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灰色の世界  作者: ken
第四章
64/139

第六十三話 =伝授=

第六十三話です。よろしくお願いいたします。


 綾瀬川姉妹は今、薄暗いB棟内をゆっくりと歩いていた。会話は無い。お互い棟内各部屋に目を配りながら、玲奈の姿がないかと確認していく。

 ふと窓に目をやれば、満月と呼ぶには不恰好な月が目に入った。こんな地獄でも、月は輝きを失わないのだなと、瞳はぼんやりと考える。

 その後、目の前を歩く叶の背中に視線を移す。決して大きくない背中だ。年相応、と言った所か。

 この背中に、今までどれだけの想いを背負って来たのだろう。

 世間から向けられる期待。

 取締委員会としての使命。

 水瀬優次郎という存在への感情。

 そして――――――自分。綾瀬川瞳という妹の存在。

 決して軽く無かっただろう。もしかしたら、重荷に感じていた事もあったかもしれない。

 だが、姉は弱音を吐かなかった。少なくとも、自分の前では。それは何故? 期待を裏切らないため? 周りに心配されたくないから? それとも、姉だから?


『正直に言うけど、多分無理だと思うよ』

『姉の気持ちなんて、弟や妹を持った人にしか分かんないさ』


 今日の昼、境子から言われた言葉が浮かんできた。確かに無理かもしれない。姉の事を理解するなんて、自分には出来ないかもしれない。

 しかし、支える事は出来る。

 今まで何度も逃げてきたし、何度もぶれてきた。だが、この想いにだけは嘘をつきたくないと、その背中を見て改めて感じた。


「瞳」


 姉が自分の名を呼ぶ。視線は前へ向けたまま、威嚇するような魔力を体外へ放出していた。


「来たわよ」


 普段より低く放たれた言葉に、瞳もそちらを見つめる。どす黒いものをこれでもかと放ちながら、死霊の群れが威圧してきているのが分かる。

 再び、戦いは始まる。瞳も応戦するために魔力を練っていると。


「アナタは、手を出さなくて良いわ」


 姉がそれを制止する。自分が相手をすると、そう言って。思わず目が見開かれた。相変わらず姉の表情は見えないが、放出される魔力が一層濃く、強くなっていくのを感じる。


「確認するけれど、瞳は本当に取締委員会へ入るつもりなのね?」


「えぇ」


「なら、今から私がやる事を良く見ておきなさい」


「……分かったわ」


 言われるがまま、瞳は魔力を抑えた。叶もそれを確認し、死霊達を睨みつける。


「本当に、可哀そうな子達……今、私が楽にしてあげるからね」


 その言葉が、合図となった。


「‘‘‘)’()=+P'+**'+*+'=*+*?>+><>+*'‼‼‼‼」


 死霊達は一丸となり、叶へ向けて駆け出した。

 凄まじい数の負の魔力が、塊となって二人へ覆いかぶさって来る。並みの魔術師であれば、それだけで卒倒してしまいそうな、禍々しい力だった。

 だが、叶は動じない。ただ、じっとそれらを見つめた。そして、瞳へ声をかける。


「どんな状況においても、まず最初に相手を把握する事が大切よ。魔力の濃度や戦闘スタイル、癖もそう。相手を理解しておかないと、思わぬ窮地を招く事になるわ」


 和也も、そんな事を言っていた。相手や場所――彼に言わせればフィールド――を把握する事が大切だと。


「死霊は生前より強大な力を持っているけれど、本能のままに行動する事しか出来ない。だからこそ―――――今言った事だけで言えば、相手にしやすい」


 そして、魔術を行使した。

 するとどうだろう。目の前まで迫っていた死霊達は、まるで見えない壁に阻まれた様に動きを止めた。


「ただ何も考えず、私達を喰らう事しか考えていないから、こうして正面から向かってくる事しか出来ない。猪なんかと同じね。そして、この子達は学ぶ事がない。だからこうして動きを止められても、ただ力任せに壊そうとするだけでしょう?」


 叶の言う通り、死霊たちは自分たちの行く手を阻むものを破ろうと、躍起になって身体を動かしている。生前以上に宿っている魔力を魔術へと変換させる事もせず、ただ身体に纏わせているだけ。叶の言う通り、猪と同じだった。


「そしてもう一つ、取締委員会に入るなら覚えておかなければいけない事がある」


 それは。

 叶の右手が、おもむろに死霊達へ向けられた。それが光を放てば、死霊達を阻んでいた魔術が形を変える。カレらを包み込みながら、ボール状に変化していった。

 死霊達は避ける事も破る事も出来ず、ただされるがままに包まれていった。

 

「出来るだけ、周囲へ影響を及ぼさない勝ち方を選ぶ事よ」


 瞬間、死霊達を包む魔術が、急速に縮小していく。嫌だ、とでも言うように死霊は暴れるが、どうする事も出来ず。そのままカレらは圧縮され―――――――魔術と共に姿を消した。

 再び静寂が訪れる廊下には、ゆっくりと手を下ろす叶と、その光景をじっと見つめていた瞳だけが残された。


「取締委員会の基本方針は、あの日にユー君が言っていた通り違法魔術師を摘発し拘束する事よ。でも、ただ勝てば良いという訳じゃない。特にこんな学院ところで戦う時はね。なりふり構わず戦って、建物や一般市民に危害が加わるような事があってはならないの」


 そして、叶は久しぶりに瞳へ顔を向けた。先ほどまでの取締委員会としての彼女ではない、姉が妹へ向ける様な、学院長きょうしが生徒へ向ける様な、そんな優しい微笑みを携えていた。


「さっきも言った通り、瞳は優秀よ。身内贔屓無しでもね。いずれアナタも、大きな力を持つ時が来るでしょう。でも、大きな力を持つなら、その力をコントロール出来る魔術師にならないと行けないわ。魔術師が魔力に、魔術を行使する権利を奪われるなんて事があってはならない。この事をよく覚えておきなさい」


「……えぇ、肝に銘じておくわ」


 やはり、綾瀬川叶とは大きな存在だ。世界有数の力を持ち、それでいて決して奢らず、いかなる状況下でも周囲への気配りも忘れない。

 この人を支えるのは、骨が折れそうだ。瞳がそんな事を考えていれば。


「‘{}*+?*?*+*?:;・:@@:;:?****‘‘‼‼‼‼」


 再び、死霊達が餌を求めて這い出てきた。

 叶が言った通り、カレらは学ぶ事がない。だからこそ戦闘においては対処がしやすい。当然、それなりの力を行使出来る事が前提ではあるが。

 だが、それは同時に諦める事を知らないとも言える。何度屠られようと、苦汁をなめさせられようと、再び自分たちの前へ現れる。ただ本能に従って。


「姉さん」


「何かしら?」


「本当に可哀そうね、死霊って」


「……えぇ、そうね」


 命尽きた後も苦しみ、藻掻き、そして今の様に暴れまわる存在が救われる事はあるのだろうか。こうなるのに生前どれほどの悪行を重ねたのか考えれば、自業自得とも言えるかもしれないが、二人は心から思った。

 死は終焉ではあるが、救いではない。その事実をまざまざと見せつけられた。

 だからこそ、瞳は決意を強くする。


「玲奈も、こんな風に苦しんでいるのかしら」


 そんな事を漏らした時だった。


「―――――――認識」


 久しい声が聞こえて来る。そして、再び湧き出た死霊達の動きは、カレらの足元から伸びた黒いものによって止められる事となった。

 そして、目の前に一つの影が降り立つ。それは徐々に色づいていき、やがて予想した人物へと変化した。


「お疲れ様、シエルちゃん」


 微笑み、叶が声をかける。その人物、シエル=ノーランドはゆっくりと振りかえり、二人の姿を確認した。


「到着。遅延。謝罪」


「構わないわ。私も瞳も、ご覧の通りだもの」


「叶。無事。安堵」


 シエルは次に、瞳へと視線をずらした。その金色は、叶に向けられていた時より鋭く、きつい光を宿しているのが分かる。

 

「お久しぶりです、シエルさん」


 声をかけ、会釈をするが、シエルは答えず光を鋭利にするだけだった。相変わらず、良く思われていない様だと感じれば、少し胸も痛む。


「それよりシエルちゃん、あなた一人?」


「否。有志。他所。戦闘中」


「そう……校庭はどうだったかしら?」


「会長。心配。無用」


 答えを聞けば、叶も瞳も安心する。やはり藤原雄清という魔術師の腕は衰えていないらしい。


「叶。妹」


 シエルが二人を呼ぶ。自分は妹なんて名前ではないのだが、と瞳も感じたが、今はどうでも良いと奥底へしまい込む。


「此処。戦闘。私。受任」


「大丈夫?」


「問題。皆無」


 ちらりとシエルの奥を覗いてみれば、彼女の影に囚われた死霊達がもがいているのが見える。確かに、問題はなさそうだ。


「叶」


 シエルは再度、敬愛する姉代わりの存在へと声をかけた。


「貴女。天ヶ崎。玲奈。居場所。特定済。私。推測」


 瞳が叶へ目をやった。姉は、玲奈の居場所を知っているとシエルは推測しているらしい。久方ぶりにこの妙な言葉遣いを聞いたが、理解できるものだと自分を軽く褒めた。


「戦闘。長期化。危険。行動。早急。推奨」


「……ありがとう、シエルちゃん」


 叶は一言そう答え、こちらを見つめている瞳へ目を向ける。しばしの後、ふわりと微笑む。


「瞳、ここはシエルちゃんに任せましょう。行くわよ」


「どこへ?」


「決まっているでしょう? ……玲奈ちゃんの元よ」


 きっと、優次郎も本当は玲奈の居場所を知っていた。だが、あえて自分は行かなかった。瞳の意思を尊重する為に。

 相変わらず、肝心な言葉が嘘に塗れているものだと、叶も呆れるしかなかった。


「早くしなさい。彼女を止めなければ、戦いは終わらない……覚悟、出来ているんでしょう?」


「………えぇ、行きましょう」


 瞳の意思が込められた返答に、叶は再度満足そうに笑った。そして、シエルへ背中を向け、二人は玲奈の元へと向かい始める。

 そんな時だった。


「――――――妹」


 急に、シエルから呼び止められた。

 雄清といいシエルといい、まだ自分を名前で呼んでくれないのかという思いが過ぎていく中、瞳は振り返った。

 シエルがこちらを見つめている。気のせいかもしれないが、その金色が、先ほどより柔らかく光っている様に思った。まるで自分を包み込み、激励してくれている様に。


「妹。以前。比較。眼。頑丈」


「え?」


 どういう意味だろうかと一瞬考える。おそらくだが、『以前に比べて強い目をしている』と言っていると推察した。

 そして、次にシエルから放たれた言葉は、その推察を確信へ変えた。

 

「私。今。妹。信頼。可能」


 まさかシエルからそんな言葉を受ける日が来るとは思わなかった。

 少し嬉しく思い、それはやがて微笑みとなって顔中に浮き出て来た。


「―――――ありがとうございます、シエルさん」


「……早急。行動。」


 ぷい、と視線を死霊へ戻し、早く行けと瞳を促した。そんな背中に軽く頭を下げ、瞳は姉の元へ向かう。そして、二人は目的地へと歩を進めた。

 目指すは一つ。天ヶ崎玲奈のいる場所だけだ。














 それぞれが、それぞれの想いを胸に戦いの場へ赴く中。ただ一人、優次郎だけはただ行く当てもなく、ぷらぷらと地獄の中を闊歩していた。


「この辺も、あらかた片付いたかな?」


 一息つきながら言葉を口にする。

 A棟の三階。つい数分前までは、他と同じく死霊の巣窟と化していたこの場所も、いまや優次郎を除いて何モノもいない空間になってしまった。

 ただただ、見慣れた教室が雑多に並び、月明りに照らされている。


「こうして見ると、普段と変わらないんだけどなぁ」


 まるで散歩の様に、悠々自適に地獄の中を歩いていく。

 何故、死霊が再び蘇ってこないのか? 先ほど椎名と会った時もそうだった。優次郎がその空間に留まっている間だけは、死霊達は成りを潜めていた。当然、優次郎が魔術を行使したからだ。

 その魔術に名は無い。優次郎しか行使した事がないのだから。

 それは彼の先天性魔術なのか。それとも吸収と同じく、彼以外にも行使可能なものなのか。答えはまだ分からないが、行使されたと言う前例が無い事は確かだ。


「そろそろ、叶さん達も玲奈の所へ着いた頃だろうなぁ。それにシエルちゃんの魔力も感じる。他の魔力は、取締委員会の人たちかな」


 多くの魔力が新たに現れたその中から、叶の魔力を追ってみる。現在はB棟にいるようだが、上へ上へと登っているのが分かる。瞳も一緒だ。その足取りに迷いは感じられない。


「叶さんも、やっぱり気付いてたんだね」


 やはりあの人は天才だ。優次郎は心からそう思った。

 学生時代からそうだ。先人達が数年かけて生み出した高位魔術を、叶は見ただけでやってのけていた。研究中の未完成魔術の存在を講義で聞いた時も、その場の思い付きで完成させた。

 綾瀬川叶は天才だ。自分のような『見せかけ』ではない。正真正銘、文句のつけようがない真の天才なのだ。

 しかし、それは逆に言えば、叶にのみ与えられた特権だという事。叶の考えを理解し、彼女の教えを引き継いで実行できる人間が、この世にどれだけいるのか。考えるだけで億劫だ。

 だからこそ、優次郎はこうも思う。


「叶さんは――――――講師には向いてないよ」


 そんな優次郎の言葉は、誰にも届かず地獄の底へと堕ちていった。それによってか、それとも違うのかは分からないが、再び優次郎の前へ、カレらはやって来た。

 大地が揺れる。魔力が優次郎へ襲い掛かって来る。までの(・・・)モノとは(・・・・)()魔力・・()

 足を引き、身体をゆっくりと逸らせば。


「ァァぁァアアアあアァァぁァァ‼‼‼‼」


 そのは瞬く間にその場に轟き、そして――――――優次郎の足元を砕いた。

 亀裂から何かが伸びる。黒く黒く、今までの死霊とは比較にならないほど強大な力を帯びた黒。

 先ほどまで自身が立っていた場所から伸びたそれを、優次郎はおもむろに手でつかむ。

 すると、その黒が熱を帯び、炎を放ち、燃えていく。

 

「ぁァァァぁあアあアァァ‼‼‼」


「五月蠅いなぁ。もう少し静かにしてよ」


 怪訝そうに顔をゆがめ、優次郎はその黒を思い切り引きずり出した。そして、乱雑に廊下の向こうへと投げ捨てる。

 べちゃりと嫌な音を立て、黒は形を失い、そして―――――再び蘇る。

 

「ボスのお出まし、かな?」


 首を傾げ、そんな言葉を口にした。先ほど亀裂から伸びた黒。それは紛れもなく、今目の前で死霊伸びる死霊自身だが、今までのそれとは明らかに違う。

 死霊が行使したのは魔術だ。他の死霊の様な、ただ身体から放出しているだけの紛い物とは違う。死霊が自らの手で操った力だった。

 それには明確な意思が必要になる。ただ操られるだけの、本能のままに蠢く死霊にはなしえない事。

 

「ちょうど良いか。ボクも退屈してた所だし…………そろソろ、愉しンデも良イヨね?」


 優次郎の顔が、狂気えがおに染まる。

 ただ力任せに襲ってくる連中の相手はもう飽きた。相手はある程度の意思を持ち、明確な殺意を持って向かって来ている。

 

 やっと自分の玩具になり得る死霊を見つけた。優次郎の表情が、それを物語っていた。


「さァ、おイで? ずーット我慢しテタンだかラ、すグニ壊れたリしナイデよネ?」


 見るものを震え上がらせる笑顔で、優次郎は人の形を作っていくそれを見つめた。

 それに応えるかの様に、死霊は再び人の形を蘇らせる。

 だが、一つじゃない。黒は分離を始め、二つの人型を浮かび上がらせていた。一人は男性、もう一人は女性だ。全身が黒く塗られ顔は分からないが、年齢はさほど高くないまま亡くなった事が分かる。

 そして特徴的だったのは、二人の左手。その薬指に付けられた、おそろいの銀のリング。

 どうやらこの二つの死霊は生前、夫婦の仲だったらしい。夫婦して地獄に突き落とされたと言うのだから、一体何をやらかしたのかと推察も捗りそうなものだが――――――優次郎はそうしなかった。

 それどころか、狂気も一切なりを潜めている。先ほどまで、あんなに愉しそうに笑っていたと言うのに。



 夫婦で現れた死霊を見つめ、優次郎は――――――――表情を消していた。



今回もありがとうございました!

玲奈との邂逅も近づいていき、物語も佳境へ突入していきそうです。創作意欲も沸々と沸いております。不死の存在となった玲奈を、瞳はどう対処するつもりなのか……ご期待ください。


そんな感じの六十三話です。

優次郎の方も動きが出てきましたね。夫婦の死霊。そして、それを見て狂気を納めた優次郎。理由は何なのか……皆様も予想してみてくださいね。


では今回はこの辺で。

また次回もよろしくお願いします!

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