第七十話 =家族=
第七十話です。よろしくお願いいたします
瞳のこんな表情を、叶は見たことがある。それも、つい最近の事だ。
四日前、瞳が学院に行くと言い出した時、自分は止めた。瞳にはまだ早いと。そして何より、瞳を危険な目に合わせたくないとの思いから。
だが、瞳はそれを振り払った。強大な魔力を跳ね飛ばし、恐怖を飲み込み、叶に自分の決意を告げたのだ。
今、瞳が携える表情は、正にその時と同じだ。
「何かしら」
だからこそ、真剣にそれを受け止めようと、叶も少し身構える。自然と表情が強張った。
瞳は、しばし姉の顔を見つめた後、口を開く。
「…………私は玲奈から逃げ続けていた。あの子の事なんて見たくない、知りたくない、もう口もききたくないって。そうやって自分を偽って、弱い自分からずっと逃げていたの」
「……えぇ」
「玲奈はもう、私には理解出来ない狂人になってしまったんだって感じてた。だから逃げたの。玲奈を理解しようとすれば、自分もそっちの道に行ってしまうんじゃないかと、怖くなってしまったから。そして、それは玲奈だけじゃない」
「ユー君の事かしら?」
静かに笑い、瞳は首を横に振った。
「確かに、水瀬先生に対してもそう。私は毎日の様に流れて来る水瀬先生のニュースに、耳も目もふさいだ。私の中では、あの頃の優しいお兄ちゃんでいて欲しかったからね。
でも、違うの。それだけじゃないの。私は―――――――姉さんから逃げていたの」
叶は目を丸くする。
自分? 瞳は、自分から逃げていた? 急いで記憶を掘り起こすが、一向に答えは出て来ない。確かに優次郎が自分たちの元を去ってからと言うもの、姉妹の会話は減っていたかもしれない。だが、疎遠になったと言えるレベルのものでは無かった筈だ。
姉の戸惑いを感じたのか、瞳は言葉を続ける。
「玲奈とケンカして、先生もいなくなって……私は、壊れそうだった。大好きな二人が、手の届かない存在になったんだと思って、心が潰されそうで、苦しくて……。
だから逃げたの。弱い自分を守るために、逃げて逃げて逃げ続けたの。でも……姉さんは違った」
瞳の顔が伏せられ、彼女の視界に、掛布団を必死に握りしめる自分の両手が映った。
「姉さんは、水瀬先生や玲奈が居なくなった後も、いつも通りに私と接してくれていたわよね。自分は大丈夫だって、そう言ってるみたいに思えたの。強いなって思ったし、それ以上に…………」
「……続けて?」
叶に後押しされ、瞳は次の言葉を放つ。きっと、姉にとってはとてつもなく鋭利なものであろう、その言葉を。
「何で、こんな普通にしていられるんだって、怒りもあったわ――――――まるで、『化物』みたいだって、そう思った」
叶の表情が歪むのを感じる。やはり言わなければ良かったかと思ったが、ここで全部さらけ出さなければと、心に鞭を入れる。
「私は、姉さんが理解出来なかった。親しい存在が、一気に二人も居なくなったのに普通でいられる姉さんが分からなかった。ましてや水瀬先生は恋人だったって言うのに。
だから逃げていたの。姉さんからも。姉さんには、遠慮している様に見えたかも知れないけれど、そうじゃない。私はただ、姉さんが怖くて避けていただけ」
「……そう」
たった一言、叶はそう答えた。瞳との会話が減っていたのは、そういう事だったのかと、妙に納得する。遠慮ではなく、逃避だったとは思わなかったが。
「ごめんなさい。でも、本音だったから。今言わなきゃいけないって思ったの」
「いいわ。言ってくれて、ありがとう。私も、疑問に思っていた事が一つ解決出来て嬉しかったわ」
無理やり笑顔を引っ張り出す叶。こんな時でも自分を気遣ってくれる姉に、少し心も痛んだ。
「きっと、一生理解出来ないって思ってた。姉さんみたいに強くなれないって、そう思ってたの。
でも―――――――違ったのね」
伏せていた顔を上げ、姉の顔をしっかりと見つめた。
「あの日、私が昼食を取りに外出したのを覚えてる?」
「……えぇ、覚えているわ。古谷さんと一緒だったわよね?」
「そう。その時、古谷さんにも言ったの。『アナタは強い』って。『私は、アナタみたいに強くなれない』って。そしたらね、彼女にこう言われたわ」
あの日の境子が、自分の背中を押してくれている様に思い、瞳は何故だかすらすらと言葉を流すことが出来た。
「『私だって弱い』って、そう言ってたわ。それでも、強く見せなきゃいけない理由が自分にはあるから、必死に弱い自分を隠してるだけだってね。その理由を聞いたら、何て言ったと思う?」
「…………『姉だから』かしら」
あぁ、やはり。姉と言うのは、誰しもこう考えるものなのだろうか。
本当に、姉とは強い存在だ。全く……敵わないなと思わされる。
「その通りよ。『姉だから強くなきゃいけない』『自分が弱気になっていたら、下の兄弟たちが不安になるから』。そして――――――きっと、姉さんもそうなんじゃないかって」
あの日、そんな会話をしていたのか。だが、境子が言っている事は最もだと叶も心の中で賛同した。
「姉さんも……不安だったの?」
だが、瞳が答えを聞きたがっているようなので、言葉にする事とした。
「………そうね。私だって、古谷さんと同じよ。不安で不安で仕方がないわ。それでも、瞳を不安にさせたくなくて、ずっとそれを隠していた事も、その通りね」
「そう。やっぱり、両親がいないから?」
「それもあったけれど、一番の理由は……瞳が大切だから、かしら」
「私が?」
瞳の疑問に、叶は首肯で返す。
「瞳が大切だから、余計な心配をかけたくなかったし、要らない心配もさせたくなかった。本当は玲奈ちゃんがいなくなって哀しかったし、ユー君がいなくなって辛かったけど、私がその姿を見せてしまうと、瞳が心の支えを失って、耐え切れなくなって壊れてしまうんじゃないかって、そう思ってた。だから、自分の弱いところを必死に押し殺してたの」
まさか怒ってたなんて思わなかったけど、と叶は悲しく笑った。
「古谷さんと話していて、私は姉さんの事を理解したいって思った。心の底からね。まぁ、古谷さんには『多分無理だ』って言われたけど」
「姉の心なんて、実際に姉になった人にしか分からないものよ」
やっぱり、姉とはそういう生き物なんだろうな。
境子と口裏を合わせたんじゃないかとすら思える叶の言葉に、思わず笑みも漏れた。
「古谷さんにも、そう言われたわ。それでね? その後も少しお話をしていて、一つ想った事があるの」
「何?」
瞳は大きく深呼吸をした。一番伝えたかった言葉。伝えたかった想い。変に着飾らず、素直なそれを伝えようと、改めて決意を目に宿し、瞳は叶を見つめた。
「姉さん、私は……姉さんを支えたい。姉さんの力になりたい。姉さんが、自分を押し殺してまで強くあろうって、気を張らなくてもいい様に。妹として…………大好きな姉を支えたいの」
なるほど。
瞳の想いを聞いた叶の第一の感想はそれだった。優次郎が言っていたのは、この事だったのか。瞳が急に力強い目をする様になったと感じた原因は、これだったのか。
瞳の顔を見れば、少し顔が赤い。こんな素直な気持ちを、気心知れた姉に改めて伝えるのは恥ずかしいのだろう。
だが、それでも。瞳は伝えてくれた。
だったら、自分も……正直に応えなくてはいけない。
「…………嬉しいわ」
まず、最初。
一番に伝えたかった言葉はそれだった。
「瞳、アナタは本当に強くなった。今回の件で、心の底からそう思えたわ。玲奈ちゃんと、しっかり向き合って仲直り出来たあなたの姿を見て、頼もしくも感じた。姉として、妹の成長は嬉しいし、心強いものよ。古谷さんにも感謝しないとね」
心の中で、瞳はホッと息をついた。姉が自分の想いを受け入れてくれた事がまず何より嬉しく、安心出来た。
「私からも、一つ質問してもいいかしら」
「えぇ」
一つ間を開け、叶は言う。凛々しく、それでいて哀しい、そしてどこか怒りを含んだ表情で、瞳を見つめながら。
「何故、玲奈ちゃんが最期の魔術を放って来た時、瞳は何もしなかったの?」
姉からの問い。その真意が瞳はまだ分からず、少し疑問に思いながらも、正直に答える事とした。
「私は、玲奈に謝りたかった。それが一番の想いだった。だから、あの子が私に対して抱いていた恨み辛みは全て受け入れようって決めていたの。自分の弱さが招いた過去は、自分で清算しなきゃいけないって思ったから。例えそれで私が――――――――」
「瞳」
言葉を遮り、叶が名を呼ぶ。
そして――――――
パシィィーーーーーーー…ン‼
「え……?」
一瞬、瞳の思考が飛んだ。徐々に理解できたのは、今自分が姉に頬を叩かれたという事実。
左頬に手を添える。痛みが、今の現実を痛烈に教えてくれている。
ゆっくりと視線を戻せば―――――――目に涙をため、右手を振り切ったままでいる叶が目に入った。
「アナタ……本気でそんな事を言っているの?」
その声から分かる。姉は今、怒っている。
「ふざけないで。次にそんな事を言ってみなさい。この程度じゃすまないわよ」
「姉さ―――――――っ」
再び、瞳の言葉は叶のある行動によって遮られた。
今度は痛みではなく、随分と久しい温かみによって。
今度は即座に理解する。自分は今―――――姉に抱きしめられていると。
「私には……もう、アナタしかいないの……」
「え?」
「ユー君は大切な人。玲央君や福原先生、それに椎名さんだって、私にとってかけがえのない存在よ。それは間違いないし、あの人達にはずっと支えられてきた。でも……瞳、アナタは特別なの」
自分が特別。
そんな風に思われているなんて、思いもしなかった。
「もし……もし、アナタが死んでしまったら、私にもう妹はいないの……だから、死なないで。二度と、今みたいな言葉も言わないで」
ゆっくりと身体を話し、再び姉妹は向かいあう。
叶の目に溜まっていた涙は、彼女の想いに押し出される様に流れ出ていた。
「私の妹は、瞳しかいないの。ユー君も、玲央君も福原先生も椎名さんも皆違う。私にとってたった一人しかいないこ。もし……アナタが死ねば……私の……ッ!
……私の『家族』はもういないのっ」
家族。妹。何物にも代えられない、大切な存在。
あの日、玲奈の元へ向かうと言った自分へ、姉がつけた条件。
無茶をしない事。
自分の命を優先する事。
きっとそれは、取締委員会として、一魔術師としての条件では無かったのだろう。
妹を失いたくないという、姉としての本音であり。
「お願い……瞳、死なないで……もっと命を大切にして……」
そして、同時に。
「私を……一人ぼっちにしないで」
弱音、だったのだ。
瞳の口からは、自然とこんな言葉が漏れた
「……ごめんなさい。もう、命を捨てる様な真似はしないと、約束するわ」
その言葉に、叶は笑った。目を真っ赤にはらしながら。
「―――――ダメよ、許さないわ」
「えっ」
予想外。瞳の口から、間の抜けた声が漏れる。
今の流れでそれを言うのか。完全に許すと言う笑顔だったでは無いか。
「だから、瞳に一つ罰を与えます」
「ば、罰って?」
何をしろと言うのか。でも、自分が悪かった事も自覚しているし、甘んじて受けようとは思えた。
そして、叶は罰を指定する。とても―――――――優しい笑顔で。
「私、ここ最近忙しくてクタクタなの。だから……今日の晩御飯、瞳が作って。それが、アナタへの罰よ」
私の事、支えてくれるんでしょう?
いたずらっ子の様に笑う叶を見れば、瞳も拍子抜けしてしまい、思わず噴き出した。
そして、答える。言葉は、ずっと前から決まっている。
「えぇ、任せてちょうだい」
姉妹は、二人して笑った。
今日帰る前に、カルボナーラの作り方を椎名から教わってみようかと、そんな事を瞳は考えていた。
―――――頑張ってね!―――――
遠くで、親友の声が聞こえた気がした。
今回もありがとうございました!
今回で、第四章は終了です! 次回からは第五章、この作品初の過去編に突入します。既に構想は粗方出来ていますので、またまとまり次第、近日中に投稿できればと思いますので、よろしくお願いします。
そんな感じの七十話です。
主人公である優次郎がラスト出てきていませんが、彼は元気です(笑)。今回の話では、優次郎には脇役に徹してもらいました。生徒の成長を見守り手助けする講師、としての役割を全うしてもらえたので良かったです。
では今回はこの辺で。
また次回もよろしくお願いします!




