第七十九話 =どちらを選ぶ=
第七十九話です。よろしくお願いいたします。
「本当に久しぶりね……何年ぶりになるかしら?」
「さぁ。数えてないし分からないな。興味も無いし」
つれないわね、なんて言って真衣はその憎たらしい笑顔を更に深めたものだから、思わず顔を顰めてしまう。
こっちは二度と会いたくなかったって言うのに、人の気も知らないでいい気なもんだ。
「せっかくの再会なんだし、少しお話でもしましょう?」
「……そりゃ良いね。俺も、真衣に聞きたい事があるから」
「なら、好都合ね」
未だ笑顔を浮かべたまま。真衣は流れる様に言葉を紡ぎだした。
「此処に来るまでに、いろんな国へ立ち寄って来たの」
「戦争の火種を探すためか?」
「ご想像にお任せする、とだけ言っておくわね? その国々で、玲央君の名前も至る所で聞いたわ。流石、というべきかしらね。評判良いみたいじゃない」
背後から聞こえてくる喧騒には目もくれず、一歩こちらへ歩み寄って来る。本当に、相変わらずだな。
「皆、アナタに感謝していたわ。傷だけでなく、精神も癒してもらったって。あの人が来てくれて、本当に良かったってね」
「嬉しいもんだね。俺としちゃ、当然の事をしただけなんだけど」
「玲央君が、治癒魔術師だから?」
「…………そう、治癒魔術師だからだよ。俺はね」
たった一瞬だけだったけれど、真衣の表情が歪んだのを見逃さなかった。
それが、一層俺の中の醜い感情を肥大化させていく。
「もし……」
そして、真衣は再び口を開いた。
「もし、あのまま私が治癒魔術師を目指していたら……今頃どうなっていたかしらね」
言われて、思い出されるのは昔の光景。
まだ真衣が小学生。俺は魔術学院に入ったばかりの頃だ。あの頃の真衣は、当時の家族と、よく一緒に遊んでいた活発な女の子だったし、良い姉だった。運動神経は悪かったけど・
よく妹を庇っては怪我ばかりして、その度に簡単な応急処置をしてあげていた。そして、その後必ず言われた言葉がある。
『私、将来治癒魔術師になる! それで、玲央君と一緒にいろんな人を治してあげるの!』
まぁ、それも今となっちゃ遠い昔の話だけど。
それに、彼女の言葉への答えは、もう決まっている。
「……さぁね」
それは、決して叶わない夢物語になってしまったのだから。
「フフ、アナタらしい返答ね」
そう言って、真衣は悲しく笑った。あぁ、まただ。またそうやって笑う。
勘弁して欲しいもんだ―――――――。
「自分からその未来を壊した人間が、そんな顔で笑うの止めてくれない?」
本当に、反吐が出そうだからさ。
「…………そうね」
たった一言そう言って、真衣は再び鬱陶しい笑顔に戻った。
だけど、俺は止まれないし、止まるつもりも無い。
「聞いた話だと、『治癒魔術師か』って言う問いかけを否定しなかったんだってね。本当に、虫唾が走るよ。真衣がやっている事は、治癒とは真逆だって自分でも分かってる筈だ。
しかも呪術なんて最悪な代物を使って、挙句の果ては戦争を嗾けて自分は見物人と来たもんだ。そんな人間が治癒魔術師? 冗談にしても質が悪すぎる。
二度とそんな戯言は言わないで欲しいね。少なくとも俺の前では」
「手厳しいのね」
どの口が言ってんだか。慰めてもらえるとでも思ってたのかね、この女は。
「これでも優しく言ってるつもりだ。お前はどれだけ俺を苛立たせれば気が済むの?
俺を裏切って、家族を裏切って…………最愛の妹だった人間すらも裏切ったって言うのに、まだ足りないわけ?」
「最愛の妹、ね」
そこで、一度会話が止まる。
次に思い出されたのは、真衣が居なくなって唯一泣いた女の子。
真衣が大切に想っていた元妹、大橋芽衣の泣きじゃくる姿。
『ねぇ、玲央君。お姉ちゃんどこ行ったの?』
『私がいけない子になっちゃったから、お姉ちゃんいなくなっちゃったの?』
来る日も来る日も、そう言って俺に泣きついてきた。家族の前で真衣の事を話せば、烈火の如く怒られたんだろうな、多分だけど。
芽衣も、姉が大好きだったから。姉の真似をして、俺の事を『玲央君』と呼ぶくらいには。
でもいつからか、芽衣は俺を『玲央ちゃん』と呼ぶようになった。理由を聞いても『なんとなくだよ』としか言わなかったけど、きっと芽衣も気付いたんだろう。
姉はもう――――――自分の元へは戻ってこないと。
大橋真衣は、自分の姉と言う立場を捨てたんだと。
詳細までは知らなかっただろうけど、年を重ねて物心がついて行けば、気付く事は容易だったはずだ。
あの子だって、いつまでも子供じゃない。いつまでも―――――目を背けてはいられないんだから。
だから、だからこそ。
「俺は、お前を許さない。大橋家の仕来りの事は知ってるよ、理解はしがたいけど」
「そうでしょうね。その中にどっぷり浸かっていた私ですら、理解できなかったくらいだもの」
「だからこそ、お前もあの家を出たんだろ? 人間として生きるために」
「…………」
無言、か。もう思い出したくもないって事なのかね。
「あの異常な家で、芽衣は唯一心を許せる存在だった。お前を一人の人間として慕い、人間として認識していたのは芽衣以外いなかった。違うか?」
「…………そうだったかもしれないわね」
「だが、その芽衣すらもお前は捨てた。そこに家の仕来りは関係なかった。お前が連れ出そうと思えば、お前の力なら連れ出す事だって出来た。だが、しなかった。それはお前の意思だった」
「……そうね」
「…………一つだけ聞かせろ。何で、芽衣をあの家に残した? アイツは、お前と一緒にいることを強く望んでいたのに……何でだ? 答えろ、真衣」
沈黙。
そして、
「……覚えてないわ、そんな昔の事」
再度生まれる嫌悪感。
本当に変わらない。変わらないからこそ。
「やっぱり俺、お前が嫌いだよ」
―――――真衣は、表情を変えなかった。
そんな時だ。
ドォォォォォォン‼‼
けたたましい音が、真衣の後ろから聞こえて来る。何が起こっているのかなんて、おぞましい程の煙の量を見れば明らかだ。
真衣も、そちらにゆっくりと目を向け、ただじっと見つめていた。
「言っておくけど、あまりこの国をなめない方が良いよ」
思わず声を掛ければ、真衣が再びこちらを向いた。
もう、表情は戻っている。こういう所は、素直に流石だと言いたい。
「戦況を見る限りだと、こちら側がだいぶ圧していると思うけど」
「確かに、今はそうだろうね。でも、追い詰められたネズミ程怖いものは無いさ。この国の兵士は諦め悪い上に、優秀な指揮官もいる。押し返すさ、きっとね」
まぁでも――――――
「真衣には関係ないだろうけどさ。戦場も手ごろの相手も用意する。戦力も提供する。でも、責任は取らない……それが、『星の下僕』の信条なんだろ?」
真衣が、ゆっくりと――――――嗤った。
「えぇ、そうね」
こういう事は即答できる、か。
ホントー―――――屑みたいな教団だ事。
「それで?」
話を変える様に、真衣がそんなことを口にした。
「玲央君も、私に聞きたい事があったんでしょう? 一応、久々にお話が出来たから、今気分が良いの。だから特別に何でも答えてあげる。さぁ、どうぞ」
…………なら、遠慮なく聞かせてもらおうかな。
俺が聞きたい事は――――――たった一つしかないんだから。
「何で……美沙子さんを狙った?」
答えによっては、この場で真衣を――――――――殺さなきゃいけないな。
心臓の鼓動が早い。
これでもかと息が荒くなっていく。
あんなに近くで聞こえてきていた喧騒も轟音も、だんだんと小さくなっていった。
いつも戦場を駆け回っていたから、こんなの慣れてると思っていたのに……何でだろう、いつもと違って感じた。
でも、不思議だ。疲れた、なんて思わない。疲労が生まれては霧散していく。
かき消している想いは、たった一つ。自分でも、それは理解出来ていた。
「玲央……玲央……ッ!」
玲央に会いたい。生きて欲しい。この感情の答えを教えて欲しい。
疲労をかき消すのなんて、それだけで十分だ。
「玲央……お願い……間に合って……‼」
足が千切れようと、心臓が止めろと訴えようと。それでも、私は玲央のいる場所に向かう足を止めるつもりは無かった。
戦場が遠ざかる感覚に比例して、だんだんと丘の頂上が見えて来る。そして、確かに見た。
丘の上に立つ、二つの人影。
間違いない。玲央とあの女の人―――――大橋真衣だ。
「早く……もっと早く動いてよ……」
二つの足を叱責し、更にスピードを上げる。
でも―――――どうやら、そんな簡単にはいかないらしい。
「―――――……ッ‼‼」
突然、悪寒を感じて飛びのいた。
悪い予感程よく当たるなんて、誰が言い出したんだろう。知らないけど、もしその人に会えたなら、全くその通りだと言ってやりたい。
さっきまで私が立っていた場所で、大きく口を開けた地面を見た瞬間、そんなやり場のない感情が湧き出てきた。
超自然的な現象じゃないのは明らかだ。
「魔術……ッ‼」
誰が? どこから? 何で、私を狙って?
考える余裕なんて、与えてはくれないみたいだけど。
再び襲う悪寒。その場を飛びのけば、地面はまたしても私を喰らおうと口を開けた。
「うぐっ‼」
そう何度もうまくいかず、判断が一瞬遅れてしまった。
右足に激痛が走る。どうやら、少し足を飲まれてしまった様だ。
「その足じゃ、もう満足には動けねぇだろ?」
あざ笑うような声が、痛みに支配されかけた脳に届いた。
何とか顔を上げると、そこにいたのは――――――――顔も姿も赤いコートで隠した人間だった。
「あなた……誰?」
「名乗る意味ある? どうせ、アンタこのまま死ぬのにさ」
「なら、どうして私を狙うの?」
「以下同文だ」
絵に描いたような悪役の台詞だな。どこの小説から取って来たんだか……。そんな軽口でも返してやりたいが、出来ないのが少しもどかしい。
声からして、どうやら男性の様だ。今分かる相手の情報なんて、それ位しかない。
「手土産くらい渡した方が、女性は嬉しいと思うけど」
何とか言葉を返す。この程度の事が言える程度には、自分の頭は冴えている様だと安心した。
「はっ! 言うじゃねぇか。でも、まぁ良いさ。そう言うなら、俺も鬼じゃねぇからな。教えてやるよ。
別に俺はお前の事なんざ知らないし、会ったことも無い。当然個人的な恨みも無いが、同僚に頼まれたもんでな。アイツの方には借りがある。だからお前には消えてもらう。それだけだ」
「主体性の無い男性はモテないよ?」
「女の嫌な部分ってのを、飽きる程見てきたんでな。モテようとも思わんね」
普段なら、一体この人はどんな人生を送って来たんだろうか。何をされれば、こんな考えに至るんだろうかと考えてしまうが、生憎今の私にそんな余裕はない。
「もういいか? 俺も暇じゃないんでな。他に聞く事が無いなら――――――――さっさと死ね」
表情が見えなくても、声で分かるもんなんだな。
そう感じると同時に、私は戦場をかける兵士達への尊敬の念を強くした。
明確な殺意に晒される事がこんなにも恐ろしいもんなんだって、初めて知った。
少し前までの私だったら、ひるんで動けないか、逃げるので精いっぱいだっただろう。
「……おあいにく様」
でも―――――今の私は違う。
足に、眼に、自然と力が入る。
しっかりと、自分の足で大地を踏みしめて、私はコートの男性を睨みつけた。
「私は、死ねない。会いたい人がいるから。それに、私だって暇じゃないんだ……そこをどいてくれないかな」
「…………嫌だと言ったら?」
そんなの、決まってる。
「力づくでどいてもらうだけだよ。例え―――――――アナタを殺してでも」
嘘偽りない本心を口にすると、コートの男性は小さく笑った。
「治癒魔術師が言うセリフか? だが……良い目だ」
瞬間。
男性の魔力が増幅するのを感じた。
戦いなんて、医師の専門外。それに自分だって分かってるけど、私は戦いなんて向いてない。
でも――――――迷いはない。
「右足、治ってるよな? 流石は治癒魔術師だって、素直に褒めてやるよ。お前を殺すには……一撃でケリ付けるしかない様だな」
「私だって、これでも戦場医師なの。そう簡単に殺せると思わないでね」
(…………魔術の気配?)
ほんの少し、違和感を感じた。原因が魔術だって事は、簡単に推察できる。出所は―――――麓か。
(気配も音も、魔術で消し去ってるって事か……)
一瞬だけ、美沙子さんの顔が浮かんだ。でも、そんなは筈ないとすぐに否定する。
リックさんの事だし、きっと俺の心理には気づいている。美沙子さんに俺の事を話したりなんてしない筈だ。それに―――――美沙子さんは、俺を嫌ってるしね。
そして真衣も、どうやらこの気配に気づいているらしい。一瞬だけ、目線が麓へ向けて動いたのを俺は見逃さなかった。
そして、そのまま口を開く。
「あの人を狙った理由、ねぇ」
再び、その憎たらしい顔が俺へと向けられる。
そして嗤う。再び。憎たらしく。うざったく。俺の大っ嫌いな笑顔だ。
「『邪魔だったから』……ただ、それだけよ」
その瞬間、俺の中で何かが切れた。
あぁ、本当にこの女は―――――――――俺を怒らせるのが上手いよ。
「真衣」
「……何かしら?」
今の俺は、一体どんな顔をしてるんだろう?
きっと、古なじみの人間たちが見れば、本当にこれが黒岩玲央なのかと疑うような…………酷く醜悪で、憎しみと殺意に塗れた顔をしてるんだろうな。
「俺は今だけ、治癒魔術師としての自分を捨てる」
体中から、魔術があふれ出るのが分かる。
もしかしたら、もう戻れなくなってしまうかもしれない。でも、きっと俺は後悔しない。
むしろ、ここで引けたら。治癒魔術師としての自分に縛られたら、それは倫理的には正しいんだろうけど、俺は後悔や不快感と永遠に共存する羽目になる。
それ位なら、俺は―――――――――アイツと同じ道を選んでやる。
「俺は、今からお前を――――――殺す」
一瞬、アイツの背中がちらついた気がした。
今回もありがとうございました!
過去編もクライマックスです。例によって戦闘描写がうまく書けるか不安ですが……全力で頑張ります!
そんな感じの七十九話です。
玲央と真衣はいっそう険悪なムードになり、美沙子さんの方も謎の男性に襲われてます。
こっからどうなるんだろう……どうなる……どう……どうしよう……()
オチは決まっているので、そこへ向けて頑張って書いてみますので、どうぞよろしくお願いいたします!
では今回はこの辺で。
また次回もよろしくお願いします。




