぁ、あり得ない事だとも理解しているけどね。
「どうだ? 大事なお仲間を殺された気分はよぉ?」
本当に、面倒な男だ。答えなんて、聞くまでもないだろうに。
「別に」
たった一言、俺はそう返した。
「お互い戦場医師だ。いつかこんな日が来るかもしれないなんて、美沙子も覚悟していたさ。それで殺した相手を恨むなんて事しないよ」
「ふん! そうかよ」
不機嫌な声だ事。怒り狂ってでも欲しかったのかね? それとも、絶望して欲しかったのかな?
「―――――まぁ、それは治癒魔術師としての意見だけど」
そう、俺も美沙子さんも治癒魔術師だ。だから理解できるし、別にこの男をどうこうしようって気も無い。
あくまで、治癒魔術師としては。
「俺個人の意見となれば――――――話は別だ」
男が息をのむ声が聞こえる。
さっきまでの威勢は何処へやら、姿も見えないのに体が強張っているのが分かる程、男は何かに怯えていた様だった。
まぁ、俺も驚いてるんだけどね。自分からあふれ出て来る、魔力と殺意の大群に。
「俺は今、お前を―――――殺したい程憎んでるよ」
それが、合図になった。
「っ……治癒魔術師風情が生意気言ってんじゃねぇぞ!」
背後から魔力の放出を感じる。
「上等だ! テメェもその女と同じ場所へ送ってやるよ! たかが医師が俺に勝てると思うな!」
全く面白みのない台詞だなぁ。もうちょっと捻った言葉の一つでも出ないもんなのかな。
でも、残念。俺――――――美沙子さんほど優しく強くないんだよね。
立ち上がり、今度は身体ごと後ろへ向けた。
男のフードに隠れた全身が目に入る。そして、次々に俺の視界に『あれ』が映った。
そして俺は―――――――――ある事を男に告げた。
コイツにとって、恐怖する事になるであろう言葉を。
そうすれば、案の定男は身体を震わせていた。
「テメェ……何で、そんな事知ってやがる」
明らかに怯えている。そりゃそうか。
初対面の男が、いきなり知るはずの無い自分の名前を呼んだんだから。
「それだけじゃないよ? もっと言ってあげようか?
誕生日は九月八日。年は三十二歳。血液型B型。出身地は――――――」
「う る せ ぇ !」
言いかけた所で、男が俺の言葉を遮った。
大地が割れ、中から伸びる無数の触手。それを見れば、嫌でもなるほどと理解させられた。
これが、美沙子さんを殺した魔術って事か。
襲い来る土の触手を、俺は――――――――――――全身で受けた。
俺の身体から、大量に血が噴き出すのが分かる。
それが致死量なんて余裕で超えるものだと、身体が徐々に冷えていく感覚に襲われれば簡単に理解出来た。
「はっ! 結局口だけかよ……ビビらせやがって……」
男の声が、うっすらと耳に入った。
「黙って殺されてりゃ、もっと楽だったってのによぉ」
あぁ、本当に――――――――この男は三流以下だな。
「…………殺す?」
思わず、口をついて出た疑問がそれだった。
「誰が誰を殺すって?」
「なっ!?」
男が息をのむ声が聞こえる。
感覚が戻っていき、徐々に体温も上がっていくのが分かった。俺の意識を喰おうとしていた激痛も無くなり、そして―――――――――――俺を突き刺した触手が一つ、また一つと地に堕ち、消えていった。
終わってみれば、何てことは無い。
「お前……何なんだよ……」
ついには声まで震えだしたみたいだな。まぁそれもそうか。
今自分が殺した相手が――――――無傷で目の前に立っているんだからね。
「致死量を超える大量出血? 脳の破壊? 心臓をついた? 首をもいだ? ……その程度で俺を殺せるって思ったわけ? おめでたいこったね」
それじゃあ、俺は殺せない。殺させない。その程度の下等な人間に、殺されてたまるかっての。
「ふざけんな‼‼ じゃあお前は不死身だってのか!?」
「不死身? そんな人間、いるわけないでしょ? 俺だって死ぬよ。魔力が無くなれば」
今、俺が生きていられる理由なんて一つしかない。
魔術を行使した。ただそれだけだ。
俺に突き刺さった触手の体を使って、新たに臓器から皮膚に至るまでを再構築した。
それが、今俺が使った魔術。専門学校じゃ教わらないし、だからと言って俺の先天性魔術って訳でも無い。
正真正銘、俺が自分で編み出した、俺独自の魔術だ。
「っ! ふざ―――――……ッ‼‼??」
凝りもせず叫ぼうとした男の動きが止まる。
どうやら、こっちの魔術も無事に成功していたみたいだ。
「がはっ! ごぁ……!?」
男はうめき声をあげ、その場にうずくまった。
「どう? 辛いでしょ? お前が手にかけてきた人間は皆、それ以上の苦しみを味わってきたんだって、少しは理解出来たかな」
「て……め……何……を……ッ」
「何をしたかって? 簡単だよ。さっきお前が突き刺した触手をつたって、お前に俺の感じた痛みが伝わる様にしただけ」
今、コイツは死に達する痛みを体感している。こんな魔術、まさか使うとは思わなかったけど。
ヒントになったのは、アイツの起こした事件を知った時だ。アイツの使った魔術を考察して、護身用にと思って自分なりにアレンジしてみたけど、まさかこんな所で役に立つなんてな。
「さて、と……もういいかな」
「ひぃ!?」
情けない声だ。
今、コイツは死を目の前にしている。死神の鎌は、既に首にかけられた。命のやり取りをするなら覚悟しないといけない事の筈なのにね。
やっぱりコイツは三流以下だ。そんな覚悟も出来ていないなんて。
「これ以上、俺は話すことなんてない。後はお前のその心臓を貫けば、はい終わり。いつもの戦場より簡単な仕事だったよ」
「ま、待て!」
俺が男の心臓目掛け手を翳せば、男はそれを制止するように声を上げた。
「お前は治癒魔術師だろ!? それなのに、人を殺すってのか! 治療を本分とするお前が! そんな事をすれば、いくら戦場医師だろうが免許剥奪もんだぞ!? それでもいいのか!?」
やれやれ……今度は命乞いか。
本当に、こんな奴に美沙子さんが殺されたんだと思うと腹立たしくて仕方がない。確かにコイツの言う通り、このまま魔術を行使すれば俺の医師としての人生は終わるだろう。
でも。
「今の俺は、治癒魔術師としての自分を捨ててるんだよね」
俺にとっちゃ、医師免許剥奪される覚悟なんてとうに出来てる。コイツと違ってね。
大した問題じゃない。
殺す相手が変わっただけ。
ただ、それだけだ。
「それに、さっきも言った筈だ。俺個人としちゃ――――――――殺したい程、お前を憎んでいるって」
「ま、待ってくれ! 俺は――――――」
男がまだ何か言おうとしていたけど、もう良い。
小物の戯言なんて、聞き飽きた。
「さようなら」
脳裏にまた、俺をまっすぐ見つめたアイツが顔を見せた。
後ろから、誰かが駆け寄って来る音が聞こえる。
足音は二つ。おそらく知ってる顔だ。気が付けば、国に響いていた音も無くなっていた。それに、俺が此処に来るとき結界魔術を砕いたんだから、あんだけ派手に戦ってりゃ気付かれた当然だ。
様々な感情が俺の中で暴れまわり、何とも言えない気分だな。
そして、足音は俺の近くまで来て……止まった。
「玲央……」
あぁ、やっぱりそうだ。
確信し、俺はゆっくりと顔をそちらへ向ける。
案の定、俺の見知った顔が二つ、そこにはあった。
一つは俺と同じ医師。国軍医師のラウラさん。その目には、俺は映っていない。美沙子さんの亡骸を抱きしめ、ボロボロに泣きじゃくりながら慟哭を響かせていた。
そして、ラウラさんと美沙子さんから数歩俺に近い位置に立っているのは、リックさんだった。
ただ茫然と、俺を見つめて立ちすくんでいる。
リックさんの目に、今の俺はどう映っているんだろう。
俺の前に倒れる男。その胸に大きく空いた穴。呼吸が止まり、身体も活動を停止し、物言わぬ人形に成り果てた姿。
その返り血で染まった周囲、そして――――――――俺の姿。
自分でもわかる。今の俺は、身体中に返り血を浴び、さぞ不気味な姿になっているだろう。こんな人間を見慣れているであろう熟練兵士のリックさんがこうなっているんだからね。
しばらくリックさんを見つめた後、俺は――――――無意識に微笑んだ。
「お疲れ様、リックさん……無事で何よりだよ」
遠くで、国民や兵士達の歓声が聞こえた。
今回もありがとうございました!
これにて戦いは終了となります。後はこの後起こった話を描き、時を現代に戻した後、六章へつながるエピローグを書いて五章は終了です。
そんな感じの八十一話です。
治癒魔術師としての自分を捨てた玲央は、この後どうするのか? 美沙子さんはどうなってしまうのか? 五章も終わりに近づき、玲央もまた現在の彼へと変わりつつありますね。
では今回はこの辺で
また次回もよろしくお願いします!




