第七十五話 =崩壊の始まり=
第七十五話です。よろしくお願い致します。
また日が昇る。どんな世界でも、平等に。
でも、私達がやる事に変わりはない。目の前の患者と向き合い、戦争と向き合う。ただそれだけだ。
治癒魔術師の仕事は、病気を治して怪我を癒せばそれで終わり、なんてよく思われるし、実際口に出して言われる事もあるけど、それだけじゃない。
施術後のケアも、私達の大切な仕事だ。治癒魔術師は、直接人体に魔力を注入して治療を施す。投与量を少しでも間違えれば、間違った治療を施せば、何らかの影響が出てしまうのは道理だ。
そんな事が無いように、私達は完全に治癒を終えた事を確認するまで、患者と向き合い続けるのだ。そのまま放置すれば、後遺症が残り人体や人生そのものに影響を与えてしまうことになるんだから。
「……はい、結構です。もう身体は異常ありませんし、魔力回路も正常です。明日からはいつも通りの生活に戻って頂いて大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、先生」
だから、今もこうして患者の元を周り、経過観察を怠らない。
身体的異常は無いか、精神的不安要素は無いか、そして魔力供給は正常かを数日間確認し、特変が無いと判断できれば、そこでようやく治癒魔術師、医者としての仕事は終わる。
私としては当たり前の事をやっているだけなんだけど、こうやって笑顔を向けてくれたり感謝の言葉をかけてもらえると、やっぱり嬉しいなと思う。
最後の患者の元を離れ、私は大きく背伸びをした。早朝から続け、もう昼前だ。今日はまだ襲撃警報はなっていない。このまま鳴らなかったら良いんだけど……。
「『星の下僕』……か」
正直、玲央が言った事は真実なのか分からないし、『星の下僕』という教団の事もよく知らない。
当の本人は今、ここにはいない。往診の為、施設の外で一般の人たちを一人一人訪ねている。これも、戦場医師の仕事かと言われれば、そうでは無い。この国もお抱えの医師はいるし、そちらは任せていいのだが、玲央の場合はよくこうして兵士以外の人々を診察している。
そこに人がいるなら、何時でも、何処にだって行く。治療が必要な人間は、誰だって手を差し伸べる。何度か同じ戦場で仕事をして分かったけど、彼はそういう人間だ。
「澄田先生」
一人、男声が私の元へ届いた。振り返れば、昨日玲央とあの広場で話をしていた男性、リックさんが立っていた。優しい笑顔だな、なんて無意識に頭に浮かぶ。
「今日もお疲れ様」
「お疲れ様です! リックさんは見張りって言ってましたよね?」
「先ほど交代した所だ。今のところ、相手が攻めて来る様子は無い」
「そうですか!」
思わず笑顔を零せば、リックさんも笑ってくれた。本当に、父性を感じる笑顔だ。誰かさんとは大違い……止めておこう。何で離れてる時すら、あの子の事を考えなきゃならないんだ。
最近、こんな事が増えた気がするな。
「澄田先生は親身になって接してくれるな。この国の一員なんじゃないかと錯覚してしまいそうだ。有難い限りだがね」
まずい。
思わず背筋が強張った。戦場医師が、雇われた国に肩入れし過ぎるのは良くない。いつか敵として相まみえてしまう事もあるからだ。その時に、以前世話になったからなんて考えては、仕事に支障が出てしまう。
自分の悪い癖だ、直さないと。
「申し訳ない。別にアナタを困らせるつもりは無かったんだ」
「いえ、そんな! でも、そんな……そう思って頂けるのは嬉しいんですが……」
「大丈夫だ、分かっている。もしこの戦争が終わり、いつか私達と敵対する相手に雇われたとしても、恨み言は言わないさ。傭兵や戦場医師とはそういうものなんだろう?」
「……ありがとうございます」
雇われた国の兵士に気を遣わせてしまうなんて。不覚。
「それより、今日も兵士達が世話になったな。ありがとう」
「いえ、当然のことですから」
「そう言ってくれるのは有難いが、先生も医師とはいえ人間だ。あまり根詰めすぎると、アナタの方が倒れてしまうぞ? 昼食がてら、少し外に出てきたらどうだ」
「ですが、私がここを離れては……」
「玲央がいないからと不安になるのも分かるが、こちら側の医師もいる。少しの間だけなら大丈夫だ」
そう言えば、リックさんは玲央の事は呼び捨てなんだな。今まで出会った人も、玲央を先生って呼ぶ人はいなかった気がする。
そういう親しみやすさみたいのものが、玲央にはあるのかもしれない。かくいう私もそうだし。
って違う違う。今はそんな事どうでもいいじゃないか。リックさんも答えない私を不思議そうに見てるし……本当に、玲央と出会ってから調子が狂ってしょうがない。
「すみません。では、お言葉に甘えさせて頂きます」
「あぁ、ゆっくりして来な。何かあれば連絡する」
リックさんの言葉に「はい」と短く答えて、私は施設を後にする。と言っても行く当ても無ければ、美味しい食事屋さんも知らないし……まぁ、とりあえず適当に歩いてみようかな。
戦場のキャンプ地と言えど、生活の場に変わりはない。兵士たちはもちろん、彼らに付いてきた殊勝な家族もいる。人の生活があるなら、今私達が常駐している医療用施設もあるし、簡易的な食堂やスーパーなんかもある。
と言っても、この国は人や場所が良かったからこんな生活が送れているだけで、他の戦場はこうはいかない。
二つ前に行った戦場では、本当にテントが数張りあっただけで、食事もパンだけだった。まぁそれが普通なんだけど。医療用のテントなんて当然無かったし、碌な物資も防壁も無かったから苦労したもんだな。
キャンプ地……と言うより街といって差し支えない場所を適当に歩いていると、目に映るのは束の間の平和を堪能する人たち。
笑顔の人が多いが、どこか影が差している。心の底から笑えていない。
当然だ。いつまた攻撃が来るか分からない。もしかしたら、数分後には自分の命は失われてしまうかもしれない。自分だけでなく、大切な人達の命も。
そんな状況で心の底から笑うなんて、至難の業だ。全ての原因は、戦争。しかも自分たちから仕掛けた訳でも無い、どこの誰かも分からない人間が仕掛けた、理不尽な攻撃のせい。
(この人たちが本当の意味で笑える日が来ますように……)
何に祈ったのかは、自分でも分からないけど。
しばらく街を歩いていれば。
「うわぁぁぁぁぁぁん‼‼」
誰かの叫び声が木霊してきた。おそらく子供だろう。それに叫ぶと言うより、泣き叫んでいる様に思う。
急いで声の方へ走ってみれば、やはり予想通り。女の子が、膝を抱えて泣いているのが分かる。周りには誰もいない。
一人で遊んでいたのか、親とはぐれたのか、はたまた友達とかくれんぼでもしていたのか知らないけど、今はそんな場合じゃない。
治療してあげようと、もう一度足を動かそうとした時だった。
「――――――大丈夫?」
私より先に、その子に声をかけた人がいた。
綺麗な女性だな。
第一印象は、それだった。随分と大胆な切れ込みが入っているが、和装をしている。顔立ちを見ても、おそらく国籍は私や玲央と同じ。でも、キラキラと眩しい金髪と蒼い瞳が、どこか異国の人間にも見える。そんな不思議でミステリアスな女性だった。
こんな人が、戦場に何の用だろう? 全く似つかわしくない。
「転んじゃったの?」
「ぐすっ、うん……」
「痛かったわね。でも、心配しないで。お姉さんに任せなさい」
優しい声色だ。そんな思いが心臓から全身へ送られている間に、女性は患部にそっと手をかざしていた。
見る見るうちに傷は癒えていき、数秒も経てば、何事も無かったかのように消えてなくなった。
「はい、これでもう大丈夫。足を動かしてみて?」
「………ホントだ! ありがとう!」
「どういたしまして。遊ぶのは良いけど、怪我には気を付けてね」
「うん! ばいばい、お姉さん!」
その子は笑顔で答え、女性の元を去っていった。その後ろ姿をぼんやりと見つめながら、思う。
(今のって……治癒魔術だったよね)
簡単な手当てなら、治癒魔術師じゃ無くても行使できる。例えば、氷雪魔術で患部を冷やしたり、傷口を水系魔術で消毒したりと言った、直接『治癒魔術』を施さない程度のものだ。
だが、今女性が行ったのは、そういった手当じゃない。
女性は少女の傷口を塞いだ。そして、傷は跡形もなくなった。それは、直接人体に魔術を流し、傷口を縫合する事に他ならない。
今のは『手当』ではなく、完全に『治療』だった。もしかして、この人も治癒魔術師なんだろうか。
そんな事を考えていれば、こちらの視線に気づいた様子の女性と目があった。
ジロジロと見ちゃって不快になっちゃったかな? 少し心配したけど、ニコリと笑って会釈してくる女性を見れば。どうやら杞憂だったみたいで安心した。
「こんにちは」
「こんにちは。すみません、じろじろと見てしまって……」
「構いませんよ。こんな戦場で、私のような人間は珍しいでしょうから」
あ、自覚はあるんだ。
そんな失礼な考えが口から出る事は無かった。当たり前だけど。
「私、澄田美沙子と申します。戦場医師をしていまして、今はこの国から雇われて治癒魔術師として所属しています」
「そうでしたか」
「はい。今の治療を拝見しましたが、アナタも医師ですか?」
「……えぇ、まぁ」
女性の返答に違和感を覚えたが、とりあえず気にしない事にした。
「そうでしたか! でも、もう三年戦場医師をしていますが、お見かけした記憶は無いですね?」
「当然です。私は戦場医師ではございませんので」
「え? では、この国の医師の方ですか?」
「いえ、違います」
「なら……もしかして、旅人の方とか?」
「まぁ、そのようなものです」
旅人さんだったんだ。てっきり同業者かと思った。
にしても、態々こんな所に旅しに来なくても……。それに、簡易的な治療だったとはいえ、手技も完璧だったし、普通にどこかの病院で務めたりとかはしないのかな?
まぁ、この人にとっちゃ有難迷惑か。他人の私が、この人の進む道に口を出すのもおかしいし。
「それにしても、見事な手技でしたね! 思わず見とれてしまいました」
「勿体ないお言葉です。簡易的な治療ですので、どなたでも行使可能ですよ」
「それでも、ですよ。魔力の投与量も完璧でした」
「では、有難く受け取らせていただきます。戦場医師の方にそう言って頂けるなんて、光栄です」
「そんな! 私なんて、まだまだ半人前で……」
丁寧な口調だ。立ち振る舞いにも品があるし、良いとこのお嬢様なのかな。
「それより、澄田様はお疲れの御様子ですね」
「はは、まぁ……でも心配いりませんよ! 昨日の夜に激しい戦闘があって、その治療に当たっていただけです! よくある事ですし、大丈夫です! それに、この国に雇われている戦場医師は、私以外にも一人いますから!」
ぼんやりと浮かぶのは、憎たらしい後輩医師の笑顔。最近、彼の事ばかり考えてしまうからなのか、すんなりとそれが思い返された事に、思わず自分で呆れてしまう。
「そうですか……しかし、疲労も行き過ぎれば重症になりかねません。医師であるアナタが倒れてしまっては、兵士の方々に示しが付きませんよ」
返す言葉も無いな……はぁ、まさか初対面の方にまで心配されてしまうなんて。まだ未熟だからなのか、それとも自分でも気づかない程疲れてたのかな。
「少し、失礼します」
「え?」
何事かと思っていれば、その女性が私の頬に片手を当てた。特に変化は無いが、何か温かいものに包まれている感覚に陥る。何となく、身体も軽くなった様に思う。
「…………突然申し訳ありません。あまりにお疲れの様でしたので、簡単ですが疲労回復の魔術を行使させて頂きました」
「疲労回復?」
そんな治癒魔術、習った事あったっけ? 栄養剤があるのは知っているし、たまに注射したり薬を処方したりするけど、魔術で疲労を回復させるなんて聞いたこと無いような……。
「あまり知られていない魔術ですので、御存知ないかも知れません。ですが、効果は保証しますよ」
「……ありがとうございます」
何か少しひっかかるけど、せっかく気を遣ってもらったんだからと、素直にお礼を言った。女性は満足そうに、それでいて艶やかに笑う。本当に、色っぽい女性だ。セクシーなんて言葉がぴったりと当てはまる。奇天烈な服装も相まって。
だが、すぐに表情は変化する。たった一瞬だけど、怪訝そうに眉をひそめたのを見逃さなかった。
どうしたんだろうと思っていると、女性はまた笑顔を戻す。
「では、私はこれで失礼します。また、御縁があれば」
「え? あの、ちょっと!」
呼び止めようとしたけれど、すぐに女性は姿を消してしまった。おそらく転移魔術を行使したんだろう。
せめて名前だけでも聞いておきたかったんだけど……。
「美沙子さん?」
女性と入れ替わる様に、一人の男性が反対方向から私に声をかけて来る。振り返れば、今しがた往診を終えたであろう玲央が立っていた。
「玲央……お疲れ様」
「そっちもね。それより、どうしたの? 何かあった?」
「いや、別に。ただ……ちょっと不思議な女の人と会ってね」
何を言ってるんだろうかと、玲央の表情が私に言ってくる。そして、すぐに口からも言葉として放たれた。
「何て人?」
「名前は分かんない。聞こうと思ったら、どっかに転移しちゃって」
「ふぅん」
興味なさそうな事で。もう少し、私の話に食いついてくれても……って。
(また、こんな事考えてる)
全く何なんだと言いたくなる。
玲央がいなければ、この子の事が呼んでも無いのに顔を出してくるし。玲央と会っていても、こうやって無関心にされたり、話をはぐらかされたりすれば不思議と胸が痛む。
最近の私は、本当にどうかしている。誰かに答えを教えて欲しいものだ。
「でも、本当に不思議な人だったなぁ。治癒魔術師だって言ってたけど」
「治癒魔術師? 戦場専門の?」
「違うみたいだよ。治癒魔術師だって事は否定しなかったけど、旅人さんだって言ってた。露出多めのセクシーな和服着ててさ、何か変わった人で――――――」
「ねぇ、美沙子さん」
独り言の様に呟いていた私の言葉を、玲央が遮った。
「何?」
「その人、どんな容姿だった?」
「え? 容姿?」
さっきまで興味なさそうだったのに、急にどうしたんだろう。
「えーっと、髪は金髪で長かったよ。瞳は蒼色で綺麗だった。日本人っぽかったけど、何か異国の雰囲気もあってさ」
「……そっか」
気のせいだろうか。声のトーンが一つ落ちた気がする。顔を見上げてみれば、今まで見たことが無い様な表情をしていた。
まるで――――――――――敵を見るような、そんな目。
「玲央? どうし―――――」
「美沙子さん」
また、話を遮られる。それから少しずつ、玲央の顔が私に近づいてきた。
「な、何?」
思わず後ずさりしてしまう。顔が熱くなっていくのが分かる。何でかは知らないけど。
こんな至近距離で玲央と見つめ合ったのなんて、初めてじゃないだろうか。改めて見てみると、それなりに端正な顔立ちしてるんだな。
そんなどうでもいい考えを捗らせている内に、玲央は徐々に私との距離を詰めて来て、その度に顔が温度を上げていく。
ついに壁に追い詰められるが、玲央は止まらず、壁に手を付けて私の顔を覗き込んできた。最早顔が沸騰し始めそうだ。
「れ、玲央?」
「動かないで、美沙子さん」
そして、玲央は―――――――私の頬に手を当てた。
(あれ? なんか……)
急に、睡魔が私を襲った。
少し動けば触れてしまいそうな距離にある玲央の顔がぼやけて来る。玲央が何かしたんだろうと思うけど、何をしたのか考えられる程、脳は動いていない。
「そのまま眠ってな。じゃないと、美沙子さん――――――――死ぬよ」
意識が完全に失われる前、そんな玲央の言葉が聞こえた気がした。
今回もありがとうございました!
名前は出ていませんが、遂にあの人が登場。過去編も本格的に動き出します。此処からは玲央先輩と美沙子さんの二人の視点を織り交ぜて進んでいきます。
そんな感じの七十五話です。
あの人が美沙子さんに施したのは一体何なのか。何故、あの人が玲央先輩たちのいる国に訪れたのか。そして、星の下僕とは何なのか。皆さまも予想してみてくださいね。
それと、具体的な国名が出てきていませんが、敢えてです。その理由もまた、何故かお考え下さると、より楽しんでいただけるかなと思いますので、是非お考え下さい。よろしくお願いします。
では今回はこの辺で。
また次回もよろしくお願いします!




