第七十三話 =天才と凡人、それぞれの葛藤=
第七十三話です。よろしくお願いいたします。
(私じゃ救えない人って、やっぱり沢山いるんだよね……)
私は一人、医療用施設の外を歩いていた。
あの後、玲央が加わった事で治療はスムーズに進み、幸いにも死者を出す事なく終える事が出来た。玲央の力は絶大だった。私が一人の患者を治療している間に、玲央は少なくとも三人は治療する。本当に、あっという間という言葉がぴったりと当てはまる。
やはり彼は天才だ。凄まじい治癒魔術師、もとい医者であると、今回も見せつけられた。同時に私の心の中では、またあの感情が顔を出す。
それは、無力感。
自分はまだ未熟だ。玲央と出会った時、それを毎回思い知らされる。
(私……)
思いたくなんて無い。だが、いくら抑えつけても顔を出す。
(医者……向いてない、のかな)
医者は、命を繋ぎとめる仕事をする者だ。
天寿を全うできる様に、怪我を、病を治療する。病や事故、そして戦争によって失われる命を減らす事が、私の仕事。
誇りを持っているし、遣り甲斐もある。突き詰め、極めたいとも思っている。それは間違いない。
だが、今の自分にそれが出来ていない。
経験不足、と言われればそれまでかもしれない。だが、ならば玲央はどうだ。あの子はまだ、医師になって一年ちょっとしか経験を積んでいない。なのに、私なんかよりよっぽど早く、的確に判断し治療を行えている。
あんな天才と自分を比べるなんて馬鹿げてる、凡人には凡人のやり方が、成長がある。それは分かってる。分かってるけど……。
「あっ………」
数メートル先、公園で遊んでいる子供たちをベンチに腰掛けて眺めている。そんな医師の横顔を見て、私の足は勝手に止まった。
玲央だ。手には飲み物を持っているのも見えるし、一息つきに来たんだと思う。
無邪気に、笑顔で、戦争の渦中にいるなんて思えない程に楽しそうな子供たちを見つめ、玲央は笑顔だった。微笑ましそうに、その姿をじっくりと目に焼き付けている。
患者と関わる時も、彼はいつも笑顔だ。焦りや恐怖なんて、微塵も感じない。穏やかで優しい、そんな笑顔を向けている。
私には、いつも嫌そうな顔する癖に……。
「―――――先生」
遠くから、そんな声が聞こえて来る。私に向けたものじゃないって事は容易に想像できた。その声に視線を向けた人物は、やはり玲央だった。
誰かがゆっくりと彼の方へ歩み寄っていくのが見える。その顔にも見覚えがある。
先ほどの、魔力障がいを患っていた男性だ。
彼の姿を確認した玲央は、やがてゆっくりと、いつもの笑顔を映し出す。
「……病み上がりなんだし、あんま無理しない方が良いよ。戦争に参加するのも、向こう一週間は控えな」
「ご忠告痛み入るよ。だが、そうも言っていられないのが現実でな。俺が参加しなければ、兵士たちの士気も落ちてしまう。そうなれば、奴らがこの場所まで攻め入るのも時間の問題だ」
「そっか。ホント、戦争ってのは医者の意に反する事ばっかだね……いつもの事だけど、嫌になるよ」
「すまない」
「おっさんが謝る事じゃないでしょ? アナタが戦争を仕掛けた訳じゃ無いんだから」
ケラケラと、おかしそうに玲央は笑った。
その返答に安心したのか、男性も静かに笑う。
「まだ名乗っていなかったな……リックだ、よろしく」
「俺は黒岩玲央。よろしく、リックさん」
玲央が名乗れば、リックさんも微笑んだ。
やはり、なんて言葉が聞こえた気がしたから、リックさんは玲央の事を知ってるんだろうな。
でも、すぐにリックさんは表情を戻していた。
「……君の所へ来たのは、改めて礼をしたいと思ってな」
言葉を一旦切り、リックさんは深々と頭を下げていた。
「黒岩先生。この度は俺の命を救ってくれて、本当にありがとう。感謝してもしきれない」
「俺は医者として、仕事を全うしただけだよ。リックさんが戦場へ行くのと同じだ」
「それでも、感謝は変わらない」
「そっか……なら、素直にどういたしましてって言っとくよ」
二人の男は、互いに嬉しそうに笑いあっていた。
私には――――――あの笑顔を作る事が出来なかった。
魔力障がいに対する治療法など思い浮かばず、リックさんに言われるがまま、彼の命を見捨てようとしたのだから。
「やっぱり、私なんて……」
あぁ、まただ。本当に、自分が嫌になる。
昔はあれだけ生意気だったくせに、今となってはこの有様。なんで、こんなにもネガティブ思考ばかり浮かんでくるんだろう。
「でもさ、ぶっちゃけた事言うけど、俺――――――リックさんを助けたの、本当に正しかったのかなって、もしかしたら間違ってたのかもしれないなって、そう思ってもいるんだ」
(え……?)
突然聞こえてきた、思いもよらない玲央の言葉に、全ての思考が吹き飛んだ。
今、玲央は何て言った? リックさんを助けたのが、間違い? 医者が患者を治療する事が?
何を言っているのかわからず、私はただじっと二人を見つめる。りっくさんの顔を見れば、彼も怪訝そうに玲央を見つめていた。
だが、対する玲央は、穏やかな笑みを崩していない。
「ごめんね、俺嘘つけないタイプだから。気を害したんなら謝るよ」
「……何故、そう思うんだ?」
リックさんの声色に、怒りは感じられない。まるで玲央を試してるみたいな……。
「だってさ、リックさんが治ったら、また戦場に行くでしょ? 今、アナタが自分でそう言った様にさ」
「あぁ」
「そうなればリックさんが言った通り、こっち側の兵士たちは士気を下げず、まだまだ戦えるだろうけどさ。でも、それって――――――――戦争がまだ続くって事になるんでしょ?」
だんだんと、玲央が言いたい事が分かって来た。
リックさんも同じな様で、目が少し伏せられる。
「…………あぁ、そうだな。ここの部隊長は俺だし、自分で言うのもなんだが信頼は厚いと自負している。俺が死ねば、兵士たちの戦意は確実に削がれていただろう。それこそ、こちらの敗北という結果に繋がったかもしれない」
「うん。リックさん達にとっちゃ、それは避けたい事だと思うし、俺も理解してるよ。だから、アナタ達を否定したいわけじゃない。でも、俺はただ雇われただけの人間で、しかも医者だ。戦場専門だけどね」
ねぇ、リックさん。
玲央が初めて、表情を崩した。笑顔はそのまま、少し悲しそうに目を伏せる。
「俺みたいな医者にとって、一番虚しさを覚える瞬間って、いつだと思う? ―――――――――それはね、俺が助けた命が、また別の命を殺める時だよ」
リックさんは、表情を変えずに玲央を見つめている。
二人の間を、静寂がそよそよと通り過ぎ、髪を撫でていった。がやがやと、子供たちの喧騒が辺りに響く。
やがて、玲央が再び口を開いた。
「俺は医者だから、命を救う。人を治す。でも、ここは戦場だ。俺が助けた人は皆、リックさんと同じように戦場へ戻っていく。そして、人を殺す。自国の為に、己の為に、家族の為に、人を殺し続ける」
「そうしなければ、自分たちが死ぬからな」
「うん、その通りだよ。だから、さっきも言った通りリックさん達を否定はしないし、出来ない。その思想が正しいかどうかは置いといて、理解は出来るからね」
それでも、と玲央は続けた。
「いつも葛藤するんだ。命を救えば、別の命が死ぬ。でも、もし目の前の命を救わないなんて選択をしてしまえば、それは医者じゃない。その瞬間から、医者を名乗る事なんて許されない。一年以上戦場で医者をしてたら、もう……何が正しいのかなんて、分かんなくなっちゃってさ」
それは、私が初めて聞いた、彼の悩み、葛藤だった。
(玲央だって、苦しんでたんだ……)
彼は私とは違う。圧倒的な技術と観察力を持つ、世界有数の治癒魔術師だ。ここ最近、どの戦地へ行っても必ずいる、癪に障る後輩医師。それでいて、天才的な存在。私にとって――――嫉妬の対象だった彼にも、力を持つ人間としてのジレンマに苦しんでいる事を、私はこの時、初めて知った。
「ならば……」
そこで、久方ぶりにリックさんが口を開いた。
「何故、君は俺を助けたんだ? 医者だからか?」
「当然、それもあるよ。でも一番は―――――――」
リックさんの口から放たれた言葉に、玲央は再び、ふわりと笑う。そして、ある場所へと視線を移した。私もそちらを追ってみると、そこには子供たちの姿があった。もう夕暮れだからか、手を振って互いに別れを告げている。
「あの子達の笑顔を護りたかったから、かな」
不意に、玲央がそう言ったのが聞こえた。
「あの子達は、戦争なんて関係ない。ただ、たまたま生まれた国が戦争をしていたってだけだ。リックさんが死んだ事で、こちら側の敗北って結果を招けば、少なからずあの子達にも影響が出る。悪い意味でね。あの子達には未来がある。それが戦争なんて形で失われていくのは、見てられなくてさ」
だから、助けた。それだけだよ。
その言葉にどれだけの意思が、想いが込められているのかは、想像に難くない。
「まぁ、とりあえずは安心してよ。俺は今、アナタ達に雇われてる身だから」
ゆっくりと立ち上がり、玲央はリックさんと向かい合った。変わらない笑顔で、それでも強い意思を瞳に込めて。
「ここにいる間は、俺はリックさん達を治す。何度でも、どんな重傷でも、アナタ達が死なない限り。そこに、今言った葛藤なんて持ち込まない。俺は―――――ただひたすら、貪欲に、アナタ達を治し続ける。約束するよ」
「……そうか」
一言そう言って、リックさんは――――――笑った。
そして、すっと右手を玲央へ差し出す。
「ならば、君がこちらにいる間は、信用する事としよう。頼りにしているぞ、玲央」
しばし、その右手を見つめた後、玲央はそれを掴んだ。
「うん、任せなよ」
握手を交わし、玲央の返答にも満足したのか、リックさんは数秒後に玲央の手を離した。
「なら、俺はそろそろ行く。次の策も練らなければならないのでな。時間を取らせて悪かった」
「構わないよ」
二人の影が離れていく。去っていくリックさんの背中を、玲央はただじっと見つめていた。
そして、その背中が完全に見えなくなる寸前。
「あぁ、そうだ」
再び、リックさんは足を止め、玲央へと向き直った。
「もう一つ、聞いておきたい事があるんだが、いいか?」
「何?」
玲央が答えれば、リックさんはその問いを口にした。
「何故、玲央はそんな葛藤を抱えてまで、戦場を離れないんだ?」
そういえば、私も聞いたことが無かったな。
自分の意思で戦場へ赴いたって言うのは聞いたけど、その理由までは知らない。玲央程の腕であれば、戦場になんて来なくとも引く手数多だった筈だ。それこそ、数年後には治癒魔術師連盟の理事にだってなれていたかも知れない。
私も気になってしまい、玲央の言葉に耳を傾けるが。
「―――――――――――――――」
たまたま吹いた追い風によって、彼の言葉は私の元へ届かなかった。
なんてタイミングの悪いことかと、思わず顔を顰めてしまう。だが、リックさんにはしっかり聞こえていた様で、私とは真逆の清々しい笑顔を浮かべ、今度こそ、その場を去っていった。
玲央はリックさんの姿が見えなくなった事を確認すると、一つ息をついて再びベンチへ腰かけた。
子供たちも帰ってしまい、広場には玲央だけがぽつんと取り残されている。
いや、実際には私がいるので違うんだけど。
「……盗み聞き?」
思わず肩が震えた。今の玲央の声は、間違いなく自分へ向けられたものだと確信したから。
玲央は、ニヤニヤと意地の悪い笑顔でこちらを見つめていた。
「ちょっと会わない内に、随分と人が悪くなっちゃったみたいだね」
「……たまたまだよ。人聞きの悪い事言わないでくれる?」
やっぱりこの子は癪に障る。
すたすたと足早に歩み寄り、彼の隣へ腰かけた。
「人聞き悪いってのも言い様だな。此処には俺と美沙子さんしかいないんだから、誰も聞く人なんていないでしょ」
「玲央のそういう所、ホントに苦手」
「奇遇だね、俺も美沙子さん苦手だから。初めて意見があったんじゃない?」
本当にこの後輩は……ッ‼
腹立たしさを何とか抑え、私はちらりと玲央の横顔を見つめた。相変わらず意地悪く笑っているが、もう気にしない事にする。
「ねぇ、玲央」
「何?」
「さっき言ってた事……ホント? 玲央も、悩んでるの?」
問えば、玲央はしばし黙ってしまう。
不思議と気まずさの無い沈黙が過ぎた後、彼が口を開く。
「本当だよ。聞いてたでしょ? 俺、嘘つけないタイプだから」
「そう、なんだ……」
「うん。だから、本気で美沙子さんの事苦手だって思ってるよ。それなのに、最近ずっと同じ戦場だから、ホントに悩んでてさ……」
「それじゃない!」
うん、やっぱダメだ。本当にムカつくわこの後輩。
私の怒りなどどこ吹く風で、玲央はケタケタと笑った。腹立つ。
「ごめんごめん! でも、リックさんと話してた事も、全部本当だよ。あの人を助けたのが、本当に正しいのかなんて、分かんないんだ。今回だけじゃなくて、戦場で治療を終えた後はいつも思うよ」
「……でも、なにも当人の前で言う事無いんじゃないの?」
「そうかも知れないけど、あの人……何か、本当は死にたがってたみたいだから、思わず言っちゃったんだよね」
玲央の言葉には、いつだって驚かされてばかりだ。
リックさんは確かに自分を二の次として、私にも別の人を治療するように言ってきたけど、死にたがってるなんて思わなかった。
「何で、そう思うの?」
「勘」
「勘なんだ……」
「勘は大事だよ。医師やってたら分かるでしょ?」
まぁ、確かに。
「だから、リックさんにとっちゃ本当は……美沙子さんがやった行為の方が正しかったのかもしれない」
え?
「私が、やった事……?」
思わず聞き返してしまった。私はリックさんに、何もしていない。ただ言葉通り、治療を断念しただけだ。
そのまま言葉にして玲央に投げかければ、彼は笑った。いつもの意地の悪いものでは無く、患者に向けるような、優しい笑顔で。
「美沙子さん、あの時こう思ったんじゃないの?
『この人は、自分の死を覚悟しているから、それを無駄に出来ない。それが、この人のプライドだ』
ってさ」
この男は心を読むような魔術でも扱えるんだろうか。
そう思える程、玲央が言った一字一句は、あの時私の心に浮かんできたものと一致していた。
「俺は、あの人の周りにいる人間を助けようとした。だから、あの人の治療をした。でも、あの人が本当に死を望んで、覚悟していたんなら……リックさんの『誇り』を、『想い』を護った美沙子さんの方が正しくて、俺が間違ってたのかもしれないなって、そう思うんだ」
誇りを、想いを護る。それで命を失っては元も子もない。そう考えるのが普通だろう。
だが、彼らは兵士だ。リックさん達にとっては、それは命以上に重いのかも知れない。私には、到底理解出来そうにないけど。
「美沙子さん、技術はまだまだかもだけど、精神的には医師として凄いなって思うからさ。技術なんて後からどうにでもなるけど、精神的な所は技術以上に作るのが難しい。その『医師としての精神』が俺以上に強い美沙子さんは、優秀だよ。少なくとも、俺はそう思うけど」
さっきまであった自分の醜い感情が、じわじわと目から流されていくのを感じた。
やっぱり玲央は心を読めるんじゃないのか、なんてくだらない事を考えながら。私はただ泣いた。
こんな自分にも、玲央より優っているものがある。嘘が付けない玲央が言ったのだから、きっとそうだ。
私は―――――――医師をやっていていいんだ。
玲央は私が泣き止むまで、何の言葉を発する事もなく、ただじっと私の真逆を見つめていた。その時、私は初めて玲央を優しいと感じたかもしれない。
「あ、言っとくけど優秀っていうのは医師としてだから。人間としては違うから。勘違いしないでね」
前言撤回。やっぱりこの後輩は癪に障る事この上ない。
今回もありがとうございました!
玲央と美沙子、それぞれの『医師』としての葛藤を書かせていただきました。まだ真衣さんすら出てきていませんが、もう一、二話で本筋に触れていこうと思います。
そんな感じの七十三話です。
ここから物語がどう動いていくのか……大体のあらすじは出来上がっていますが、どう料理しようかはカチカチには決めていません。自分でも、どういった道筋で結果に辿り着くのかを楽しみに書かせて頂こうと思います。
では今回はこの辺で。
また次回もよろしくお願いします!




