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灰色の世界  作者: ken
第四章
65/124

第六十四話 =狂人の追想=

第六十四話です。よろしくお願いいたします。

 優次郎が死霊夫婦を見つめる視線は、今まで彼が見せてきたどれとも違うものだった。

 ひたすらに冷たく、見るものを凍てつかせる様な、絶対零度の赤を宿している。その表情には、どんな感情も全く見当たらない。機械の様に無機質に、なんの意思も持たず、ただ見ているだけ。そんな目をしている。

 対する死霊夫婦も、優次郎から視線を外さない。瞳には既に色が無く、淀んだ白が妙に目立っている。だが、獣の様にフーフーと荒く息をするその姿からは、今まで出会ってきた死霊達とは違う感情が見え隠れしていた。


 彼らは今、水瀬優次郎という人間を明確に捉え、ありあまる殺意を向けている。


「……………はぁ」


 一つ、小さな息が優次郎の口から零れた。眼を閉じ、首を下へ動かす。見たくもない、とでも言うように。

 直後、優次郎の身体からそれはあふれ出た。

 ガラスが身体を震わせる。彼の髪も、身にまとっている衣類も、ふわふわと揺れ始めた。

 皆、優次郎から逃げたいと言わんばかりに動いている。それほどまでに、優次郎が放出している魔力は凄まじいものだった。

 死霊以上にどす黒く、禍々しい。優次郎の体内に眠っていた『負の感情』を全て孕んだそれは、ただ一心に死霊夫婦へとその切っ先を向けていた。

 優次郎は、下を向いたまま動かない。従って表情も見えないが、良い顔をしていない事は確かだ。

 だが、目の前の死霊二つには関係のない事。カレらもまた、優次郎への殺意のみで成り立った存在なのだから。


「「ガァァッァァァオアアアアッァアオオァッァ‼‼‼‼‼」」


 この世のモノとは思えない、されどかすかに日本語の形を保った声が轟いた。

 死霊の身体から、魔力が溢れる。魔術を行使するつもりだ。優次郎を、自身の同族とするために。

 だが―――――。



「五月蠅いな。黙ってよ」



 それは呆気なく、目の前の青年によって無に帰した。空気が震え、大地が圧し潰される。


「ゴガゥ‼‼??」


 死霊の身体が圧し潰され、何とも言えない声――――否、音が口から漏れた。

 床はひび割れ、今にも穴が開けそうになる。死霊は魔力で押し返そうとしている様だが、それも出来ない。

 理由は簡単。反撃しようと魔力を放てば放つほど、優次郎の力は増大するのみだからである。

 自身の魔力に、死霊の魔力を上乗せし、二つの身体は瞬く間に砕けていく。すぐに再生を試みるも、再生したところで状況は変わらない。すぐに優次郎の魔力ちからによって潰され、砕け、形を失っていった。

 優次郎が行使したのは、重力魔術。彼が狂人となった時から、好んで使用している魔術の一つだ。

 死霊はもう、声も音も出せないでいた。出そうとしても、優次郎の放つ重力によって圧し潰され、カレらの二の舞になっていく。

 優次郎は、声を出す事もなく、顔を上げる事もなく、ただ無機質にゆらゆらと歩き、這いつくばる死霊へ近づいていく。

 最期の意地を見せ、死霊二つは顔を上げた。俯いていた優次郎の表情が、カレらを見下している。

 思わず、死霊は戦慄・・した(・・)

 ただ無表情に、害虫を見下ろす様に、冷たい赤をこちらへ注ぐ優次郎の表情からは、戦いを愉しもうとする感情も無ければ、狂気なんてものも微塵もない。哀しみも無ければ、喜びも当然ない。

 今の優次郎には、ある感情が蘇っていた。もう、こんな感情を抱く事は無いと思っていたものが。

 

 それは、()まれた(・・・)めて(・・)いた(・・)感情・・


 その名は――――――――『  』。


「今更のこのこと、どの面下げてボクの所に来たの」


 淡々と放たれる言葉。それは、いつもの朗らかで少年の様な声音とは全く違う。低く、冷たく、台本をなぞっただけの様な、機械的なものだった。


「ガ――――――……ッ‼‼」


「黙ってって言ったよね」


 男性の死霊が言葉を放とうとしたが、優次郎は許さない。更に重圧を上げ、唯一残った顔面も地に伏した。


「アンタ等みたいな存在が、一丁前に喋って良いとでも思ってんの? 大体、地獄って所も甘いんだよね。こんな奴らを迎え入れてあげるなんて」


 優次郎の右手が、ゆっくり死霊へ向けられる。

 女性の死霊ほうは、既に力が残っていないらしく、先ほどから身体も動かさないし、声も発しなかった。男性も、妻と同じ様な状態へと成り下がっていく。


 その戦い方は、冷酷や残虐なんて言葉で表せるものでは無い。

 優次郎が初めて見せた、ただ殺すための攻撃だった。


「地獄なんて、アンタ等には勿体ない場所だよ。魂の欠片一つも残さず死にな。二度と戻ってこれない様に」


 ガラスが割れ、天井が崩れかけている。優次郎の髪や衣類も、もう耐えられなくなった様にバタバタと慌ただしく動き始めた。

 優次郎の右手が、ゆっくりと握られていき、そして――――――――。



「別れの言葉なんて言わないよ。アンタ等にこれ以上言葉をかけるって考えただけで反吐が出そうだ…………さっさと消えな。塵も遺さずに」



 その手は完全に閉じられた。

 瞬間、死霊の身体が飛散する。肉片が飛び散り、腐敗したナニカが中から現れた。

 優次郎は、それすらも逃がさない。彼の背中から、禍々しいいものが飛び出し、肉片一つ一つを取り込んでいった。腐敗したナニカも、例外なく飲み込まれる。


 それは、『白』。純白などという言葉からは程遠い、荒く禍々しい『白』だった。


 その白は死霊の欠片を捉えると、大口を開けてそれらを飲み込んだ。ジャクジャクと咀嚼音が響く中、死霊二つに残された身体も、意思も、魔力も―――――――――――その魂すらも、跡形もなく喰らいつくされた。

 全てを喰らいつくした後、白は満足したかのように優次郎の背へと戻っていき、姿を消した。


 ―――――……再び、静寂がそっと顔を覗かせた。

 それに伴って優次郎の魔力が成りを潜めれば、バタバタと逃亡を図っていたものは安心した様に動きを止め、天井も崩壊寸前で静止する。

 後に残ったのは、廊下に散らばったガラス片と、未だ冷めた表情のままでいる優次郎、そして、憎たらしい程に輝く月明りだけだった。


「…………」


 優次郎は何も言わず、その月を睨みつけた。

 不格好で、それでいて自分の内なる思いとは真逆の輝きを放つそれに、今は腹が立ってしょうがない。

 過去の記憶が、呼んでも無いのに現れた。彼の持つ記憶の中で、最も憎悪すべきそれは、能天気に顔を出す。まるで優次郎をあざ笑うかのように。

 

(本当に――――――……)


 


「荒れてるね、ミナセ君」


 突如、聞きなれた声が優次郎へ降り注ぎ、思わず顔をしかめてしまった。

 いつもは温もりと安心感を与えてくれるその音も、今の優次郎には全く効果が無い。何しに来た、とすら言いたくなるが、すんでの所で堪え、ゆっくりと音の方向へ振り返った。

 そこにあったのは、思い描いた人物の思い描いた笑顔。今の冷たい優次郎を見ても顔色一つ変えない所を見れば、流石長い付き合いなだけあると言える。

 そして、もう一人。彼の隣に立っているのは、先ほど初対面を済ませたばかりの女性だった。彼女の表情は、真逆。哀しみなのか、恐怖なのか、それとも憎悪なのか判別がつかない複雑な思いが描かれていた。

 優次郎はじっと二人を見つめ、やがて笑った。

 とても冷たく、そして――――――――――――哀しそうに。


「やぁ、玲央先輩。それに……美沙子さん、だっけ?」


 彼の返答に、玲央は「お疲れ様」と笑った。

 美沙子は何も言わず、表情を変えず、ただじっとそれを見つめるだけでいた。

 













 夢を見ていた。とても懐かしく、もう忘れかけていた遠い昔の夢だ。


『あー! 『     』また私のおやつ取ったー!』


『ふふーん、早いもの勝ちだよ! ボケーっとしてる瞳ちゃんが悪いんだからね!』


『いっつもそんな事ばっか言って! もう一緒に遊んであげない!』

 

『えっ!? なんでそんな事言うんだよ!』


『ふんっ!』


 夢の中の自分が悲しんでいるのが分かる。目の前にいる親友・・は、怒りの表情を携えてそっぽを向いてしまっている。

 思えば、よくこんな下らない事でケンカをしていたなと、思わず笑いそうになった。

 彼女は本当の友達だった。誰よりも一緒に遊んだし、誰よりも一緒に笑った。だが同時に、誰よりもケンカもしていたっけ。


『うぅー……もう知らない! こっちだって、もう遊んであげないもん!』


『っ、い、いいもん! 『     』がいなくたって、私にはいーっぱいお友達がいるんだから!』


『ッ! ……ふんっ!』


 お互い意地っ張りで、変な所で素直になれなくて。

 本当は哀しかった。謝りたかった。また一緒に遊んで欲しいって、そう言いたかった。

 だが、その一言がいつも出て来なかった。相手が謝ってくれるまで、自分も謝らない。そんな子供じみた意地ばかり抱えて、帰って一人で泣いていた事を覚えている。実際、自分たちは子供だったのだから、無理もないのかもしれないけれど。

 そんな時、いつも手を差し伸べてくれた人達がいた。

 

『こら! また二人とも意地張って! ちゃんと謝らないとダメでしょう? 本当はそうしたいって、顔に書いてあるわよ?』


 一人は、親友の姉。とても美しく、優しく、それでいて厳しい人。そんな印象を抱いていた。自分たちが危ない事をした時は、いつも真っ先に注意してくれたし、真っ先に心配してくれた。妹の友人でしか無かった筈の自分の事も、本当の妹の様に接してくれた。いつだったか、自分たちが道に迷って帰れなくなって迎えに来てもらった時は、涙を流して抱きしめてくれた。

 いつも怒られてばかりだったが、不思議と怖いなんて思わなかったのは、それが由来しているからなのだろう。 


『ったく、毎回毎回飽きねぇなお前等……また作ってやるから、下らねぇ事でもめんなよ』


 一人は、魔術学院で料理を作っている女の人。会う事は少なかったが、会う度に自分たちに料理やお菓子を作ってくれた。すごく美味しかったし、不思議と安心したものだ。

 自分たちが素直に『美味しい!』と言うと『当たり前だろ』とぶっきらぼうに言いつつも、不器用に微笑んで頭を撫でてくれた。


『二人とも、その辺にしといてあげなよ。可愛いもんじゃない、年相応って感じでさ』


 一人は、親友の姉の同級生だった男の人。治癒魔術に精通していて、よくやんちゃして怪我をした自分たちを手当てしてくれた。そして、自分たちを叱る親友の姉を窘めてくれていたのも、毎回その人だった。お兄ちゃんって感じの人で、その笑顔を見ると安心したのを覚えている。


 そして、もう一人――――――――。


『二人とも、これ食べなよ』


 そう言って、その人物が自分達の元へ差し出したのは、彼が食べる筈だったおやつ。自分も親友も、思わず差出人の顔を見上げた。

 するのその人は、えめな(・・・)笑顔・・でこう言った。


『これで、さっき『     』が食べた分もチャラになるでしょ? だから、これでケンカはお終いにしよ?』


『―――――……うん』


 自分は恐る恐る、それを受け取った。

 頼りなさそうな人。それが、その人への第一印象だった。いつも自信が無さそうで、いつも泣きそうな顔をしていた。オドオドとした小動物の様な人。それが、自分の感想だった。

 だが、その人と共に過ごす時間が重なるにつれ、その想いも変化していった。

 いつも自分たちの味方をしてくれていたし、護ってくれた。勉強も教わった。学校の先生とも親友の姉とも違う、独特な考え方をした人だった。それが、当時の自分たちにはとても新鮮で、それでいてワクワクするものだった。

 頼りない、なんて。自分はとんだ勘違いをしていたと思い知らされた。

 とても優しく、芯を持った強さがある人だったのだ。そして、いつも笑顔だった。怒られた記憶は、思い返す限りは無い。

 怒るのは自分の役目じゃない、と思っていたのか。ただ単純に、自分は怒るのが苦手だから、と思っていたのか。それとも、もっと別の思いを抱いていたのか。今となっては、それも分からないが。

 それでも、とにかく自分は、その人を頼る様になっていった。親友の家に行き、その人がいると自然と頬が緩んだ。

 そして彼は、いつも自分を犠牲にした。この時だってそうだ。彼が食べる筈だったおやつを自分たちへ譲渡し、場を納めようとしてくれたのだから。


『ありがとう……優ちゃん』


 名を呼べば、彼は笑った。やはり、控えめに。

 そして、こうも言っていた。


『どういたしまして。でも、それを食べる前に言う事があるんじゃないかな?』


『……うん』


 過去の自分が、ゆっくりと親友へ向き直る。親友も、怯えた様にチラチラとこちらをうかがっていた。 

 そして、私から口を開いた。



『ごめんね……瞳ちゃん』



 思えば、自分たちの仲直りはいつもこの一言からだったな、と思う。

 それも自分の意思ではなく、促される形で言っていた。今思えば、本当に子供だった。


『ほら、『    』も』


『…………ごめんなさい、『     』』


 思い返しても、この時が自分の人生で一番幸せだった。

 いつも一緒だった、いつも隣にいた、そんな自分の親友。

 親身になって接してくれている、姉のような存在。

 会う度に美味しい料理を作ってくれて、不器用な優しさも見せてくれた存在。

 いつも優しく、自分たちを癒してくれていた、お兄ちゃんの様な存在。

 そして―――――――自分が初めて恋をした、大好きな存在。


 いつからだろう、自分が彼に恋をしたのは。


 いつからだろう、彼を自分のものにしたいと願ったのは。


 いつからだろう――――――――



 彼以外の人間を『邪魔だ』と思い始めたのは。













 ガチャリ。


 無機質な音に刺激され、彼女は目を覚ました。と言っても、眠っていたわけでは無い。ただ、意識が少し別の場所へ赴いていただけ。

 今、彼女・・の目の前では、死霊と取締委員会との戦いが繰り広げられている。

 しばしそれを眺めた後で、今度は視線を上へやった。不格好な月が、それでも懸命に輝きを放とうとしている。それがまるで、今の自分を写す鏡の様だと、彼女には思った。

 此処は、魔術学院の屋上。自分はここで、ずっと待っていた。命を捨てる事を選んだ、あの時から。

 そして、その待ち人はいよいよ自分の元へ来たようだ。



「――――――玲奈」



 ふと、誰かが自分の名を呼んだ。悪い予感が、無遠慮に背筋を通っていく。

 思わず、視界が広くなる。ゆっくりと振り返れば、やはり。悪い予感は当たった様だ。

 そこにいたのは、二人の女性。

 一人は、今しがた自分に声をかけた少女の姉。自分が殺したいと願い、最も会いたかった、最も憎い相手。

 そして、その前。自分に向き合う形で立っているのは、一番会いたくなかった少女だった。

 その少女は、複雑な思いが入り乱れた目で自分を見つめ、こう言った。


「久しぶり」


 あぁ、本当にこの人は―――――。



「うん、久しぶり。出来る事なら、二度と会いたくなかったよ…………瞳ちゃん」


 

 何故いつも、自分の気に障る事ばかりするのだろうか。

今回もありがとうございました!

優次郎、今回の戦いは少し違う感じでしたね。一体、彼は死霊夫婦を前に何を思い、どんな感情を抱いたのか。そして、関係は何なのか…………何なんだろう()。


そんな感じの六十四話です。

遂に玲奈を見つけ出した綾瀬川姉妹。そして、玲奈の過去。第四章もいよいよクライマックスです。様々な想いが複雑に絡み合ったこの物語の行きつく先を、どうぞ楽しみになさってください。


では今回はこの辺で。

また次回もよろしくお願いします!

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