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灰色の世界  作者: ken
第四章
70/140

第六十九話 =そして、その後=

第六十九話です。よろしくお願いします。

 取締委員会を苦しめていた死霊達が、消えていく。闇が絶たれ、死の匂いが流され、空気が変わっていく。

 終わったようだ。

 ただ二人だけ、無傷で校庭に立っていた義信と雄清は、同時にそれを感じていた。ふと、何方からともなく屋上を見上げる。先ほどまで蔓延していた黒が、徐々に薄まっているのが見える。二人の直感は、確信へと変化していった。


「終わり、ですか」


「そうみたいだな」


 周囲を見渡せば、取締委員会の有志たちは何が起きたのか理解出来ていない様で、急に動きを止め、存在が薄らいでく死霊を見て、目を丸くしている。

 まだまだ教育が必要だなと感じる雄清を見つめ、義信も笑う。


「まぁ、確かに教育する事は必要だが、何事も飴と鞭が肝心だ。労いも忘れるなよ」


「分かっていますよ。俺だって、覚悟して此処に来てくれたメンバーには感謝していますから」


「そうか」


 一度会話を止め、二人は前へ向き直った。死霊の望月も他の死霊の例にもれず、徐々に躯が消えている。最後まで此処に残っている事に関しては、素直に感心した。


「望月、名残惜しいとは言えないが、そろそろ解散と行こうじゃないか」


「フク……マダ……オレ……」


 消えゆく躯となっても、戦意が衰えている様子は無い。


「執念深い男だ。命を無くしても、そういう所は相変わらずか」


 最も、死霊となった彼に変化を求めるのは、おかしな話かも知れない。自分の口から息が大げさに漏れていくのを感じながら、雄清は感じていた。


「フジ……キサ……」


 自身の名を呼んでいる事が分かる。この言葉を使うのは何年ぶりだろうかと考えながら、雄清は口を開いた。



「諦めろ、望月」



 望月の躯が、止まった。


「分かっているとは思うが、敢えて言うぞ。貴様は既に死んでいる。もう成長の余地もなければ、現世こっちに干渉する権利もない。それを自覚しろ」


 義信は、何とも言えない表情で雄清の言葉を聞き届け、視線は望月から離さずにいた。

 きっとその言葉は、望月にとって致命傷となったのだろう。既に彼の躯は、いつ還ってもおかしくない状態にまで薄れていた。

 最期。そう言うように、望月は義信へ視線を向ける。言葉を発さず、何もせず、ただ彼の言葉を待った。

 そして、義信は。



「――――じゃあな」



 別れの言葉だけ、簡潔に口にした。

 そして、義信と雄清にとって過去・・()遺物・・であった筈の存在は、元の場所へと還っていった。

 周囲にいる取締委員会のメンバーたちが互いに支え合う中、二人はじっと、望月が立っていた場所を見つめていた。

 沈黙が続いた中、先に口を開いたのは。


「帰るのか?」


 義信だった。


「何なら、このまま飲みに行ってもいいが」


「せっかくなら、体調が万全の時にして欲しいものですね」


「そうか」


 そりゃ残念だ、と豪快に笑う義信を見つめ、雄清は踵を返す。


「なら、俺はこれで。飲みの件は、まだ後日俺から予定連絡します」


「おう。本当に行ってくれんのか? 嬉しい限りだな」


「アナタが社交辞令の嫌いな人だって事は、十分把握してますよ。それに、俺も信さんと話したい事が山ほどありますから」


「分かった。待ってるぞ」


 えぇ、と短く返し、雄清は有志達の元へと歩いて行った。その背中を見れば、立派に会長職をやっている様だと安心する。


「しかし、俺も流石に疲れたな。実戦なんざ、何年ぶりだったかね」


 前職を退いてから、こういった事はもうやらないと思っていた。しかし、そうはいかなかった。学院長代理として、学院の危機に力をふるうのは当然。仕方がない事だとは理解している。

 だが、しかし。


「望月まで来ているとはな……アイツも、地獄に堕ちちまってたか」


 ふと思い出される、望月との出会い。

 あの頃は、自分も雄清の様にこの世界を平和に、なんて躍起になっていたものだ。あの頃の若い自分の前に現れたのが、望月と、そして雄清だった。

 二人は、義信にとって後輩であり、同時に初めての教え子だった。自分の考えや魔術理論は、全て教えた。

 吸収が群を抜いて早く、自分を慕ってくれていたのを覚えている。まるで犬だな、なんて思っていた事まで蘇れば、思わず笑ってしまった。

 二人との関係が一度終わったのは、自分が講師の道に、それも思想学を専門にする事を話した時。

 雄清は、自分を応援してくれた。今までの礼も言ってくれたし、背中を押してくれた。

 だが、望月は違った。彼は義信が去る事に、最後まで反対していた。

 何故、ここを去るのかと。自分たちを見捨てるのかと。そして、最後に望月から言われたのは。



『裏切者……ッ‼』



 そこで、回想を終えた。

 これ以上、振り切った筈の過去を再び呼び戻す事も無いだろうと。


「さて、帰るか。向こうは黒岩達もいるし、大丈夫だろう」


 ちらりと屋上を一瞥し、義信は学院を去っていく。

 今度瞳に会ったら「よくやった」くらいは言ってやらないとな、なんて思いながら。
















 ぼんやりと目を開ければ、どこかで見た天井が目に入る。

 

「医務室……」

 

 特に理由は無いが、何となく、瞳はそう口にした。まだハッキリと覚醒してくれない脳を必死に動かし、目覚める前の記憶を思い出す。

 玲奈と、仲直りをする事が出来た。結局、全てが遅すぎてしまったが、それでも仲直りをする事が出来た。

 その事実が、瞳の身体を優しく包んでいくのを感じていれば、脳も視界も動ける程度には回復する。ゆっくりと身体を動かせば、予想以上に重い。久方ぶりに動かした様だ。


 一体、自分はどれだけ眠っていたのだろうか。

 そもそも、いつ眠ったのだろうか。

 学院は、今どうなっているのだろうか。


 様々な疑問が宙にふわふわと浮かんでるが、どれを掴もうとしても、すぐに割れてしまう。情報が少なすぎる。

 上半身が完全に起きた時、膝にかすかな重みを感じ、そちらへ目を向ける。 

 そこに一人、瞳のベッドに上半身を伏せ、すやすやと眠っている女性がいた。


「姉さん……?」


 それは、自分の姉。叶に間違いなかった。

 しばし、その美しい寝顔をぼーっと眺めていると。


「妹。覚醒。確認」


 単語だけを並べた、読解力が必要な言葉の羅列が聞こえて来る。

 眠る叶の後ろ。そこに立っているシエルが発言者だ。


「シエルさん、こんにちわ」


「現在。朝」


「………おはようございます」


 首を縦に振ったのは、返答と捉えていいのだろうか。

 瞳の思考など知る由もなく、シエルは眠る叶に視線を移した。


「叶。毎日。看病。礼。推奨」


「そう、だったんですか……あの、私はどれだけ眠って?」


「四日」


 そんなにも眠っていたのか。瞳は静かに驚く。しかし、確かに自分は魔力を使い果たしていたし、力も尽きかけていたのだから、当然と言えばそうかと納得する。

 

「シエルさんは、怪我無いですか?」


「……愚問」


 少しムッとした様で、シエルは目を細めた。自分が死霊如きに後れを取ると思っていたのか、と言っている様で、小さく「すみません…」と謝罪する。

 許しは得られたようで、シエルは目を元に戻し、叶の隣、瞳の枕元にあった椅子へと腰かける。


「もう、全部終わったんですか?」


「肯定。地獄。死。全部。消失。確認済」


「そうですか」


 本当に、全て終わったのだ。

 それを自覚した時に芽生えたのは、確かな安堵感と、妙な喪失感の二つ。

 無駄に長く時間をかけたが、多くの危機に瀕しながらも、多くの人の助けを借りて何とか玲奈と向き合う事ができ、一番の目的であった、玲奈との仲直りと、心の救済を達成する事が出来た。

 だが、玲奈はもういない。もう、自分が死ぬまで会う事も無いだろう。

 じわじわとこみ上げるものを必死に押し殺す。シエルの前で泣く訳には行かない。そんなみっともない姿を見られては、何を言われるか分かったものじゃない。


 それは分かっている。分かっているが、止められない。


「妹」


「っ、す、すみません」


 必死に目をこすりながら答えた。あの時、涙は流しきったと思っていたが、また溜まってしまった様だ。これでは、シエルに幻滅されてしまう。ただでさえ良く思われていないのに、まだそんなに弱いのかと呆れられてしまう。

 だが、シエルが取った行動は。


 ポン


「え……」


 瞳の頭に、優しく右手を置く事だった。

 そしてそのまま、ゆっくりと不器用に、瞳の髪をさらさらと撫でていく。その手つきから、慣れていないのが良く分かった。


「あの……シエルさん?」


「――――――


「っ」


 初めて、シエルは彼女の名を呼んだ。


「貴女。決意。確認。褒美。必要」


 それはシエルが、瞳を認めた瞬間だった。 

 不器用だが、それでいて優しいシエルの手つきに、思わず瞳も笑った。


「……ありがとうございます」


「礼。不要」


 手を放し、シエルは立ち上がる。カーテンを開き、外へ出た。


「身体。大事。休養。必須」


 それを最後に、シエルは瞳の元を去る。がやがやと外から喧騒が聞こえた。どうやら、医務室ここに世話になっているのは自分だけでは無いらしい。

 シエルが撫でてくれた場所に手を当てる。彼女の温もりが、まだ少し残っていた。今まで一方的な敵意を向けられてきた相手に認められたと改めて感じると、思わず顔もほころんだ。

 そして、次の訪問者が現れ、シャッとカーテンが開かれた。


「失礼するね」


「黒岩先生……お早うございます」


 瞳の言葉に、訪問者である玲央は「おはよう」と優しく笑い、シエルが座っていた椅子に腰かける。手には、背表紙に瞳の名が記されたカルテが開かれており、それを一旦机に置くと、瞳に向き直った。


「ちょっと診せてもらって良いかな?」


「はい、お願いします」


「ありがとう」


 玲央は瞳の身体に左手をかざし、診察を始める。一か所一か所丁寧に診ていき、合間にカルテに何やら書き込んでいた。

 そして、数十秒後。身体の診察を終え、左手をひっこめた。


「身体は大丈夫みたいだね。じゃあ、ちょっと魔術を行使してみて? 君がコントロール出来る範囲で最小のもので良いから」


「はい」


 右手を開き、火炎魔術を行使する。ライター程の小さな炎が灯った。


「次は、少し強めてみようか」


 言われるがまま、瞳はほんの少し魔力を強める。炎は少しだけ勢いを増し、瞳の顔程の大きさになった。


「そのまま十秒キープして」


 目を閉じ、集中する。そして、十秒後。


「ありがとう、もう良いよ」


 再びカルテにペンを走らせる玲央を見て、瞳も魔術を解いた。


「魔力器官も損傷は無かったりしちゃうみたいだね。コントロールも出来ているし、後遺症も無さそうだから、午後には家に帰って大丈夫だったりしちゃうよ! でも、四日も寝てたからね。身体は動きづらくなってると思うから、焦らない様に。学院長と一緒に、リハビリがてらゆっくり帰りなよ」


「分かりました。ありがとうございます」


 頭を下げれば、玲央も手を振ってこたえた。


「お礼は良いよ。医師として当たり前の事だったりしちゃうからね。それに、お礼ならミサコちゃんに……あ、ミサコちゃんって分かる?」


「はい、分かります。澄田さんも、治療をしてくれたんですね」


「流石に重傷だったしね! それに患者はヒトミちゃんだけじゃなかったりしちゃったから、ミサコちゃんにも手伝ってもらってたんだ」


「他の患者さんて……」


「取締委員会の人たちだよ。皆、今日まで此処で安静にしてる。話し声、聞こえるでしょ?」


 玲央に言われ耳をすませば、確かに聞こえて来る。



『痛い痛い痛い! 澄田さん、もっと優しくしてくださいよ!』


『これぐらいで何を言っている? 心配しなくとも、もう身体も魔力器官もなんともない』


『だからっていきなり脛殴るのは無しでしょ!?』


『大の大人が情けないぞ。戦場医師だった頃の患者は、これぐらいじゃ何も言わなかったが』


『あんな化物みたいな連中と一緒にしないで下さい!』


 

「……随分と荒療治みたいですね」


「はは……まぁ、元々が戦場医師だし多少はね。それに、そもそも専門は監察医だから。でも、治癒魔術師としての腕は確かだったりしちゃうから安心してよ」


「戦場医師……」


 なるほど、と一人納得する。それなら玲央と面識があるわけだ。

 そんな時。ガラガラと勢いよく医務室の扉を開く音が響いてきた。


『今日の朝飯持ってきたぞ。ここ置いとくから、後で配っといてくれ』


『ありがとうございます三木さん。いつもすみません』


『構わねぇよ。うちの後輩も世話になったし、こっちこそありがとうな、澄田』


『やったー! 三木さんの飯だー!』


『一日三回の楽しみが来たぞー!』


『お前等もう少し大人しく喜べねぇのか? 傷口開いても知らんぞ』


 どうやら、椎名が朝食を持って来てくれたらしい。しかし、彼女のあの態度は取締委員会を相手にしても変わらない様で、流石としか言いようがない。

 玲央もそれを感じているようで、くすくすと笑った。


「なら、僕はご飯配りに行ってくるね。ヒトミちゃんの分も、後で持って来るから」


「はい。よろしくお願いします」


「構わないよ。じゃあ、いったんこれで。あぁ、そうだ」


 カーテンを開けかけて、玲央は再度ヒトミへと振り向いた。


「このカーテン防音だから、周りの事なんて気にしなくて良かったりしちゃうからね」


 そう言って。今度こそ外へ出た。きっちりとカーテンを閉めて。

 何の事かと思えば。足元から声が聞こえて来る。


「ん……」


 どうやら、眠っていた彼女が起きた様だと、視線をそちらへ向ける。

 叶はゆっくりと上体を起こすと、右手で可愛らしく目をこすった。どれだけ成長して凛々しくなっても、こういう所は可愛いものだと、どうでもいい感想が脳をよぎる。

 叶はゆっくりと周りを確認する。

 そして、自分をじっと見つめている瞳を確認すると、目を見開いた。


「瞳……?」


「お早う、姉さん」

 

「……えぇ、お早う」


 それだけ返すと、叶は瞳から視線をずらす。と言っても、そっぽを向いたわけでは無く、少し視線を下げただけだったが。


「身体は、どう? どこも痛く無いかしら?」


「大丈夫よ。黒岩先生や澄田さんのおかげで」


「そう、良かったわ……」


 沈黙。耐え切れず、瞳は口を開く。


「藤原さんは?」


「帰ったわ。会長は怪我をしていなかったし、事後処理も忙しい様だから」


「知ってはいたけれど、会長職も大変ね」


「そうね」


 再び沈黙。再び、瞳の方から口を開く。


「学院は、どうなったの?」


「崩壊箇所は思ったより少なかったわ。修理もほとんど完了してる。屋上は流石に被害が大きかったからまだだけどね。夏休み中には終わると思うわ」


「そう。でも、安心したわ」


 三度、沈黙。

 かつて姉との会話で、これほど気まずいと感じた事はあっただろうか。記憶を掘り返してみるが、殆ど無い。あるとすれば―――――――。

 今は良いかと、瞳は思考を遮断した。

 玲央の言葉が反芻される。



『このカーテン防音だから、周りの事なんて気にしなくて良かったりしちゃうからね』



 なるほど、玲央が言ったのはこういう事か。やはりあの人は侮れないなと、心の中でため息をつく。

 しかし、それなら気まずいと感じている暇はない。せっかく玲央がおぜん立てしてくれたのだから。


「姉さん」


「……何かしら?」


 玲奈と向き合うという目的は達成した。だったら、もう一つの目的も達成しなくては。気まずさは吹き飛んでいき、決意が瞳の背中を押す。

 しっかりと姉の目を見据え、瞳はもう一度、口を開いた。




「聞いて欲しい事があるんだけど」




今回もありがとうございました!

玲央先輩の治療シーン、そういえば今まで詳細に書いたこと無いなと思い、少し細かく描写してみました。この時代の治癒魔術師の診察は、大体こんな感じかなと。玲央先輩の場合、少し特殊な方法も使っているかも知れませんが。


そんな感じの六十九話です。

おそらく、次回で第四章は完結となるかと。先に申し上げますと。第五章は過去編になります。あの人の過去が遂に明らかに……! 四章はまだ終わっていませんが、五章も楽しみにして下さればと思います。


では今回はこの辺で。

また次回もよろしくお願いします!

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