第七十六話 =反撃=
第七十六話です。よろしくお願いいたします。
「その人って、やっぱり?」
美沙子の話を聞いていた優次郎が、そこで初めて声を上げた。
今美沙子が言った特徴は、自分があの時出会った人物の特徴と一致している。名乗らなかったとの事だが、間違いないと確信できる。
それを肯定したのは、同じく美沙子の話を聞いていた玲央だ。ゆっくりと首を動かし、上下に振る。
「僕も、ミサコちゃんが会った時に直接見た訳じゃ無いけどね。でも、間違いないと思う。容姿もそうだったけど、何より気になったのは――――――」
「治癒魔術を行使したって部分、ですよね?」
先ほどと同じように、玲央が首を動かす。
「治癒魔術は、魔術学院で学ぶ魔術とは少し毛色が違うって事は、ミナセ君も知ってるよね? 直接自分以外の体内に干渉する魔術は、特例を除けば治癒魔術しかない」
「『放出』じゃなくて『投与』する魔術ですもんね」
その通り。玲央と美沙子の目がそう言っていた。
通常、魔術は自身の体内にある魔力を操り、大気中のものと結合し放出する事で効力を発揮する。だが治癒魔術は、相手の体内に直接自分の魔力を流し込む事で治療を行うのが主な行使方法だ。
それは、他の魔術とは一線を画す、とんでもない難易度を誇っている。自分以外の魔力が体内に入れば、当然身体は拒否反応を起こす。何らかの異常をきたし、時には生命を奪ってしまう。
だからこそ、魔術学院では治癒魔術を学ぶことは出来ず、専門の学校が存在し、治癒魔術師・医師には免許が必要となっているのだ。
そして、その魔術的特徴だけで言えば、
「ミナセ君が扱う魔術によく似てるかもしれないね」
優次郎が扱う魔術は『吸収』。相手の魔術・魔力の支配権を奪い、内側から相手の腹を食い破るものだ。
それは、体外へ放出された魔術だけに留まらない。楠木隆盛に行った様に、体内にある魔術を操る事だって可能だ。
「あの日、ツキシロちゃんが医務室へ来た時、一目でわかったよ。魔力の気配が全くなくなっていたからね。それに、恐らくミナセ君が何かしたんだろうなって事もね」
「ははは! やっぱり気付いてたんですね! 流石です!」
「そりゃ分かるよ、だって……いや、今は良いか」
あの時、優次郎は雪菜に言っていた。
『治癒魔術なんて久々に使った』
それはつまり、優次郎もその事を理解した上であの結界を行使したという事だ。雪菜がその事実に辿り着いたのは、優次郎にとってうれしい誤算だったが。
「話を戻すけど、とにかく治癒魔術は普通の魔術師が行使できる代物じゃない。だから、ミサコちゃんが会った人は大橋真衣で間違いないって確信したんだ」
「て事は……真衣さんって治癒魔術師でもあったんですか?」
全く人が悪い。美沙子は単純にそう感じた。
この大犯罪者と直接会ったのは、先日の事件が初めての筈だが、きっと彼は知っていて質問しているのだろう。
玲央は、それを承知した上で質問に答える。
「―――――違うよ」
否定。それが玲央の返答だった。
「大橋真衣は、治癒魔術師じゃ……医師じゃない。今は知らないけどね」
「言い切りますね」
「当たり前だよ。だって有り得ないんだから、そんな事は絶対にね。ミナセ君、治癒魔術師になる為に必要な過程って知ってる?」
「流石にそこまでは分からないですね。目指した事が無いので」
やっぱりか、と言うリアクションの後、玲央は説明を始めた。
「治癒魔術師は、さっきも言った通り人体や生命に直接影響を及ぼす魔術だ。当然、その過程も通常の魔術師とは違う。まず魔術学院を卒業した後、二年生の医療専門学校に通わなきゃならない。その後、最低一年は現場で研修を行うんだ。そして、その研修の最後に実技・筆記の試験を受ける。合格ラインは九十八パーセント正当する事」
「当たり前ですけど、厳しいですね」
しかも続きを聞いていると、試験に落ちれば研修のやり直し―――――――どころか、専門学校一年生からやり直しになるそうだ。それだけ責任の重い職種だという事かと改めて認識すれば、なるほど治癒魔術師人口が減っているのも頷ける。
そこで、久々に美沙子が口を開いた。
「少し前までは、ここまで厳しい条件では無かった様です。なんでも過去に医師が起こした不祥事が原因だとか」
「いつの時代になっても、ヒューマンエラーはあるもんさ。人間なんて不完全な生き物だし、仕方ない事なんだけどね。でも職種が職種だからさ、厳しくもなるもんだよ」
「まぁ、分からなくも無いですけどね。それと、なるほど……確かに今言った条件じゃ、真衣さんが当時クリアしている可能性は無いわけだ」
「うん、百パーセント無いよ。ミナセ君、大橋真衣の年齢は分かるかな?」
「はい。確か、ボクと同い年ですよね」
「そう。今年で二十三歳。当時は二十一歳だったよ」
そこまで聞けば、答えは言われなくても分かる。
魔術学院は十六歳で入学し、卒業は十九歳。四年制を採用している。今の話では、その後二年制の専門学校を卒業し、さらに一年の研修。ストレート合格でも最低三年かかる。晴れて医師免許が手に入るのは、二十二歳の年。つまり。
「年齢的に合わないって事か……そう言えば、何か事情があって魔術学院に通ってなかったって言ってたっけ」
「そこまで聞いたなら話は早いね。大橋真衣は、医師じゃない。治癒魔術師になる権利は、時間的に持ち合わせていない」
「でも、治癒魔術を行使していたって事は――――――」
過去を聞かせてもらう前、美沙子が言っていた言葉が思い返された。
なるほど、この人が言っていたのはこういう事かと納得する。
「大橋真衣は、無免許医師――――ー藪医者って事だね」
「それで違法魔術師、かぁ」
確かに、大橋真衣は違法魔術師に間違いない。それもかなり悪質な。
「それで、美沙子さんは真衣さんに接触して、何らかの魔術を行使されたと」
「はい。そこから先は……記憶が抜け落ちている部分があって。大橋真衣は、疲労回復の効果がある治癒魔術だと言っていたんですが……」
「そんな魔術、あるんですか?」
目線を玲央へ移す。
「…………出来ない訳じゃ無いよ。『整体魔術』、まぁ簡単に言えばマッサージや整骨の類だね。そういった魔術は確かにあるけど、あくまで『整体』であって『治療』って言うのは違和感があるかな」
「私も、そう思いました。治癒魔術による疲労回復というのが、どうも腑に落ちなくて……それに、そもそも整体魔術と治癒魔術では必要な学術も魔術も異なっていますし、資格も別です。治癒魔術師が整体魔術を行使する事なんてありません。
治癒魔術師的観点で診察するなら、せいぜい薬を処方するか、安静にしている様にと声をかける程度です」
「それに整体魔術の施術箇所は腰や足、腕なんかの『筋肉』だ。頬に施術するのもおかしいしね」
二人ともストレート合格した強者だ。違和感だらけの施術は、疑問符が浮かんでは消えずに増え続けていたらしい。美沙子は自分を未熟で凡才だと言っているらしいが、治癒魔術に造詣が深くない優次郎から見れば、十分優秀な医師に見えた。
「それに何より……」
玲央が声を落とし、表情を曇らせながら声を発す。
「ミサコちゃんの身体から……『治癒』とは真逆の魔力を感じたんだ」
治癒の逆。それが意味するものが何なのかは、理解できる。
どうやら大橋真衣は、今まで感じていた以上に悪質で冷酷な、それでいて―――――――
優次郎と同じくらい、狂った違法魔術師の様だ。
「確かに彼女は、治癒魔術に対してもある程度の知識と技術はあったんだろうね。でも治癒魔術師を騙っていた本当の理由は、それじゃない。
彼女の――――――――マイちゃんの本当の魔術をカモフラージュする為のものだったんだと思う」
美沙子を見れば、玲央の顔を凝視していた。おそらく彼女も、玲央の口からあの時の事を聞くのは初めてなのだろう。
自分の記憶が飛んでいた時、一体何が起こっていたのかを知りたい。彼女の目が、そう言っていた。
そして、今度は玲央が過去を紡ぎ始める。
そこから語られた事実は、彼が―――――――現在の黒岩玲央が構築された時の話だった。
間違いない。美沙子さんが出会ったのは、アイツだ。まさか、こんな辺境の地でも関わりを持つ事になるとは思わなかった。
異国染みていながら、日本人の特徴をしっかり抑えた女性。そして、自らを『治癒魔術師だ』と言っていたらしい。
「大橋真衣……」
目の前で横たわる美沙子さんの姿を見ながら、俺はその女性の名を呟いた。
あの後、俺は意識を失った美沙子さんを抱えてすぐに転移した。そして現在、医療用施設のベッドで『治療』を終えた所だ。まだ、目を覚ます気配はない。まぁ無理もないか。こんな魔術、今まで受けた事ないだろうし。身体が免疫出来てないだろうから。
美沙子さんが出会ったのは、アイツ――――――真衣で間違いない。そもそもこんな悪質な魔術を扱う人間なんて、真衣を除けばそういない。
もし使えるとしたら――――――――後輩のあの子ぐらいのものだ。
「玲央」
後ろから、ここに来て何度か聞いた声が響いてきた。振り向けば、底に立っていたのは予想通り。
「リックさん……そっちは良いの?」
「あぁ。今のところ襲撃の気配もない。それに――――今うちに協力してくれている仲間の危機となっちゃ、来ないわけにはいかないだろうよ」
何とも仲間想いな事で。
しかし、なるほど。俺の推測が正しかったなら、真衣が此処に来ていたとなれば襲撃も無いはずだ。
「それで、どうなんだ? 澄田先生の容態は」
「今のところ安定してるよ。まだ予断は許さないけどね。でも、とりあえず大元は叩いたから心配ないと思う。じゃなきゃ、今頃こんな穏やかな呼吸なんて出来てないよ」
「そうか。玲央がそう言うなら、そうなんだろうな」
随分と俺を買ってくれてるみたいだ。まぁ今は味方なわけだし、有難い事だけどさ。
「しかし、お前が澄田先生を抱えて転移してきたって聞いた時は耳を疑ったぞ……何があった?」
「さぁ。俺もその場にいた訳じゃ無いから、よくわからないよ。でも……」
俺は、右手を開いてリックさんに見せた。予想通り、リックさんは目を見開き、俺の手の中で蠢くソイツを見つめていた。
「何だ……コイツは……っ!」
俺の右手の上。そこには、真っ黒に染まった『ナニカ』。
生き物なのかすら怪しい様な、ただ純粋に黒く、邪悪な、それでいて気味の悪いナメクジかミミズの様なモノが、ウヨウヨと気味悪く動いていた。
「リックさんは見たこと無いかな?」
「あぁ……こんなにも薄気味悪いもんは初めてだ……これは、本当に魔術なのか……?」
そう言ってしまうのも無理はないだろうな。
こんなもの、普通知られてもいなければ行使する人間もそうはいない。と言うより、世界人口から見れば限りなくゼロに近い。
そもそも―――――――。
「違う」
「何?」
「これは――――――魔術なんかじゃない」
こんなものを魔術だなんて、俺は認めない。
きっと福原先生や叶もそうだ。それとアイツや水瀬君だって、認めないだろうな。
「俺や美沙子さんが生まれた日本って国は、どうも昔から既存のものを日本流にアレンジする力に長けているらしくてさ。いろんな魔術をアレンジして、独自の進化を遂げていった。これは、そのうちの一つ。魔術ですらなくなってしまった、負の遺産だよ」
それは、魔術が発見されるずっと前――――――――日本の歴史が始まったばかりの太古の昔から存在していたものだと聞いたことがある。
今も昔も、人間のやる事は変わらないんだな、なんて。真衣の存在を認識させられる度に、そんな事を思わされる。
だから俺は――――――――あの国が、嫌いなんだ。
「これは、『呪術』と呼ばれる力さ」
「呪術……?」
リックさんの顔中に疑問符が浮かぶ。当然だ。さっき言った通り、これは日本が独自に生み出したものなんだから。
「そう、呪術。死霊魔術とかと同じ、『禁忌』に分類されてる。一応、分類的には魔術になってるみたいだけど……」
俺は、右手のそれを思い切り床に叩きつけた。目いっぱいの魔術を込められて、ソイツは形を保つことすら出来なくなり、落ちた瞬間弾けて消え去った。
「俺は、絶対に――――――――認めない」
認めてたまるか。
魔術は、こんな…………人を傷つけるしか出来ない様なものじゃない。未完成で歪で、それでいて無限の可能性を秘めたものが魔術だと、俺は思ってる。
まぁ、人間はそれを扱い切れていないんだけど。
「……そうか、分かった」
リックさんも、俺の想いを感じ取ってくれたらしい。真剣な表情で頷いてくれた。
「しかし、ならば何故澄田先生が、そんな物騒なものを喰らう羽目になったんだ? それに、一体誰がこんなもん……」
「大橋真衣」
誰が? そんなものは決まってる。
「こんな汚い力を使うのは、大橋真衣。アレ以外いないよ」
「大橋真衣……聞いたことが無いが」
「俺の知り合いだよ。不本意だけどね」
本当に、不本意だ。反吐が出るって言うのは、まさにこの事だな。
「それに、知らないのも当然だよ。アイツは、表に出てくるような奴じゃない……いつも後ろでコソコソ動いてる、そんな連中の集まりの中にいるから」
「それは……」
「『星の下僕』」
思わず食い気味に言ってしまった。リックさんも聞き覚えがあるのか、目を見開いているのが分かる。
「真衣は、そこに所属する違法魔術師……いや、違うな。ただの犯罪者さ」
世間一般で言えば、違法魔術師になるんだろうけどね。
「アイツは、いろんなものを裏切って来た……家族も、世界も、親友も、それに……俺の事も」
俺が裏切られるのは良い。でも、アイツは一番裏切ってはいけない人間を裏切った。
だから、俺はあいつを許せないし、許さない。
「そんな女だよ、大橋真衣って言うのは。おそらくだけど、今日襲撃が無かったのはアイツが此処に来ていたからだ」
「……それはつまり」
リックさんの言葉に、俺は首を縦に振った。
「今、リックさん達が戦っている相手は―――――――『星の下僕』が操っている連中だと思うよ」
「……『星の下僕』そのものではないのか?」
「アイツ等は自分たちで戦ったりなんてしないさ。誰かを操って、裏でコソコソ隠れてみてるだけ。そんなセコイ連中だよ」
吐き捨てると、俺は美沙子さんへ視線を移した。
相変わらず、寝顔は安らかだ。それを見れば、どれだけ荒んだ心も安心するのは、俺が医者だからなのか、それとも―――――――。
何故、真衣が美沙子さんを標的にしたのかは、まだ分からない。でも、一つだけ新たに分かった事がある。
俺は昔から、真衣の事が嫌いだった。アイツがいろんなものを裏切ったあの日から、ずっと。
だが、今日。アイツは美沙子さんを―――――――やっと見つけた、俺が心おきなく隣にいられる人に手を掛けた。
そして、もう一つ。
「……どこへ行く? 玲央」
気が付けば、俺は美沙子さんの元を離れ出口へ向かっていた。
足が勝手に動く。戦場専門で医師を始めた日から、これほどまでにこの感情が表に出た事は無かった気がする。
不思議な感覚だな。俺は今―――――――きっと、邪魔するヤツは誰でも殺せる。
「アイツは、俺の大切な人を傷つけたし、俺の大切なものに泥を塗った。だから……その落とし前を付けてもらいに行くだけだよ」
もう二度と、『治癒魔術師』なんて名乗れない様にしてあげないとね。
今回もありがとうございました!
優次郎を含めた会話と、玲央視点での回想を書かせてもらいました。玲央が持つ医師としてのプライドや、真衣への憎悪、美沙子への感情を軸として書いてみると、玲央も少し人間味を帯びてきたかなと思えました。
そんな感じの七十六話です。
『呪術』という単語が出てきました。玲央は魔術と認めていませんが、一応世間的には禁忌に分類される魔術の一種です。そうしないと、統制とか色々面倒だし……でも極悪非道に違いありませんね。
では今回はこの辺で。
また次回もよろしくお願いします!




