表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色の世界  作者: ken
第五章
79/140

第七十八話 =狂いだす歯車=

長い間お待たせしました。第七十八話です。よろしくお願いいたします。


 気持ちがそうさせるままに、私は走った。

 目的はただ一つ。玲央に会う事。玲央は、私が考え得る中で最悪の無茶をしようとしているんだ。ラウラさんの話が本当ならきっと……。

 なら、こんな時に休んでいる場合じゃない。私だって、玲央と同じ治癒魔術師なんだ。医師なんだ。

 医師として、命を投げ出そうとする人間がいるのに、指をくわえてみている訳には行かない。絶対に、止めないと……。

 施設の出口が見えようとしていた時だった。


「キャッ!」


 ドンッ!

 何かとぶつかり、思わず尻もちをついてしまう。感触からして、多分人だ。

 その衝撃が、一瞬だけ私に冷静さを思い出させる。気持ちがはやるあまり、周りが見えてなかったかもしれないと、ふっと反省の念が心に浮かんだ。


「す、すみません!」


「いや、こちらこそ悪かった。怪我は――――先生?」


「え? あっ……リックさん」


 ぶつかった相手はリックさんだった。こちらに手を差し伸べ、申し訳なさそうな表情を浮かべている。ぶつかったのはこっちなのに……本当に、優しい人だな。


「大丈夫か?」


「あ、はい。ありがとうございます」


 リックさんの手を握り、立ち上がる。がっちりとした逞しい腕だ。この手で、ずっとこの国の人たちを護って来たんだなぁ。


「どうした?」


「あ、いえ! 何でもありません」


 思わずジロジロと見つめるような真似をしてしまった。まったく私ったら本当にもう……。

 って、そうだ! こんな事してる場合じゃない! それに、リックさんならきっと知っている!


「リックさん! 玲央を見ませんでしたか!?」


「玲央……?」


 リックさんの表情が歪んだ。

 それだけで、私が確信するには十分すぎる。リックさんは、玲央の居場所を知っている。


「知ってるんですね? 教えてください! 玲央は何処ですか!?」


「…………」


 リックさんは答えなかった。ただ、表情を曇らせて私を見つめて来る。答えとしては、それで十分だった。


「悪いが、それは出来ない」


 そして、それは言葉となって放たれる事となった。


「玲央は、アナタが自分の元へ来る事を望んでいないし、むしろ来てほしくないと思っているだろう」


「ッ……」


「その様子だと、先生も感づいていた様だな」


 リックさんの言う通り、私だって気付いていた。玲央はきっと、私が来ることを望んでいないんだろうなって。

 思い返せば、玲央はいつもそうだ。私が彼に何かを問う度に「関係無い」と言っていた理由が、ラウラさんの話を聞いたことでやっと分かった。

 玲央はいつだって、私を本当に危険な場所へ連れて行こうとはしなかったんだ。

 知らない間に、玲央は私を護ってくれていた。ただでさえ過酷な戦場と言う環境の中で、なるべく安全な場所に居られる様にしてくれていた。

 何で玲央が私を? それは、分からないけど……。


「勘づいていたなら、話は早いな。玲央は確かに冷たい所もあるが、俺はアイツを優しい奴だと感じているし、本当の友の様に想っている。付き合いはたった数日しかないが、本気でそう思っている。それもアイツの不思議な魅力なんだろうな」


 そうやって玲央の顔を思い浮かべているであろうリックさんの笑顔からは、どことなく温かいものを感じる事が出来た。彼の言う通り、玲央には不思議な魅力がある。

 そしてリックさんも、玲央の魅力に充てられた一人なんだろう。


 それに、多分―――――私だって、きっとそうなんだろうな。


「その玲央が、先生を護ろうとしているのなら、俺も友としてアイツの想いを無碍には出来ない。アナタを危険に晒す様な事は、絶対にしない」


 リックさんの目には、強い意思が込められていた。少し目線を下げて思考を巡らせてみる。

 彼の想いは、正直嬉しい。彼が護ってくれるという事実を知っただけで、こんなにも心強いのかと驚いている。それに、何か心が温かい感じがする。

 私が彼を追う事は、彼の想いを無碍にする事。リックさんの言う通り、きっとそうなんだろう。

 でも、それでも―――――。



「私は―――――玲央の所へ行きたいです」



 この想いは、曲げない。


「……今の話、聞いていたのか?」


 リックさんの表情が歪む。その言葉には、少し怒気がこもっているのも分かる。

 でも、引く訳には行かない。 


「玲央の想いも、リックさんの気持ちも理解しています。でも、それでも私は玲央の横に、隣に行きたいんです。今、すぐに」


 此処で引いたら、今までと同じだ。

 

「確かに玲央は、いつもいつも生意気だし、減らず口ばかり言ってくるし、うざいし、気味悪いし、変人だし、一緒に居たらストレスばっか溜まる様な人ですけど」


「言いたい放題だな」


 はい、自分でもそう思います。


「それに、正直に言えばまだ自信が無いんです。玲央が本当に、私の事を大切に想ってくれているのかって。勘違いなんじゃないかって。自信も無いし、もし違うって言われたらと思うと、不安で仕方ないんです」


 素直な心境を吐露してみれば、リックさんは目を丸くした。


「先生は玲央を嫌ってはいないにしろ、あまり良い感情を抱いていない様に思っていたんだが……意外だな」


 さっきも言いたい放題だったしな、なんて付け加えられ、私の心がかすかに動く。 


「……ついさっきまで、リックさんの言う通りでした。いけ好かない後輩だって、そう思っていました。正直、今もそう思っています」


 でも、違う。

 何が違う? それは分からない。分からないけど、明らかに違うという事は分かる。

 自分でも何言ってるんだろうと思うけど、本当にそうなんだから仕方ない。

 分からない。分からないから、知りたい。

 知りたいから―――――――会いたい。


「さっきまでの自分が聞けば、何馬鹿な事をって笑われるかもしれないけど……どんな戦場に赴くよりも、死を目の前にする事よりも、玲央に拒絶される事が、嫌われる事が…………玲央を失う事が、今の私は一番怖いです。

 何でこんな風に思うようになったのかなんて、そんな事は分かりません。今の私には、それを知るだけの経験なんて無い。

 でも、玲央の顔を見れば、きっと答えも見つかるんじゃないかなって思うんです。だから、私は玲央に会いたい。隣にいたい。顔を見たい」


 不思議だな。

 さっきまで、思ってもいなかったくせに。こんなにもスラスラ、言葉が出て来るなんて。

 あんなに弱かった私が、歴戦の兵士であるリックさん相手に、こんな強気に発言できるなんて。


「リックさん……もう一度だけ、お願いします。玲央の居場所を教えてください……」




 本当に、不思議だ。




「もし、教えてもらえないなら……」




 きっと、今の私は。




「――――――力づくでも、教えてもらいます」




 誰でも――――――。




「っ――――……‼」


 リックさんが驚きに染まっていくのが、やけに鮮明に映った。 

 驚くのも無理ないよね。あんなに気弱で、取り繕った様に笑ってばっかりだった私が、こんな事言ううんだもん。自分でも驚いてるくらいだ。

 

「先生、アンタ…………」


 リックさんが口を開いた、その時だった。




 ドォォォォォォ―――――……ン‼‼



 思わず、私とリックさんがそちらを見る。耳を劈くような爆音が轟いた先は、私の目の先、リックさんの後ろだ。

 まずい。

 心臓がどくどくと脈打つのを感じる。あっちは―――――市街地だ。

 そう思った次の瞬間には、老若男女入り乱れた声の束が押し寄せてきた。

 驚愕、絶望、恐怖。そんな負の感情が折り重なった声だ。


「っ、とうとう来やがったか……ッ‼‼」


 リックさんの静かな怒りが、舌打ちと共に聞こえてきた。

 とうとう来てしまった。

 何が? そんな事は言うまでもない。

 あの悲鳴も爆音も、それに今私の全身を駆け巡る匂いや気配だって、どれも馴染み深いものばかりだ。


 何度も経験した――――――戦場の気配だ。


『リック隊長、聞こえますか?』


 脳内に、聞き覚えのある女声が割り込む。

 名を呼ばれた本人も、遠くに立ち込める煙を睨みつけながら答えた。


「あぁ、聞こえているし見えている。ラウラ、そっちはどうだ?」


『施設には、まだ直接的被害は出ていません。ですが時間の問題です。現在、見張り役の兵士達が応戦していますが、現状では長くはもたないかと』


「分かった。俺もすぐに向かう」


 相手は、やはりラウラさん。彼女の話を聞いている上では、まだ患者達は無事の様だ。安心は出来ないが、とりあえず胸を撫でおろした。

 今入院している患者達では、敵襲に対応できない。そもそも対応出来る程まで回復しているなら、入院なんてしていない。

 それにしても、何故私にまで通信魔術を?


『リック隊長』


「何だ?」


 私の疑問など露知らずと言った様子で、ラウラさんは彼の名を呼んだ。


『私も、これより現場へ向かいたいのですが、許可を頂けませんか?』


 聞き間違えたかと思ってしまった。

 ラウラさんの専門は精神科だし、戦場に出る事なんて無いと思っていた。それに私にも座標を合わせて通信してきたという事は、私がリックさんの近くにいる事だって分かっている筈だ。

 なのに、何で……。


「……お前が離れれば、施設に医師は?」


『ニ名残ります。現状戦火は及んでいないので問題ありません。二名とも優秀な医師ですから』


 数秒考えた後、リックさんは強く頷いた。


「分かった。なるべく早い到着を頼む。俺も急いで向かう」


『感謝します…………ミサコ先生』


「っ……はい」


 名を呼ばれ、思わず身体が跳ねた。

 そんな私に、ラウラさんは優しくこう言った。


『今、聞いていた通りです。こちらは私に任せて下さい。専門外とはいえ、私も医師の端くれですから。それに、同じ国の仲間が危険に晒されています。私だって黙ってみていられません』


 だから―――――行って下さい。レオ先生の元へ。


「ラウラさん……」


 本当に、大した人だ。結局、私が言いつけを護らない事も、それでいて玲央の元へ向かおうとする事も、ラウラさんには全てお見通しだったって事なんだから。

 そんな私の心中を察した様に、ラウラさんが優しく笑ったのが聞こえた。


医師わたしの言いつけを守らなかった事へのお説教は、帰ってきたらたっぷりさせてもらいますからね?』


「――――――はい! ありがとうございます!」


 思わず、その場にいないラウラさんに頭を下げれば、通信魔術が解かれたのが分かった。

 顔を上げれば、リックさんが私を見詰めているのが分かる。


「リックさん……」


 目を見れば、彼の考えている事は分かる。その凄まじい気を全身に浴びれば、流石数々の激戦を切り抜けてきた兵士だと思わされ、思わず身体も震えた。

 でも、ここで引くわけにはいかない。私は何としてでも、玲央の元へ行く。そう、決めたんだから。


「……はぁ、全く」


 やがて、やれやれと言った様子でリックさんは頭を掻きながら私から目線を逸らした。


「先生と言い玲央と言い……日本には、無茶や無謀を美徳と捉える様な文化でもあるのか?」


 それは――――――うん、否定できないかも。

 もう一度、大きくため息をついた後、リックさんは再度視線を戦火へと向けた。



「―――――――――『星の下僕』」




「え?」


 唐突に紡がれた言葉に、私は思わずそう漏らした。


「アナタに呪術とやらをかけ命の危機に追いやったのは『星の下僕』に所属する違法……アイツの言葉をかりるなら『犯罪者』だそうだ。名は『大橋真衣』と言うらしい」


 あの女の人の事だと、私は即座に直感した。

 玲央が昨日の夜、突然『星の下僕』の名前を出したのを思い出す。なるほど、あの女の人が玲央の言っていた知り合いって事か。


「玲央が言うには、『星の下僕』は自分たちで争ったりはせず、他の人間の心を巧みに操り争いを起こし、それを裏でコソコソ見ている連中らしい」


 という事は、今大橋真衣さんは渦中にはいないという事になる。 

 そして、きっと玲央はその人の元へ向かったのだろう。しかし、それは一体どこ? 私には土地勘も無ければ、『星の下僕』の考えなんて分からない。


「……後ろ、見てみな」


 リックさんに言われ、私は振り返る。国を囲うようにそびえる防壁の奥に、小高い丘が見えた。少し遠く、頂上はぼんやりとしか見えないが――――――確かにそこには、『何か』が立っている。


「この国を一望できるような場所は、周辺じゃアソコしか無い。それに、あそこは戦火の真逆だ。火の粉が飛んでくる事も無いだろう」


 言うと、リックさんは歩き出した。


「言っておくが、俺はアナタに安全な避難場所を教えただけだ。あの丘に何があり、どんな事が起こっているかは分からない。此処から先は、先生次第だ」


「……ありがとうございます」


 思わずそう言えば、リックさんは足早に駆けていった。恐怖と絶望で埋め尽くされた、戦場へ向かって。


 去っていく背中にもう一度頭を下げ、私も駆け出す。

 目的地は、もう決まってる。


「玲央……お願い、死なないで」


 その日、私は初めて戦場に背を向けた。










「人は決して、戦場そこに向かう事を止めない。待っているのが絶望であり、死であったとしても」


 国を見下ろす小高い丘の上。

 逃げ惑う人々。焼け落ちる建物。そして、失われていく命を見下ろし、彼女は静かにたたずみ、声を漏らした。


「自分の為、家族の為、国の為。理由なんて人それぞれ。でも突き詰めていけば、それはたった一つの目的に落ち着く。どんな大義名分を掲げても、決して逃れられはしないのね―――――人間の、吐き気がするほど醜い感情からは」


 言葉とは裏腹に、彼女は笑った。

 愉快だ、とでも言うように。


 

「なら――――――そんな醜い人間の営みに、高みの見物を決め込むお前は、一体何だって言うんだ?」



 風に混じって聞こえる男声に、彼女は更に口角を吊り上げた。

 ゆっくりと振り向けば、やはりそこには想像した顔が見える。


 あぁ、懐かしい。

 その髪も、目も、身体も、そして――――――自分に向ける、様々な負を混ぜ込んだ瞳も。




「久しぶりね。待っていたわ……玲央君」




「…………久しぶり、真衣」



今回もありがとうございました!

気付けば、前回から早三か月弱……お待たせしてすみませんorz

これからもマイペース更新ですが、どうぞお付き合い頂けたら嬉しいです。


そんな感じの七十八話です。

自分の中の玲央と正面から向き合う事が出来た美沙子さん。ここから現在の彼女がどう形成されたのか?

遂に再会した玲央と真衣。ただならぬ雰囲気の中、二人はどうするのか?

過去編と称した第五章も折り返しを過ぎ、佳境に入ってきましたね。


では今回はこの辺で

また次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ