第八十話 =選択の先にあった結末=
第八十話です。よろしくお願いいたします。
周囲を覆っていた轟音は、いつの間にか二つになり、そして三つとなり、やがて全域を飲み込んでいった。
何度も何度も聞いてきた戦争の音だ。何年たっても、きっと慣れることは無いんだろうなって思うと同時に、慣れたくないとも願う。
この音が、匂いが無くなる世界がいつか来て欲しい。その時まで、私は医師を続けるんだろう。
私を消し去る為にと飽きもせず大口を開ける大地から逃れながらそんな事を考えていた。
「戦場医師をやってるってだけはあるな。随分と余裕そうじゃねぇか」
フードの男性が、そんな事を言ってくる。人の事言えないでしょって思うけど、口には出さない事にする。
「誉め言葉だと思っていいのかな?」
「構わねぇよ、大絶賛だ。ナメてたってわけじゃねぇが、俺の予測じゃとっくに勝負はついてる筈だったしな」
男性の魔力が増大していくのを感じる。
「そろそろ俺も……本腰いれて殺しにかかってやるよ‼」
どうやら、まだまだ余力を残してるみたいだと認識すれば、まだまだ先は長そうだと思わず肩を落としそうになる。
それに、彼はまだ魔術を隠している。さっきから彼の攻め方は、強力だけど一辺倒だ。戦い慣れてる感じもするし、きっと何か策がある筈だ。
「それに、避けるだけじゃ俺には勝てねぇぞ? 俺を殺すってのは口だけか?」
「随分と安い挑発だね。前の戦場で私を狙った人は、もう少しマシな口上用意してたけど」
「はっ! 上等だ!」
来る。
直感的に感じたのと同時だった。
「ッ‼」
足元が割れる前に飛びのく。そこでハッとしたが、時すでに遅し。
「かかった…ッ‼」
直後、地割れの中から無数のナニカが私へと襲い掛かって来る。
空中にいた私は避ける事が出来るはずも無く、『受ける』以外の選択肢など、ありはしない。
「死ねッ! 戦場医師‼」
襲い来るのは、激痛。押し出される様に私の外へ出ていこうとするのは意識。
腕も、足も、お腹も。
全てがナニカによって貫かれ、破壊されようとしていた。血が全身から吹き出し、軽い眩暈に襲われる。そしてその手は――――――私の心臓へと伸びて来る。
死が私の眼前に立ちふさがったのが分かった。このままでは、私の命は数秒ももたないだろう。
でも。
(こんな所で―――――死んでたまるか‼)
私は、彼と対峙して初めて魔術を行使した。
咄嗟の判断だったし、上手くいくかどうかなんて考えもしなかった。
だが、今の私はツイてるみたいだ。
ナニカは動きを止め、じーっと私の方を見つめて来る。まるで、品定めを行うように。
そして―――――やがてゆっくりと、大地の中へと隠れていった。
妙な脱力感が湧き出るのを、必死に抑える。
直後、男性の舌打ちが耳に入った。
「妙な魔術を使いやがる……是非、ご教授頂きたいもんだな」
「治癒魔術の専門学校に入るのをお勧めするよ」
「……ちっ! そうかよ」
明らかに苛立っているのを見れば、どうやら一杯食わせる事は出来た様だ。
と言っても、私がやったのは、言ってみれば『いつもの魔術』。
自然にも意思は宿る。それはずっと昔から言われてきた事だ。
だったら、もしかしたら自然の怒りすらも鎮める事が出来るかもしれない。
ただの直感だった。成功するとも思っていなかった。『悪あがき』とも言えるかもしれない。
私はただついていただけ。
神様がまだ、私を見捨てていなかっただけ。
ただ、それだけなんだろうな。まぁ、それで十分なんだけどね。
「それにしても、あまり見たことねぇ魔術だな。まさか医師の道を進めて置いて、それがテメェの先天性魔術だなんて言わねぇよな?」
「ご想像にお任せするよ」
「……所詮、俺はテメェにとっちゃ敵。何も教える気はねぇって事か」
「そんなのお互い様でしょ?」
そこまで言って、一つ深呼吸をする。
さっきからうざったい程に自己主張してくる痛みは徐々に引いていき、流れ出た血は私の体内へと戻っていく。眩暈も収まり、足にも力が入る。
万全とは言えないけど、まだ戦える。そう確信すると、自然と目にも力が入った。
「上等だ……だったらもっと確実な方法で殺してやる」
覚悟はしていたけど、さっきまでとはまるで違う明確な殺意を感じる。
ここからは、今まで以上に本気で私の命を狙ってくるだろう。
でも、私だって避け続けて勝てるなんて思っていない。
意思である私の中にある、たった一つの策。たった一つの『戦い方』。たった一つの『勝ち方』。
それを、隙を見て彼にぶつけるしか無い。
例えそれが、自分にとって忌まわしい魔術だったとしても。
でも。でも、もし。
もし、失敗するような事があれば。その時は…………。
そこまで考えて、軽く首を振った。
(絶対に……生き延びる)
脳裏に玲央の顔を思い浮かべながら、私は目の前の殺意と睨み合った。
もう―――――迷いはない。
相変わらずだ。
真衣との戦いの最中、俺はそんな事を考えてしまった。
コイツは変わらない。思想も、得意とする魔術も、戦い方も全て。
あの日、あの場所で、俺と戦った時と同じだ。
一つ変化を挙げるとすれば、クオリティだろうな。あの時とは比べ物にならない程強力に、そして洗練されている。
それに――――――。
「らしくないわね、戦いの最中で考え事?」
目の前の女が、そんな事を言って微笑んだ。
「私も……随分とナメられたものねッ‼」
不意に、視界一面に赤が広がった。
それが真衣の放った火炎魔術だなんて言うまでも無い事だけど―――――やっぱりそうだ。
火炎が自分の身体をすり抜け、直後に空気に混ざって消えていくのを感じながら、俺の疑念は確信へと変わる。
先ほどから真衣が放つ魔術は、五大魔術をはじめとした基本的なものばかり。クオリティを度外視すれば、学生でも行使可能なほど簡易的なものだ。
でも、違う。込められているものが、明らかに違う。
やっぱりこれは、魔術なんかじゃない。多分コイツの放つどの魔術でも、少しでもかすった時点であの世行になる代物だ。
「差し詰め、『火炎呪術』……と言ったところか」
「あら、気付いたのね。流石だわ」
お前に褒められても嬉しくないけどね。
「相変わらず悪趣味なこったね」
真衣の放つ火炎は、基本的には魔術となんら変わらない。見た目も行使方法もだ。
だが、呪術を媒体にしていると言う時点で、もうそれは極悪非道極まりない代物。当然『禁忌』だ。
俺はそんな禁忌に手を染めるつもりも無ければ経験も無いから、呪術の奥深くなんて知らないけど、何か特殊な方法を使って一つ一つに即効性のある呪術を練りこんでるんだろう。
これを独学でやったと言うのなら、まぁその努力には敬意を表したい所だけど………。
「誰に習った? そんな呪術の使い方」
多分、違うんだろうな。
「私が自分で創った……と言ったら?」
「凄いね、とでも言って欲しいわけ?」
「玲央君に褒めてもらえるなら、諸手を上げて喜んでいた所よ。残念だわ」
それはつまり、そういう事だ。やはり真衣は、誰かに呪術を教わっている。
美沙子さんは優秀だ。猪突猛進ではあるけど、馬鹿じゃないし視野も広い。
もし、得体のしれない力を感じれば真衣を拒否するか、呪術を投与された後すぐにそれを取り除こうとしたはずだ。
だが、あの人はそうしなかった。真衣の事を不思議な女性と言っただけで、自分にかけられた力について何も言っていなかった。
それだけ、真衣の呪術は完璧にカモフラージュされていたと言う事だ。
真衣が自分でその方法を見つけた、という可能性も一瞬脳裏をよぎったのも事実だ。だが、それも可笑しい。
何故なら真衣は―――――。
「お前ほどの魔術嫌いが、自分でそんな事するとは思えないからね」
嫌いなら、使わない。ただ偽るだけだったとしても、決して頼ろうとはしない。
こういう所は……やっぱり姉妹なんだなと思わされる。
「星の下僕現総帥……とだけ言っておくわ」
やっぱりか。
そしてどうやら、名前を教える気はないみたいだ。まぁ易々とトップの正体を教える様な口の軽い人間に単独行動なんてさせるわけも無いし、分かってはいたんだけど。
「さて、もうお話は良いでしょう? 玲央君だって、目的はそうじゃない筈よ」
「そうだな」
俺の目的は、この場で真衣を殺す事。それ以上に優先すべき事なんて、そうそう無いだろう。
俺の答えに満足した様で、再び笑った。憎たらしい、あの笑顔で。
「私はあの時とは違う……もう、昔の私は捨てたの。
あの日―――――――――玲央君に殺されかけた時に」
……俺もまた、面倒くさい人間を作ってしまったもんだな。
それに―――――――まだだ。
まだ、何かが可笑しい。まだ、コイツは何かを隠している。一体何を……?
そんな時だった。
「――――――ッ‼‼」
思わず、そちらへ上半身を向けた。
その先にあるのは、山の麓。相変わらずほんのりと気配を感じるのみ。
だけど―――――――マズイ。
直感的に、俺はそう感じた。そして頭に浮かぶのは、俺が考え得る中で最悪の事態。最悪の結末。最悪の―――――――――。
「どうしたの?」
真衣の声を聞き、俺は確信する。
コイツがこんな声で話す時は、いつだって悪い事が起きる予兆だ。
こんな――――――愉しそうに狂った声を出す時は。
「下、気になるの?」
「真衣……ッ‼」
心の中で舌打ちをする。
誤算だ。
真衣の行動が? 違う。
真衣に協力者がいた事が? 違う。
俺の誤算は―――――――――――――。
「本当に、玲央君は変わらないわ」
真衣はそう言うと、ふっと笑顔を消した。
いつの日か見たことがある様な、そんな氷の様な無表情だった。
「相変わらず……自分へ向けられる想いには鈍感なのね」
これに関しては、言い返せないのがもどかしい。
「…………帰るわ」
不意に、真衣がそんな言葉を口にした。
「玲央君の意識は、もう私には無いみたいだし……行ってあげたら? 大切な人なんでしょう?」
まさか、そうそう無いと思っていた事が、こんなにも早く起こるなんて思わなかった。
だが、俺に残された手段は一つ。真衣の提案に乗る事だけだ。
気が付けば、俺は駆け出していた。目指す場所は、ただ一人。
「美沙子さん……ッ‼」
後ろで、真衣が何かを言った気がした。
「おらおらァ‼ さっきまでの威勢はどうしたぁ!?」
戦いの最中にペラペラと五月蠅いな。
そんな軽口を返す余裕は、もう無くなってしまった。
大地の食欲も、そこから伸びる殺意も、激しいものへ変化して私へ向かってくる。
私はと言えば、避けるのが精いっぱい。時には結界魔術も行使しながら何とか防いではいるものの、このままではジリ貧だ。そんな事は分かっている。
「ちょこまかと鼠みてぇに逃げ回るしか能のねぇ女が生意気言ってくれたじゃねぇかァ‼ とっとと死にやがれ雑魚がよぉ‼」
「ッ‼‼」
痛みが再び私を襲う。そして、治療する。
さっきからこれの繰り返しだ。防ぎ、避け、避け切れなければ治療を施す。
でも、追いつかない。重大なものは治療しているが、私の身体に生傷が増えていく。治療が追い付かないからだ。
『戦場』の経験は負けていなくても、『戦い』となればやっぱり経験値の差が歴然だった。
でも、諦めない。
必ずどこかで、チャンスは来る。
(お願い、もう少しなの……それまでもって‼)
傷が増え、避ける事で体力は削られていく。満身創痍も良いところだ。
でも、魔力はまだある。まだ、勝機は残されている。
それに少しずつだけど、彼に近づいているのが分かる。大きな隙が出来れば、既に射程距離。後は……気を待つしかない。
そして、やっぱり今日の私はツイてるらしい。
「――――――――――ッ!?」
急に、男性が何かに気を取られ、首を後ろへ向けた。集中が切れたからか、攻撃の手も弱まった。
今しかない。
今なら―――――――――殺せる。
私は足に力を入れ、一気に彼の懐へと入った。それでも私を食べようとする大地に、もう一度魔術を施せば、使い手の気が回っていない彼らは言われるがまま戻っていく。
「っ、しま―――――」
男性がこちらに目を向けた。でも、もう遅い。
私は彼の心臓目掛けて手を翳した。彼を、殺すために。
両目が熱くなっていくのが分かる。これで、終わる。勝利は、もうすぐそこにある。
その時だった―――――――――。
『化物――――――ッ‼‼‼』
「ッ‼」
突然、そんな声が私の身体を貫いた。
そして、その時―――――――――私には隙が出来た。出来てしまった。
「……ばーか」
次に聞こえたのは、私を嘲笑う男性の声。そして――――――――――
ぐしゃ。。
私の心臓を貫く音だった。
「ぅ……ぁ……」
唯一発せられた声は、たったのそれだけ。
痛覚なんて、もう機能していない。
私は、敗けた。最期の最期に過去の声に囚われて敗けた。
そして――――――――ここで死ぬ。
(やっぱり……私は弱い……)
迷いは振り払った筈なのに。
決意も固めた筈なのに。
結局――――――――――強くはなれなかった。
(こんな所で……死ぬ……なんて……な……)
無念だ。それに…………なんて、滑稽なんだろう。
冷たい。
もう、それしか感じない。
目の前で男性が何かを言っている様だけど、それも聞こえない。
ぼんやりと、視界だけはまだ生きていた。
ゆっくりと顔を上げ、私を殺した男性の顔を見る。
そして――――――視界も、奪われようとしていた。
最期にもう一度……もう一度だけ……
そんな時だ。
薄れゆく視界の端に、別の人物の顔が映った。
相変わらずぼやけているけど、分かる。分からないわけがない。
ずっと会いたかった、彼の顔だ。
彼がフードの男性を跳ね除け、私の身体を抱え上げた。
どうやら気付かない内に、倒れていたらしい。
(あぁ……あったかい……)
不思議だ。
さっきまであんなに冷たかったのに。
あんなにも、怖かったのに。
あんなにも……絶望していたのに。
彼が触れてくれた途端に、こんなにも温かくなるなんて。
(そ……っか……)
最期に、分かった。
私は
澄田美沙子は
黒岩玲央の事が
(好き――――――だったんだ)
そして、私は―――――――――――――生命を手放した。
今回もありがとうございました!
美沙子さぁぁぁぁぁぁん‼
いや、書いたのは自分なんですけどね……でも物語上仕方ないとはいえ、やっぱりこういうシーン書くのは辛いものです……。
そんな感じの八十話です。
いよいよ終わりに近づいていますね。予定では後四、五話くらいかなと思います。
第六章は既に構成は出来ておりますので、そちらも楽しみにしていてください!
では今回はこの辺で
また次回もよろしくお願いします!




