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灰色の世界  作者: ken
第四章
67/140

第六十六話 =数年ぶりのケンカ=

第六十六話です。よろしくお願いいたします。

 二つの魔力がぶつかる。一つは黒く、一つは赤い。

 思えば、目の前にいる少女の魔力を全身で感じたのは、初めての体験かもしれないなと、瞳は思う。  

 そして同時に再認識する。これから始まるのは、昔に彼女とやっていた様な子供のケンカではなく、魔術師としてのものであると。

 

「瞳ちゃんの魔力を受けたの、初めてだな」


 玲奈も同じ思いだった様で、そんな言葉を口にした。


「人は見かけによらないって言うけど、本当だね。君がこんなにも暑苦しい魔力を持ってたなんて知らなかったよ」


「アナタは、見かけ通りの魔力の様だけど」


「こんな身体になっちゃったんだもん、当たり前じゃん」


 玲奈の魔力が増大した。

 来る。

 瞳は直感し、気付けば足を動かしていた。


「質の方はどうだと思う? 答えは直接、身体で確かめてみなよ」


 瞳が立っていた場所に、何かが落ちる。轟音が辺りを支配した。

 そちらに目をやれば、もし足を動かしていなければ、自分もこんな風に重力に逆らえず圧し潰されていたのだろうかと想像し、思わずゾッとした。


「凄いね、素直に褒めてあげるよ。魔術を察知して、咄嗟に避けたんでしょ?」


「これぐらいの事にも対処出来なかったら、取締委員会どころか卒業試験も通らないわ」


「卒業、ねぇ」


 再び、玲奈は重力魔術を行使した。無数の重力の塊が、瞳へと降り注いだ。流星群の如く、瞳を一直線に目指すそれの間を搔い潜る様に、瞳は足を動かしていく。

 しかし、流石に捌ききれない。最後の一つが、瞳のすぐ傍まで迫っていた。瞳は咄嗟に、右手でそれを払う。魔力を帯びた裏拳を喰らい、それは主である玲奈の元へと飛んでいく。

 だが、玲奈は動じることなくそれに目をやった。すると、その塊は急ブレーキを踏み、即座に瞳の元へと戻っていく。先ほどより力が増しているのを見れば、玲奈が魔力を上乗せしたのだろう。

 瞳は両手に魔力を纏わせ、今度はそれを正面から受け止めた。凄まじい重みに、両腕が悲鳴を上げる。苦痛に表情が歪んだが、負けるものかと力を振り絞り、何とかそれを上空へと振り上げる事に成功した。行き場を失った重力は、やがて力尽きた様に破裂し、姿を消していった。


「安心するのは早いんじゃない?」


 玲奈の言葉を受けてすぐに視線を戻すと、彼女が放った魔術が、視界いっぱいに広がっていた。


「ッ!」


 防御も回避も間に合わない。ならば。

 

「ッ―――へぇ」


 玲奈は一瞬顔をしかめたが、すぐに表情を戻す。瞳の身体は、何も動いていない。だが彼女の眼差しと、ピタリと止まった魔術を見れば気付く事が出来た。

 優次郎の十八番、『吸収』を行使した事に。

 素早く右手を翳し、自身の力となった魔術を玲奈へと放った。玲奈はそれを、難なく躱して見せる。数秒の静寂の後、遠くで何かが爆発する音が、かすかに響いてきた。


「それ、優ちゃんの魔術だよね」


「えぇ、そうよ。水瀬先生の講義で習ったの」


「優ちゃんもお人好しだなぁ。得意魔術の構造を他人に教えちゃうなんて」


「そんなの今更でしょう?」


「……まぁ、そうだね」


 昔から、あの人は本当にお人好しだったな、なんて。あの小動物の様な姿を回想すれば、玲奈も思わず吹き出してしまった。


「それにしても、水瀬先生だなんて随分他人行儀だね。昔は『お兄ちゃん』なんて呼んでたくせに」


「人は変わるものよ。私も、あの人を兄と呼べるような年じゃ無くなってしまったわ」


「へぇ、そう。じゃあ……もう(・・)じゃない(・・・・)ワタシには(・・・・・)関係・・ない(・・)だね(・・)


 一瞬、玲奈の笑顔に哀しみが混ざった様な気がした。すぐに元に戻ってしまったが。


「ワタシはもう、人じゃない。だから変われない。変わる事なんて許されないんだね。まぁ良いんだけどさ。自分で選んだ道なんだもん」


「……本当に、後悔は無いの?」


「無いよ」


 即答。


「ワタシは優ちゃんと一緒にいられれば、それで良いから。命なんてオマケでしか無いよ。そうでもしないと、優ちゃんはワタシを見てくれないもん。さっき言ったでしょ?」


 ズキリ。心が刺激され、悲鳴を上げた。

 

「だから、後悔なんて無い。する筈ないじゃん。あの日、君に伝えた通りだよ」


 優次郎の隣にいたい。

 優次郎のモノになりたい。

 そのためなら、なんだってする。


 それが、あの日玲奈に伝えられた言葉だ。

 玲奈が自分にさらけ出してくれて、そして――――――――自分が、真っ向から拒絶した言葉だ。


「さて、お喋りはこの辺にしておこっか」


 玲奈が言葉を放ち、魔力を練り、視線が瞳を突き刺した。


「瞳ちゃんは、やっぱり凄いね。ワタシだけ(・・)じゃ、倒すのは苦労しそうだからさ


  ――――――ちょっと、手伝ってもらえるかな?」


 それが自分に向けられたものでは無い事を理解すると、悪寒が瞳の全身を支配した。

 ゴゴゴ、と音を立て地が揺れる。

 間違いない。そう思った時には、既に始まっていた。


「さぁ、皆。食事の時間だよ? 極上の餌が用意されてるから――――――出ておいで」


 校舎が揺れる。どす黒いものが、足元から浮き出てきた。

 そして、刹那。

 

「「「「「「*‘+‘+‘‘P'{*}{'+*{***{'*{''{'*{*{*{{'{*+}P{''{=~‼‼‼‼‼‼‼‼」」」」」」」


 夥しい数の『コエ』が重なり、瞳を囲んだ。死霊が、玲奈の呼びかけに応え、この屋上ばしょに集ったのだ。

 そして目の前には、瞳という極上の食事が用意されていた。となれば、する事はただ一つ。


 瞳を喰らう事だけだ。


 






 二人の戦いを見つめる叶は、苦しい表情を浮かべていた。玲奈が死霊を行使し、瞳を仕留めようとする事は予感していた。そうなったとしても、ギリギリまで手を出さないとも決めていた。

 死霊達は叶に見向きもせず、瞳だけを獲物と認識している。おそらく玲奈が操っているからだと、容易に推測出来る。

 

 本当は、助けてあげたい。

 

 叶の本心はそれだ。だが、出来ない。それは瞳の想いを否定する事になる。それに、瞳なら大丈夫だと、確信にも似た予想があった。

 

 瞳が、自分が教えたことを覚えていれば、きっと大丈夫だと。








 四方八方から自分を喰らおうとする死霊を前に、瞳は叶へ視線を向けた。

 複雑な表情をしているが、手を出そうとはしていない。ただ壁の前に立ち、じっと自分を見つめている。

 姉は、自分を信じてくれている。そう思うと、これだけの死と恐怖を目の前にしても、不思議と落ち着いていられた。


(大丈夫よ、姉さん)


 ゆっくりと、瞳の身体から魔力が放たれる。死霊によって砕かれた、屋上の破片がピクピクと動き出した。


(姉さんから教わった事は、ちゃんと理解出来ているから)


「「「「「?*‘~)O()=*?+'=*''=P*}*''=P*}*{*}*}'{‼‼‼‼」」」」」


 死霊が、瞳へ向けて口を開けた時だった。


「……アナタ達の餌は、私じゃ無いわよ」


 屋上の破片が、一斉に動き出す。操り手である瞳の思いに従い、各々が一点を目指す。


 目標は一つ。主に牙を向ける死霊達の口の中だ。


 ばらばらだった破片が、死霊の口程の大きさに集結していく。死霊の数だけ、破片はある。それらが全て、死霊の口の中へと身を投じた。


「「「「+‘‘+‘!?」」」」 


 急な重みに耐えきれず、死霊達は吹き飛ばされていった。

 叶は言っていた。死霊は基本的に本能のまま行動するため、正面から向かってくるのみ。だからこそ、相手にしやすいと。

 本当に、その通りだ。玲奈を相手にこの方法を使ったなら、動きを見せた破片に気付き、自分の思惑は看破されていただろう。

 そして、叶はこうも言っていた。

 周囲に影響を及ぼさない勝ち方を選べと。


「お腹は膨れたかしら? なら、還りなさい。元いた場所に」


 両手を掲げ、魔力を放つ。死霊達が、瞳の手に操られる様に動いていく。だが、瞳は死霊を操って等いない。

 

 彼女が操っているのは、死霊が喰らった破片たちだ。


 破片はゆっくりと、瞳の言う『元いた場所』へと還っていく。

 死霊かれらの出現と共に破壊された、屋上の床へと。

 穴がふさがり、縫合するように瞳は魔術を操った。破片が接合をはじめ、徐々に元の形へと戻っていく。

 それに比例する様に、死霊は破片によって圧し潰され、挟まれ、やがて耐え切れなくなって爆ぜていった。

 一つ、また一つと姿を消していく死霊。戻っていく屋上の風景。

 そして、最後の一つが消滅した時、屋上は完全に元の姿を取り戻した。


 これが瞳の勝ち方。死霊を消滅させつつ、破壊された地を復元する。


 全ての死霊が消え去った後、叶へと視線を向けた。

 合格。

 叶の微笑みが、そう言っている様に感じた。


(姉さん、ありがとう)


 心の中で、自分に伝授を施してくれた姉へ感謝を述べる。もし姉の教えが無ければ、自分は蘇る死霊相手に魔力を浪費し、やがて力尽きてカレらの餌となっていただろう。


「……玲奈」


「何かな」


 瞳は、こちらを見つめる玲奈へと視線を移した。自分の下僕たちが消え去ったと言うのに、焦りも怒りも感じられない。まるで、こうなる事が分かっていたかの様だ。

 今までの戦いで、その中で行われた玲奈との会話で、瞳は一つの確信を得ていた。

 馬鹿げた考えかもしれない。笑われるだろうと思う。それでもきっと、その確信は当たっている。

 それを確かめるように、瞳は言葉を紡いだ。



「アナタ――――私を殺すつもりなの?」



 しばし沈黙が、二人の間を支配する。

 玲奈は、確かに自分に対して魔術を行使していたし、本気で戦っていただろう。だが、本気と殺意は違う。彼女から本気を感じても、殺意は感じられなかった。ただの一つもだ。

 そして玲奈は、瞳の思った通り、馬鹿にするように笑った。


「ははは! 瞳ちゃん、本当に馬鹿な子になっちゃったね!」


 当然の、そして予想通りの反応。

 

「今更何言ってるのかな? 第一、君から言いだしたんでしょ? 力づくでどかせってさ。だから、君の言った通りにしてるんじゃないか。物忘れを起こすには、まだ若すぎると思うんだけど。頭大丈夫? レオ君に見て貰ったら?」


 挑発するように、玲奈は言ってのけた。

 やはりそうだ。瞳は再度確信する。玲奈は、きっと。



「嘘ね」



 自分を殺すつもり等、毛頭ない。


 玲奈の表情が歪んだ。怪訝に。不機嫌に。バツが悪そうに。


「嘘って何? ワタシが君に嘘ついてもメリットが無いじゃん」


「えぇ、そうね」


「ならなんで、ワタシが瞳ちゃんに嘘なんか付かなきゃいけないのかな」


「さぁ、分からないわ。でも、私からも玲奈に質問があるのだけど」


「……お好きにどうぞ」


 呆れた様に、玲奈はため息をついた。馬鹿馬鹿しい。さっさと終わらせたい。そんな思いをにじませながら。

 そして、瞳の質問が始まる。


「玲奈が私に向けて放った魔術……どうして、どれもこれも私が避けられるものばかり選んでいたのかしら」


 再び、玲奈の顔が歪む。


「私は玲奈と違って、戦いなんて慣れてないの。実戦は、これがまだ二回目よ。でも、アナタの魔術に対処出来た。取締委員会から目を付けられる程の狂人であり、戦いに慣れている筈の玲奈の魔術に。それに、アナタには常に余裕があったもの」


 ずっと気になっていた。

 玲奈が放った魔術を、戦いに慣れていない瞳が対処出来ていた事が。瞳は知らないが、以前叶に対して放った程の力がこめられていないのだ。

 最初に放たれたものも、玲奈は今から魔術を行使すると宣言するように魔力を放出していたし、無数に放たれた重力魔術も、しっかりと避けられるだけの間があった。そして手で払った時も、さほど強力な力を感じなかった。

 それに。


「アナタ、私に言ったわよね。『安心するのは早い』と。何故、そんな事を言ったのかしら? 言わなければ、私はアナタが放った魔術に気付かず、今頃重傷を負っていたが、最悪死んでいてもおかしくなかったのに」


 それじゃまるで、自分に危機を知らせている様だ。

 魔術を放ったから、危ないから前を見ろと。そう言っている様に思えた。


「そして、アナタは死霊を操り私へ向かわせたのは何故?」


「決まってるじゃん。君を仕留めるためだよ」


「そのために、死霊に私を食べさせようとしたの? 自分ではなく? それに、私が死霊と戦っている時も、アナタは手を出さなかったわよね。隙なんていくらでもあったのに」


 瞳は知っている。自分はまだ弱いと。玲奈の方が、自分よりよっぽど強いと。

 だからこそ、この答えに辿り着くことが出来た。

 弱い自分を殺すチャンスはいくらでもあったのに、玲奈が敢えてそれを見逃した事。そして、常に余裕を残していた事を。

 強者の余裕? いや違う。玲奈は、そんな人間じゃない。常に本気だった。本気で笑い、本気で怒り、本気で喜んだ。そこに余裕なんて見せず、何事も全力だった。


 それは、瞳が一番よく知っている。


 きっと、優次郎を殺すのに別の人間を使っていたのも、今と同じ心理だ。自惚れかもしれないが、きっとそうだ。


「自分で殺したくないから……死霊を行使したんじゃないのかしら?」


「ッ!」


 今度こそ、玲奈の歪みは一瞬ではすまなくなってしまった。

 

「水瀬先生に対しても、今の私に対してもそう。アナタが自分自身で手を出さなかったのは、先生や私と戯れるため。そう思っていた事もあったけど、違うのね。


 アナタはただ、自分で殺すのが怖かっただけなのでしょう? だから他人を利用していたのでしょう?」


「…………何言ってんのさ」


 今日、初めて見た玲奈の表情。そこから感じられるのは、怒りでも嘆きでも、余裕でも何でもない。

 それは、『焦り』だった。


「ホント、馬鹿なんじゃないの? 優ちゃんは別として、私が君を殺すのが怖い? ははっ、悪い冗談だね」


 必死に取り繕っている玲奈だったが、声が震えているのが分かる。やはり玲奈は、確実に動揺している。


「なら、何故?」


 だったら、まだ大丈夫だ。玲奈は、まだ―――――――――。

 瞳は、これが最後だと決意し、質問を投げかけた。




「何故、玲奈は私に向かって、『殺す』と言わないの?」




 玲奈の目が見開かれた。

 瞳がずっと引っかかっていた違和感がそれだった。玲奈は自分に対して『邪魔だ』とか『どいて』という言葉は使っていたが、『殺す』という言葉を使用しなかった。その類の言葉も含めてだ。

 優次郎には、あれだけ言っていたのに。

 

「それに、逃げていたのは私だけじゃないでしょ? 玲奈も、私から逃げていたんじゃないの?」


「な、何の事かな」


「あの日、猪丸君の時もそうだった。玲奈は私と姉さんの姿を見て、すぐに引き返した。それから、何度も私の近くに来ていたのに、アナタは私の前に現れなかった」


「そ、それは優ちゃんに会いたくて……ッ」


「確かにそうなのでしょうね。でも、だった尚更おかしいじゃない」


「な、何が……」


 目が泳ぎ始めた玲奈をまっすぐ見つめ、彼女の言葉を遮り、そして、告げる。




「そんなに水瀬先生と戦いたかったなら、私を殺して誘い出すのが、一番早かったんじゃない?」




 玲奈の肩が震える。

 それが、瞳の言葉が間違っていないという証明だった。


「私を殺して、それを餌に先生を自分の元へ向かわせれば良かったんじゃないの? 私は、まだ弱い。魔術師としても、そして人間としても。アナタにとって、殺すには一番都合のいい相手だった筈よ。でも、アナタはそうしなかった。私を殺すどころか、姿すら見せなかった。今回だってそう。姉さんや水瀬先生を此処におびき寄せたいなら、私を殺してしまえば良かったのよ。そうすれば、必ず二人はここへ来たわ。特に姉さんはね」


 叶の目が伏せられたのが、眼の端に映る。

 確かに叶ならば、瞳が殺されたとなったら真っ先に此処に来ていただろう。ありったけの殺意を引っ提げて。


「でも、それすら玲奈はしなかった。魔力は向けられたけど、此処に誘う時には私の名前は入っていなかった。

 玲奈の人生を狂わせて、逃げて、水瀬先生を見限った……アナタが一番憎くて仕方なかった相手である私を」


 玲奈は言葉を発しない。否、発せない。

 もう少し。この機を逃す手は無い。瞳は追撃を続けた。


「ねぇ、何故? 何故、私を殺さなかったの? 殺すって言わなかったの? 私から逃げ続けたの?」


 ガタガタと震える玲奈の姿に、瞳は一歩足を踏み出した。

 そして、最後の言葉を紡ぐ。もう二度と口にしないと思っていたが、何処かでまた言いたいとも思っていた――――――



「ねぇ、答えてよ……『レイちゃん』」



 自身が付けた、彼女のあだ名を。

 瞳の事が本当に憎かったのなら、恨んでいたのなら、何故玲奈は、瞳が付けたあだ名を使い続けたのか。

 ただの自惚れかもしれないし、願望でしかないのかもしれないが。


 それはきっと――――――――玲奈がまだ、自分を想ってくれていたからだ。


 だから殺さなかった。殺せなかった。殺すという単語すら、向けようとしなかった。

 彼女の命は終わった。もう戻れない。共に時間を過ごす事は、もう、出来ない。

 だが、せめて。別れる前に、友人として最期を迎えたい。それが、瞳の願いだった。

 

 それが、瞳の覚悟。玲奈と向き合い、自身の過去を清算し、そして――――――玲奈を、人間として送ってあげたいという、たった一つの願いだ。


 玲奈の身体は、震えるのを止めない。

 レイちゃん。

 彼女にその名で呼ばれたのは、久々だった。様々な想いが、記憶が、呼んでも無いのに玲奈の前へ現れる。


『私、綾瀬川瞳! よろしくね、天ヶ崎さん!』


 玲奈も、分かっていた。


『玲奈ちゃんっていうの? だったら、レイちゃんって呼ぶね!』


 自分は、まだ。


『レイちゃん、今度私のおうちにおいでよ! 会って欲しい人達がいるんだ!』


 瞳と――――――ー。


『もう! レイちゃんはいつも意地悪ばっかりするんだから!』


「…………れ」


『…………私もごめんなさい、レイちゃん』


「…まれ」


『レイちゃん! この人が『お兄ちゃん』だよ! 水瀬優次郎さん! とっても優しいんだ!』


「だ……れ」


『ねぇ、レイちゃん! 私ね?』


「黙れ……ッ‼」




『私、レイちゃんの事大好き! ずっとずっと、ずーっと友達でいようね!』




「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼‼‼‼」




 玲奈の身体から、想いから、全てから、大量の『死』が、溢れ出した。

 それらが一丸となって、瞳へと襲い掛かる。強烈な吐き気に、立っているのがやっとだった。


「玲……奈……?」


 それでも、かつての親友の名を呼んだ。

 どす黒いそれに覆われた玲奈の目は―――――――死霊と同じ、白に染まっている。


「ダマレ …… ダマレ ……」


 そこにはもう、玲奈の面影は完全に消失していた。

 本当の想いを掘り起こし、それを玲奈が拒絶した。その結果が、これだ。

 もう玲奈は、玲奈の意思は、完全に魔力()に飲み込まれている。


 自我も無く、本能のままに行動する、他の死霊と同じモノに成り果てたのだ。


 もう、ダメなのだろうか。

 玲奈はもう、戻ってこないのだろうか。

 もう、人間として送ってあげることは―――――――――。



「…………違う」



 吐き気もめまいも吹き飛ばし、朦朧とする意識に鞭を入れる。

 まだだ。まだ、諦めない。

 止めると決めた。向き合うと決めた。その為に、地獄へ来た。


「あの中に……まだ玲奈は存在る」


 制御しきれない感情に圧し潰されそうになって、耐えられなくなって魔力の奥へ逃げただけだ。

 自分と同じように。

 ならば、まだ戻せる。まだ、人間へ戻れる。


「お願い、玲奈……狂人のまま、消えないで」


 それに。


「私、まだアナタに……一番伝えたい事を、伝えていないの」


「キエロ キエロ キエロ」


 強大な魔力が、魔術となって瞳を目指す。

 先ほどまでとは比べ物にならない質量を感じる。今の玲奈を操るモノが、自分を殺しに来ていると分かる。

 そして、自分に迫るその魔力を見据えながら。



 瞳が何をすべきなのか。その答えは――――――既に決まっていた。



今回もありがとうございました!

書きたいことが多すぎて、多分今までで一番文字数あると思います。読むのが少し大変だったかもしれませんが、ここまで読んで頂き、ありがとうございます。


そんな感じの六十六話です。

瞳の想いが玲奈の本音を刺激し、動揺し、自分を隠す事にした玲奈。そんな彼女に対し、瞳はどうするのでしょうか。皆さんなら、どうしますか? 僕だったら逃げます()。嘘ですごめんなさい。


では今回はこの辺で。

また次回もよろしくお願いします!

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