第七十一話 =いつかの戦場の記憶=
第七十一話です。よろしくお願いします。
終わり。それは全ての事象に対し平等にやって来るものだ。
朝が終わり、夜が終われば一日も終わる。それが何十年と積み重なり、その間に学校や仕事など、様々な終わりを経験し、人の人生は終わっていく。
そんな無数の終わりの中で、また一つ、魔術学院の関係者にとって終わりがやって来た。
本日、八月三十一日。夏休み最終日。
今日が終われば、新学期が始まる。あるものはたまっていた宿題に追われ、あるものは最後の一日を満喫しようと街へ繰り出した。
そんな中、昨日一足先に終わりを迎えた店が一つあった。魔術学院の学生食堂である。
夏休み期間中、一般開放され多くの客が椎名の料理を求めやって来ていたが、本日十四時を以て、それ
も終了となる。最終日となった今日、食べ納めをせんと開店から多くの客で賑わい、大盛況のうちに閉店した。
「椎名ちゃん、今年もごちそうさま!」
「また来年も、絶対来るからな!」
訪れた客一人一人が、椎名へ声をかけて退店していく。その姿を見ていた境子は、何故だか自分まで嬉しくなった。
「おう、今年もご来店どうも。来年まで死ぬなよ」
椎名は相変わらずの言動で客と接していたが、どこか嬉しそうに笑っていた。これだから料理人は止められない、と言った様子が印象的だ。
そして現在、店内は後片付けと、明日からの準備に追われている最中である。普段は店内清掃のみを行っている境子も、今日に限っては、現在洗い物も手伝っていた。
「古谷、夏休み中ご苦労さんだったな。正直助かった、ありがとうよ」
「私こそ、毎日ありがとう。もとはと言えば、こっちがお願いした事だったしね」
一つ一つ丁寧に洗いながら返事をする。ちらりと椎名の方を見れば、調理器具の確認や食材の確認などを行っており、やはり忙しそうだ。
夏休みが終わっても、彼女の日常に変わりはない。椎名の料理を求めてやってくる生徒達を誠心誠意もてなす為、準備に余念は無かった。
「お前も明日から新学期だし、手伝いも今日までだな。明日からは講義の空き見つけて来るのか?」
「そのつもり。三回生で、後期もまだ講義結構取ってるからさ、手伝いは今日までかな」
「そうか。頑張れよ」
「ありがと」
最後の食器を洗い終え、手を拭きながら境子は椎名へと向き直る。
「忙しそうな所悪いけど、今日も料理教わっていい? 夏休み始まる時に三木さんから出された課題、ちゃんと出来てるか見て欲しいんだけど」
「あぁ。ただ今日はちょっと毛色が違うが、いいか?」
境子は首をかしげた。
「毛色が違う?」
「あぁ。夏休みの総まとめ。まぁ、試験だとでも思ってくれ」
「それは良いけど……何すればいいん?」
「そんな難しい事じゃねぇよ。作るのは野菜炒めでいい。ただ…………うちの分だけじゃない」
「え?」
未だに椎名の言っている事を理解しきれない境子に、彼女はふっと笑いかけた。
「これから客が来る。そいつらにも作ってやれ。それが、夏休み中の課題が出来ているかの試験だ」
客が来る。その一言で、何となく理解した。
最後の営業は終了している。もう、一般客は入店出来ない筈だ。そんな時間に訪れる客など、一握りしかいない。
その人物たちの顔が浮かび始めた時、食堂の扉は開かれた。
境子がそちらへ振り返れば、そこには――――――浮かんだ人物が一人と、見覚えのない人物が一人。
「やっほー! 二人とも最後の営業お疲れ様!」
「お邪魔します、三木さん。どうもお久しぶりです」
「よぅ、二人ともいらっしゃい」
そこにいたのは、黒岩玲央。そして彼の隣には、一人の女性がいた。白衣を着ている事から、おそらく医師であろう事は推測できる。
「古谷。二人を案内してやってくれ」
「了解。こんにちは、黒岩先生。それと……初めまして。魔術学院三回生の古谷境子です」
「こんにちは、フルヤちゃん!」
「初めまして。治癒魔術師の澄田美沙子と申します」
境子が頭を下げれば、相手の女性も丁寧に会釈を返してくれた。そしてやはり、医師で間違いない様だ。
「もしかして、彼女さん?」
冗談半分、本気半分で境子が問えば、玲央は可笑しそうに笑い、美沙子は一瞬目を開いた後、はぁ、とため息をついた。
「そうだったら嬉しかったりしちゃうんだけどねー! 残念ながら、そんな関係じゃないんだ!」
「出鱈目を言うな、全く。でも、玲央の言う通りですよ。ただの腐れ縁です」
彼を玲央と呼んでいる事から、どうやら親しい関係である事には間違いない様だと、境子は一人そう結論付ける。
「そうですか。後、ため口で良いですよ」
「……そうか。なら、お言葉に甘えさせて頂くよ」
「それで結構です。では、こちらへどうぞ」
そして、境子は二人を席へと案内する。向かった先は、厨房カウンターのすぐ前の席だった。
「ここで、問題ないですか?」
「僕は構わないよ! ミサコちゃんは……大丈夫?」
「……別に、構わない」
大丈夫とはどういう事かと、少し疑問を抱くが、とりあえず無視する。とにかく、ここで問題ないと言ったのだから、それで良いかと思いながら、水を取りにカウンターへ向かった。
「三木さん、料理作る相手って……」
「あぁ、そうだ。だが、この二人だけじゃない。お前に作ってもらいたのは、うちも含めて四人分だ」
四人。という事は、あと一人誰か来店してくるという事になる。
誰か。なんて考えなくても分かる。
そんな時、再び扉が開かれ、カラカラと音を鳴らした。
「こんにちはー! あーお腹空いた!」
聞きなれた声、見慣れた白。間違いない。今度こそ、思い描いた人物が一人だけ来店した。
「……いらっしゃい、水瀬先生」
「やぁ、境子ちゃん! 夏休みは大変だったね! しーちゃん、厳しかったでしょ?」
「あー、まぁそれなりに」
「んな話、今はどうでもいいだろ。ほら、待ち人ならそこだぞ」
椎名が会話を遮り、待ち人の席を顎で指す。そこへ視線を向ければ、玲央は手を振っており、隣の美沙子は会釈のみ行った。
「やぁ、玲央先輩に美沙子さん。お待たせしちゃいました?」
「大丈夫だったりしちゃうよ! 僕たちも、今来たばっかりだからさ」
良かったです! と元気に答え、優次郎も彼らの向かいへ座った。境子はおもむろにコップを一つ加え、そこにも水を注ぎ、席へと運ぶ。
「ありがと!」
「どういたしまして。なら、私は厨房行くね」
「厨房? もしかして、境子ちゃんが食事作ってくれるの?」
意外だ。という思い三割と、楽しみだ。という思いが七割。そんな笑顔で優次郎がこちらを見つめてくる。玲央も、どこか楽しそうにこちらを見ており、初対面の美沙子は我関せずと水を飲んでいた。
「三木さんに作れって言われてね。私じゃダメかな?」
「全然! むしろ気になるし!」
「僕も同感だったりしちゃうかな!」
「私は、二人に任せます」
三者三葉の答えを聞き、椎名へ視線を移した。
作ってこい。眼でそう言ってくる椎名に首肯し、境子は厨房へ入った。
「メニューは野菜炒めだからね。じゃあ、また後で」
そうとだけ言い残して。
後に残ったのは、美沙子と玲央、優次郎、それとカウンターで肘をついている椎名の四人。
「…………うちも、此処にいて大丈夫なのか?」
先に口を開いたのは椎名。
玲央と優次郎は、答えを求める様に美沙子を見つめた。視線に気づき、美沙子も首を縦に振る。
「私は、大丈夫です。今日は、全てお話するつもりで来ました……覚悟は、出来ています」
あの日、消えゆく死霊に言われた一言。
『お姉さんは、間違っちゃダメだよ!』
そして、その少し前。優次郎に問われた言葉の中の、四文字の名前。
『大橋真衣』
ここで、全て伝えた方が良いのだろうと、美沙子は思う。
何故なら―――――。
「大橋真衣は、まだ……生きていたんですね」
彼女の危険性は、重々承知しているから。
ここで何も言わず、彼女の存在がどういうものなのかを知ってもらわなければ、また『あの時』の様な被害が出てしまうかもしれない。
選択肢を間違えてしまった者が、どんな結末を迎えたのかは、つい先日まざまざと見せつけられた。
ならば、間違えない。ここで、全て伝える。あの死霊の想いに応える。そう決めたからこそ、玲央から今日話し合いをする、全て伝えると聞いた時、自分も行くと言ったのだから。
「……うん、しっかり生きてましたよ。金髪で、服は和服で、眼は蒼色でした」
「間違いないね。はぁ……もう二度と、その名前を聞く事は無いだろうなって思ってたんだけどな」
「……そっか」
玲央も、困った様に笑った。
優次郎にも、色々と聞きたい事がある。
大橋真衣とは、どんな人物なのか。
彼女は戦場で何をしていたのか。
そして―――――――――大橋芽衣との関係は何なのか。
(まぁ、一つずつゆっくり聞いて行けばいいかな。それに、特に美沙子さんには覚悟がいる話みたいだし)
そう思い、優次郎は二人をただ黙って見つめ、言葉を待った。
遠くで、境子が調理を始めた音が聞こえて来る。
「…………ミナセ君は」
口を開いたのは、玲央だった。そして。
「『星の下僕』って言う名前、聞いたことあるかな?」
優次郎は大きく頷く。
『星の下僕』。確か魔術が創生された初期の頃から活動していると言われる宗教団体だ。一般的な知名度はさほどなく、思想や活動内容も一切不明。入団資格なんかに関してもよく分かっていない、かなり謎が多い教団でもある。
ただ、悪い噂はよく耳にする。例えば――――――かなり過激な、それこそ戦争を扇動しているなんて噂まである。ただ、教団自体が知る人ぞ知る、と言った存在であるため、半ば都市伝説的教団となっているが。
しかし、優次郎も知っているなら話は早い。玲央は話を続ける。
「あれは確か……」
だが、それを。
「玲央」
美沙子が止めた。
「そこから先は――――――私が話す」
しばし、美沙子と玲央が見つめ合う。そして、数秒後。玲央は柔らかな優しい笑顔を浮かべた。
「分かった。なら、お願いしようかな」
強い眼差しを引っ提げて、美沙子は首を縦に落とし、優次郎へと視線を向けた。
「あれは私と玲央が、とある紛争地域に医師として派遣されていた時の事です。あの時、私達の派遣先だった国と敵対し、争っていたのが『星の下僕』でした。
そして――――――大橋真衣は、その教団に所属する『違法魔術師』だったんです」
そして、彼女はゆっくりと語りだす。
大橋真衣という悪魔と出会い、自分と、そして玲央の人生が壊されてしまった、あの忌まわしい数日間の事を――――――。
今回もありがとうございました!
第五章のプロローグとなります。予告させていただいた通り、今回は玲央先輩の過去を掘り下げていきます。
今の黒岩玲央が出来るまで、といった感じの話になりますので、五章を読んでいただいた後で過去の話を見返すと、玲央先輩に対する印象が変わるかもです。どうぞ、お楽しみ下さい。
そんな感じの七十一話です。
玲央先輩の視点で過去を描こうかと思っていましたが、少し変え、澄田美沙子と言う医師の視点で、『彼女が見た、戦場医師としての黒岩玲央』を書いて行った方がいいなと思い、こういった形式で進めていこうと思いました。よろしくお願いします。
では今回はこの辺で。
また次回もよろしくお願いします!




