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灰色の世界  作者: ken
第四章
69/140

第六十八話 =最悪の中の、最高の結末=

第六十八話です。よろしくお願いいたします。


 玲奈が、自分の腕の中でバタバタと暴れている。まるで子供の様に、離せ離せと服を引っ張る。


「ハナセ ! サワルナ ! 」


 耳元で聞こえて来るのは、自分を拒絶する言葉。だが、不思議と気にならない。先ほどまで、あれだけ心を突き刺していた言葉だと言うのに。


 理由はきっと、玲奈の本当の声を聞いたから。見せかけだけのハリボテの言葉では、もう瞳を止める事など出来やしないのだ。


「ごめんなさい……」


 そして、瞳は。


「ごめん……本当に、ごめんね……」


 ただ、素直な気持ちを口にした。ぎゅうと抱きしめる腕に、力がこもる。


「私がバカだったの……私が子供だったの……私が……」


「ヤメロ イウナ ‼ 」


 玲奈も、より一層暴れまわった。聞きたくないと言うように。

 

「アナタは、ただ一途に水瀬先生を好いていただけだったのに……私を信じて、伝えてくれただけだったのに……私は、それを拒絶した」


 視界がぼやけるのが分かる。瞳の目から、頬をつたい、玲奈の躯が濡れていく。

 それと同じように口をつたって出てくるのは、瞳がずっと逃げていた、ずっと見て見ぬふりをしていた、彼女の本心だった。

 

「私が……私が、悪かったの……全部、アナタの言った通り……私だけは……玲奈の、味方に……なって、あげなきゃ、いけなかったのに、ね」


 そして。


「私も……私も、水瀬先生が……『お兄ちゃん』が大好き。今でもずっと」


 優次郎は――――――表情を変えない。

 他の者がちらりと彼を見るが、優次郎は笑顔そのままで、二人の会話を見届けるのみだった。

 それを確認し、四人もまた、視線を戻す。


「玲奈が、私に、お兄ちゃんが好きだって……隣にいたいって、言った時……焦りもあったし、ショックもあったけど……でも、違うの。一番最初は……『うらやましいな』って、そう思った」


「ッ……」


 玲奈の力が、少し弱まった気がした。

 初めて聞く、あの時の瞳が思っていた事。それをしっかり聞き届けようとしている様だと、その場にいる全員が感じていた。


「ああやって、素直に言葉に出来るアナタが羨ましかった……嫉妬もした……だから、怖かったの……アナタに……玲奈に、お兄ちゃんを取られるって……そう、思ったから……それで……酷い事、言っちゃったの……」


 優次郎が好き。優次郎と一緒が良い。でも、彼の前では素直になれない。

 それが、瞳が抱えていたジレンマ。そして、それは魔術学院に入った後も、今の今まで変わらなかった。

 雪菜に対して、酷く醜い言葉を放った時もそうだ。芽衣に対しても、本音を言えば嫉妬していた。

 そして、大好きな優次郎の隣にいつも立っていた叶にも、きっと。

 

「だから、これは全部、人の愛し方を間違えて、自分から逃げて、目を背けてばかりいた、私のせい……アナタがお兄ちゃんの愛し方を間違えてしまった事も……禁忌の道へ外れてしまった事も……全部……全部……ッ、全部全部全部……私のせい……私が……私が……っ!


     ―――――――私が玲奈を殺したの‼︎」


 あの頃に戻った様に、瞳は泣き叫んだ。

 七年越しに本音を聞いた玲奈の動きが、完全に止まる。声も出さず、何も――――――呼吸も、当然しないまま。

 玲奈は次の言葉を待った。


「だから、ごめん……許してくれなくても、良い……もう、全部遅いから……玲奈は、もう、死んじゃったんだから……私の……私の、せいで……」


 それが、現実。

 謝った所で、許されるわけがない。自分の罪は消えないし、玲奈が還って来る事も無い。

 遅すぎたのだ。自覚も、謝罪も、何もかも。

 だが、瞳は言葉を止めなかった。それが、ただの自己満足だと分かっていても。


「本当に……ごめんね……ずっと、謝りたかったの……でも、出来なかった……そこでも、私は逃げてたの……ずっと……自分の心からも……ごめん……ごめんなさい……」


 謝罪の言葉を口にすればするほど、腕に力が込められ、強く強く、玲奈を抱きしめる。視界は水滴によって完全にぼやけ、玲奈の顔も、身体も、何も見えなくなっていた。


 だが、横から見ていた五人には見えていた。

 白く染まっていた玲奈の目に、変化が訪れた所を。




「―――――――ずるいよ」




 瞳にだけ聞こえるような、小さくか細い声だった。だが、それで良い。自分たちには、聞こえなくてもいい。

 玲奈の緑色・・()に溜まった涙を見て、四人はそう思った。


「なんで……何で、今更そんな事言うの?」


「うん……」


「あのままでも、良かったのに……ケンカしたままでも……謝ったりなんて、しなくても……別に良かったじゃん……」


「ごめん。でも…………私は、嫌だったから」


「だから、ずるいんだよ。瞳ちゃんは……いつも……」


「うん……」


「こんなの……こんなの、辛いだけじゃん……」


「…………うん」


 玲奈が再び、躯を活動させる。ゆっくりと両腕を伸ばし―――――瞳を、抱きしめ返した。



「謝ったって……ただ……ただ、離れるのが嫌になるだけだよ‼‼」



 思えば、瞳から謝罪を口にしたのは、これが最初の様な気がする。いつも、先に謝るのは玲奈の方だった。自分からではなく、優次郎や叶達に促される形ではあったが。


 だが、今は違う。瞳が、誰に言われる事もなく謝った。

 最初で最後の、心の底からの謝罪を、口にしたのだ。


レイちゃん(・・・・・)だって、嫌だったよ! 瞳ちゃんと、また仲良く話したいって思ってたよ! でも、瞳ちゃんは、あれから殆ど話してくれないし! 声をかけても、無視する事が増えちゃったし! ホントにホントに嫌だった! また、瞳ちゃんとお話したかった! 友達でいたかった!」


「うん……ごめん」


「瞳ちゃんも、優ちゃんが好きなんだって、気付いてた! 知ってて、本当の事を言った! 瞳ちゃんに隠し事なんて、したくなかったから!」


「うん……」




「レイ、ちゃんは……瞳ちゃんの事も、優ちゃんと同じくらい大好きだから! だから嫌だったんだよ! 疎遠になるのも、隠し事するのも!  だって! 大好きな瞳ちゃんの事、嫌いに、なん、て……なりたく、なかったからぁ……っ!」




 なんて滑稽な結末だろう。

 お互いが、まだ想いあっていた。友人に戻りたいと、仲直りしたいと、そう思っていた。

 だが、出来なかった。瞳は素直になれず。玲奈は間違った道を選択した。

 なんて哀れで、滑稽で、馬鹿馬鹿しい結末だろうか。

 結局、二人とも寂しかったのだ。

 ただ、それだけの、たった一言で解決できる様な関係だったのだ。

 それが、遠回りを重ねた結果こうなった。本当に―――――――酷い末路だ。


「ごめん、瞳ちゃん……ごめんなさい」


 玲奈の口から漏れるのは、瞳と同じ言葉。同じ想い。

 同じ、透明で綺麗な雫だった。


「瞳ちゃんの、言う通りだよ。レイちゃんも……ずっと、瞳ちゃんから、逃げてた……優ちゃんの隣に立つんだって、そのためなら、何でもするって……そう決意したのに……瞳ちゃんに会うと……壊れちゃいそうで……怖かった」


 あの日。あの場所で。雪菜の前に立ち、自分を睨みつけた瞳の姿。

 ずっと想っていた相手との、数年ぶりの再会。数年ぶりの会話。その時確かに玲奈は感じていた。   

 瞳に会えた喜び。

 そして、それ以上に。

 『敵』として視線を送られた事への痛み。


「だから、レイちゃんは逃げたの。瞳ちゃんから逃げたの。自分から逃げたの。現実から逃げたの。レイちゃんも、瞳ちゃんと同じなんだ」


「玲奈が謝る事なんて、何も無いわ……そうさせたのは、私だもの。だから、アナタが謝る必要なんて―――――」



「それがずるいって言ってるんだよ‼」



 突如、玲奈が叫んだ。無理やり身体を引きはがし、ぽかんとした表情をしっかりと捉えた。

 

「自分で全部抱え込もうとしないでよ! 自分だけ罪人になろうとしないでよ! レイちゃんにも分けてよ! 最期ぐらい…………レイちゃんも一緒に背負わせて欲しいんだよ‼」


「玲……奈……」


「もう、レイちゃんには今しかないんだよ! レイちゃん達がバカな子供だったせいで、今しかなくなっちゃったんだよ! 最期まで、レイちゃんを惨めな逃げ続ける子供にしないで! 最期……最、期……くらい……」


 あぁ、久しぶりに見た。いつ見ても、綺麗な目だ。宝石みたいに美しい。

 こちらに怒鳴る玲奈を見て、瞳は場違いにもそんな事を想っていた。


「最期くらい……大人に、ならせてよ……」


「…………うん」


 玲奈の言葉にたった一言そう返す。親友の、最期の願いだ。叶えられるのは、自分しかいない。

 だから此処に来た。それは変わらない。玲奈と向き合い、人間として、親友として送る。

 そして―――――――


    玲奈を、いたかった(・・・・・)から(・・)


 瞳は、溢れる涙を必死に拭いた。この想いだけは、泣きながらなんて言いたくなかったから。あの頃の様に、笑って伝えたかったから。



「ありがとう、玲奈――――――『大好き』よ」



「ッ! うん…………うん! ……レイちゃんも、瞳ちゃんが大好き!」



 終わった。

 七年続いたケンカが、呆気なく、終わった。

 最悪の結末だったかもしれない。何も知らない第三者からは、滑稽に映る事だろう。実際、そうなのだから仕方がない。


 だが、それでも二人は笑顔だった。 


 瞳も玲奈も、純粋に、狂気なんて微塵もなく、ただただ、親友と笑いあっていた。

 最期にまた、この笑顔を取り戻す事が出来た。最悪で滑稽な結末でも、その中で考えられる最善の形で終えられたのだから、それで良いのかもしれない。いや、きっとそうだ。


 きっと、玲奈の心は救われた。

 学院に蔓延していた死が、負が、浄化されていく。それが、その証明だ。


 闇が消えていく。星が再び顔を出していく。二人の夜が終わり、雨がやみ、晴れ間が現れる。そして地獄は―――――――元の場所へと還ろうとしていた。


「あ……」


 どちらともなく、短く小さな声を上げた。

 玲奈の身体が、存在が、少しずつ薄らいでいく。

 当然だ。瞳がそうであるように、玲奈にも還る場所がある。然るべき場所がある。もう―――――現世ここには、何の未練もないのだから。


「……お別れ、だね」


「えぇ……そうみたいね」


 別れはいつだって悲しいものだ。だが、涙を流すわけにはいかない。

 いつもの様に、笑って別れようと。二人の想いは、それで一致していた。


「玲奈」


「なに?」


「ほら―――――」


「え? あっ……」


 瞳が優しく玲奈の手を引き、、身体を立ち上がらせた。そして、瞳が玲奈の肩に手を添え、躯を向けさせた先に居たのは、いつもの人たち。

 いつも二人の傍にいてくれた。いつも見守ってくれていた。そんな、四人の兄姉の姿。


「玲奈ちゃん。私は立場上、アナタに何も言う事は出来ないけれど、姉としてこれだけは伝えてさせて欲しい。

 瞳の……妹の親友になってくれて、ありがとう」


 一人は、親友の姉。厳しくも優しい、母の様な姉の様な人。


「これに懲りたら、向こうじゃ大人しくしてろよ。そうすりゃ、たまに飯ぐらいは供えてやる」


 一人は、魔術学院の料理長。不器用ながらも優しい、温かい料理を作ってくれた人。


「こんなこと言うのも、何だかちょっと変かもしれないけどさ。向こうでも、元気でね」


 一人は、親友の姉の同級生。いつも優しく、やんちゃな自分たちを癒してくれた人。

 

 そして。



「玲奈」



 そうやって名前を呼んでくれたのは、自分が、そして瞳が、初めて心の底から隣にいたいと望んだ、大好きな人。

 その人が今――――――ずっと見たかった優しい笑顔で、玲奈を見つめていた。


「優、ちゃん……」


 その人の名を呼ぶ。すると、優次郎は笑った。 

 あの頃の様な、控えめな笑顔ではなく―――――――優しく眩しい、純粋な笑顔で。


「やっぱり玲奈には、瞳ちゃんの隣が一番似合うね!」


 言われて、思い出す。

 狂人になって、初めて優次郎に会いに行った日。そして、初めて彼から拒絶された日。

 その日、彼が言った言葉はこうだった。



『玲奈は、ボクの隣にいるべきじゃないよ。似合わないから、早く帰りな』



 優次郎は、知っていたのかもしれない。聞いても答えないだろうから、その事を追及するつもりも無いが。

 それに、時間だってもう無い。


「…………あの」


 だから、簡潔に。手短に。一番伝えたい言葉だけを選んだ。


「皆、ごめんなさい……それと……ありがとう」


 叶は、寂しそうに。

 椎名は、呆れながら。 

 玲央は、優しく。

 優次郎は、ニコリと嬉しそうに。


 そうやって、笑った。


 自分は、きっと赦されない。当たり前だ。天ヶ崎玲奈という子供の我がままに、様々な人を巻き込んだのだから。

 此処を去れば、地獄へ還れば、時間は余る程出来る。そこで、ゆっくりと償っていこう。何十年でも、何百年でも、何千年でも。

 玲奈は、そう決心していた。


 だがら、その前に伝えたい事は全て伝えなければ。


「ねぇ、お姉さん」


 玲奈が呼んだのは、美沙子だった。

 四人から離れ、生前・・()玲奈・・と面識もない自分が呼ばれるなど思っていなかった美沙子は、驚いた様にその少女を見た。


「……何だ?」


 問えば、玲奈はニコリと笑った。


「頑張ってね! お姉さんは――――――――間違えちゃダメだよ!」


「っ! …………あぁ。ありがとう」


 その言葉の意味を、何となく理解する事が出来た美沙子は、素直に礼を述べた。その答えに満足した様で、玲奈は頷き、そして躯を前へと戻す。

 自分で分かる。もう限界だ。還らなければいけない。死霊が還り、闇が還り、地獄も既に還ってしまったのだから。だから、自分も。

 

「もう、逝かなきゃ」


「えぇ」


 最期に見つめるのは、やはり親友。あの日、ケンカ別れしてしまって言えなかった言葉。

 それを伝えるのは、今しかない。一部分だけがいつもと違う、その言葉を。



「――――――『さよなら』、瞳ちゃん」



「――――――『さよなら』、レイちゃん」



 そして玲奈は――――――還っていった。

 雲が晴れ、星が輝く。闇が晴れ、さわやかな夜風が瞳を包み込む。

 空を見上げれば、不格好な月が懸命に輝いていた。瞳の目に、それはどんな満月よりも美しく映った。

 

(ありがとう。もう、間違えないから。()親友・・は、必ず支え切って見せるから。だから――――――どうか、アナタも元気でいてね)


 彼女が還ったのは、天か地か。おそらく地だ。天はまだ、彼女の罪を受け入れないだろう。

 だが、自分が老婆となり、彼女のいる場所へ向かう時は、その場所は、きっと―――――――。



 こうして、親友同士の間で起こった七年に渡るケンカは、静かに呆気なく、終わりを迎えた。


今回もありがとうございました!

これにて、第四章のメインは終了となります! 後は義信たちの所や、後日談等を書いて四章は完全に終了となります。

今までで一番文字数も話数も多くなりました。でも、自分なりに満足したものが書けたので、とりあえずは良かったかなと思います。


そんな感じの六十八話です。

ケンカした時って、自分が悪いと思っても、何で「ごめん」の一言ってああも出て来ないんですかね。たった一言で解決するのに、変に先延ばししちゃうんですよね。いやはや、人間って面倒臭い……でも、そこが面白いのかも知れませんね。


では今回はこの辺で。

また次回もよろしくお願いします!

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