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灰色の世界  作者: ken
第四章
62/140

第六十一話 =最悪な再会=

第六十一話です。よろしくお願いします。

 地獄の入り口を超えた先には、箱詰めになった死霊達が蠢いていた。皆、我先にと獲物へ飛びついていく。その光景は正に地獄絵図と呼んで差し支えないものだった。

 その中心、獲物に認定された人間「福原義信」は、何度屠ろうと懲りずに牙をむく死霊へため息を漏らしていた。


「飽きない連中だな。こっちは隠居間近の魔術講師だって言っただろ? もう少し加減ってもんが出来ないのかね」


 軽口を叩けど、返って来るのは不格好なコエだけだった。やれやれと頭を掻く義信を見れば、四面楚歌のこの状況に焦る様子など全くない。むしろ余裕すら感じられる。

 それが気に食わないかの様に、再び死霊達は義信を喰らおうと飛び掛かった。

 

「同じことを繰り返してばかりか、芸の無い奴らだな。学び成長するのが人間の特権だった筈だろうに、それすら忘れちまった様だ」


 哀れみとも蔑みとも取りずらい感情を乗せ、義信は右足でトン、と軽く地を鳴らした。

 そして、刹那―――――――。

 エントランスが揺れ、地が咆哮を上げる。床は砕かれ、出来上がった地割れの中から土が伸び、鞭となり、死霊を薙ぎ払う。

 『土性魔術どせいまじゅつ』。大地を操り、陸を支配する五大魔術の一つ。彼、福原義信が最も得意とする魔術だ。


「:@;:¥:・:@:「@:@@@::;:「@「^^ー^^ー^@「@‼‼‼‼」


 あるモノは吹き飛ばされ、あるモノは地の底に落ち、一切合切の死霊がその場から消え去った。それを見届けた後、土鞭は大地へと帰っていき、地は縫合される。何事も無かったかのように、シンと静まり返ったエントランスで、義信は一人佇んでいた。

 だが、それも束の間。死霊は今の出来事を忘れたかのように、再び湧き出て来る。


「やれやれ」


 思わず呟いた時だった。死霊の動きが、一斉に停止する。義信に牙を向けるものはおらず、見直し黙ってしまったのだ。

 急な出来事に、義信も目を細めた。

 

「やぁ、福原先生。お疲れ様です」


 聞き覚えのある能天気な声が、エントランスと校庭をつなぐ場所から届いた。すると、わらわらと身体を寄せ合っていた死霊が、道を開ける。モーゼが海を割った様に。主の凱旋を邪魔しない様に。

 その奥にいたのは、見慣れた三人の姿だった。

 こんな事が出来る魔術師は、二人・・しか心当たりが無かったが、どうやら当たっていたらしい。やはり、この青年は不思議な事ばかり起こすものだと、無意識な思考が脳を刺激した。


「遅かったな、水瀬。それに学院長と、やはり妹も一緒か」


「こんばんわ、福原先生」


 ニコニコと笑うのは、彼らの主となった張本人、水瀬優次郎。そしてその両隣には、綾瀬川姉妹の姿も見えた。

 瞳は簡単な挨拶を済ませ、ぺこりと頭を下げる。


「酷いなぁ。これでも急いで来たんですよ? 死霊の魔力を操るのって結構大変なんですから」


「校庭の方はどうなってる?」


「今、藤原さんが抑えてくれています」


 思いがけない名が放たれ、義信も驚きを目で表現する。


「アイツも来てるのか? 」


「トップたるもの、部下に背中を見せないといけないんだってさ!」


「相変わらず真面目なこった」


 わらないな(・・・・・)、と感じていれば、叶が義信の前へ歩み出た。


「福原先生、私の不在を守って頂き、ありがとうございます」


 深々と頭を下げる叶を見れば、こっちも真面目な事だと笑ってしまった。


「ありがたいお言葉ですが、まだですよ。死霊これを何とかしない事にはね」


「えぇ、これから玲奈ちゃんの所へ向かいます。もうしばらく、堪えて頂けますか?」


 素直に頼れる様になって来たじゃないかと、心の中で嬉しく思いながら、義信は答えを口にした。


「分かりました。ここは自分が引き受けましょう」


「感謝します」


「と言っても、どっちに行きます? 校内に入ってから、玲奈の魔力が分かりにくくなってますし」


 二人の会話に入ったのは優次郎だった。彼の言う通り、死霊の巣窟となり果てた校内には、死の魔力が充満しており、その同類となっている玲奈の魔力も同化してしまい、先ほどから感じ取る事が困難になっていた。

 

「そうね……虱潰しに周っていれば、いずれこちらの魔力が切れて、皆仲良く死霊の餌になるのが関の山だわ」


「叶さんが魔力切れを起こすなんて、想像も出来ませんけどね!」


「この前から思っていたけれど、ユー君は私を何だと思っているのかしら?」


 ため息混じりに言ってみれば、優次郎はやはり笑うだけだった。

 本当に、この青年の考える事は分からないと、もはや呆れるしかない。


「でもまぁ、一番効率的な方法は二手に分かれる事ですね。悩んでる暇も無いし、それで行きます?」


「仕方ないわね。なら、私はB(こち)から行くわ」


「ならボクはA(こっ)ですね! 瞳ちゃんはどうする?」


 二人同時に、瞳の方へと振り返った。校庭の件が脳裏をよぎる。あの時、もし雄清が来なければ、自分は死霊の餌となり命を落としていただろう。

 自分はまだ未熟。それを思い知らされれば、どちらかに付いていくのが賢明だ。どちらに付いていくべきか。

 しばし考えた後、瞳は自身が付いて行こうと決めた人物を見つめた。


「私は、姉さんに付いていきます」


 瞳が出した答えは、叶に付いていく事だった。理由は分からないが、今はとにかく姉の傍にいたいと思ったからである。

 叶は瞳をしばし見つめ、やがて首を縦に振った。


「なら、いらっしゃい。はぐれない様にね」


「えぇ」


「ユー君、また後で。検討を祈るわ」


「ボクも、無事を祈ってますよ!」


 優次郎の返答を聞けば、綾瀬川姉妹はB棟へ向けて歩き出した。

 叶がいれば、万が一という事も無いだろうと、優次郎も安心してその背中を送り出す。


「さて、と。ならボクも行きますね。福原先生、魔術を解きますけど、大丈夫ですか?」


「なるべく早くケリを付けろよ。その条件を飲めるなら、解いてもいいぞ」


 意地悪だな、なんて苦笑すれば、義信も笑みをこぼした。これだけ余裕があるなら、彼は大丈夫だろう。心強いものだ。


「じゃあ、魔術を解きますね! 余計なお世話だと思いますけど……死なないで下さいね」


「それは条件か?」


「いえ、お願いです」


 素直なもんだ。どこぞの誰かさん達にも見習ってほしいな。

 そんな事を考えながら、義信は笑みを浮かべた。


「分かったから、さっさと行け。お前も気を抜くなよ」


「はーい!」


 言うが早いか、優次郎は叶達と反対方向へ歩を進めていった。

 義信はふと考える。彼は本当に、玲奈の魔力を把握できていないのかと。

 優次郎の思考回路は、ある程度だが分かっているつもりだ。彼が口に出す言葉は、嘘も多分に含んでいる。どの言葉が本当で、どの言葉が嘘なのか。それを見極められる人間でなければ、彼を制御する事は難しいだろう。それが出来るのは、現段階では叶くらいのものだ。


「;;p@@@ーーー@p-@^@:「@‼‼」


 そんな事を考えていれば、再びコエが咆哮を上げる。全く調子がいいなと悪態をつく。

 だが、変わった事も一つあった。

 先ほどまでは我先にと向かって着ていた死霊達だが、今は威嚇するかのようにこちらを睨みつけている。


「何だ、俺の相手は飽きたか? そうだったら有難いんだがね」


 だが、現実はそうもいかない。

 彼らが襲い掛かってこない理由は、他にあった。優次郎が道を切り開いた先に、今は死霊が一つっている(・・・・)

 その姿を見れば、義信も目を細め、臨戦態勢を取る。

 死霊は、他のモノと明らかに違う。二足で立っており、人型をまだ維持していた。他の死霊には無い特徴だ。

 つまりどういう事か? 義信は答えを知っている。

 他の死霊とは、地力が違うという事。生前、何か強大な力を備えた魔術師だったのだろうと推察できる。


「面倒なヤツが現れたもんだ」


 自分は魔術師ではなく、学者に近い存在だと言うのに。ゆらゆらとこちらへ歩み寄る死霊を、義信はじっと見つめた。

 そして、その全容が確認できた時―――――――思わず、息をのんだ。

 死霊は、生前の面影を遺していた。男性だ。背は男性の平均程で、瞳は赤。髪は死霊となった事で黒く染まっていたが、右のこめかみに紫色のメッシュが入っているのが分かる。


 義信は確信する。この死霊は、知り合いだと。


「おいおい……」


 思わず言葉を吐き捨てた。何が哀しくて、死した知人と戦わなければならないのか。


「お前、望月もちづきだな? 随分と変わっちまったもんだ。まぁ当たり前か」


「フク……キサ……コロ……」


 『声』がやや聞き取れる所を見ると、やはり他の死霊とは格が違う様だ。

 望月と呼んだその死霊は、どす黒い魔力を義信へ向ける。


 目いっぱいの殺意を込めて。


「水瀬、綾瀬川……冗談抜きで、さっさと終わらせてくれよ」


 義信は誰にも聞こえない様な舌打ちをした。













 一方、単独行動をしている美沙子は、三人とは別の場所から校内へ入っていた。講師の研究室へつながる場所だ。その扉を開け、長い廊下を歩いている。

 こちらにはまだ、死霊はいない。奥に行けばいる可能性もあるため、油断は出来ないが。

 何故、三人を追わなかったのか? 答えは、生存者を確認する為だ。

 もし生徒が残っていたら? 職員が残っていたら? 死霊相手に、重傷を負っていたら?

 そんな考えが脳をよぎり、こちらから向かう事を決めた。


「今のところ、患者も死霊もいないな」


 一つ一つ研究室を確認しながら、ゆっくりと進んでいく。彼女の目的は、あくまで治療・・だ。事件を解決する事では無い。

 瞳はともかく、向こうにいるのは水瀬優次郎と綾瀬川叶だ。彼らならば、医師じぶんがいなくとも何とかするだろうと踏んだ。

 そして、一つ目の廊下を確認し終え、とりあえず人がいなかった事に安堵する。

 次の廊下へと向かう曲がり角は、すぐそこに迫っていた。


「まるでゲームか何かの様だな」


 そんな事を言いながら、角を曲がる。そして、出会う。廊下に蠢く、無数の影と。

 瞬時に、美沙子はそこを睨みつけた。彼女の目に映るのは、魔力の色。全てがどす黒く染め上げられている。


「人はいない様だが、放っておくわけにもいかんか……」


 言葉を拾ってか、それとも本能的に美沙子の存在を察知したのか、死霊の一つが、彼女を視界にとらえた。


「;;@@ー・。;:;:@;・:;;;;::;++‘*+{‘*」!!!」


 一たび怒号を上げれば、周囲の死霊も美沙子を捉える。獲物として。


「お前達も哀れなモノだな、死んでもなお、苦しまなければならないのか」


 怒り。憎しみ。美沙子が死霊へ向ける感情に、そんなものは含まれていない。

 彼女が向けるのは、憐みだった。死してなお飢えに苦しみ、痛覚を刺激され、欲望に支配されている目の前のモノたちが、悲しくて仕方がない。

 そんな思いとは裏腹に、死霊達は一斉に美沙子へ向けて突進を始めた。魔術の使い方すら忘れ、魔力で辛うじて保たれた身体をぶつけるしか出来ないそれらへの憐みは、より一層深まった。


「こんな所へ戻るべきでは無かったのかも知れないな。不快で吐き気がするものだ。だが……やはり私も医者だという事か」


 スッ――――。

 ゆっくりと右手を上げ、死霊へとかざした。瞬間、彼女の右手が、あたたかなオレンジに包まれる。


「一瞬だけでも……せめて心だけは、安らぎを思い出してくれないか」


 オレンジは美沙子の手を離れ、死霊達へ覆いかぶさっていく。すると、まるで網にかかった様に、死霊達は藻掻いた。

 だが、それも一瞬。徐々に行動は落ち着いていき、先ほどまでの殺意が嘘の様に、手名付けられた獣の様に、おとなしくなってしまった。

 これは、精神に直接作用し、怒りや憎しみと言った負の感情を一時的に取り除く治癒魔術の一種だ。あくまで一瞬だが、死霊は今、苦を忘れ、楽を与えられた。

 彼女が戦場を駆け巡っていた時、幾度となく命の危機にさらされてきた。その度に、この魔術を行使し、兵士の心を落ち着かせる事で難を逃れてきたのだ。勿論それだけでは無いが、行使した数で言えば、この方法が最も多いだろう。理由はたった一つしかない。


「本当は、そのまま戦争が終わってくれれば良かったのだがな」


 苦い思い出を掘り返せば、思わず唇をかみしめた。

 この魔術は、あくまで一時的なものだ。一日も経てば効果は薄れ、再び負の感情が彼らを襲う。

 過去に、ある人に言われた言葉を思い出す。それもまた、彼女に悔恨の念を抱かせた。


 そして、どうやら死霊とは人間より魔術が効きづらい身体らしい。


「*+‘?++++++‘‘+?>>>+**‼‼‼‼‼」


「もう切れたのか。死霊というのは初めて会ったが……」


 どうやら、彼らが抱く負の感情は、人間のそれより数倍質が悪いものの様だ。

 せめて数時間は持ってくれると思っていたが、まさか数分しか持たないとは予想外だった。

 そして、さらなる誤算が一つ。


(っ、何だ? コイツら、さっきより……)


 その誤算が清算されるのは、すぐの事だった。

 死霊は美沙子の魔術を受ける前より、更に強大な魔力を帯び始めたのだ。その魔力の根源は、やはり負の感情だと分かる。

 失態だ。美沙子は顔をゆがめた。

 人間より魔術が効きにくいとは思っていた。だが、まさか切れた瞬間から此処まで怒りが増幅される事になるとは。

 人間に行使した際は、魔術が効いていた時との差異に苦しんでしまうケースは多いが、増幅される事は無かったはずだ。

 

「一体どんな感情を抱いて死ねば、こんな事になってしまうのだ?」


 今度は、思わず言葉として漏れ出した。

 そんな美沙子を、死霊達は容赦なく襲う。咄嗟に魔術を行使しようと手を伸ばす。が、しかし。


(っ! ダメだ……あんな魔術もの、もう使わないと決めた!)


 その躊躇いが、戦場では命取り。美沙子もそれを把握しており、目の前で大口を開ける死霊へ、もう一度同じ魔術を行使しようとする。例えそれが、一瞬の救済にしかならないと知っていても。




「その魔術は、麻薬と同じだよ」




 だが、美沙子は魔術を行使しなかった。正確に言えば、驚きが襲い掛かって来たため、行使出来なかったのだ。

 今にも彼女を食い殺そうとしていた死霊達も、動きを止めている。そして、数秒も経てば、身体が発光を始めた。

  

 そのまま、死霊達は還っていく。深く暗い地獄の底へと。


「行使した時は苦しみを忘れられるけど、効力が切れればまた患者を襲ってくる。行使する前より酷いものがね。だから、一度それを行使してしまえば、行使し続けなければならなくなる。何度も何度も……その人が死ぬまで、ね。そんな魔術ものが、本当に「治療」なんて呼べちゃったりしちゃうものなのかな?」


 声も言葉も、聞き覚えがある。美沙子は思わず表情を歪めた。

 そこにある感情は何なのか。それは分からなかった。様々な感情が複雑に混じり合い、もはや何が何なのか分からなくなってしまっていた。

 その表情のまま、美沙子は後ろを振り返る。

 立っているのは、予想通りの人物。その黒髪も、眼鏡も、着用している白衣も見覚えがある。そして、その顔に張り付いている、憎たらしい微笑えがおも――――――。


「玲央…………」


「こんばんわ、ミサコちゃん。そんな顔しちゃいけないって言ったでしょ? せっかくの美人が、また台無しになっちゃったりしちゃってるよ?」

今回もありがとうございました!

玲央先輩と美沙子さんが、再び出会ってしまいましたね。そして優次郎と綾瀬川姉妹も二手に分かれる事になりました。だって優次郎と叶さんが一緒にいたら全部終わっちゃいますし。それだと面白くないし()。


そんな感じの六十一話です。

義信が出会った「望月」という死霊は何者なのか? 義信との関係は? 皆様もぜひ、予想してみてください。


では今回はこの辺で。

また次回もよろしくお願いします!

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