第六十七話 =ケンカの終わらせ方=
第六十七話です。よろしくお願いいたします。
「はぁぁぁっ‼‼」
迫りくる死霊を、気合と魔力で跳ね返す。だが、浅かった。
「*}*{‘*}_}_}*{」¥」:」「::」:}}**‼‼」
「ぐっ……ッ!」
死霊は消滅せず、再び立ち上がった。
この校庭で、何度この光景を見ただろう。それも思い出せない程に見てきた事だけが、確かな情報として脳に焼き付いている。
周りを見れば、他の委員会メンバーも皆苦戦を強いられていた。鬼気迫る表情で死霊と対峙するが、その強大に膨れ上がった力と、不死の躯を前に、ぜぇぜぇと息を荒くしているものばかりだ。体中に傷を作り、それでも死者が出ていないのが不幸中の幸いと言えるだろう。
そして、自分も―――――。
「*}‘{**?}*+{{‘{*{*:「:」」;;」:「」:「@P^-@「:‼‼‼」
「ッ、がぁ……ッ!」
こちらに飛び掛かって来た死霊の牙に、間一髪で身を翻した。だが、不完全だった。脇腹に激痛が走り、たまらず膝をついた。
どくどくと流れ出す血液が、彼女の意識を深淵へと引っ張っていく。魔力も、既に底を尽きかけている。行使出来るのは、下位魔術一発が限界だ。それ以上放てば―――――自分は、死ぬ。
「も、う…………」
ダメかもしれない。自分の命はここまでだ。彼女の諦観の情など気にも留めず、死霊は再び彼女へと口を開けた。
残った気力で魔術を練ろうとするが、それが出来ない。腹部の傷は、それほどまでに深かった。
終わりだ。喰われる。
そう感じ、眼から雫が流れようとした時だった。
「早すぎる」
安心感のある、冷たい声が彼女へ届いた。
そして、一瞬――――――。
「*+‘{‘+{‘…………‼‼‼???」
死霊は動きを止め、コエを封じられた。
カレの躯を捕らえた、巨大な氷塊によって。
彼女が、ふと横を見上げると、そこに彼はいた。
「『諦める』と言う選択肢は、限界まで己を鍛え、その上で考え得る全ての可能性を行使した者のみに与えられた権利だ。お前に、まだその権利は無い」
こちらを見下ろし、彼女の上司である取締委員会会長、藤原雄清は冷たく言い放った。
「未熟を知れ。精進を怠るな」
「……はい」
意気消沈。その言葉を全身で体現する彼女を横目に、雄清は周囲を見渡してみる。
やはり、こちらの劣勢は否めない。死霊を相手取るなんて経験は、した事が無いのが普通だ。不死者を相手にどう立ち回ればいいのか等、分からなくても当然だろう。だからこそ、雄清はこの状況にも動じる事は無かった。
だが、手は出さない。
理由は一つ。取締委員会の今後の為だ。
自分とて、永遠に生きるわけでは無い。いつか死ぬ。身体だって動かなくなる。戦いなんて、もっての他だと、そんな状態にだってなるかもしれない。
そんな未来を託す取締委員会の若手たちには育ってもらわなくてはいけない。その想いから、雄清は死を目前にした者以外には、静観を決め込んだ。
そして、それは。
「昔から、変わらないな」
突然の事に、雄清は珍しく、ほんの少しだけ驚きという感情を表へ出した。
轟音が響き、砂埃が舞う。ナニカが、自分の隣をすり抜け、奥へと吹き飛ばされていった。
だが、そちらには視線を向けない。彼の視線はただ一つ、その轟音がやって来た場所―――魔術学院の玄関口だけだった。
「自分は必要以上の手出しをしないで、下の者たちの成長を第一として考える。お前は昔からそうだったもんな」
砂埃をかき分け、一人の男性が彼の前に立った。
雄清は、その男を知っている。自分が知っている男より幾分か年を重ねているが、何処か安心感を覚える笑顔は変わっていない。
ぽそりと、雄清は彼の名を呼んだ。
「――――信さん」
「よぅ、久しぶりだな藤原」
それは間違いなく、雄清がかつて憧れ、背中を追い求めた男だった。
「驚いたよ、お前自ら現場に赴いてくるとは思わなかった。水瀬から聞いたが、背中を見せるためだってな」
真面目なこったと笑う義信に、雄清はいつもの仏頂面へと戻して対応する。
「…………俺はただ、信さんの教えを守っているだけですよ」
「はは! そりゃ、俺も良い後輩を持ったもんだ。お前が取締委員会に入ったって聞いた時は、周りと衝突しないか心配していたんだが、まさかトップにまで登り詰めちまうとはな。俺も鼻が高いよ」
昔と変わらない義信に、少し安心感を覚える。
それと同時に、もう一つの想いが久しぶりに顔を出して来た。
「俺は今でも、信さんこそ取締委員会のトップに相応しいと、そう思ってますがね」
「よせよ。取締委員会なんて入る気は全く無い。それは今も昔も変わらんよ」
こういう所も相変わらずかと、雄清は心の中で息を吐いた。
「それより、随分と派手にやってるみたいですね。アナタらしくも無い。どういう風の吹き回しですか」
「ん? あぁ、まぁな。俺ももう少しスマートにやりたかったんだが……相手がアレだったもんでね」
義信の視線が、自分を通り越す。それを追いかけると、そこには。
「……なるほど、望月ですか」
「あぁ」
自分も知っている相手が、変わり果てた姿で立っていた。
「やはり、信さんは変わりませんね。相変わらず人たらしだ。あんな姿になってまで、アナタの事を追いかけて来る男もいるなんて、素直に感心しますよ」
「嫌味かお前」
ジットリと自分へ視線を流す義信だったが、雄清は気にしなかった。
「……フジ……ワ……ラ……」
「ほぅ、俺の事も覚えているのか」
「あぁ。どうする? 久しぶりに二人でやるか?」
「俺は構いませんよ。今の俺を、信さんに見てもらう良い機会だ。ですが………信さんは良いんですか?」
何の事だと言わんばかりの義信へ、雄清は人差し指で答えた。
彼が差すのは、屋上。此処からでも分かる程のどす黒い魔力が立ち込めた場所。
二人とも、分かっている、あそこにいるのは、死に溺れる天ヶ崎玲奈。そして――――――瞳だと。
雄清は、義信にこう言っている。
今の教え子の成長を見届けなくていいのかと。
やがて、義信は笑った。親の様な、兄の様な、いつもの優しい笑顔で。
「いつまでも俺がって訳にはいかんだろう。水瀬も黒岩も、それに綾瀬川に三木だって、既にこっち側の人間になったんだ。綾瀬川妹を見届けるべきなのは、俺じゃない。アイツらだ」
「……やはり、アナタは変わらない」
そう言って雄清は――――――――――静かに笑った。
だが、それも束の間。二人とも、目の前の知人へと視線を戻す。
「なら、こちらは望月の相手をするとしましょう。過去が未来に追いつくなんて、あってはならない」
「あぁ、そうだな。未来を見届けるのはアイツらに任せる。それで良いんだよ、講師なんてのは」
久方ぶりの、憧れとの共闘。
雄清はいつもの無表情を張り付けながらも、高揚感を抑える事が出来なかった。
過去が未来へ迫り、追い抜こうとする中。屋上は更なる死地と化していた。
「キエロ キエロ キエロ キエロ キエロ キエロ キエロ」
譫言の様に、それだけを繰り返す玩具の様に、玲奈はそれだけを口にした。
そして、行使する。強大で邪悪な、闇という闇を全て混ぜ込んだ魔術を。
見ただけで、瞳にも分かる。そこには、全く混じりけの無い、純度百%の『殺意』が込められている事を。
「キエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロ」
そして、放たれる。殺意が、瞳へ向けて飛んでくる。
それをじっと見つめた後、瞳は―――――――――それを受け止めた。
「―――――ッ‼‼」
声にならない叫びが、瞳の口から吐き出された。
身体は宙を舞い、フェンスへ打ち付けられ、やがてゴロゴロと転がった。
瞳の身体を襲うのは、激痛。そして、得も言われぬ不快感。
「かはっ!!」
口から漏れたものを確認し、そして安堵する。
それが赤だと認識できる程度には、脳も意識も動いている様だ。
「う……あ……」
よろよろと、身体を強引に立ち上がらせる。
痛い。苦しい。ふらふらする。もう、意識が途切れそうだ。
そんな感情が身体を震わせるが、瞳は無理やり両手で抑え込む。
「れ、い……な……」
再び、目の前の少女を見据えた。殺意以外、何の感情も見当たらない。彼女は逃げた。自分の想いから。
そして――――――再び、魔術が瞳の身体を貫いた。
「うぐっ‼‼‼」
何とか身体をひねるも、右腕が撃ち抜かれる。再び襲う痛みと、脱力感。もう右腕は使い物にならないと察した。
このままでは、自分の命は数分ともたないだろう。
もう、限界だ。此処ままでは、瞳が死んでしまう。
そう察し、一人の女性が動きを見せる。
それまで傍観していた彼女の姉、叶だ。
(これ以上は……もう……)
叶は魔術を行使しようと、右手に光を纏わせた。
玲奈の魔力は、確かに強大だ。だが、止められる。これならまだ、自分なら何とかできる。
だが――――――――。
「だ……め、よ……」
瞳の声に、叶は目を見開いた。妹の顔を見れば、ふらふらになりながらも、眼だけはしっかりとこちらを見つめていた。
いや、違う。とても強く――――――睨みつけていた。
「ねえ、さん……は……手……を、出さない……で……」
「瞳……もう……もう、アナタは限界よ! これ以上見ているなんて……そんなの……ッ!」
「 やめてって言ってるでしょ!? 」
思わず、叶は肩を震わせた。こちらを睨む瞳の目は、相変わらず鋭い。
その目に、その声に―――――――叶は初めて、瞳に気圧された。
「お、願……い……わた、し……に……やらせ……て……」
ふらふらと、されどしっかりと、瞳は身体を立たせた。
目の前の存在に、相変わらず玲奈の姿は見当たらない。だが、それでも。
「私、が……やる……絶対に……」
一歩。小さな、それでいて強い一歩を、瞳は踏み出した。
そしてその小さな一歩は、ゆっくりと確実に、二歩、三歩と増えていった。
もう、迷いなんて無い。痛みすら感じない。全て、吹き飛んだ。
瞳の中にあるのはただ一つ。玲奈に、想いを伝えたいと言う意思だけだった。
無数の魔力に晒され、身体を撃ち抜かれながらも、瞳はゆっくりと、玲奈へ向かって歩いて行った。
腹の前で繋がれた自分の両手が、小刻みに震えているのは、叶も自覚している。だが、止められない。叶の中で、二つの想いがぶつかり合っている。
止めろ。瞳が死んでしまえば、お前は一生後悔する。
妹の決断を見届けろ。姉として、教職者として、それがお前の義務だ。
視界が潤んでいく。思わず俯いてしまう。もう、妹の傷つく姿を見たくないと。
だが、上げなくてはいけない。見届けなくてはいけない。でも、上げたくない。
(どうすれば、良いっていうの……?)
分からない。怖い。不安で仕方ない。妹が死んでしまったらと思うと、すぐにでも手を出したくなる。
でも、妹の邪魔もしたくない。彼女が初めて言ってくれた我儘の結末を、未来への一歩を、しっかり見届けてあげたい。
このままでは、瞳は死ぬかもしれない。
だが手を出せば、それは瞳の想いを否定する事。そうなれば――――――瞳の精神が、想いが、死ぬ。
二つのせめぎ合いが、震えとなって身体へ現れた。
選べない。選べるわけがない。
(誰か……助けて……)
その想いが口をついて出る事は無かった。
だが――――――。
「大丈夫ですよ」
その声に、ふっと身体が楽になるのを感じた。反射的に目を開けば、自分の両手に覆いかぶさる、もう一つの手が見える。白く、細く、長く、冷たい。
手の持主へ視線を向ける。そこにいた彼は――――――穏やかに優しく笑っていた。
「ユー……君……」
叶に名を呼ばれ。優次郎はニコリと笑みを深めた。
彼の隣には玲央もいる。彼は玲奈と瞳へ視線を向け、ただ微笑んでいた。その横に立つ美沙子は、ちらりと叶を見れば会釈をした。
「大丈夫、瞳ちゃんは死にません。今死んだら、瞳ちゃんのもう一つの想いが叶えられなくなっちゃうんだから」
「もう一つの……想い……?」
「ボクの口からは、言えません。終わったら、瞳ちゃんに直接聞いてください」
困った様に笑い、優次郎は視線を玲央と同じ方向へ移した。叶の手を、優しく包み込んだまま。
「二人とも必死だねぇ。正に『これが最後』って感じだったりしちゃうなぁ」
「処置は?」
「全部終わった後の方が有難かったりしちゃうかな」
「分かった。しかし、あれだけの重傷だ。一人では骨が折れるだろうな……玲央」
「当然」
玲央が言えば、美沙子も満足したのか頷いた。その一言で全てを理解出来てしまうのだから、やはり長年の付き合いなだけはあるなと、優次郎は一人思う。
「カナエちゃん」
そして、玲央は叶の名を呼ぶ。上司としてではなく、一人の友人として。
「今ここには医師もいる。もし瞳ちゃんに何かあっても、必ず治すって約束するよ。だから、安心して見てたらいいんじゃないかな。二人の妹の、最後のケンカをさ」
「………ありがとう、皆」
本当に。自分は良い人間に巡り合えた。幸せ者だ。心の底から、そう思った。
優次郎の両手を、自身の手で重ねた。それに気づき、彼も嬉しそうに笑う。
その時、新たな来訪者が扉を開けた。
「……こりゃまた、前以上に荒れてんな」
「やぁ、しーちゃん! 向こうは良いの?」
「あぁ。急に連中が湧き出て来なくなったもんでな。今度は何事かと思ったが……今、理解した」
来訪者である椎名は、呆れた様にため息をつき、煙草を加え火をつけた。
「ったく、最後の最期まで、本当に手のかかる奴らだよ」
「それでも、見に来ちゃったりしちゃったんだね?」
「……まぁ、これで見納めだろうからな」
本当に、素直じゃないな。美沙子以外の三人が笑い、そして、瞳達をじっと見つめていた。
美沙子は、自分は出しゃばるべきでは無いと、一歩引いてその様子を眺めている。
「さて、もうそろそろ終わりって感じだったりしちゃうね。間に合って良かったよ」
「本当に! これで見逃したらどうしようって思ってましたもんね!」
「面倒な奴らだよ、全く。こうでもしなけりゃ終わらせられないのかね」
まあ、今更だけど。そんな事を思いながら、四人は二人を見守る。
ぼろぼろになりながら、それでも進むことを止めず、玲奈のすぐ傍まで辿り着いた瞳を見て、終焉を感じながら。
何故だろう。痛くない。身体が軽い。
もしかしたら、もう死が近いのかもしれない。でも―――――それでも、此処まで来た。
もう、親友は目の前にいる。何故だか、自分が近づくにつれて魔術を放たなくなっている。そして、その白い眼から――――――――何かが零れて落ちていた。
(―――――――て)
瞳に、聞こえた気がした。
(―――――めて)
玲奈の。
(――――――止めてっ!)
心からの叫びを。
(止めてッ! もう来ないで! 瞳ちゃんを――――――――殺したくなんて無いッ!)
そして、瞳は。玲奈の目前まで辿り着いた。
「れ……い……な……」
ゆっくりと、両手を彼女へ向けて伸ばしていく。
そして、死霊は魔術を放とうと、右手を瞳へ突き出した。
今打てば、瞳は死ぬ。もう避ける事も、防ぐことも出来ない。力なんて、とうに尽きている。今の瞳にあるのは、気力とただ一つの想いだけだ。
玲奈の右手を気にする事もなく、瞳は―――――――――そっと、玲奈の身体を抱きしめた。
「れ……い……」
その光景を見つめる四人も、分かっていた。二人そろって、随分と遠回りしたものだと呆れてしまった。
何で、こんなになるまで、ケンカを終わらせられなかったのか―――――――四人とも、それぞれの感情を込めて、笑った。
「れい……な……」
四人は思った。本当に、二人そろって大馬鹿者だと。
「玲、奈……」
ケンカの終わらせ方なんて
「――――――ごめんなさい」
たった一言、そういえば良かっただけだというのに。
今回もありがとうございました!
雄清と義信の関係も明らかになりました。この二人の物語は、主軸ではなく端々で書いて行ければと思っていますので、よろしくお願いします。
そんな感じの六十七話です。
今のところ、シエルちゃんが空気ですが、ちゃんと戦ってますので大丈夫です。四章の主軸は、あくまで玲奈と瞳なので、シエルちゃんには申し訳ないですが、もう少し出番待って欲しいな……。
ケンカもいよいよ終わりが見えましたね。次回で完全に決着が付けれればと思いますので、どうぞお楽しみに!
では今回はこの辺で。
また次回もよろしくお願いします!




