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灰色の世界  作者: ken
第五章
75/140

第七十四話 =胸を刺すのは=

第七十四話です。よろしくお願いします。


 夜。

 医療用施設の一角で、私は月とランプの光を頼りに、現在睨めっこの真っ最中だ。

 

「…………よし」


 カルテへの記入を終え、一息つく。この患者も、後遺症の心配は無さそうだ。とりあえず一安心。思わず息も漏れるというものだ。

 テーブルへ戻せば、私を迎え入れるのは、まだかまだかと順番待ちをしているカルテの山。さっきとは違う意味で、また息が漏れる。

 でも、文句は言っていられない。この人たちの命は、自分たち二人にかかっているんだから。あの人達は生きようとしている。一刻も早い完治を望んでいる。医師として、患者の意思を尊重する義務があるって事は、治癒魔術師の専門学校で嫌と言う程聞かされた。

 そして、あの人たちの傷が癒えれば―――――――。

 

『治ったら、また戦場へ行くんでしょ?』


 ふと。数刻前の玲央の言葉が反芻された。

 ここに入院している患者達は兵士だ。彼の言った通り、傷が治れば戦争へ赴く。自分の為、家族の為、国の為に。

 

『それって、戦争がまだ続くって事になるんでしょ?』


 今度は別の言葉が顔を出す。

 自分たちが治療すればする程、終戦は遠ざかっていく。むしろ、何とか相手側の士気を下げようと、より苛烈な攻撃が行われるようになるだろう。

 戦争を起こすのは人間。そして、それだけの力を持つのは――――――政治家たちだ。

 治療魔術師は医者であって、政治家ではない。過去には政治界へ進出する医者もいたそうだが、魔術の時代になってから、ぱったりとそう言う医師はいなくなってしまった。

 それは何故? 分からない……少なくとも、私は元から政治に口を出そうなんて思ってないけど。

 特に理由もなく、窓の外へ目を向けてみた。空には月と星が楽しそうに輝いている。

 戦場の夜は、全くと言っていいほど光が無い。光を灯せば、相手に居場所を知らせてしまう事になるから。最低限の灯りのみで過ごす事が必要になる。

 だからこそ、自然そのものが放つ光がよく映える。日本にいた時とは比べ物にならない程の輝きは、本当に皮肉だ。まるで私たちを嘲笑ってるみたい。


「なに黄昏てんの?」


 そんな私の耳に届いた声に振り返れば、玲央が巡回を終えて帰って来ていた。


「おかえり、玲央。患者さん達はどうだった?」


「バイタルも安定してるし、経過は良好だよ。今は皆ぐっすり眠ってる」


「良かった……」


 自然と口角が吊り上がるを感じる。玲央も、私と同じような顔になっていき、窓の隣へ寄りかかった。


「カルテ、もう書き終えたの?」


「こっちの山はね」


 低い方の山を指させば、思わず苦笑してしまう。


「まだまだ夜は長そうだね」


「手伝ってあげる、くらい言った方がモテると思うよ?」


「それは良い事を聞いたな。今度美沙子さん以外の人に試してみるよ」


 殴りたい、この笑顔。

 怒りが沸々と湧いてくるが、何とか無理やり押し込んだ。この子といると、いつも以上に気疲れしてしまう。当の本人が、自覚した上でそう言ってくるんだから余計に質が悪い。

 怒りが完全に成りを潜めた後、見計らった様に顔を出したのは、さっき考えていた事だった。


「ねぇ、玲央」


「何?」


「……いつ終わるのかな」


 何が、とは言わなくても分かってくれた様で、玲央も憎たらしい笑顔を控えた。


「さぁ。実際戦うのは兵士だし、引き際を決めるのは政治家。俺らはただ雇われただけだから」


「さっき言ってた通りって事か」


「美沙子さんもそうだと思うけど、俺には国の為に戦う権利も、国の行く末を決める権利も無い。契約通りに医師として仕事を全うする他ない。もし美沙子さんが、戦争自体をどうにかしたいって思ってるんだったら、政治界に乗り込んでみるしかないね」


 結局、玲央も考えてる事は同じってわけか。


「私は治癒魔術師で、あくまで医者でいたいんだ。だから政治に介入するつもりは無いよ。玲央はどうなの?」


「医師が政治に手を出したって、九割がたは良い結果に繋がらないもんさ」


「でも、昔はいたんでしょ? 政治界に進出する医師」


「科学の時代には、結構いたみたいだね」


「魔術の時代になってから、全くいないよね」


 さっき考えていた事を口にすれば、玲央の表情が変わった。


「……一人、知ってるよ」


「え?」


「魔術の時代になって、医者として政治介入した魔術師」


 驚いた。そんな人がいたなんて聞いたことも無かった。医師の世界は狭い。治癒魔術師を志す人は年々下降している。その理由なら私も知ってる。言うような事でも無いけど。

 それだけ狭い治癒魔術界なら、政治に介入した人がいれば、噂が流れてきそうなものだけど……。


「美沙子さん、魔術学院も治癒魔術専門学校も海外だったって言ってたね? だったら知らないのも無理ないよ。もう何年も前の話だし、その件に関しては、今じゃタブー視されてるから。俺はたまたま知ってただけ」


「タブー?」


「まぁ、いい結果に繋がらなかったって事。さっき言った通りね。だから隠蔽されたんだよ、その出来事自体がさ。その治癒魔術師もろとも、無かったことにされたんだ。今、医師から政治家になる魔術師がいないのは、それが理由だよ。治癒魔術師連盟の連中も目を光らせてるみたいだし」


 そんな事になるなんて、その医師は一体何やらかしたんだろう。それに、何で玲央はそれを知ってたのかな……。


「それよりさ、俺からも美沙子さんに聞きたい事あるんだけど」


「何?」


 何か話を逸らされたような気がする……。玲央にとって、あんまり気持ちのいい話題じゃないのかな。


「今、俺らが敵対している組織の事だよ。俺、急に呼び出されたから、あんま分かってないんだけど」


「よくそれで来ようって思ったね……」


 でも、確かに玲央は相手の事なんて気にしてなかったかも知れない。相手が誰であろうと、自分を必要とする人間を治療する。失われる命を、一つでも減らす。ただそれだけを考えていた様に思う。


「怪我人がいるって聞いたからね。理由としちゃ、俺には十分すぎるよ」


 本当に、根っからの医者なんだな。


「今日ここに来る前、向こうの連中に会ったんだ。だから聞いただけだよ」


 そんな玲央が、相手を気にするなんて確かに珍しい。相手側の兵士にあって気になったっていってるけど、玲央も私と同じで戦火のど真ん中にだって飛び込んで治療するタイプの戦場医師だ。最初の頃は「死にたがり」って言われたっけな。

 そんな人間だから、今までだって相手側の兵士に会ったことなんていくらでもあった筈。なのに今回だけ気にするなんて……。


「気になるの? 相手の事」


 玲央はしばし黙っていたが、やがてふわりと笑顔を向けた。



「――――――美沙子さんには関係ないよ」



 ちくりと胸が痛む。確かにそうかも知れないけど、そんな言い方しなくても……。

 

「……まぁ良いよ。でも悪いんだけど、私もよく分からないんだ。私だけじゃなくて、この国の人たちも」


 怪訝そうに、玲央は顔を顰めた。

 やっぱりそうなるよね。私だって、最初に聞かされた時はそんな顔になったから。


「一か月ほど前に、突然この国に現れて攻撃を仕掛けてきたみたい。政府が声明を出して要求を聞いたりもしたって言ってたけど、何も聞く耳もたないらしいよ。それで、しょうがないから迎え撃つしかないって事で、戦争に発展したの」


「テロ……って事か」


「そういう事」


 玲央は考え込むように、窓の外に視線を向けた。

 彼は急に呼び出されたって言っていたし、この国の人たちもそれだけ切羽詰まってるって事か。姿も見えない、目的も分からない、そんな得体のしれない敵と戦うなんて、そりゃ怖くもなるだろうけど。

 玲央はまだ口を開かないので、私も彼に倣って窓の外を見上げてみた。相変わらず憎たらしいくらい綺麗な空が、目に焼き付いた。


「…………美沙子さんは」


 どれだけ経っただろうか。ようやく玲央が口を開いたので、私はもう一度彼へ視線を戻した。


「『星の下僕』っていう宗教団体、知ってる?」


 いきなり何を言い出すかと思ったが、とりあえず正直に答えておこう。


「知ってる……って言っても噂程度だけどね。確か、教義も活動も一切不明の、結構古い教団でしょ?」


「半ば都市伝説教団だね。物騒な噂と名前だけが独り歩きしてるって感じかな」


「それは私も聞いたことあるよ。確か戦争を扇動してるとか何とかって――――――――」


 そこまで言って、気付いた。

 

「もしかして……玲央は今回の戦争、相手がその『星の下僕』だって言いたいの?」


 玲央の顔が、こちらへ向いた。笑顔も何もない、そんな表情で。

 

「……やり口が似てるなって思っただけ。アイツ(・・・)は自分たちが矢面に立って争ったりなんかしないで、人の心に付け込んで自分たちの思い通りの世の中にしようとする。そんなセコイ人間の集まりだ。相手の事が分からないって聞いたから、もしかしたらって思ってね」


「玲央は、『星の下僕』と戦った事があるの?」


「まさか」


 そこで、玲央は再び笑顔を戻した。


「俺は医者だよ? 戦ったりなんかしないさ」


「それはそうだろうけど……」


「ただ、『星の下僕』には知り合いがいてね」


 思わず耳を疑った。

 実在すら疑われていた教団に、知り合いが入団してるなんて言い出すのだから。


「だから聞いたことあっただけだよ。その知り合いに聞いた『星の下僕』のやり口と、今回の戦争の切欠が似てるってだけ。その知り合いもさっき言った通り『セコイ人間』の一人だから、信憑性もあんまり無いし、まぁ噂話の一環だとでも思っといてよ」


 それきり、玲央は口を閉ざしてしまった。


(嘘が付けないなんて言ってたくせに、隠し事は出来るんだね……)


 そんな想いは、口から出る事なく消えていった。

 絶対に、玲央は何かを知っている。そして確信しているんだ。今回の戦争の引き金に、『星の下僕』が絡んでいるんだって事を。

 正直に言えば、気になる。ただ雇われてるだけとは言え、今の私はこの国の味方だ。少しでも力になりたいし、その為には情報はあった方がいい。

 でも、聞けない。玲央はきっと答えない。それに――――――


『美沙子さんには関係ないよ』


 思い出してみれば、再び胸に痛みが走った。玲央にこんな事を言われたのは、初めてじゃない。今までの戦場でもそうだった。

 治癒魔術師を志した理由を聞いた時も。

 玲央が行っている治療法の理論を教わろうとした時も。

 いつだって彼は関係ないの一言で済ませていた。


「もっと、私を…………」


「ん? 何か言った?」


 口に出てしまっていた様で、玲央が首を傾げて来る。

 隠すような事でもない。私の正直な想いに違いも無い。ここで口にしてしまっても、何の問題も無い。

 でも、また拒絶されたら。また、関係ないと流されたら―――――――。


「…………ううん、何でもないよ」


 本当に、私は弱い人間だ。

 

今回もありがとうございました!

いつもより短めです。あくまで今回の過去編の導入部分なので、あまり長々と書いても退屈してしまうと思いますので。


そんな感じの七十四話です。

今回で、とりあえず玲央先輩と美沙子さんが雇われている国の情勢は書き終えましたので、次回から物語も少しずつ動かしていけるかなと思います。


では今回はこの辺で。

また次回もよろしくお願いします!

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