第七十二話 =戦場医師=
第七十二話です。よろしくお願いします。
戦争。
それはどれだけ時代が変わっても、私達人間のすぐ傍で、小汚い口を開いて来た。生命を飲み込み、自然を噛みくだき、土地を、木々を、焼き尽くして来た。
そんな戦争を引き起こすのは何か? それもまた、紛れもなく人間だ。
では、何故人間は戦争を起こすのか? それは――――――分からない。人間によって、戦争によって、理由は変幻自在に姿を変えていく。決まった理由など無いのかも知れない。
しかし、今回の戦場において私――――ー澄田美沙子は、まざまざと見せつけられた。
人間が持つ、欲望という名の怪物の姿を。
あの時、私は治癒魔術師となって三年目。まだまだ医師としては新米。駆け出しの青二才だった。
医師免許を取得したばかりの時、その態度は我ながら生意気だったなと思う。とある病院に配属されたが、よく上司や先輩、同僚、果ては患者とも揉め事を起こしたものだ。
そんな私をどう扱うか。抱えきれなくなった病院側は、治癒魔術師連盟に報告し、そして私は――――戦場医師となった。
毎日人が傷つき、死んでいく世界は、当時の私にとって正に『衝撃』の一言に尽きる。日本はなんて平和で、自分は何て狭い世界で医師を名乗っていたのかと思わされた。
そして、戦場医師として三度目に派遣された戦場で、私は彼と出会った。
私より二つ年下の、医師一年目の新米治癒魔術師だった、黒岩玲央だ。
第一印象は『変人』だった。私とは違い、自ら進んで戦場へ足を踏み入れたと言う。その癖、治療も独特で、自分の教科書には全くないものばかり。玲央の話を聞いていれば、専門学校で習得した技術を我流にアレンジしたのだと言う。
そして、彼の思想、持論、理念、そして技術を見聞きした事で、印象も変わった。
黒岩玲央は『真の天才』だった。間違いなく。一片の曇りもなく。何故、こんな奇跡の様な治療を施せるのかと、私には全く想像も出来なかった。
戦場という命がけの現場で黒岩玲央と出会い、私の医師としての価値観は変わった。
そして、彼と幾度目かの邂逅を果たした戦場。そこで私達は―――――『大橋真衣』と出会った。
ドォォォォォォォォォォ――――――……‼‼
その日も、轟音が耳を劈き、死の匂いが身体を覆った。私の立つ場所から数メートル先に、強大な魔術が地を焦がし、身体を焼いていた。
煙が充満し、視界も悪く、魔術は分別なく生きとし生ける者全ての命を無の世界へ還そうと襲い掛かって来る。
だが、私は止まらなかった。理由は一つ。医師だからだ。
「っ、大丈夫ですか!?」
魔術を掻い潜り、敵対する者たちを退きながら、私は戦火の真ん中へ走っていった。少しだけ視界が晴れ、目の前に広がるのは、正に地獄絵図。誰が死に、誰が生きているのかすら分からなくなる程の、黒く爛れた人間の姿。
「澄田先生! 時間がありません!」
「分かっています! 息がある方から順番に運んでください! 重傷者を優先的に! 瀕死の方はすぐに知らせ、軽傷の方は可能であれば自力で戻って頂くように!」
「分かりました!」
護衛として付いて来てくれた兵士に要請した後、私も倒れこむ人間一人一人を、じっくりと観察する。なるべく早く、丁寧に。
既に亡くなっている兵士は、心苦しいが今は無視。
何度も言うが、ここは戦場だ。こうしている間も、相手方は攻撃の手を緩めない。時間をかけ過ぎれば、自分が命を失う。一瞬の迷いも許されないのだ。
やはり、亡くなっている人間の方が多い。表情が歪むが、何とか襲い来る感情を払いのけ、観察を続けた。
そして――――――
「うぅっ…………」
「っ、大丈夫ですか! 私が見えますか!?」
一人、生存者を発見した。
しかし、傷は決して浅くないし、事は一刻を争う状態。ヒューヒューと息が漏れ、命の危機をこちらへ知らせて来る。
「今、手当をします! 大丈夫、必ず助けますから!」
私は治癒魔術を行使し、軽い応急処置を施す。最低限の救命だけを行い、本格的な治療はキャンプへ戻ってから。それが、戦場医師の基本医療だ。
周囲に目を配り、攻撃が飛んでこないか確認する。護衛兵士が結界を張ってくれている様で、幸いにもしばらくは持ちそうだ。
やがて、一人の応急処置が完了した。
「あ、ありがとう、先生……」
「礼は結構です。それより、転移魔術は行使出来ますか?」
「何とか……」
「では、すぐにキャンプへ戻ってください! 早く!」
目の前の兵士は、すぐに転移魔術を行使し、その場から姿を消した。
それに満足する事もなく、私は即座に次の兵士へと走り寄る。
そこからは、同様の処置を続けていった。
生きるものは応急処置を施し、キャンプへ転移。出来ないものは、一時身を隠し、後で私たちと共に転移する。
生を失ったものは、その場に置き去り。本音を言えば、本当はちゃんと供養してあげたい。だが、それが出来ない。ジレンマと戦いながら、戦火の中で我武者羅に治療を続けた。
一人、また一人と転移していき、数分後には全ての人間の治療を終える。とりあえず、一安心。だが、すぐにそれは吹き飛んでいった。
「先生! もう限界です!」
「ありがとうございました! 処置は終了です! これより転移に移ります!」
「はっ――――――!?」
護衛の目が見開かれていた。何事かと私もそちらを見れば、そこには敵対組織の兵士たちが、ゆっくりと自分たちに近づいてくるのが見える。
手には、既に魔術を練り上げている。結界を解けば、否応なしに無数の魔術が自分たちに降り注ぐだろう。
「これでは、結界は…………」
苦悶の表情を浮かべる護衛を尻目に、私は全速力で脳を動かし、そして答えを告げた。
「結界を解いてください」
「し、しかし……!」
「大丈夫です。私に……任せて下さい」
目いっぱいの決意を込めれば、どうやら護衛も信頼してくれた様で、強く頷いた。
私は敵対兵士に向き直り、両手を彼らへと広げた。そして、結界が解かれる。案の定、彼らは私達に魔術を放とうとしてきた。
でも―――――させない。
「お願い、少しの間だけ……止まって」
成功。私の魔術が、一足早く行使された。
相手の兵士が、魔術を解いていく。手を下ろし、攻撃の意思が無い事をこちらへ示してくれた。
「こ、これは……」
「話は後です。いつまで持つか分かりませんので、すぐに転移を始めて下さい。あちらで隠れている方々も一緒に」
「は、はい!」
そして、私達は転移魔術を行使し、キャンプへと戻った。
「叶うならば……アナタ達も、どうか無事でいて」
そんな私の言葉は、彼らに届いただろうか。
美沙子達が姿を消した、その数分後。彼は魔術が飛び交う戦場を、悠々自適に歩いていた。
全身黒い服装の上で、白衣が妙に綺麗に映えている。肩からはバックが下げられており、まるで一介の旅人の様だ。
「んー……? 俺の雇い主んとこって、どっち行けば良いんだ?」
キョロキョロと辺りを見渡してみるが、文字通り命からがら魔術の行使を続ける兵士ばかり。聞いても答える余裕は無いと見える。
「はぁ。大体地図が適当過ぎるんだよ。これじゃ転移しようにも座標が―――――……ん?」
言いかけて、足を止める。
目の前に広がるのは、少し異様な、それでいて見たことのある妙な光景。
向かって左には、いくつかの死体が転がっており、右には、おそらく敵対していたであろう兵士が、ただ茫然と立ちつくしていた。
抜け殻の様な兵士を、その仲間の兵士たちが必死に揺さぶっているのが見える。
「おい! どうした! しっかりしろ!」
そんな声が、重なって聞こえて来る。
「あー、なるほど……またあの人と同じってわけか」
本当に、ここ最近どこへ行ってもあの人がいるな。
そんな事を考えながら、彼は数歩右へずれ、そして止まる。その音に反応してか、身体をゆすっていた兵士たちが彼へと視線を向けた。
そして―――――――
「っ、貴様は!」
即座に殺意をさらけ出し、彼へ魔術を突きつける。
「あらあら、穏やかじゃないね。まぁ、当然なんだろうけど」
「総員! 魔術を放て! ヤツの息の根を、ここで止めろ!」
おそらくリーダー格であろう兵士の一言で、一斉に魔術が放たれ、彼へと襲い掛かる。
彼は防ぐ事も躱すこともせず、ただ自分へ向けて牙をむく魔術を眺めていた。
そして――――――――魔術は彼の目の前で姿を消した。
「なっ……!?」
驚きも一瞬だった。
ドォォォン‼‼
彼の後ろで、爆発音が鳴り響く。ゆっくりと振り返れば、目の前の兵士と同じ隊服を着た兵士たちが、今放たれた魔術によって爆発四散していた。対峙していた兵士たちは、何が起こったのかと目を丸くしている。その身体を見れば、皆一様に傷だらけになっていた。
その光景を一瞥した後、兵士たちに向き直り、そして一言。
「………何? 仲間割れ?」
彼はおどけた様に、そう言った。
ゾワリと言いようのない恐怖が、兵士たちを襲う。その恐怖を物色しようと、再び彼らは魔術を行使し、一斉に彼へ向けて放った。
だが、無意味。
ゆっくりと右手を上げ、その魔術を全て受け止めた。彼の手の前で勢いは死に、そして、殺意が込められた赤い魔術は色を変える。
それが、白。純白。その色が意味する所を知る兵士たちは、呆然と見つめるだけだった。
微笑んだまま、余裕のまま、彼はその魔術を後方へと放り投げる。向かった先は、彼らと敵対する者たちの元。
彼が放った魔術を受けた者は―――――――――傷が消えた。
兵士たちは愕然とする。今、自分たちは確かに攻撃の魔術を放った筈だ。だが、変わった。
純白で穏やかな、治癒魔術へと変貌を遂げ、あろう事か自分たちの敵である兵士を癒したのだ。
「やはり、貴様は……」
「アンタ等が俺を攻撃してきたって事は、俺の雇い主はあっち側の人らって事で良いんだよね?」
兵士の言葉を遮り、彼は後方、今しがた傷が癒えた兵士たちに指だけ向けた。兵士たちは答えない。その無言を肯定と受け取る。
「だったら、アンタ等は俺の敵って事だ。俺、専門は治癒魔術なんだけどさ。戦場専門でやってるもんだから、ある程度の護身は出来るんだよね」
そして彼は、笑みを深めた。
見る兵士を恐怖に沈める様に。
「さぁ―――――どうする?」
兵士たちは理解する。
彼は、自分たちがどうにか出来る魔術師ではないと。
治癒魔術が専門だなんて、嘘なのでは無いかと思う程、彼の身体から放たれる魔術は強大だった。
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼‼‼」
そして兵士たちは、彼に背を向けた。
殺される。
その感情に操られる様に、ただひたすら、目の前の男から逃亡を図ったのだった。
彼は、追わない。自分の立場は、兵士ではないのだから。
「根性の無い連中だ事」
呆れた様にそういうと、彼はゆっくりと首を動かし、目線を下へとずらす。
そこにあるのは、倒れ伏す死体の海。肌は焼かれ、もはや誰が誰なのか分からなくなっていた。
しばし見つめた後、彼はしゃがみ込み、静かに手を合わせる。これは、彼の母国に伝わる弔い方。
「遅くなってごめん。でも、せめて……アナタ達の事は、ちゃんと帰してあげるからね」
そして、彼は死体へ向けて治療を行った。
焦げた肌が、みるみる生前の輝きを取り戻す。傷は癒えていき、戻らないのは心臓だけとなった。見れば、年若い女性や、まだ少年と呼べる様な遺体まである。
見慣れた光景。そう言ってしまえば元も子も無いが、やはり少し、胸が痛んだ。
やがて、その遺体たちは光を放ち、身体は少しずつ透けていき――――――――そして、消えていった。
「さて……」
その光景を見届けた後、男はゆっくりと立ち上がり、一点を見つめた。
先ほどの兵士たちが逃げていった方向の、逆。おそらく、自分を雇った人間がいるであろう方角を。
「行くとしようか。また、美沙子さんもいるみたいだし……少し、気が重いけど」
そして彼は、転移魔術を行使する。
焼き尽くされた荒野と、鳴り響く戦争の音だけが、その場に残された。
キャンプは酷い有様だった。
苦しみもだえる声が、暴れまわる身体が、建物内いっぱいに埋め尽くされている。
誰が発しているのか、誰が暴れているのか、それすら分からなくなってしまう程だ。
「痛ぇよぉ‼‼」
「し、死んじまうぅ‼」
「すぐに行きますから、もう少し辛抱してください! 大丈夫です、必ず全員助けます!」
慢性的な戦場医師の不足。
その弊害は、私が配属されたこの場所でも例外では無かった。
負傷兵の数に対し、医師が私一人しかいないのが、その証拠。部隊長の話では、もう一人医師を雇ったらしいが、まだ姿を現さない。多忙なのか、はたまた只ののんびり屋なのか。
しかし、今はそんな事を考えている場合じゃない。戦場と同じだ。我武者羅に負傷者と向き合い、ひたすらに治療を施していく。
誰一人、死なせない。必ず助ける。
その想いだけが、私の疲れ切った身体を支えてくれていた。
「よし、もう大丈夫です。後は安静にして、しっかり食事を摂ってください」
「あ、ありがとう……」
感謝の言葉に笑顔だけを返した。そして、次の負傷者の元へと急ぐ。
中年の男性だ。例にもれず苦しみ悶えていたが、どうもおかしい。
(傷は深くないし、損傷個所も少ないのに、この苦しみ方はおかしい……っ、まさか)
嫌な予感が脳裏をよぎった。
治療を施し、全身を魔術によって観察していく。
そして、思った通り。
「魔力障がい……」
魔術の過剰行使や、損傷個所が悪かった時、稀に起こる事だ。
体内で魔力が暴発し、臓器を圧迫していく。
まずい。
直感的に、そう感じた。魔力障がいの解決法は、未だに確立されていない。長時間のオペを行えば、一時的に魔力を抑える事は可能だ。
だが、そんな時間をかけていれば、まだまだ無数にいる負傷者の治療が間に合わないかも知れない。
どうするべきか。このまま放置すれば、この兵士は命を落とすかも知れない。
だが、この兵士に時間をかけて他の人間が死んでいくのも嫌だ。医師として、一人でも多くの命を救いたい。
傷が癒え切った後も、答えは出なかった。
そんな私に、その中年男性が声をかけて来る。
「先、生……行ってくれ」
「えっ、でも!」
「俺の、事は良い……それより、若い、やつ、ら、を……」
息も絶え絶えに、男性はそう言った。
男性は、死を覚悟している。その想いを、覚悟を、無駄になんて出来ない。
私にも医師の誇りがある様に、きっとそれが―――――――この兵士のプライドなんだ。
「っ……すみません!」
私は葛藤を必死に振り払い、次の負傷者の治療に移った。
罪悪感が、無力感が、私の身体を支配していく。
何度、こんな事があっただろう。何度、救えなかった命を見てきただろう。後何度、こんな感情に苦しめられるのだろう。その答えなんて、今の私に分かるはずも無かった。
その時―――――――ふと、辺りが静まり返ったのを感じた。兵士たちが、皆一点を見つめている。呻く事も止め、身体を落ち着かせて。
「―――――魔力障がいか。おっさん、苦しかったでしょ? よく耐えたね」
次に聞こえてきたのは、聞きなれた若い声。性別は男。
間違いない。
確信した私が振り返れば、先ほどの男性の前に、一人の青年が立っていた。じっくりと男性の身体を見渡し、そして、笑った。
「でも、もう大丈夫。俺が今、治療してあげるから」
そう言って、その青年は右手を掲げ、治療を施していく。
施行先は、男性の右大腿部。傷も無ければ、打撲痕すらなかった場所。そんな所に治療を施して、一体何になると言うのか。
そんな私の考えは、すぐに否定された。男性の顔色が徐々に戻っていき、呼吸も安定していく。
「おっさんって魔術を行使する時、足に力いれる癖あるんじゃない? それに年も結構いってるし、多分だけど右利きでしょ?」
「あ、あぁ……」
肯定を聞き、青年はいっそう笑みを深めた。
「多分、長年そんな方法で魔術を行使してきたから、無意識に右大腿部に魔力が溜まってたんだと思うよ。それが今になって爆発したんだろうね。とりあえず今は、全身の魔力量をちょっとばかし調整させてもらったよ。これでしばらくは大丈夫だろうけど、あくまで一時的な処置でしかない。いつまで持つかは分からないから、再発は必至だ。それだけは忘れずに。後、今後はなるべく右足で踏ん張らない様にしな」
「…………ありがとう」
彼の話を聞いていれば、治療の手が思わず止まった。
考えもしなかった。と言うより、彼の目の前にいる男性は初対面だ。一瞬で得意魔術や癖など見抜ける筈ないじゃないか。
だが、彼は見抜いた。一目見ただけ、たった一瞬で。
あぁ……やっぱり。
「ん? あぁ……やっぱいたんだ美沙子さん。こないだ振り」
彼は――――――黒岩玲央は、天才だ。
今回もありがとうございました!
玲央先輩の過去編スタートです。時系列的には、本編の二年ほど前になります。なので玲央先輩は、本編の優次郎と同い年くらいですかね。美沙子さんは、その二つ上。本編の玲央先輩や叶さんと同い年になります。
そんな感じの七十二話です。
戦場医師としての黒岩玲央を、澄田美沙子の視点を通して感じて頂ければと思いますので、よろしくお願いします。
では今回はこの辺で。
また次回もよろしくお願いします!




