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灰色の世界  作者: ken
第四章
63/139

第六十二話 =似た者同士=

第六十二話です。よろしくお願いいたします。



 約一か月ぶりの再会。それを喜び合うなんて事は、当然ない。

 若い男女が二人きり、夜の学校で見つめ合っていると言うのに、そこに甘い空間が広がるわけもなく、玲央は穏やかに、美沙子は険しい顔で目の前の知人を捉えていた。

 

「……本当に、君は変わらないね」


 先に沈黙を破ったのは玲央。表情を変えず、声音もそのままで話しかけた。


「目の前の患者に一生懸命で、どれだけ傲慢で野蛮な人間に対しても、君は分け隔てなく治療しちゃったりしちゃってたよね? それで自分が命を落としちゃったりしちゃったら、意味がないと思わない? その先の未来で君が救うべき命が失われるかも知れないのにさ。

 まぁ、僕は君のそういう所大好きだけどね。変わらないでいて安心したよ」


「貴様、今何をした?」


「そういう所は変わって欲しかったりしちゃうんだけどなぁ」


 質問に答えず、逆に返してみせる美沙子に、玲央は呆れた様に目を細めた。

 玲央は今、何かしらの魔術を行使した。だからこそ、死霊かれらは奥深くに眠りについたのだ。だが、一体どんな魔術を使えば、そんな事が可能になるのかが、美沙子には分からなかった。


「別に何もしてないよ。強いて言うならカウンセリング(・・・・・・・)かな」


「……カウンセリング?」


 更に美沙子の目がきつくなるが、いつもの事だと玲央は全く意に介していなかった。

 

「そう。死霊とは言っても、元は人間だったりしちゃうからね。心が無いわけじゃないさ。もし心が無ければ、本能なんてものも無い。人を襲う理由も無いし、今の死霊こたちみたいに苦しみを持つ事も無い。だから、魔術で直接死霊の心に干渉して、心を穏やかにしてあげただけだよ」


「本当に、それだけか?」


 疑い深いものだ。そんなにも自分は信用できないのかと思えば。玲央も思わず表情が歪む。


「それだけだよ。ミサコちゃん、前に言ったかも知れないけど、医師の仕事は人間を治す事。でも、身体だけが人間じゃない。心、精神も含めて人間だったりしちゃうでしょ? なら、いくら傷を治しても、病気を治療しても、精神的なバックアップが出来なくちゃ医師としては半人前以下だよ。今、ミサコちゃんもやってたりしちゃったでしょ?」


「貴様に言わせれば、私のそれは麻薬のようなものらしいがな」


 吐き捨てる様に言えば、玲央もため息をつく。厭味ったらしい言い方をする。本当に変わらないなと懐古した。

 

「魔術で癒せる程、心は単純じゃないよ。魔術も医学も、不完全でいびつなものだ。あまり頼り過ぎれば、痛い目を見ちゃったりしちゃうもんさ」


「ならば何故、貴様は治癒魔術師を辞めない」


 持論を展開する玲央に対し、美沙子が言葉を突き刺す。

 

「魔術も医学も不完全。それには私も同意する。だが、貴様はそんな事をほざきながらも治癒魔術師を続けているのは何故だ? 何故、魔術や医学にしがみつく?」


「別にしがみついては無いんだけど。あの時の集会、君もいたでしょ?」


「あんなもの、貴様が自分から『いらない』と言って部屋を出てしまえば済んだ話だろう」


 だが玲央はそうしなかった。言葉巧みに治癒魔術師連盟の会長を説き伏せ、医師免許剥奪を取り消した。


「そして、貴様は会長から返却された医師免許を受け取った。そんな義務など無かった筈だ。あそこの連中は、貴様が『もう医師は止めるから、免許を返す』と言えば諸手を上げて受け取っただろう。義務は無いが、意思は認められているからな」


「まるで僕が、本当は治癒魔術師を続けたくて仕方がない人間だとでも言いたそうだね」


「そう捉えてもらって構わない」


 毅然とした態度で、しっかり玲央を見据える。その目に嘘はない。玲央もバツが悪そうに顔をそむけた。


「玲央」


 彼の名を呼ぶ。面と向かって呼ぶのは久々だったが、妙に口に馴染んだ。


「あの時の答え、まだ聞いていないぞ。今日はそれを聞くために来た。

 何故、貴様は禁忌を犯し続ける? 何故、そこまでして医師を続ける? 何故――――――――」


 そこで、言葉は止まった。玲央は口を挟むこと無く、その続きを受け止めようとしている。

 一瞬、窓の外に浮かぶ月が目に入った。満月は明日だろうか、などと考える事もしなかったが。

 そして、美沙子は続きを口にした。



「何故、そんな……『戦場へ戻りたい』とでも言いたげな顔をするんだ」



 玲央は、特に表情を変える事も無かった。ただじっと、変化した美沙子の表情を見つめている。

 哀れみと同情、そして多量の寂しさを含んだ憂い顔を。

 やがて、玲央が彼女へ返した答えはこうだった。


「ミサコちゃんには関係無いよ」


 美沙子の表情が歪む。そこにあるのは怒り、そして哀しみだった。


「…………ない」


 彼女の言葉が聞き取れず、玲央は少し首を傾げた。


「ごめん、よく聞こえないよ……何て言ったの?」




「関係無くなんかない‼‼」




 彼女の悲痛な絶叫が、廊下に木霊した。目に涙をため、肩を震わせるその姿は、普段の気丈な彼女とは違う。まるで、か弱い少女の様に思えた。


「どうして? どうしてそんな事言うの? また前みたいに私を拒絶するの!? 私、まだそんなに頼りない!?」


 普段とは似ても似つかない言葉遣い。これが美沙子の深層にある、本当の彼女なのだろうか。玲央はその姿を、憂いを帯びた表情で見つめる。あの時の――――――治癒魔術師連盟の廊下で、彼女と別れた時の様に。


「私は、玲央に戦場へ戻って欲しくない! そんなの嫌! 何で私が治癒魔術師連盟の理事になったか知らないよね? 玲央を止めたいからだよ? 誰かが止めないと、また玲央は戦場に行ってしまうって思ったから、だから理事になって、玲央が認めて貰える環境を作ろうって決めたんだよ?」


 なのに……。

 ゆっくりと、美沙子は玲央に近づいていく。その目からは、大粒の涙がこぼれ出ていた。玲央は逃げる事もせず、動く事すらせず、ただ彼女を見つめたままでいた。


「なのに……何で、そんな禁忌に手を出すの? ……何で、医師みんなから拒絶される様な道ばかり進むの? 本当だったら、玲央も今頃は医師として認められてたはずなのに……玲央は優秀な人なんだって、私達なんかより、よっぽど患者の事を考えて、身体も心も癒せる凄い医者なんだって、皆分かってくれてた筈なのに……何で………何でッ!?」


 がしりと、美沙子の両手が玲央の胸倉をつかんだ。

 整った顔立ちが良く見えた。今は、涙でくしゃくしゃになってしまっているが。


「何で玲央は戦場あそこへ戻ろうとばかりするの!? 嫌だよ! そんなの認めない! 理事会の連中は、玲央を水瀬優次郎と変わらないって言ってたけど、私にはそう思えない‼ 玲央とあの人は違う! 玲央は………玲央は狂人なんかじゃない‼ 絶対……に……違う……ッ」


 最後の声は震えており、あまり聞き取れなかった。玲央の胸に顔をうずめ、美沙子は話を続ける。


「お願い……玲央は、まだ引き返せる……もう、罪に縛られなくて良いんだよ? ……誰も、玲央を許さなくたって……私が、許すから……私だけは、玲央の味方でいるから……だからお願い……もう……戦場には戻らないで……私の……私の近くにいてよ……」


 一人の少女が、玲央に懇願する。白衣が、美沙子の涙で濡れていくのを感じながら、玲央はある事を考えていた。

 この子は、美沙子は、あの頃の叶に似ている。そっくりだ。優次郎の様な人間が認めて貰える様にと躍起になっていた叶に。優次郎が狂っていくのを見て、止められなかった自分の無力に涙を流していた叶に。

 美沙子も今、同じ気持ちなのだろうか。黒岩玲央と言う人間が狂っていくのを止められず、無力感に苛まれているのだろうか。

 だとしたら、確かに会長が言った通りだ。自分と優次郎は、何も変わらないじゃないか。

 だが、玲央は――――――――。


「+P*''''=~'*{{{~{}***+'=~~~~=~*‼‼‼‼‼」


 玲央が言葉を出すより先に、会話に割って入る存在がいた。

 二人がそちらに目をやれば、新たな死霊達がこちらを見て咆哮を上げている。彼らが這い出て来た先は、A棟だ。そこにいた死霊達が、行き場をなくし、こちらへやって来たのだろう。


「離れて、ミサコちゃん」


 玲央が名を呼べば、美沙子は顔を上げた。玲央の視界に、既に自分はいない。目の前に現れた死霊を一点に見据えている。

 

「その答えは、また今度で良いかな? 今は、この場を何とかするのが先決だったりしちゃうからさ」


 玲央のいう事は正しい。だからこそ、美沙子もしぶしぶと言った様子で手を離し、死霊へと目線をずらした。


「でも、とりあえずは心配しなくて良いよ」


 ぽそりと。美沙子にだけ聞こえるように、玲央は言葉を紡いだ。


「僕も、今の生活は結構気に入っちゃったりしちゃってるんだ。だから、今自分から戦場に戻ることはしないよ」


 とりあえずは。

 その言葉がチクリと胸を刺すが、美沙子はゆっくりと首を縦におろした。

 

「分かった……だが、()だからな。完全に安心した訳じゃない。それだけは肝に銘じて置いてくれ」


「うん、それで良いよ」


「+‘‘‘{{‘‘++‘‘+*‘P+'''{{||{|+‘‘‘{{‘‘+‼‼‼‼」

 

 二人は、向かい来る死霊と対峙する。


 二度と来ないと思っていた場所に。


 二度と行って欲しくないと願った人と共に。


 玲央と美沙子。二人は今日―――――――『地獄』へ戻った。













 玲央たちの元へ向かった死霊。元々そのモノ達が相手をしていた人物は、去り行く背中をじっと見つめていた。


「この魔力は……玲央先輩か」


 その人物、水瀬優次郎は苦笑を浮かべ、頬をぽりぽりと優しく掻いた。


また(・・)面倒なもん押し付けちゃったかな? でも玲央先輩なら大丈夫だよね! それに、もう一つ魔力を感じるし!」


 馴染みのない魔力だ。だが、感じた事はある。しばし感覚に身を委ねれば、つい先ほど校庭であった女性の魔力であると確信した。


「あの人もお医者さんって言ってたな。玲央先輩、知り合いなのかな? まぁ、ボクには関係ないか」


 そんな事を言いつつ、優次郎は死霊の気配が無くなった廊下を歩く。

 見慣れた光景の筈なのに、全く日常感が無い。まるでよく似た異世界へ飛ばされたような気分だ。


「ホント、玲奈も悪趣味な事してくれるよ」


 天ヶ崎玲奈。

 彼女の顔が、優次郎の脳裏をよぎる。だが、それは最近の記憶ではなく、その奥底にあるものだった。

 あの頃、まだ彼女は小学生だった。

 明るい元気な子。それが優次郎が抱いた、玲奈への第一印象だ。

 一体いつから歪んだのだろうか。一体いつから道を逸れたのだろうか。答えは決まっている。知らない筈はない。

 彼女が狂い始めたのは、きっと。


 ドガァァァァァァ‼‼


 突如、けたたましい爆音が優次郎の鼓膜を揺らし、思考を遮断した。

 何事かとそちらを見れば、すぐそこの曲がり角から死霊が飛び出し、壁に叩きつけられたのだと分かる。ドロドロと床と同化していく死霊を見ながら、優次郎は目を丸くしてその角を除いた。

 

「あ、しーちゃん!」


「あん? なんだ水瀬か」


 声をかけた相手は、えらく不機嫌そうに優次郎を認識した。彼とは旧知の間柄であり、優次郎の胃袋を鷲掴みしてみせた女性、椎名だ。

 その奥を見れば、なるほどと納得する。奥にあるのは食堂だ。思考に夢中で気付かなかったが、こんな所にまで来ていたらしい。


「無事で何よりだよ! でも、何でこんな時間に? しかも日曜だよ?」


「秋からの新メニュー試作してたんだよ。そんで気付けばこの時間だ」


「アハハ‼ しーちゃんらしいや! 精が出るねぇ、休みの日まで料理なんてさ!」


「まぁ、半分趣味だな。休日結局やる事なくて、気付けば料理してるって感じだ」


「好きだねー!」


「自分でもそう思うよ」


 ちらりと椎名の後ろを再度除けば、食堂には死霊が入った形跡は無い。椎名がここで、全て止めていた様だ。

 流石は食堂を預かる身、といった所だろうか。


「んな事より、こりゃ一体なんの騒ぎだ? 原因は、どうせ天ヶ崎だろうけど」


「正解だよ! 玲奈が冥界と学院ここを同化しちゃったみたいでさ!」


「ケッ‼ 面倒事ばかり起こしやがって……」


「最期の最期まで、ホント懲りないよね!」


 最期。その言葉に、椎名は眉をひそめた。


「その言い方だと、まるで天ヶ崎が死んじまうみたいだな」


「んー。ていうか、もう死んじゃったんだけどね」


 今度こそ、椎名の顔が歪んだ。


「死んだのか、アイツ」


「うん、拘置所の中でね。自殺だったみたい」


「……まさかとは思うが」


「多分推測通りだと思うけど、自分で自分に死霊魔術を行使したんだよ。だから今、玲奈は死霊になって校内このなかのどっかにいる」


 本当に、面倒事ばかり遺していくものだと、椎名はガシガシと髪をかき上げた。ポケットに手を入れ、再び煙草を取り出し火をつける。

 

「校内は原則禁煙ですよー」


「うるせぇ、吸わねぇでやってられっかってんだ。お前等のいざこざに付き合わされたこっちの身にもなりやがれ」


 ふぅ、と煙を吐き出す。少し優次郎にかかってしまい、煙たそうに手を払った。


「んで? その天ヶ崎はどこにいるんだ?」


「分かったら苦労しないよ。今ボクと叶さん達で捜索中って所かな」


「……本当か?」


 更に追及する椎名に、優次郎は首を傾げた。

 相変わらずだな、と思いながら、椎名は口を開く。


「お前、本当は分かってんじゃねぇのか? ()の居場所」


 しばし見つめ合う二人。

 優次郎は他者の魔力に敏感だ。微妙な差であっても、彼はすぐに看破してしまう。玲奈が死霊となり、死霊が蠢くこの場所で魔力が感じにくくなっているのは理解できるが、その程度で優次郎が分からない筈がない。

 だからこそ、椎名は推察した。優次郎は玲奈の居場所が分かっているが、何らかの理由で向かわないだけだと。

 やがて、優次郎はふわりと笑った。


「まぁ、正確には『目星がついてる』って感じだけどね!」


 返って来た言葉は肯定だった。

 思わず椎名もため息を漏らす。


「何で行かない? お前、アイツを殺す事に執着してただろ」


 言葉は違ったが、叶にも同じような質問をされたなと思いながら、優次郎は答えた。


「んー……あの子を殺すのは、ボクの役目じゃないからね」


「……何考えてやがる?」


「ボクはいつでも、生徒の事を考えてるよ!」


 単なる軽口。かと思ったが、一人昔馴染みの少女が思い浮かんだ。


「瞳か?」


「さぁ、どうかな?」


 いたずらっ子の様に笑う優次郎。どうやら正解だと思っていいらしい。


「随分破天荒な講師だな」


「まぁ、そうかも知れないけどさ! でも良いじゃん! 瞳ちゃんには叶さんもついてるし、大丈夫だよ!」


 そう言うと、優次郎は椎名へ背中を向けた。


「さて、と。ボクは三階に向かうとするよ! しーちゃんの事だから心配はしてないけど、無理しないでね?」


「お前がいなくなった瞬間から、死霊共あいつらがまた湧き出て来るとか言うなよ?」


「……ソンナコトナイヨ」


「嘘つけ。ふざけんなよテメェ。こちとら戦いなんざ専門外――――――」


「じゃあね! しーちゃん頑張って!」


 椎名の言葉を遮り、優次郎は足早にその場を去った。

 問い詰めてやりたい所だったが、彼がいた場所から再び湧き出る死霊に阻まれる。


「あの野郎……次会った時、飯代倍にでもしてやろうか」


 自分を喰らおうと飛びついてきた死霊達を睨みつけながら、椎名は口を開いた。

 彼女の全身に、稲妻が光る。


「おいお前ら」


 椎名の顔が怒りに歪んだ。そして、激しく稲光を輝かせる拳を、死霊へと放つ。

 脳裏に浮かぶのは、かつて自分に料理の基礎を叩き込んだ、憎たらしい恩師の顔と、その言葉だった。


「食材に対する敬意もねぇ奴に、飯を喰う権利なんざあると思うなよ」


 彼女の稲妻が、再び死霊を焼き尽くすのは、わずか数秒後の出来事だった。

今回もありがとうございました!

美沙子と玲央。因縁が少しずつ判明してきました。一体二人に、戦場で何が起こったのでしょうか。それも追々書いていければと思いますので、どうぞお楽しみに!


そんな感じの六十二話です。

しーちゃん強い(確信)。今の彼女と第二章の彼女の違いは、やはり食堂という自分にとっての聖域が背中にあるからでしょうね。境子を守る時も真剣だったでしょうが、今は状況も状況ですし、しーちゃんが倒れれば食堂を守る人がいなくなります。それはしーちゃんにとって、死ぬより辛い事かも知れません。


では今回はこの辺で。

また次回もよろしくお願いします!


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